「これをこうやって腕にはめて……ほら、これでセットは完了だ」
パイセンはダイヤルをゆっくりと回しながら慎也の右手首にブレイザーのような機械を取り付けている。カチャカチャと音を立てながら慎也の手首に密着していく機械を見て「おぉ〜」と声を上げる慎也。
「これで……完成ですか? すっごい、全然重くない」
手首に貼り付けられた機械は思った以上に重くなく、むしろちょうどいい重しになっているので針を投げる時も操作がしやすいような印象を受けた。パイセンに教えてもらったとおりに手の甲側のスイッチを軽く押すと手首側のギミックが作動してナイフのような刃がジャッと勢いよく飛び出す。まるで手首から刃が生えたように見える隠しナイフを見て慎也は「お、おぉ〜? おほ〜」と変な声を漏らすことしかできなかった。そんな慎也を見てパイセンはニッと笑う。
「これは元々レグノス班の透明マント部隊が使用していた隠しナイフだ。切れ味も一般装備だけど中々すごいぞ? 外すときはこのダイヤルを逆向きに回せばいい」
ここはパイセンの自室でもある武器庫兼ラボでレグノス班が使っていた一般装備や使われることのなかった武器や装備、弾丸や火薬など様々な装備を収納していた部屋だ。部屋の広さはそこそこ広く。慎也は通っていた中学校の教室4つ分はありそう……と見渡して考える。
「ここって本当に武器多いですよね……。どこで寝たり作業したりするんです?」
「作業はあそこの作業机で行う。ここは工具も充実してるからバットの性能も上がりそうだ。寝るのは……ここだ」
指差した作業机の隣に灰色のソファがありそこにはタオルケットと枕が置かれてある。慎也はギョッとした目でパイセンを見たがパイセンは満更でもない表情で「いいソファだろ?」と話しかけてきた。
「えぇ……、寝違えったりしないんですか? ていうか服はどうしたんです!?」
「服はここの……収納スペース」
戦闘服と普段着は壁を切り抜いたかのようなクローゼットにハンガーでかけられている。密集してギュウギュウになってる様はなんともパイセンらしい。
「部屋はまだ余ってるんでそこを活用してくださいね……。なんか心配だなぁ……」
「最年少に心配されるもんでもねぇよ」
「まぁ、そうですよねぇ。ナイフ、ありがとうございました」
慎也はペコリと礼をして部屋を出て行った。一度決めたパイセンに対して変更を求めるのは無駄だと知っている。漢とはかなり頑固なものなのだ。話し相手がいなくなった武器庫にはフーッと息をつくパイセンと使われることのなくなった武器だけが残っている。パイセンはソファにゆっくりと座って棚に収納された武器を眺めた。
「お前らも寂しいんだろう? 仲間は帰ってこなかったからさ」
不自然に間が空いたアサルトライフルの棚、火薬、スコープ、ナイフの数々。ちょうどこの前の悲劇の犠牲者分なくなっているのを見てパイセンも少し悲しくなる。あのとき、マルスは死んでいったレグノスや稲田達のために涙を流していたが自分はというと少し方向が違った怒りを覚えているようだった。サーシャも大事だ、それはパイセンも分かっている。そうではあるがカッとなると目の前のことしか見えなくなるのはパイセンの悪い癖だった。リビングから持ってきたペットボトル入りのコーラを飲みながらしんみりとした気持ちになっているとノックの音が。パイセンはすぐに反応した。
「誰だー?」
「パイセーン? 私〜」
パイセンはソファから立ち上がって棚を抜けながら入り口のドアを開けた。少し重いドアを開いていくとニッコリ笑って小さく手を振るサーシャが迎えてくれる。
「ヤッホー、パイセン。今、暇?」
「暇だ。コーラ出すから話し相手になってくれ」
「コーラね。ちょうどいいお支払いだわ」
サーシャも部屋に入る。両極にある武器の棚や装備の数々を見て「ほ〜」と声を上げながらパイセンの作業机まで共に歩く。一本予備にとっておいたサラのペットボトルコーラをサーシャに投げ渡す。サーシャは少し慌てながらキャッチした。
「炭酸抜けちゃうでしょ? もう……」
「抜けてもうまいだろ」
パイセンはソファに座ってコーラを飲む。時間が経つほどに抜ける炭酸、強まる甘み、チラッとパイセンは隣を見た。相変わらずのキャミソール、その下にはブラ着用で下はショートパンツだった。裸足にスリッパなので彼女の華奢な脚が丸出しだ。パイセンはそこよりもサーシャの頭に注目した。
「お前……そのリボン」
「あ、これどう? 自分で結んだから形崩れてない?」
「似合ってるじゃん。普段もつけてたらいいのにさ」
「あー、ダメダメ。戦闘中になると邪魔でしょ? 私がこれをするときは任務がない時とパイセンの部屋に行くときだけー」
「なんだそれ」
黄色のヒラヒラしたリボン、戦闘中は無地の青色ヘアゴム で髪を束ねているサーシャであるがこういう時だけは可愛らしいリボンや髪飾りで来てくれるのでパイセンとしては自分だけの特権という気がして幾分か気分が良くなる。鈍感そうに見えてパイセンはサーシャの色々を知っているつもりであるがこのようなオシャレに気がつくことはなかった。次からは開催予告のないファッションショーが見れるのかもしれない。
「そういえば……腕の怪我……、もう大丈夫か?」
「あぁ、うん。大丈夫よ。ほら、後も残ってない」
サーシャはミルクのような色をした綺麗な腕を見せてくれる。リザードマンのケラムにひねる潰された手首はすっかり綺麗に治っていた。改めて田村の凄まじい治癒力に感嘆すると同時に少し彼女の顔が引きつっていたのを察し、パイセンは声をかけた。
「サーシャ?」
「あぁ、ごめん。心配しないで。槍もうまいこと動かせるようになったの。パイセンこそ……怪我あったでしょ?」
「気にするな。個人的にだな、怪我で苦しむお前は見たくない。俺よりも痛そうに見える」
「んっ……」
普段は冷め切ったような肌を見せるパイセンも幾分か火照ったかのように赤い。アンタも照れてるの……? と言いそうになったが喉元でその言葉は遮られる。照れてるサーシャが言ったところで話がつながるとは思えない。
「ん……ん……あぁ……このコーラうまいな。お、サーシャも飲み切ったか。じゃあここで待っててくれ。リビングにゴミ捨ててくる」
パイセンはサーシャからペットボトルを取ってニッと笑いながら部屋を出ようと背を向ける。何歩か歩いた時にパイセンは温もりを感じる。背中に柔らかみを感じて「え?」と立ち止まった時に肩越しに振り返るとサーシャが背中を抱いてくれている最中だった。
「や……」
「はぁ?」
「一人は嫌……」
お互いの温度を共有し合うような感覚。上昇する体温は捻れる勢いでパイセンに流し込まれ続けた。流石のパイセンもこの展開は予想できないし、初見プレイすぎて顔の色も赤い。どうやって対処しようかなんて考えれる余地はない。
「私……知ってるよ? あの戦いのとき、パイセン『俺の女』って言ってたよね?」
終わった……、パイセンは聞かれていたとは思わずにどこかがゲッソリと萎えてしまった気がした。好きでもない異性からの好意ほど気持ちの悪いものはない。それは十分に承知しているパイセンはなんて返答しよう……と目を泳がせる。そうは言っても初めては苦手なパイセンだ。いいカードを引けるわけがない。手札はゼロ、カードの引きは悪い。しょうがなく、パイセンは手札から「言い訳初歩以前」を発動させる。
「まぁ……言ったけど……あれはぁ……」
「ありがと」
「はい?」
「この部屋、ちょっと暑いね」
お前が密着してるからだろ……と内心で舌打ちするパイセンだが妙に暖かい気がする。冷暖房設備も完備してあるこの部屋だが今日は一切つけてない。なんだかポカポカするようでパイセンも少し眠気が襲いかかってきた。
「一緒に捨てに行こ。こんなソファじゃあ寝れないでしょ? そのあと……なんだけどさ。私のベッド貸してあげる。今夜は……ずっと一緒に寝……」
「ちょ……待て! サーシャ! 一旦落ち着けよ!」
パイセンはサーシャの腕を一旦解いて一歩後ずさった。後退って見て分かったが非常に肌寒い。パイセンの体表に張り付いていたポカポカは一瞬で消え去った。
「ちょ……今は無理だろそんな関係……。色々と準備がいるじゃん? ゴムとか」
「え? ゴム?」
「え? いらねぇの?」
サーシャは普通に一緒に寝るつもりでパイセンにベッドを貸すといった。それはあくまで一緒に寝てもらうために言ったのであったゴムを使い合うような関係を持つために言ったのではない。サーシャは一人で寝るのが少し怖くなったところがあったのだ。あのトカゲはいつどこからやってくるか分からない。そんな気がして一人で寝るのが怖い。隣にパイセンがいてくれればそれも薄れてまた元気な姿を見せれるのかもしれない。そう思えたのだ。ポカポカするパイセンのことを大事に思うサーシャの気持ちである。それを彼は……。
「アンタねぇ……」
ここでパイセンは人生最大の過ちを犯してしまったということに気がつく。「お前……奥手なんだよ……」と思いながら冷や汗がタンクトップを伝って滴り落ちる。
「このハレンチ者ぉおおお!!」
「えぇ!? ちょ……やべ、やべてぇええ! 痛い! ちょ! アッ……! ギャァアアアアア!!」
パイセンの叫び声を聞いて驚いた様子で新人殺し全員が駆けつけたところ、アサルトライフルを構えて肩で大きく息をするサーシャに対し、必死で「申し訳ございませんでしたぁああああ!!」と土下座するパイセンという地獄絵図が広がっている。
結局、香織がサーシャを、パイセンを悠人が回収してお互いを隔離することで夜を過ごすのであった。新人殺しは今日も平和……?
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