「お疲れ様でした」
マルスは研究員の声で目を覚ました。ハッとした頃には自分はコネクトの中からゆっくりと歩んでいき、そして周りを見渡す。コネクトのドアは全て開かれており、そこには疲労困憊状態の優吾が壁にもたれかけて深いため息を吐いていた。
本当に勝ったのかよくわからないマルスであったが時を同じくして機械から出てきた悠人の安心しきった表情を見て本当に勝ったのだと理解する。
「みんな、ご苦労だった。何とか勝つことができた……な」
バーチャル空間からの帰還の際には少しだけ疲労感が募るらしく、ハァハァと息をきらしている。マルスだって疲労感が溜まっており、今は立つことで精一杯と言った様子だ。
寧々の鞭による一撃や他の戦闘員の攻撃から生まれる痛みがまだ感覚として残っていた。一回戦は運が良く勝つことができたが……、このまま二回戦へ進んでも今のままなら勝てる気がしなかった。
「いい試合だったよ、東島班のみんな」
そんなマルスを無視して近づいてきたのは着物を着た糸目の男性だった。そしてマルスはその男性の腰に紐付けで12枚のお札があったことから彼こそがお札を貼った張本人だと知る。
「少し早めに入って準備を進めていたのに……負けちゃうなんて君たちはすごいね。あ、自己紹介送れた。数珠繋ぎ班長の安藤清志です。これからも縁があったらよろしくね」
悠人にニッコリ微笑んで握手を求める安藤。悠人は安藤と握手してから「あんた達の作戦にはヒヤヒヤした」と何か思い出して嫌なことがあったのか顔を曇らせた。
「ハハハ! 凛奈の一撃はそんなに痛かったのかい?」
「あんな拳はもう受けたくないです」
「お兄ちゃん、次は負けないからね!」
悠人とサーシャの元へ一人の少女が歩み寄ってきてピッと指を指した。その様子を見て悠人は微笑んで「機会があれば……相手したいな」とだけ答える。
それぞれが相手したであろう安藤班の戦闘員との交流が始まっていた。昨日の敵は今日の友、と言った言葉があるがまさにその通りだ。マルスが会話している様子を見て人間は団結するのが早いんだなと感心していると自分に近づいてくる人物を発見する。
寧々だ。少しだけ頰を赤らめてモジモジしながらマルスに近づいてきた。そして恐る恐ると声をかける。
「あんたが……マルス」
「そうだ」
「さっきのことは……やっぱり嘘かい? もし嘘じゃなかったら……!」
「あぁ、安心しろよ。嘘だから」
それをマルスが言い放つとクワッと目を見開いた蓮と慎也が「すみませんでした!! ウチのバカが!!」と頭を下げる。演技でいった騙し討ちにそんな重みがあるものなのか? とマルスは疑問に思ったが蓮と慎也と一緒に頭をヒョイと下げた。
「あ……、やっぱりそうだよね……。あたしじゃあ……ね……」
寧々は塩を振り掛けられたかのようにしんなりしてマルスの元から去っていった。
「おい、マルス。さっきの光景はどういうことだ?」
「あぁ、隼人。騙し討ちでテレビの演技したら心配して確認しにきてくれたから嘘だってはっきり言ってあげたんだよ」
「騙し討ちって……。女の人の心を踏みにじるのは良くないと思うぞ?」
「女と一緒に寝たこともない奴が言うんじゃねーよ」
「蓮、マジで……それはダメだから……」
蓮の言葉にさらにしんなりする隼人。マルスは少しおかしくて笑ったが頭の中で何かの光景が一瞬の隙に横切った。自分は神殿の中でチェスをしている。そして自分の隣には興味深そうに覗き込んできている一人の女性がいた。女性、そう女性だ。顔は全く見えないが確か自分とは逆で透き通るような白色の髪だった。
そこまで思い出したところで安藤班は去っていき、新人殺しだけがその場に残った。そして東島が振り返りというのかはわからないが話始める。
「今日は……、俺の作戦ミスだ。本当に……すまなかった」
悠人が全員の方向を見て頭を下げた。マルスは初めて、頭を下げる悠人の姿を見た。
「危うく……、全滅だった。何とか勝てたが……二回戦もこれでは勝てないと思う」
「気にしないで。まぁ、私たちもマルス君の意見も尊重しないといけないって思わないと。新人さんだけど大事な班員だからね」
サーシャがマルスを見ながら全員に言い放った。悠人以外がうなづいて決意を込めた表情をしたが肝心の彼がやるせない表情をしていることにマルスは腹が立ち、声を出す。
「なんだ、東島。言いたいことがあれば言えよ」
「お前がもっと早く連絡をくれれば……」
「まだ言ってるのか? そろそろ現場を知れ。さっきお前の作戦ミスだって言ってただろ? 今回はお前の作戦ミスのせいで全滅する危機になったんだ。少しは全員の意見をまとめることを覚えろよ」
「新人に何がわかるんだよ……」
「知るか、もっと素直になれ。そうしないと『新人殺し』のレッテルはいつまで経っても剥がされないぞ?」
それをいうと悠人はマルスの胸ぐらを掴みかかって「黙れよ……」と掠れた声で言う。
「これ以上、そんなことは言うな。これは仮想だ、いいか? これは仮想なんだ。いくら死んだって帰還すれば問題無い」
ドガッ!
研究室に生々しい音が響き渡る。悠人は殴られた右頬を手で押さえてマルスを見る。対するマルスはというと怒りを堪えている表情をしており殴った拳がワナワナと震えていた。
「愚者が! 仮想だ? ふざけるな……! 仮想だからって班員に死んでもいいって言ってるのか? それが班長の言葉か!! 俺のどこが気に入らないかはわからないがまずはこいつらに謝れ、この班の為に一回戦で死んだ奴に謝れ。いい加減、自分の言ってることに責任を持て……いいな?」
「お前に……何がわかるんだよ……。嫌々迎え入れたようなお前の……何がわかるんだよ!!」
ドス! ドス!
マルスと悠人のうなじに針がそれぞれ一本づつ刺さる。慎也はそれを引き抜いてからやるせない表情で眠っていく二人を見ていた。
「こんなことに役立つなんて……思いたくもなかったです」
針をしまってため息を吐く。全員、倒れている二人を見て考えさせられることとなった。悠人の気持ちは痛いほどわかる。双子の姉を自分の判断ミスで失って、新人殺しのレッテルを勝手に貼られて。ここ1年はずっと泣いてくらしていることを彼らは知っている。
その中で生き残った自分達のことを本当に大事にしてることだって。マルスの気持ちもわかる。マルスはまだ知らない、この班がどうやってできたかなんて。彼はまだ何も知らない。無知であるが故の彼の意見もよくわかるが……、どっちが賛成か何て考えることはできなかった。
「帰るよ。隼人君、蓮君。それぞれおぶさってくれる?」
「あぁ」
「もちろん」
蓮と隼人はそれぞれマルスと悠人をおぶさって部屋を後にする。このままがいいなんて思わない、それは絶対だ。でも、今の状態から何歩か前進することができたとしても……この二人は壊れてしまうと思っていた。
一回戦の終了はやるせない雰囲気で終わってしまう。サーシャは振り返った時に見えた眠っている悠人が涙を流しているのを見て少しだけ息苦しくなるのであった。
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