戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

借りがある

公開日時: 2021年7月9日(金) 22:40
文字数:3,301

 悠人は生唾を飲み込みながら目の前の戦闘員を見る。遠野翔太、不思議な男だ。ガッシリとした肉体はまるで大木のようにたくましく、ゴツゴツとしてはいるが余計な筋肉は見えず、洗練された肉体を持っていた。これも彼が着ているジャケットの下に何も肌着を着ていないからこそ分かることである。チャックを胸元で開けており、アウトサイダーな雰囲気を醸し出す戦闘服は目を奪われるのだ。ズボンは悠人と同じような動きやすく、丈夫な素材な長ズボンである。刈り上げられたツーブロックの髪にキレている目、うっすらと口角を上げて笑う翔太はどこか楽しんでいるようにも見える。


「……にしても俺らが負けた八剣班の班員に勝ったってスッゲェよな」


 相手の改造魔獣がまだフラフラしていることをいいことに翔太は肩越しで悠人に話しかけた。聞くところ、遠野班は戦闘演習でBブロックを準決勝まで勝ち進んだのだがそこで当たった八剣班になす術なく敗北。その後に決勝で八剣班と当たったのが稲田やレグノス達でなく名前を聞いたことのないような新人殺しだったことに大いに驚いたそう。


「正直、あの頃は俺もお前らを舐めきってたよ。わりぃ、お前らはもうガキでもないもんな。立派な……戦闘員だ」


 ドキッとした。15歳から戦闘員に入隊して3年。若さ故の失敗を責められて悠人自体、戦闘員になっているはずなのに上層部から戦闘員と見られたことはなかったから。あの悲劇の犠牲者となったレグノスは悠人のことを「東島班長」と呼んでくれたし、稲田は「立派な戦闘員だ」と言葉を残してくれた。そしてこのあったばかりの翔太さえも戦闘員だと言ってくれている。


 もしかして自分は間違った判断ばかりをしていたのだろうかと思っていた悠人はその言葉で救われた気がした。逃げた優吾やパイセン達も無事かもしれないと安心できる。もう自分を焦らせる障壁はないと思えた悠人はグギっと柄を取ってゆっくり立ち上がった。


「遠野班長、俺も……俺も戦います!」


「いや、お前は休め」


 あっさりと言い捨てられる。悠人は「え?」と素っ頓狂な声を上げながら翔太を見てしまう。翔太の顔には一切の曇りがなく、その一言が本心であることが伺えた。


「乃絵の治療の後だ。変に動かない方がいい」


「で、でも! 俺だって戦えるんです!! 遠野班長の足手纏いにはなりません!!」


「いいったら休め。東島、お前には借りがある」


「え……?」


 敵を見ることができていなかった悠人。起き上がってサーベルを振り下ろした改造魔獣を見て「うわぁ!?」と叫んでしまう。そんな悠人を見た翔太は手に持つパイプを使ってサーベルを弾き、遠心力を利用して急所へ思いっきり叩きつける。アーマーのなかった指先へピンポイントで当たったことにより、メギャンと嫌な音が響いて改造魔獣の指から緑色の液体が吹き出す。その様子を見た翔太はチラッと悠人を見た。


「戦闘員とは名乗れるが……まだまだアマちゃんなんだよ。お前の考えはまだ甘い。けど……嫌いじゃない」


「遠野班長……」


「今は見ておけ。甘さは捨てろ、牙を剥け」


 翔太の雰囲気が変わる。パイプに深緑の光の筋が通り、起動したことが知らされた。あんなに勢よく襲いかかった改造魔獣を動揺することなく対峙している翔太。まだ恐怖に支配される悠人では戦えない。素直に壁際に下がっていく悠人を見ながら翔太は「やっぱりあいつはまだ若い」と認識する。新人殺しの強みが若さだとしたらその弱点も若さだ。全員が戦える年齢ではない。余計な恐怖や目先の焦りに支配されてしまう。


 それを殺さなくては戦闘員はやっていけないことを翔太は見せたかった。新人殺しには借りがある。稲田やレグノス達のために命がけで戦った彼らへの借りだ。


「必ず生きて帰る。待ってる人はいるからな……」


 背中に守るべき人がいる。次へとつながる若人がいる。翔太はかつての班長だった見鏡のことを思い出した。先生もこんな気持ちで自分を守ってくれたのかなと思いながらパイプを構える。


烈断蜻蛉スピリットセイバー!」


 颯太の足元からパイプの先にかけて空気の渦が発生された。その渦はパイプにまとわりつくかのように密集を始め、空気の刃を生成する。双身剣のような見えない刃を生成した翔太は旋回する空気の流れの中央でギラっと敵を睨みつけた。


 烈断蜻蛉、その魔獣は飛翔する虫型魔獣の中で空中戦トップとも言われる蜻蛉の魔獣。身の回りに発生している空気の流れを操り、翼を刃へと変形させて獲物を切り裂く烈断魔。上位魔獣の虫型と名高い翔太の適合。武器種は鉄パイプ。これによって中距離から近距離戦闘を得意とする翔太は器用な両手を巧みに使ってパイプを振り回した。


 改造魔獣はそんな翔太を見て首を捻ってから右手のサーベル、左手に内蔵されたチェーンソーを装着して襲いかかった。駆動音を唸らせる敵の武器だが近づかないと攻撃はできない代物。勢いよく振り下ろされた翔太の一撃をサーベルで迎撃しようとするが見えない風の一撃を無効にする技術は敵にない。アーマーを深く傷つけられて怯む改造魔獣。


「せっかちな野郎だぜ」


 ブンブンと振って風を吹き散らす翔太。その風圧で相手は吹き飛んで壁に激突する。稲田班の双葉小次郎は竜巻を起こす魔装を使用したがこの翔太は風を味方とし、辺りの空気を密集させて刃に変える恐ろしい能力を持つ。その差は歴然、射程も自由な空気の刃は脅威である。


「テメェのせいで……俺の後輩さんは大きな怪我を負っちゃったわけだ」


 コツコツと歩み寄る翔太。パイプをひきづりながら、鈍い金属音を部屋中に響かせながら改造魔獣に近づいていく。対する改造魔獣は完全に翔太を脅威と見なしており、肩のアーマーから射出されるスペンナズナイフで串刺しにしようと必死に攻撃する。それでも翔太からしたら反応できなかったらやばい刃物が飛んできたような物なので発生させた空気の流れで軌道を変えて無効化していった。


「テメェの面は何も怖くねぇよ。怪我の責任を取れねぇって言うんならよ」


 翔太は生成した刃を思いっきり、改造魔獣の腹に差し込んだ。痛みは感じないので特に怯むことはないがその刃が肉を貫いていったとある地点まで到着したところで焦りをあらわにする。翔太のパイプを掴んで怪力で引き剥がそうとしたがもう遅い。大樹の根っこのようにように改造魔獣の身体中を侵食していく翔太の刃。そしてとうとう……生命核に刃が突き刺さって……。


「お前から死ね」


 ブツン! という音が聞こえたかと思うと改造魔獣の目から一瞬だけ火花が散ってぐったりと動かなくなった。それを壁際で見ていた悠人はどこかしらレグノスの面影もある……と思いながら恐る恐る翔太の元に近づく。


「あのぉ〜……遠野班長……」


「おう、東島。終わったぜ」


「俺……なんか魔装起動したんですけど」


「え、ほんとか?」


 悠人は自分の足にできた霜と鞘から取り出した刀を翔太に見せる。凄まじい速度で一帯が寒くなったことを感じて本当に魔装が起動したことを知った。


「なんだよ、使えるんなら言えよ」


「いや……さっき使えるようになったんですけど……なんか邪魔しちゃあいけないかもって……」


「それ言っちゃぁなんか俺かっこ悪いじゃん……。えっとぉ? 急に魔装が使えるようになった……。これは小谷松の魔装なんだよな? 魔装停止ってやつは」


 悠人は頷いて刀を鞘にしまった。小谷松……どこにいるのかと考えているとハッとする。


「と、遠野班長! もう2人、もう2人仲間がいるんです!」


「あぁ、お前のとこの新人か! それと……女が1人だったな。おばちゃんから聞いてる」


「お、おば……?」


「レイシェルだよ。知ってるだろ?」


「え、えぇ……。えっとそういうことじゃなくて……! 新人……マルス見ませんでしたか?」


「いや、俺は見てない。俺の仲間からもそういう連絡はないな……。もしかして地下か? この研究所は地下もあることはどっかで聞いた」


「じゃあ小谷松の魔装が消えたのって……」


 悠人は考える。一体マルスがそこまで乱暴な方法で敵の作戦を阻止することはあるだろうか? と。研究所の地下では一体何が起こっているのか。マルスや香織の安否は……。悠人の声は地下には届かない。

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