戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSプルカザリ-2

公開日時: 2021年8月19日(木) 21:21
文字数:2,937

 波止場から飛び込み台のように海の中へ入っていったサーシャ達。剣を担ぎながら飛び込んだ昇、なるべく音を立てないで飛び込んだ藍。そして水泳の飛び込みのように音も立てず、なおかつ綺麗に着水したサーシャ。知らないところで長年培ってきた水泳を披露してしまい、どことなく気まずくなったがサーシャは槍を握って魔装を起動させる。


 槍から右腕、と光が広がっていき一旦覆われたら呼吸開始の合図である。パイセンのアドバイスに従ってサーシャはありったけの水を鼻や口から吸い込んだ。鼻奥を突くような痛みが一瞬起きたがすぐになれる。まだ呼吸したてなので高山の上で走っているような息苦しさはあるが呼吸は出来上がっていた。胸を押さえながら大陸棚に着地したサーシャ達。隣の藍や昇は元から慣れていたのか満更でもない様子で目的地への方角を見ていた。


 少しだけ歩いた先に見つけたのが目標のプルカザリだ。大陸棚に寝転がるように張り付いており、見た目は巨大なヒトデのようだった。ただ、海溝の割れ目を覆うほどの巨大さを誇り、衛生写真にも一部だけ黒く濁ったような色をして写真が撮れるほど巨大だ。10本ほどの大きな触手に真ん中についた大きな口、体の至る所で開け閉めされる目とかなりグロテスクである。


「本当に大人しい魔獣……。水が綺麗すぎるのが気になるけど、何もしてこないのね」


 海溝へと続く崖のようなところから背伸びをして覗こうとするサーシャであったが藍がスッと手を出して静止させた。指を出した先には鯱型の魔獣が群をなしてプルカザリへと向かっている。イワシの群れのように綺麗な形を作って突撃する鯱型魔獣を見て水中に戦闘員があまり手を出さない理由を悟った気がした。


「鯱が小魚みたい……」


 小魚にも見えてしまうほどの大きさを誇るプルカザリに対して鯱達は大きな口を開けて食らいついた。プルカザリの触手を凄まじい速度で食らいついていく。肝心の本体は何も抵抗せず、魔獣の理から外れた存在に見えた。


「無抵抗!? まさかこのまま……」


 このまま食べてくれればよかったのだがサーシャの淡い期待は打ち砕かれる。プルカザリは食われた部位を急速に再生し、自身の肉体に取り残された鯱型魔獣ごと再生させたのだ。取り込まれた仲間を見て逃げ出そうとしたが既に遅く、肉体の大部分を取り込まれて絶命した様子で打ち上がっていく。


 遠野班の報告書の真相はこのことか……と圧巻するサーシャに合わせて真顔で昇の肩に手を置く藍。睨む昇。


「こっわ……。怒らせたらダメなタイプね」


 今からそのプルカザリを怒らせに行くことに憂鬱を感じるサーシャ。パイセンが隣にいれば茶化したり茶化されたりで気分が落ち着く気がするのだがそうもいかない。緊張しやすいことと自分1人ではまだまだなところは直されていないらしい。


 ため息のような泡を上げながら顔を上げたサーシャであったがこちらに血眼な目で接近する藍を見て槍を握ってギョッとした。彼女の魔装である鎌を振り上げた時は生きた心地がしなかった。


「殺される!? まだ胸のこと気にしてたの、この人!?」


 目を瞑ってごめんなさい! と心の中で謝ったサーシャ。そうであったが生きている自分に気がついた。恐る恐る振り向くとすぐ後ろでさっきの鯱型魔獣が両断されていた。さっきの群れからはぐれた個体だろうか。プルカザリの体になることは避けれても藍によって頭から真っ二つにされた鯱の顔は驚愕の二文字で埋め尽くされていた。


 助けてくれたことに気がついてサーシャは頭を下げたが待っていたのは拳の一撃だった。鋭い痛みが頭に走り、顔を上げると怒ったような藍の顔が。謝罪のお辞儀をしたサーシャに満足したのか元の位置に戻る藍。昇はそのあとについていくようにして進んだがいい顔はしていないと思う。


 相手が仕掛けてこなかったからの油断。他の場所で必死に戦ってる仲間に申しわけがないと思い、気合を入れ直す。これ以上は新人殺しの汚名に繋がる。ここまで新人殺しの名を上げてくれた仲間に申しわけがない。


 さらに接近すると今度はプルカザリの下から大量の魚群が現れた。大きく開いた口から覗く牙は不気味だ。今度のは文字通りの小魚であるがあまりにも数が多い。それに合わせて全てが魔獣。


 サーシャは迎撃のために水流を生み出して撃ち出そうとしたが藍に止められた。また手を前に出されたサーシャはキッとしながら藍を見るが冷め切った顔で落ち着いている。その視線の先には口から泡を大量に出しながら笑う昇が背中からソードブレイカーを引き抜いた瞬間だった。


 剣を横にして軸足を中心に駒のように回り始めた。昇の適合は孤軍鯱ロンリーキラー、食物連鎖から外れることに成功した強者の魔獣。噛んだ獲物は何があっても離さないことで有名であり、その顎の強さやしぶとさから水性魔獣の中でも最強とも言われている。回転によって回りの水流が彼の剣に固定されていく。現れた巨大な水流は剣先に集まっていき、昇は一歩踏み込むように大振りで振り回した。


 魚群を薙ぎ払うと同時に水流同士がぶつかり合って渦潮にも引けを取らないほどの水流が発生。サーシャは海底へと引きづり込まれそうになったが何食わぬ顔で彼女の手を取る藍によって救われた。全てが混ざってしまうかのような水流の中で藍の体は地面についており、動く様子がない。サーシャは事前に聞いていた藍の適合を思い出して改めて驚愕した。


 その魔獣は速く泳ぐためにある物理法則を超えることに成功した。速くなるために己の体を変えるのではなく、己の体にかかる何かを切り捨てることに成功したのだ。海の中で煌めく流星のように泳ぐその魔獣は魚型魔獣の最強とも言われる海の王。その名は、


切断嘴魚カッティングソードフィッシュ


 保存力以外の力を無効化させる力を持つその魔獣に水圧も海流の流れも関係ない。受けるのは重力を含む保存力のみ。摩擦や圧力などの影響を受けない藍は最大速度で見れば極東支部最速を誇る戦闘員であった。故に水中戦でも浮遊感なしに地上と同じような戦闘をすることも可能で昇の激流に対しても何の影響を受けないので共に戦うことができるのだ。


 昇はさらに一回転、もう一回り剣が大きくなったところで能力を解除。そのまま吐き出すように打ち出された水の砲弾はプルカザリに直撃。水中で泡を噴き出しながらの轟音が響き、プルカザリに致命傷とも言える傷を与えることに成功したがすぐに修復された。


 再生はされたが昇も藍も動揺せずに一方的な攻撃を開始する。昇の激流、藍の地面を滑るように移動しながらの一撃。どれもサーシャが実戦で使っていたような戦い方だが威力や性能は向こうの方が上だった。


「まさしく化け物ね、この人たち……。てかこれより強いアイツって一体何なのよ」


 呆れとある意味での絶望を向けながら藍達とプルカザリを交互に見るサーシャ。誰も奥にいる自分のことは見てもいないし、サーシャ自身混ざってはいけないような気がして動くに動けなかった。今までの自分の戦い方が意味のない二番煎じのようにも見えて来て息苦しくなる。


 今のサーシャには様子を見ることしかできない。劣等感と無力感による謎の浮遊感を感じながら掴む槍から今まで見たこともないような光が漏れ出ていたのを彼女は見逃していた。滝登りはまだ終わらないらしい。

梶沢藍…21歳

適合…切断嘴魚カッティングソードフィッシュ

使用武器種…大鎌

性能…保存力以外の力を無効化する


備考:海洋型魔獣適合なので水中活動が可能

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート