戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

雲隠れの襲撃

公開日時: 2021年11月13日(土) 23:28
更新日時: 2021年11月14日(日) 14:07
文字数:5,663

 極東支部と街に鳴り響く緊急サイレン。飛び起きるようにして戦闘員達は準備をしてそれぞれの住まいから飛び出していく。サイレンが鳴った場合、戦闘員は原則通信機を付けっぱなしにすることを義務付けられていた。新人殺しは悠人と慎也、そして蓮と香織だけだ。残りは全員研究所、いわば魔石の発光が確認された街付近にいるのだ。


「おい悠人どういうことだよ! まだ満月じゃあないじゃないか!」


「泣き言言ってる場合じゃない! 街には……まだ避難できてない人がいるんだ。それに……マルス達だって!」


「悠人さん、ここはバラけない方がいいですよ。どこかの班と共に行った方が……それも支援の人たちと!」


「慎也、とにかく落ち着いて。……ん?」


「ご一緒させてもらおうかしら」


 慌てふためく慎也に声をかけたのは序列7位、武士憑き班長、木原マキエだ。マキシ丈スカートの上は紫の装飾が目立つ戦闘服だった。その隣にはボブショートの女性戦闘員がスッと立っている。腰に吊り下げた剣の鞘、体の線が浮き彫りになっているジャケットとズボンの女性。戦闘服らしい丈夫な作りだった。笑顔を取り繕っている木原と違って隣の女性は歳は若く、初々しい印象を覚える。


「木原班長……」


「他の班はそれぞれ動き出しましたわ。貴方達はまずお友達と合流しなさい。それまで、私と彼女、沙耶が手伝うわ」


「沙耶です」


 悠人は少しの間考えた後、そのまま被りを振って「いきましょう!」と走り出した。地面を唸らせるほどのサイレンは遠くから聞こえてくるものと合わせて反響しあい、乱れた音を出し合っている。不安の種を膨らませる中、悠人達を呼ぶ声が聞こえて不意に立ち止まった。


「おい、東島!」


「遠野班長!」


「いいか? 俺たちは鳥丸を連れてもう街に行く。まずは民間人の救助が先だ。車は街の手前までしかいけないがそれに乗っていけ。じゃあ俺はいくぞ!」


 バイクに飛び乗った遠野班のメンバーは後ろにそれぞれ鳥丸班の班員を乗せてバイクを唸らせ事務局から走り去っていった。それを見送りながら悠人達はジープのような車に乗り込む。荷台と座席が外に剥き出しの移動車である。危険性は高いが仕方ない。運転手になってくれるのは支部の警備班の人だった。覚醒魔獣の時も選ばれた歴戦の運転手である。


「急な移動なので頑丈な護送車ではなくこのジープで許してください。皆さん、すぐに出ます。他の班も直々に街へと到着する予定です」


「危ない道は慣れてるんで飛ばしてください。あの街には……あそこには仲間がいるんです!」


 悠人の言葉を聞き入れた運転手はアクセルを全開に飛ばして支部から抜け出していく。明かりは車のライトのみ、暗い森の中をズンズン進んでいった。このまま荒い道を通ると戦闘員用の公道へと辿り着く。そこから街までは一直線だった。今回の魔獣の襲撃は覚醒魔獣の余波が残る街に合わせて民間人が住う大都会に位置する。民間人が魔獣に対抗すべき術はシェルターに隠れることぐらいであった。が、こんなにも急に避難警告が出されてもすぐに動けるわけがない。


「まずいぜ……。最近はサイレンでの訓練も多かったはずだ。動けるように動いても慣れれば意味がない」


「どういうことです? シェルターは街に沢山ありますよ」


「甘いぜ慎也……。みんなが素直になって逃げるわけないじゃないか。連日の避難訓練……それが仇になってる気がしてならない。民間人に余計な不安を煽らせるとそうなるに決まってるんだ!」


 大きく車体が揺れて手すりにしがみつく慎也。規定通りに動くなど期待できるものではなかった。実際、街の明かりは消えそうにないのだ。摩天楼は未だ明るく、街へと近づくにつれてガヤガヤと喧騒が聞こえてくるではないか。


「甘かったようね。私も彼に賛成だわ。夜の街はまだ賑わっている……、私の仕事は魔獣が辿り着かないように牽制することらしいわ。沙耶、あなたは新人殺しと一緒に行動しなさい。何かあれば彼らを守るのよ?」


「承知しました。姉様、失敗は致しません」


 この沙耶という女、慎也から見れば気持ちの悪いほど人形のように見えて仕方がない。ただ人の命令を聞いてそれだけの行動、成果を残すようなロボットにも見えた。まるで昔の自分を見ているかのようである。荒い道から公道へと飛び出した車、このまま街へと直ぐに着くことができればいいのだがそれを許さないもの達が道路に面している。暗闇の中からスッと目を輝かせて立ち塞がったのは紫の毛並みが美しい忌々しい狐、幻狐イリュージョンフォックスだった。


「アイツ……!」


「野郎……またつら見せやがったか……!」


「前より大きい……それに気迫も違う」


 魔装を取り出してジープから飛び出そうとした悠人と蓮。それを静止したのはマキエだった。スッと手を出してジープから立ち上がり、ゆっくりと車から降りていくではないか。流石の運転手も彼女を止めようとした。序列も悠人達よりかは圧倒的に低い。が、マキエはレース状になっている服からスッとあるものを取り出して幻狐と対峙している。お互いの間に冷たい風が吹いていた。


「先に出番がきたようね。ささっと終わらせるわ」


「ですがそれは……! この時期にバラけるのはリスクが高過ぎます! 木原班長、俺も……!」


「貴方の役を忘れて……? まだお友達は研究所でしょうに。安心なさい。街へは……」


 そこまで彼女が話していたのと狐がマキエの頭に齧り付いたのは同時だった。まだ魔装を取り出していなかったからか、マキエは狐によってのし掛かられ、血を噴き出しながら倒れているようである。狐からはそう見えていた。喉を通る血肉、噛むごとに邪魔になってくる布の感じ、そして無残な姿になっていくマキエの姿。勝ち誇ったような顔で餌に食らいつく狐。が、しかし周りの人間は絶望というよりかは戸惑っているような表情である。


「どんな夢を見ているのかしら? 沙耶」


「きっと3日ぶりに餌にありつけて本性出した遭難者のような……いえ、冗談です。姉様でも食べてたんじゃないですか?」


「そう……、分かりきったこと聞いたわね」


 マキエの口からは紫やら黄色やら白やらの宇宙から降ってきたような色彩の煙が噴き出されており、それはレース状の服から取り出した彼女の魔装である煙管キセルからも同じようなものがでていた。その魔獣は異次元からやってきたような色彩を発する。絵の具をそのままぶちまけたようなあからさまに危険な見た目をした魔獣。が、餌となるものは危険と本能が察していてもその魔獣に近づかざるを得なくなる。甘い蜜に釣られて魔獣はやってくるのだ。そうなれば最後、一気に締められる。決して近づいてはいけない魔性の女。その魔獣の名は……、


媚薬薔薇サイケデリックローズ


 その薔薇に色はない。獲物が好きな色に近づく。煙管を咥え、名いっぱい魔石からの粒子を吸い込んだマキエは副流煙としてそれを吐き出す。副流煙はマキエの周囲に浮遊する色彩として漂い続け、魔獣の体内へと入っていく。吸引した魔獣は自律神経の崩壊、幻視、幻聴、そして自傷行為を繰り返すようになり、最終的に脳の誤作動で死に至る。現在、副流煙をまともに吸った狐は幻覚症状による中毒反応を起こし、泡を拭きながら倒れていた。マキエはスカートを少しだけたくし上げ、中から覗く靴を首筋の急所に突き刺し、息の根を止める。靴の踵からはナイフのような鋭い仕掛けが内蔵されていた。


「ごめんあそばせ」


 走行を開始した車に飛び乗ったマキエは運転手にサインを送って催促をする。コホンと咳をしながらニッコリと微笑み、悠人達を見ている。自然と悠人はマフラーを、蓮と慎也は上着を口元に回して一歩後ずさるような真似をしてしまった。香織は特に反応せずにマキエを見ている。どこか香織自身と重ねてしまうような悲壮を感じたのだ。悠人達に至っては一見失礼な行動ではあるがマキエはクスクスと笑いながら沙耶と悠人達を交互に見ている。


「もう口の中に中和剤を放り込んでいるから安心なさい。怖がらせちゃったかしら?」


「いえ……全く……」


 街の明かりはまだ消えそうにもない。さっきは一体だけで済んだのは幸運か。一体だけの狐、悠人達はよく知っていた。あの動かし方は狐をスパイに誘っているのだと。狐の性能上、明かりがないと透明化にはなれないはずだが毛色が暗色なので夜にはもってこいであった。あの狐をスパイに使うなら……仇を討ち損ねたあの亜人が裏に存在することになる。


「頼む……マルス……みんな……無事でいてくれ……。俺もう二度も失いたくないんだ……」






「……ムッ!? 消えた……」


 目を覆っている布を取ったビャクヤは苦い顔をしながら皆に向き直った。その場にいるのはビャクヤのほかにケラム、クレアだ。彼らはすでにベイルの瞬間移動の力によって戦場である街へと転送された後であった。どこかの建物の屋上に彼らはいる。抵抗しようとした警備員の亡骸の上に座り込みながら血と泥を混ぜて作った塗料で顔を塗りたくっているケラム。目にかからないように顔に斜め線を入れたり、色々と忙しそうである。


「どうする? ここで騒ぎが大きくなれば邪魔者が入る時間がさらに早くなる。お前も面倒なことをする」


「へっ、あっしはね、戦士と相手をしたのみですぜ。いい度胸だと思ってやりましょうや」


「ケラム殿、クレア殿、早速……来る。もう一匹やられてしまった。……見たことがない人間も同行している。まだ強者を隠していたとでもいうのか……?」


「関係ない。私は私の恨みを晴らす。アンタらは好きにしな。ご主人はベイルの儀式の手伝いをしてやれとしか言わなかった。……今日に関しては群れなくてもいいわ」


 ダガーを取り出してスッと刃を向ける。クレアの髪が徐々に逆立っていき、剥き出しの歯茎が姿を表した。ベイルによって配下の魔獣や試作品でもあった人形はこの街にやってきている。背負った太刀をゆっくりと抜くビャクヤに四つん這いで喉をフルルと鳴らすケラム。雲隠れの月が徐々に姿を表していき、その雲に隠れていたベイルの鳥達が一斉に姿を表した。暗闇の中から爛々と輝く鳥達の目。夜の中でも鳥達は道を誤ることはなかった。地上のどこかで人間の叫び声が聞こえる。


 ビャクヤ達は建物の屋上からそれぞれ別れながら地面へと着地した。ビャクヤは落下の勢いを使って真下にいた人間を串刺しにした。縦に貫かれたのは男であったがビャクヤからすれば性別に興味はなかった。滴る血を舐めてから太刀を抜いてサイレンの中、動こうかどうか迷っていた人々の空気を一気に落とす。間近で人間を見たのはいつぶりであろうか。本当ならここで恐れ慄くはずなのであるが周りにいた民間人は目の前に現れた見たこともないような存在に衝撃を受け、体が動かないようである。


「なんだ?」


「コスプレ?」


「でも……これ……血じゃないか!」


「……あれ!」


 一人の民間人が指さした先にはビャクヤの影から湧き出てくる大量の狐たちを指さしていた。大型施設で出した時よりも大きな狐である。あれからさらに改良を踏んで製造された幻狐達であった。


「ここまで変わらないとは……死を以てでしか生を実感できない奴らめ……」


 ビャクヤの体には亀裂のような血の滲みが浮かび上がる。その滲みは刀までへと伸びていき、横凪に振われた瞬間、三日月のような紅い風が周囲に吹き荒れて車両も人も何もかもを吹き飛ばした。明かりがついていたはずのビルもガラスが一斉に吹き飛んでいき、上空に吹き飛ばされた人々は旋回する毒怪鳥の餌食となっていく。運良く引っかかって生きながらえた人々も駆けて来る幻狐に直ぐに追いつかれて運命には逆らえないことを悟るのだ。阿鼻叫喚再び、人々はここで初めてサイレンの重要性を悟った。知らないところで起きていた戦争の存在を知る。そして死の実感から湧き上がる生への執着。


「い……いや、いや……! たす……たす……!」


「そうやって命乞いしたものを貴様は何人殺した」


「私はなに……も……何もしてないのに……!!」


 血の水溜りの中で生きていた人間に対してビャクヤは勢いよく刀を振り下ろす。今の人間が何もしていない、それは関係ないのだ。ビャクヤは先生の教えを守って刀を振るうのみであった。今がその時、今が正義の時、その勢いでビャクヤは太刀を振り下ろす。


 その時だ。ビャクヤに対して槍のような鋭い風が吹いてくるではないか。後ろから拭いてきた風を頭を横にずらして避ける。避けれなかった哀れな狐がその風の槍によって屠られていった。そして足元にいた人間の姿がない。風を感じる、それも自分が知っている風ではなかった。かつてビャクヤが血を啜った人間が起こす風ではない。もっと荒々しく、そして向きの決まった旋風のようなものだった。


「関係のない人をここまで傷みつけるとはな……。どこもかしこも死体だらけだ」


「お前は……」


「俺か? 俺は……ライダーだ」


 あまりの恐怖によって失禁する被害者は女性だったことをここで知った翔太は尚更許せない。ビャクヤの足元から滑るようにして救出した颯太はただひたすらに謝る女性の手をぎゅっと握ってから翔太に向き直った。


「翔ちゃん……、俺はこの人を安全な場所に。鳥丸君達はビル群の救出に行ったって」


「そうか……。颯太、頼んだ。紅羽、大智、乃絵、交通規制は任せたぜ。ハイウェイにも奴らはウジャウジャしている」


 残像を残してその場から消えた颯太に周囲にいる狐達に向き直る紅羽達。そして紅羽の視線も感じながらビャクヤと向き直る翔太。まさか街に着いて早々出会えるとは思ってもいなかった。仇を取る時が来たのかもしれない。任務は街の防衛に敵対勢力がくれば徹底的に叩くと言うこと。パイプから溢れ出す嵐のような気流は翔太の心を表すものか。嵐を抱える翔太に意外にも構えをせずに立ち続けるビャクヤ。丁寧に着物を着こなしているビャクヤに対して翔太は首をもたげながら話しかけた。


「お前……構えはないんだな」


「我の流派に構えはない。敵は自ずから跪く」


「ケッ、シャラクセェ! 裂断蜻蛉スピリットセイバー!!」


 嵐のような仇討ちが始まろうとしていた。

木原マキエ

適合:媚薬薔薇サイケデリックローズ

使用武器種:キセル

性能:キセルに内蔵された魔石の粒子が副流煙によって吐き出されることにより、強力な幻覚作用を発揮する。主流煙となる魔石の粒子は使用者の身体強化を大幅に上昇させるが中和剤を服用しないと体を壊すことになる。

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