戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

パイセンの先輩

公開日時: 2021年4月19日(月) 18:50
文字数:4,370

 パイセンは慣れない上位班の屋敷の門を見てゴクリと生唾を飲み込んだ。上位班の屋敷は集合住宅のような自分たちの家とは違って厳格な雰囲気を醸し出す「一般人は入るんじゃねぇ」と言ったオーラが漂う立派なお屋敷だった。


「用事だからっつっても……こりゃあ緊張するよな……」


 パイセンはガッチリと閉じられた黒色の門に書かれた「稲田班居住区」という文字を見て苦笑いする。序列が2位の班として名を馳せる稲田班、タクティクス。稲田光輝を筆頭とした強者揃いの班で班員全員の仲もいいという。悠人曰くそうらしいが世代がかなり離れた班員もいるのになぁ……とパイセンは門につけられたインターホンをゆっくりと押した。


 するとインテリ風の少し面倒そうな声で応答する声が聞こえる。


「どなた?」


 画面はないので相手の表情も性別もよくわからないがカメラがついてることから困惑する自分の顔が映ってるんだろうなぁと判断。声で男性であると思う。パイセンは「あの……」と声を上げようとしたが相手の声に押しつぶされることになる。


「全く……新人殺しが僕達の班に何の用ですか? まさか、僕達に勝ったことをわざわざ自慢しにきたんじゃないでしょうね? ま、そんなことはないって信じますよ? えぇ、信じますよ? それでは、ご用件を手短にどうぞ、僕はいそ……イデェ!」


 ペラペラと日本語のはずなのに右から左へ流れて行くようなラジオ感覚でパイセンはインターホンから聞こえる鬱陶しい文句を聞いていたのだが急に生々しいゴツンという音が聞こえたと思うと「ごめんねー、今行くから」とお目当ての人物の声がした。バットの準備をしながら少し待っていると門が開く。その先にいた人物を見てパイセンはペコリと挨拶した。挨拶を受けた人物は頭をポリポリ掻きながら笑いかける。


「いやぁ、面識がないのに呼んですまないね。おじさん、張から聞いて君のことに興味を持っちゃった」


 門が開かれた先にいたのは会社に行く時のようなシャツにズボンを着た彫りの深い顔をした男性だった。体格は普段鍛えているからかビキビキとした筋肉があるが顔だけみると落ち着いた雰囲気のおじさんに見える。


「初めてましてっすね。大渕泰雅おおぶちたいが先輩、知ってるとは思いますが……新人殺しのパイセンです。魔装のことで連絡をもらった気がするんですけど……」


「うん、そうそう。ちょっと張の魔装を見てやってほしい。ほら、入っていいよ」


 大渕は屋敷の大きさにびびるパイセンの肩を押すように中に入れていく。広いガレージのような庭が広がる稲田班の屋敷は集合住宅住みのパイセンからしたら異次元クラスの住居だった。広い玄関は綺麗に整理されており、下駄箱の中にそれぞれの靴が整頓されている。さすがは稲田班……と思っていると「靴は脱いで適当においといて」と相変わらずの優しい声でパイセンを案内した。広い玄関から様々な部屋へ行くための廊下が広がっていくのだが今回は地下へ降りる階段を降りていく。コツコツと蛍光灯が光る階段を降りていくと地下に設置された広い訓練場が広がっていた。その真ん中に魔装を広げてじっと待っている人物が1人。


「張、連れてきたよ」


「……」


 なんか喋れよ……。パイセンはミサイル砲を広げる張梓豪チャンズーハオを見て苦笑いをした。レーダー使いである佐久間直樹とコンビを組んでいたスキンヘッド、2メートルを超える身長を誇る大柄な体格の戦闘員。張は一切の表情を変えずパイセンに礼をした。


「久しぶりっすね。二回戦以来……か。えっと、魔装がどうしたんですか?」


 訓練場の地面に広げた肩に担ぐ系のミサイル砲を見てパイセンは声をかける。すると寡黙な張を通訳するかのように大渕が笑いながら話しかけた。


「君に見てもらいたいんだって。研究班に出すのもいいけど君に見てもらって異常を確認したところをピンポイントで点検してもらいたいからって」


「は、はぁ……」


 依然として緊張が消えずに肩の力が抜けないパイセン。肩が上がりすぎてラグビーのスクラムのようになっているパイセン。それもそうである。依頼をしてくれた張は38歳、案内兼通訳をしてる大渕は41歳と戦闘員としても、人間としても大先輩であるのでパイセンは自分の名前を含めて複雑な思いになってるのだ。


「あ、大渕さん。さっきのインターホンは何だったんですか? あんな音声システムあったっけ? って聞いてたんですけど……」


 それをパイセンが言った瞬間、大渕は腹を抱えて笑い出す。音声システムと言ったパイセンの顔を見ながら声を上げて笑う大渕。隣の張も少し口元を手で押さえて笑っていた。


「音声って……! あれはうちの班員の反田一馬だよ。君のところじゃあ女の子を相手したって言ってたね。ま、気分悪くしたんだったら代わりに謝るけど」


「いや、いいっす……。じゃあ、張さん見させていただきますね」


 パイセンは腕に巻く端末となっていたバットを変形させて工具箱のような形にする。その中にしまっていたいくつかの工具を取り出して張のミサイル砲を見て行った。これを依頼されたのは温泉から帰った時の頃。急に通信機に連絡が来たと思ったらまさかの「大渕泰雅」という宛先を見て目をパチクリさせていた。


 大渕が張の魔装を見てやってくれという連絡を送ったのだがその間大渕は何をしていたのか? と聞くと彼は滅多に人に連絡をよこさないから代わりに送ってると。意外と乙女な張にパイセンは吹き出してしまったというのもあるがそういう経緯で張の魔装を見ている。自分は研究班のものではないが小さい頃、まだ非戦闘員に育てられていた頃から物作りに興味があり、研究所に行って様々な魔装の製造過程や魔装に関する理論を研究員から聞いていたパイセンは点検程度なら行えるほど技術がある。決勝戦の時はサーシャの魔装の点検をしたし、今回は先輩の魔装の点検をしてるという彼からしたら誇らしいことなのだ。


「えっと……異常は無さそうです。張さん、丁寧に魔装を使ってるんですね。うちの副班長とはえらい違いっすわ」


 張は点検が終わったことにペコリと礼をし、パイセンの台詞には大渕が乗っかる。どこからか椅子を持ってきてくれた大渕は缶ジュースと一緒にパイセンに渡してくれた。ありがたく頂戴してパイセン達は椅子に座る。


「副班長ってあの可愛い女の子だよね?」


「可愛いかは知らないっすけど……まぁ、女です」


 パイセンは少し頭をかきながら答えた。サーシャの魔装の槍はかなり繊細な作りでどちらかといえば力で押すというよりも手数で圧倒するタイプの槍なのだ。そうであるのにあの副班長は一撃一撃にかなり力を入れるのでいつ折れるかわからないそう。もし折れたらと考えるとヒヤヒヤして仕方がない。実際、折れたのはあの決勝戦の時だけではあるのだが。


「パイセン君も苦労人だねぇ。この班の女は普段は落ち着いてる人が多いから正直楽だよ? ま、咲ちゃんはたまに怖いけど」


 アハハと笑う大渕。この人物は見た目は厳つい系のダンディおじさんなのに中身は少年の心を忘れてない系の子供に好かれるタイプの人であることをパイセンは知った。


「んで、ちょっと気になってることあるんだけど」


「……? 何でしょう?」


「パイセン君、正直言ってその副班長のこと好きでしょ?」


 唐突にニヤケ出した大渕の言葉にパイセンは飲んでたジュースを吹き出しそうになったがなんとかむせるだけで済ませる。パイセンがむせたことに「図星か……!」と嬉しそうにする大渕と「おい……」と言ったような表情をする張。


「いや、急になんすか? マジで」


「ごめんごめん、おじさん調子に乗っちゃった。決勝戦の先鋒戦。おじさん達もあの試合見てたけど途中から彼女はほぼ負けが確定になっていた。でも、君は応援をやめなかったね」


「そりゃあ……大事な仲間だし」


 それもそうだった。あの先鋒戦、サーシャは途中から相手の力量に絶望して動けなくなる時があったのだ。観客のほとんどが弘瀬に注目する中、パイセンだけが必死にサーシャを応援していた。勝てる勝てないかじゃあなく、パイセンは戦えという意味で応援していたようなものだ。


「あいつのことは……好きっていうか……なんていうか……一緒にいると落ち着くんっすよ。ポカポカしてくるっていうか……。眠たくなってくるぐらいに安心できる存在がサーシャなんです」


 これは内緒にしてることなのだがあの決勝戦が終わってからは「申し訳ないことをした」と言ってパイセンの部屋にやってきたサーシャは急にパイセンに飛びついて泣きじゃくるという事態にまで彼女は落ち込んでいたのだ。その日はパイセンはギュッとサーシャを抱きしめて夜を過ごした。そんなことを思い出してしんみりとした顔になったパイセンを見て大渕は「いいねぇ……」と声に出す。


「パイセン君は本当にパイセンって感じだね。若いからこその純粋さが滲み出てる。君には分からなくてもおじさんにはよくわかるよ。これから君には様々な困難がやってくると思う。その副班長さんにもね。女は必ず守るんだ。君にしか守れない、彼女の何かがあるはずさ」


 比較的真面目な表情で話してくれた大渕の言葉をパイセンは反芻していた。たしかに、まだ分からないような部分はあるアドバイスだ。何が正解で何が間違いなのかさえわからない。でもこれだけはわかる。サーシャのことはなんとしても守りたい。彼女の涙は俺が拭く。そう感じたパイセンには大渕は笑いかけながら缶ジュースを2缶渡す。


「……? 大渕さん?」


「君と副班長の分、一緒に飲んでみたら? 美味しいから」


 濃いぶどうジュース。パイセンは苦手な代物だったが本当に2人で飲めば美味しいかもしれない。そう思ったパイセンは缶を受け取る。キンキンに冷えた缶を触った時にパイセンはハッとすることがあって椅子から立ち上がった。


「すみません、俺……用事を思い出しました。今日はお暇いただきます」


 その言葉に「おぉ!」と声を上げる大渕。彼には全てお見通しのようだった。同じく立ち上がってパイセンの肩をポンポンと叩く。


「おじさんは応援してるよ。また何か相談があったらいつでも連絡くれるといいよ。おじさん、時間があえば話にのるから」


「色々とありがとうございます。張さんも点検いつでもいきますんで」


 張も微笑みを作ってうなづき、玄関で靴を履いたパイセンを手を振って送り出してくれた。門を出たパイセンは大渕と張がいないのに振り返って深々と礼をする。そして彼女がいるであろう、対空砲付近の壁に早足で向かっていった。ついた時は何を言おうかな? お疲れ! でいいかな? それともジュースあるぞぉ、かな……。パイセンはそんなことを考えながら居住区から離れた対空砲目指して走り出す。そして槍を持って佇むサーシャを発見して、比較的呑気な声で缶を掲げて近づいていくのだった。


「サーシャぁ、ここにいたのかよ〜」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート