「行け……クロ!!」
凛奈の掛け声に合わせて彼女の巨大な黒い腕は引っ込んでいった。そして右手から大量の粘土が出現する。そしてその大量の粘土は先ほどのシロよりもひと回りは大きい巨大なゴーレムとなったのだ。
クロと呼ばれたゴーレムは凛奈の前に立ち塞がる。悠人とサーシャに降りかかっていた眩しい日光はクロの巨体に隠れていった。さっきのシロとは違う強者のオーラを感じる。悠人は「マジかよ……」と声を上げた。
「やっちゃえ、クロ!」
凛奈の命令にクロはうなづいて右手拳を悠人達めがけて振り下ろす。ズドーン! と地響きのような音を立てて地面を殴りつけただけだったが予備動作が長かったおかげで悠人とサーシャは空中に飛び上がって回避に成功する。
サーシャは水を圧縮させて半月状に打ち出す。これが凛奈の弱点だ! と思ってカッターを打ち出したがクロはそのカッターを握り潰すように無効化させた。巨大な手がカッターを弾き、完全に無効化させる。
「水が効かない!?」
驚きを隠せないサーシャにクロは左腕で掴みかかりサーシャを地面に叩きつける。サーシャの全身に信じられないくらいの重みが加わって押しつぶされそうになるが全身に水を纏って摩擦を減らすことで手からの脱出に成功した。
「クロには水が効かないもん」
得意げに言った凛奈の顔は勝算がとれたのか、無邪気な笑顔だった。
口から垂れる血をプッと吐き出してからサーシャはクロと対峙する。その時にクロは水が効かなかったことへの動揺を隠せない悠人にフルスイングで拳を突きつけた。刀と鞘をクロスさせて迎撃を図ったが盛大に吹っ飛ばされて悠人はビルの壁にのめり込んでしまう。
「ガハッ……! ッツゥ……アァ……」
血を吹き出してその場に倒れる悠人。内臓をやられたせいか頭がクラクラする。必死に立ち上がろうとして刀を杖に足に力を込めるが立つことで精一杯だった。
「悠人君!」
「クロ、水のお姉さんをやっちゃえ!」
サーシャはすぐに悠人の元に向かおうとしたがクロが長く腕を伸ばしてサーシャの行手を阻む。サーシャは仕方なく、時間稼ぎとしてクロと戦う覚悟を決めた。
足に水を纏わせてスケートの要領で地面を滑り、クロの拳や蹴りを躱していく。先ほどのシロと呼ばれたゴーレムよりも素早く、力強く、そして大きい。対する凛奈は無防備であるがクロが行手を阻んで本体を攻撃できなかった。
クロは緑色に光る目をサーシャに向ける。シロと違って知性あふれる目をしたこのゴーレムはサーシャに拳を振り下ろし続けていた。そしてサーシャが単発の攻撃をしてこないなと油断した時に拳を突きつける。サーシャはすぐに違う方向へ回避しようとするがそれはクロの思う壺だった。手を急に引っ込めて蹴りをサーシャに決める。
ワンパターンの攻撃に慣れきっていたサーシャはクロのフェイントにまんまと騙されてしまい、上半身に強い衝撃を受けてしまう。その場に倒れ込むサーシャ。そんな彼女にクロは拳を突きつけるがサーシャは全身に水を覆い、あえて弾けさせることで摩擦をなくし、全身で滑るようにクロの正拳突きを受け流すことに成功する。クロの腕を駆け足で登っていき、緑色の目を槍で貫いた。
これで死ぬとは思っていない。クロの視界を一時的に奪うことで背後の凛奈の護衛を解く。ハッとした凛奈は目を押さえるクロの背後でオドオドしていた。
「終わりよ」
そう言ってサーシャが凛奈に槍で貫こうとすると……、クロはサーシャの体を掴んでいた。自分の体をクロの手が覆っていることにサーシャは困惑を覚える。どうして目をつぶしたのにこんなにも正確に掴む動作を……。
後ろを振り返るとなんと新しい目を背中に作ったクロが腕を伸ばしてサーシャを掴んでいた。再生させるのには時間がかかる。新しく作った方がタイムロスをかけなくて済む、クロの判断が本体を守ることになった。
そしてサーシャは必死に抵抗をするがクロの腕はほぼサーシャと一体化してしまい離れることはなかった。今度こそ、地面に叩きつけられるサーシャ。
これが片野凛奈の魔装「鬼粘土」。自身が作り出した粘土の硬度、形を自由自在に変形させ、意のままに操ることができる魔装。6歳でスカウトされたこの最年少戦闘員の実力は伊達ではない。現在は10歳だからこのような展開で済んでいるものの、他の班員のような二十代だったらサーシャでもここまでは太刀打ちできなかった。
「お姉ちゃん、残念だね」
凛奈はクロの後ろで腰に手をまわしてニッコリ微笑んだ。
「でもここまで頑張ったんだからすごいよ、スゴイスゴイ!」
パチパチと拍手する凛奈。一時はヒヤリとさせることもあったがここまで粘ったサーシャを見て凛奈自身も驚いていた。「新人殺し」の戦闘員はすごいなぁと本心から思う。
「じゃあ、もうおしまいだね。クロ、トドメをさそっか」
クロが力を込めてサーシャを握りつぶそうとしてくる。全身の血液が詰まっていく様子をサーシャは感じた。圧死で終わるとかありえないよ……、とサーシャも諦めモードに入ろうとした時に、悠人がクロの腕を斬り刻んでサーシャを解放した。
「ゆ……悠人君?」
「サーシャ、よくやった」
悠人を見ると頭からは血を流し、先程凍らせたのかわからない打ち身の後があったりとすでに満身創痍であるが自分の目の前に立っている悠人がいた。
「おい、片野凛奈」
悠人はクロの後ろで腕を組んでいる少女に声をかける。
「リタイアする気はないんだよな?」
「ないよ」
悠人は小声で「そうか……」と呟いて夜叉を鞘に収めた。そしてもう一本の刀に手をかける。
「緋爪斬虫」
悠人の掛け声に反応した紅の刀、獄火爪は熱波を発生させ、ゴウゴウと燃え盛っていった。悠人の周りに螺旋状の熱波を作り出し、彼を中心とした爆風を辺りに吹き散らす。
クロはそんな悠人に拳を振りかざしたが斬りかかった悠人の刀に溶けるように斬り刻まれていった。サーシャは「斬った!?」と声を上げる。そして刀を振りかざして悠人は一言、
「じゃあな」
クロは一刀両断されてドロドロと溶けて消えていった。
「クロ!! なんで!?」
その場に崩れる凛奈。悠人は刀を鞘にしまって右腕を見る。少しタイムオーバーしたのか、右手の広い範囲に火傷が広がっていた。夜叉で冷凍しながら悠人は声を出す。
「サーシャの水を弾いているのを見て確定した。黒色の粘土は油粘土だな?」
悠人がフラフラと立ち上がった時にサーシャの戦いを見ていたのだがサーシャの水を受けるどころか水玉のように弾いているのを見て違和感が募ったのが発端である。
水を弾く、決して水と混ざらない物質は油だ。故にこの黒色のゴーレムは油粘土から構成されてあると踏んで獄火爪を使うと見事に撃破することに成功した。
「そんなぁ……ずるいよぉ」
完全に武器が全てやられてしまい、なす術がなくなった凛奈。彼女が恐れた最悪の結末となってしまった。凛奈はその恐怖と相手が炎と水の二個持ちだったことへの思いを爆発させてダダをこね出した。
「水も炎もどっちもあるなんてずるいよぉー!」
そう言って泣き出してしまう凛奈。サーシャはヨロヨロと起きて自然と「泣いちゃダメでしょ?」と慌ててなだめているというカオスな空気になってしまった。
悠人がどうしよう……と思っていると突然、凛奈の体がファッと光となって消えていった。そして通信機に「対戦続行不可と確認されたため強制リタイア」と入る。
戦いが終わったことから悠人はその場にバサッと倒れ込んだ。仰向けに倒れた悠人にサーシャが近寄って「お疲れ様」と声をかける。悠人はそんなサーシャに笑顔を向けた。
「まだ幼いながらも恐ろしい相手だったな」
「そうね、みんなも無事だったらいいけど……」
そう言ってゆっくりと起き上がった悠人は突然「キャァアアアアアアア!」といった女性の悲鳴を聞いた。なんだ!? と声の聞こえた方向である上を見ると、衝撃の光景を目にすることになるのだった……。
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