新月の夜だった。星明かりしか照らすものがない中、とある泉の辺りに影が二つ動いている。1人は泉の浜辺に腰掛けて裸足の足を水の中に入れて瞳を閉じる人物だった。星明かりの中でも輝くような白い肌を持つ女、白子と呼ぶことにする。そして浜から少し水に入った中にはワンピースの裾を掴みながら愉快に遊ぶ少女、エリスの姿があった。
久しぶりの外で嬉しかったのか水を浴びてワンピースが濡れるのも構わず水をかけるように浴びて手で掬ったのを飲んでいる。鼻歌が一通り終わったところで白子は声を上げた。
「エリスや、エリス」
「なぁに?」
泉から上がって白子が持っている拭きものに飛び込む形で向かってきた愛くるしい少女。白子はゆっくりと覆うように包んで優しく水を拭いていった。一通り乾いて腕の中から顔だけを出して満足そうに微笑む。白子も釣られて微笑んだ。
「久しぶりのお外だけどごめんなさい。お日様がいると人間に見つかってしまうわ」
「いいもん、ご主人様だったらお外に出してくれないもん。出してくれるのは姉様だけ」
白子は持ってきていたエリスの着替えを取り出して濡れた服を入れ物にしまってから着替えるのを手伝ってあげた。夜の中で白子に全てを委ねる。上からすっぽりと被るように新しいワンピースをきたエリスは心地が良かったのかまた元気に白子の周りを動き回る。記憶の奥にいるある人がエリスを手放したくないのが分かるほど、エリスは純粋な少女だった。
「また次も頑張ってちょうだい。あなたのおかげで生まれた魔獣だったのよ?」
「また……やるの?」
「エリス、種を作れるのはあなただけ。また今日みたいなイメージでいいのよ?」
「ん……でも疲れちゃうよ」
「次はお日様に当たらせてあげるわ」
「ほんと! ならエリスはやるよ!」
「そう、いい子ね」
白子はエリスの頭を優しく撫でながら空を見上げた。今日は新月、月はない。送り出した古代の魔獣達は自分達の元に帰ってくることはなかった。そのかわり、中継のために用意した水晶玉から移された映像は魔石によって人体が侵食されて本能で動く人間達の姿が写っていたのだ。
『あれだけの危機だと本能も働くでしょうね……。それにこの世でもとうとう姿を現したか……戦ノ神』
人間の本能と魔石が混じり合うこと、それと下界でも戦ノ神が完璧とは言わないが降り立ったこと。白子は己の計画が徐々に進んでいることを察していた。次に行動を起こせるとなれば満月の夜となる。
「こんなところに……! 何をなさっているのです」
茂みから出てきた男にエリスは一瞬だけ顔を歪ませて白子の後ろに隠れるような動きを取った。白子はそんなエリスの手を握りながらゆっくりと男に近づいていく。
「ヴァーリよ、あなたの行いは立派ですがエリスもあなたと同じ別種です。エリスは特に著しい者、彼女のためにもお日様や新鮮な水を用意してあげなさい」
「ハッ、しかし……もし人間に見つかりことがあれば……」
「その時は朕を呼ぶがよい」
「心得ました」
深く白子に礼をしてエリスを一瞥するヴァーリ。エリスの態度は変わらなかった。
「ところでヴァーリ。ベイルにやった義手はどうなっている?」
「よく馴染んでおります。義手に仕込んでいる魔石もいい具合に熟れてまいりました。あとはその魔石の導きにベイルが乗ればいいのですが……」
「どうやら、人間も朕らも考えていることは同じようです。先に目覚めるのはぺリュトンでしょう。道が見えつつありますね」
「はい、このまま……計画は進むといいですが」
「朕らの未来は明るいでしょう。楽園の再生はもうすぐです」
白子はグッと微笑みながらエリスとヴァーリを連れて元の地下に行くための隠し通路へと戻っていった。満月になれば全てが変わる。この現代が古代へと変わる。このために人間の動きを把握しているのは明らかなる強みだと確信した白子であった。
月夜の中で空を飛ぶとされた鳥を見るたびにあるものを思い出す民族がいたらしい。幾千年の歴史を持つ鳥人族が敬う存在、それこそがぺリュトンなのだ
「亜人伝」より抜粋 “月の鳥”
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