沈黙はどれくらい続いたであろうか。静けさの中で鳥丸はしゃがみ込み、男の腕に指をかけて脈拍を測ろうとした。が、しかし触れてわかる異常がある。人形のように冷たいことの合わせ、血管のような浮き上がりも一切なかった。あれだけ激しい動きをしたばかりなのに血管の浮き上がりがないのはおかしい。肌の色は自分達と同じ色なのにそれ以外が人間ではないような気がして寒気がする。
「鳥丸!! 大丈夫か!!」
静寂を破ったのは遅れてやってきた翔太だった。魔装のパイプを構えながら飛んできた翔太であるが異常に静かだったのである種の恐怖を抱いていた。
「遠野……」
「おい、どうしてここに民間人がいるんだ? ちょ、勝手に怪我をさせる……いや、なんだ……これ?」
間違って民間人を傷つけたと勘違いしそうになったが避けた男の腕から覗く斬られた触腕と大きな口に目がいって静止してしまう。それもそうだ。先に冷静になっていた鳥丸が翔太とまた遅れてやってきた未珠に説明をしていた。夜野と金井は面と向かって見る未珠に少し驚いているようだ。それもそうに違いない。極東支部をまとめる八剣班の副班長、謎の多い圧倒的な実力者が目の前にいるのだから。
「夜野の通信が消えたのもこの二人を見たからだな?」
「えぇ、アンタさえ黙るほどの奴よ。脈拍とかの定位をしようとしたけどそもそも血が流れていない。内臓などの器官もないわ。証拠として裂けた腕からは血が出ていないし、よく見ると触腕の奥に何かが繋がってる」
「……ここは研究班に任せよう。支部の施設で十分だと思うから研究所へは報告だけ済ませる。鳥丸、そもそもお前らはここらで何をしてたんだ?」
「あぁ、俺たちは木原さんや玲司の報告から鳥型魔獣がよく死んでるこの付近の探索をしていたんだ。今は真昼間だけど昨日あたりの夜に何かあったら痕跡は残るはずだからね。そしたらこんなお宝を見つけたわけだよ」
バックパックから取り出したのは先程悠人が見た光が濃い鳥型魔獣の魔石だった。緑色に近い色の鉱石の中心部が光っている。その光の濃さは翔太も見たことがなかったものであり、目を丸くして驚いていた。魔石の大きさとしては夜野が両手で抱えるほど、いわば赤ん坊ほどの大きさなので元の魔獣は鳥型魔獣の中でも巨大な毒怪鳥に違いないとのこと。
「毒怪鳥……」
悠人の記憶に映る支部への襲撃の出来事。エリスを守る任務についた人間の前に姿を現した亜人、ベイル・ホルル。そういえば最近姿を見せていなかった。狂気じみたあの目や攻撃を思い出しながら悠人も話に入ることにする。
「亜人の可能性があります。俺は……いや、俺たち新人殺しは毒怪鳥を率いていた亜人と一度戦っている。亜人はその眷属に近い魔獣を兵士として使っているんです。だから……もしかすると……」
「妾もそう思う。その魔石はもうしまえ。濃い魔石に他の魔獣が誘き寄せられると大変じゃ。……待て、その魔石はどう発見したのじゃ?」
「茂みの中に置いてあったんです。それもこれだけ……。周囲に何も仕掛けがないことを調べてから取ろうとしました。その時に足音がしたので僕らは隠れたんです」
「まだ確かとは言えんがこの男どもはこの石と関係している可能性が高い。すぐに動くのじゃ。翔太」
「あぁ、護送者も来ている。魔石と男はそこに預けろ。鳥丸達と東島らは俺の車で送るよ」
全員頷いてバックパックに魔石を収納し、男を引きずりながら足早に去っていった。
〜ーーーーーーーーー〜
そこから支部まではスムーズに進んだ。護送車の中は頑丈な作りをしており、魔石の効果も遮断させるケースに収納して運んでいったのだ。翔太の車に全員が乗り込んだのだが皆、話す気にもなれずに窓の外を眺めながら物思いに沈んでいた。これ以上の仕事が待っているかもしれないことを思う者、今日生き延びれただけでも幸運だと思う者、早く帰りたいと思う者、そして今までの出来事を頭の中で繋ぎ合わせる者だ。
悠人は窓の外で通り過ぎるように動く木々を見ながらゆっくりと考えていた。あの魔石が毒怪鳥、そして茂みの中にあったとすれば自然にできたとは考えずらい。誰かがあの場所に魔石を設置したのだろうか? そう考えると二人の男の役割もハッキリするがまだ男は亜人の眷属と同義にするのは時期尚早だろう。
『俺は……近いうちに何か大きなことが起きると思う』
『亡霊を見たんだ……』
マルスと優吾が残したこの言葉も忘れられなかった。一体魔石が体に入ったことで何を見たのだろうか。魔石が入っていない悠人には分からない何かはあるのだろうか。唸るのみで全く考えが進まなかった。あるとすればあの男二人は亜人が差し出した刺客のような者であろうか。魔石を囮に鳥丸班を倒そうとしたのだろうか。鳥丸班なら倒せるはずだ。でもそれも暴論に思える。自分一人だけじゃあ何も考えれないことを悠人は知った。
「そういえば……」
悠人の隣に座る香織は悠人以外の者には聞こえない程度の声をあげる。悠人は目だけを動かして香織に相槌を打つ。
「近々大きなことが起こるかもしれないって話……。当たったね」
「それもどうだか……アイツが感じるほどの大きなことなんて覚醒魔獣や亜人襲撃のようなことだろう。でも……この感じは前にも経験してる。魔獣の活性化などが亜人による魔石強化だってことは覚醒魔獣やらで証明されてるだろ? あの男二人も同じような気がしてならないんだ。あの鳴き声はエリスの時の植物トカゲそっくりさ」
「やっぱり同じこと考えていたのね。今夜はやることが多そうよ。マルス達への連絡に研究所での証言も、慎也と蓮は何も知らないんだから」
「そうだな……。ところで慎也は何をしているんだ?」
「こまめに連絡するはずなのに……連絡がないわ」
不思議に思う悠人と香織。水面下で動いているであろう亜人が何をしているか、全く想像もつかない。覚醒魔獣以上が出るとしたら何だろうか。あのベイルは何をしている。まだ亜人は誰も死んでいないのだ。生命力の強い奴等である。車は着々と支部へと近づいていくのであった。
〜ーーーーーーー〜
他班との接触があったのは悠人達だけではなかった。台所で作業をしている慎也も同じである。
「どうぞ……」
「あら、こんなにおもてなしされるなんて」
支部の屋敷の中では慎也がやってきたお客にお茶を出しているところであった。お辞儀をしてから慎也は椅子に座って相手の動きを見る。基本的な社交辞令は弁えている人だ。ただ、慎也の目には下心に近いある種の勘繰りだけを感じていた。こういう感情に敏感な慎也は警戒心を解かない。
「緊張なさらないで。ただお話がしたいだけですわ」
「本当は僕が言いたいセリフなんですけどね」
慎也の目の前には木原班班長、木原マキエがいた。夕食の準備を始めようとしていると呼び鈴が鳴ったのだ。悠人達が帰ってきたのだと思った慎也なのだが扉を開けると全く知らない女の人がいるのでギョッとしたのである。急いで閉めようとしたのだが女の声が静止した。
「ごめんなさいね。ちょっとお話がしたくって」
この支部の居住区なら不審者のはずがない。慎也はそう判断して招き入れた。相手は今回の亜人対抗による補助班となった木原マキエ。序列は七位。お客ならおもてなしをする他ないのでお茶の支度だけしていたのだ。
「思ってた以上に整ったお部屋なのですねぇ。お掃除は君がしているの?」
「ご用件は?」
「堅いわね……あなた。用件は挨拶ですわ。これから一緒に戦う仲ですもの。お顔合わせがしたかったのですよ」
揶揄うための準備をしている。慎也の目にはそう映っていた。
「御生憎、うちの班長は外出中ですので」
「あらどうして?」
「研究所にいる仲間達のお見舞いですよ」
「お見舞いにしては……見鏡様がいたのはどうしてなんでしょうねぇ」
「あの方もおそらくお見舞いでしょう。お世話になってますから」
それとなく返事をする慎也の目に映る木原は平然としたような顔であるが心は見えている。これはつまらないと思っている顔、そして何か慎也自身が失言をするのを待っている。これから来るであろう言葉でパターンがいくつか分かれるのだ。
「あの会議では班長さん、四面楚歌でしたから。でもビックリしましたわ。まさか八剣班があなた達を支えたのですから。あの八剣班が……ねぇ。あなた達はまだ若いはずなのに……期待もされてますもんね。経歴は浅いですが」
色眼鏡で見ていると踏んだ慎也はこれ以上話す価値のない人間だと悟ったのでお茶を啜りながら考える。この木原という女、悠人は味方になってくれたと言っていたが本当のところは八剣班達が味方をしたことをどこか面白がっているに違いないのだ。魔石の騒動に乗っかってまた何か面白いネタがないかを探っているようにも見える。性格の悪い女に見えた。
「お世話になっていますし、僕らは亜人との交戦経験も多い。……奴らを舐めてかかるのだけはやめてくださいね。いい時計が壊れちゃいますよ」
時計を一瞬だけ覗いた木原は慎也の言葉の意味を察してピクリと唇を動かした。もう六時を回ろうとしていたから。
「……ではもう帰ろうかしら。突然お邪魔してごめんなさいね。また何かあればよろしくお願いします。未来の戦闘員さん」
玄関まで木原を送って礼をしながら見送った。人の株を下げようとする人に礼をするのもなんだか癪に思えたが顔を見たくないので慎也にとっては好都合。そのままドアが閉まるまで頭を下げていた。今まで二階にいた蓮が慎也に何があったのか聞こうとしたがハッキリとした声を慎也は発する。
「ゲッスイ女……何かあっても助けないからな……あの婆さん」
今まで見たこともなかった慎也の顔。怒らせたら間違いなく怖い。蓮と同じく、危険思考の親の元で暮らしていたから心根がちょっと見えてしまったのであろう。
「あのぉ〜……慎也〜……」
「あ、ご飯すぐに作りますね! 悠人さん達もそろそろ帰ってくると思います。それと……」
「それと……?」
「愚痴の内容は他言無用で……ね?」
コクコクと頷いて蓮は階段を崩れ落ちるように落ちていった。慎也の場合、苦手な人への思いや怒りは溜め込むタイプらしい。一体何があったのか、蓮には計り知れないが何故か柔美の元に逃げたくなるほど家の中の空気が悪かった。悠人と香織が帰ってくるまで階段で仰向けに崩れ落ちていた蓮なのであった。
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