戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

はじめての会話

公開日時: 2020年9月26日(土) 22:50
更新日時: 2020年11月12日(木) 07:54
文字数:4,123

 「対魔獣戦闘員協会 極東支部」マルスは物陰から門に書かれた文字を見ていた。やはりと言えばいいのか、人間は魔獣にただやられているだけの存在ではなかったようだ。


 先ほどのグループも慣れた手つきで魔獣に止めを刺していたので、案外人間は魔獣に立ち向かえている、ということなのであろうか? 茂みの中でマルスは考えた。


 このまま隠れておくのもアレなので、マルスは茂みから抜け出して建物をよく見てみる。周りに街はない。過剰とも言えるほど大きな壁が建物の周りを囲んでおり、外部からの侵入者を防いでいた。


 門には人が配置されており、警備も行き届いているように見える。


 マルスは知らない人と話すことが少し苦手だが、この世界の人はあのクソジジイよりは物わかりがいいだろうと思い、マルスは門へと近づいていく。当然、門番に武器を構えられ、マルスは観察することに。


 門番の装備はリーチの長い槍だった。服は警備服のようだったが、マルスはただの服ではないなと予想を立てる。門番は3人いて、真ん中の人物に声をかけられた。


「用を言え」


 本来の人間ならここで震え上がって逃げ出すのだろうが、マルスはというと本格武装をした神の兵士に踏み潰された思い出があるので大して恐怖が湧かなかった。むしろ、「お仕事ご苦労だな」と言った労いの言葉を向けようとしてしまう。


「急にきてすまんな、ここが戦闘員の居場所か?」


「……面会希望者か?」


「いや、戦闘員になりたくてやってきたのだが……」


「……志願兵か……。お前、いくつだ?」


 マルスは少し戸惑ってしまう。初めて会話をした人間がまだ物分かりの良さそうな人間であったことは良かったが年齢なんて考えてもなかった。概念が消えない限り死ぬことがない神であるマルスは少しの間考えてから口に出す。


「17歳だ」


 特に根拠があるわけでもない。ただ、川で確認した時の見た目が十代後半の姿をしていたことから適当に年齢として言っただけなのに警備員は少し不憫な顔をした。


「そうか……、もう決まったことなのか?」


「ここしか居場所がない」


「覚悟はある、か……、案内する」


 警備員の男は残りの二人に一礼して、先導して歩き始めた。マルスも足早についていく。門の中に入ってみると、中は思った以上に広かった。神界の住人だった頃の敷地と同じくらいの巨大さだ。花畑や湖はなくても大小多数の建物が壁の中に存在し、一種の町のようなものになっていた。驚いたマルスの顔を見て笑いながら、警備員は色々話してくれる、名を渡辺と名乗っていた。


「驚いただろ? ここがDBCが設立した、対魔獣の戦闘員協会だ」


「DBC?」


「知らないのか?」


「あぁ……、俺は……ずっと一人だったから」


 渡辺は少しだけ考えるような表情になった。マルスはそのままのことを言ったのだが、相手は孤児であると思っているらしい。それもあながち間違ってないし、マルスにとってはその解釈の方が都合がいい。


「Demon Beast Counterplan、の略称でDBC、簡単だろ? 世界的な対魔獣組織だ。ここにはDBC配属のレイシェルさんが所長を務める極東支部ってわけさ」


「そうか、丁寧にありがとな」


 知らないうちにお礼の言葉を口にしていたマルスはハッとしていた。ここの人間の方が神よりもよっぽど理性を保てている。一体どうして神の方が見ていて哀れな存在なのだろうか、マルスは自分が神であることを恥じてしまう。


「そう言えばお前、名前は?」


「……マルスだ」


「あぁ〜、やはり外国人か。日本の顔じゃあないからやっぱりと思ったけどな」


 マルスはもう一度渡辺の顔を見てみた。たしかに歴戦の戦士のような彫りの深いをしているが、マルスは日本の顔というものが理解できなかった。辺りを見渡すと目の前に一番巨大な建物が見えてくる。見上げようとしても日光が眩しくて目をつぶってしまったが、自分の神殿より圧倒的に大きかった。


「ここが極東支部本部、それ以外の建物は訓練場や戦闘員たちの居住区となっているんだ」


 見ず知らずの相手にここまで丁寧に道を案内してくれるものなのか? マルスは今までで一番親切にされ戸惑ってしまった。それよりもびっくりしたのが半透明な扉に触れようとしたら自動で開いたことだった。「ワッ!」と声を上げてしまい、渡辺は「ん?」と振り返る。


「どうした?」


「あ……自動で……」


「あぁ……、やっぱりこのドア手動って間違えてしまうよな。ドアノブいらないと思うのによ。気をつけろよ」


 この世界では扉は自動で開くものなのか? マルスは一瞬無駄な発明をしたなと人間に呆れてしまった。咳払いをして建物の中に入る。そこはロビーだった。


 大理石と赤い絨毯で彩られた綺麗なロビーで奥の方に立派な受付が見えた。受付嬢の仕事のスピードは早く、やってくる山のような書類を慣れた手つきで整理していく。その様子にマルスが目を奪われていると渡辺が一枚の紙とペンを持ってやってきた。


「これに名前と個人情報を書いてくれ。お前はここの孤児って印に丸をしているから書ける情報だけでいい」


 そんなズボラな書類でいいのか? マルスは戸惑いながらも書類を受け取って頷いた。そして渡辺は仕事があるから、と言って手を振りながら去っていく。最初に会話をした人間が渡辺で良かった、とマルスは少し嬉しく思った。


 近くの机に紙を置いて書類を見てみる。名前、生年月日、住所、これまでの生い立ち、志望理由。マルスにとって自信を持ってかけるのは名前しかない。とりあえず名前だけを先に書く。そして生年月日は3月10日に設定。理由は適当にそばにあったカレンダーをペラペラめくって一番最初に目に入った日だったからだ。住所は白紙、これまでの生い立ちも「孤児になる」とだけ書き、志望理由は「ほかに行き場がない」とだけ書いて、案内板を確認し窓口まで持っていった。


 窓口の受付嬢はマルスから書類を受け取ると「あぁ……」と声を漏らしてすぐに営業スマイルに戻って仕事に戻る。嫌な顔をされることは慣れているのでマルスは大して何も思わない。そんな、無の表情のマルスに受付嬢は機嫌を悪くしたかと思ったのか色々話しかけてくれたが、マルスは「だから?」と「わかんねぇ」で押し切った。


 泣きそうになる受付嬢を見てマルスは「俺、何かしたか?」と戸惑っていると、受付嬢は「筆記の試験を受けていただきたいのですが……」と確認してきた。


「試験……?」


「はい、マルス様が戦闘向けかどうかを知るテストでございます。点数次第で戦闘員か非戦闘員に分けられるので……」


「かまわん、続けろ」


「ヒグゥ……! こちらへどうぞ……」


 よほど仕事で疲れているんだろうなとマルスはかわいそうに思いながら受付嬢についていく。テーブルが一つ置かれたシンプルな部屋に入れられ、何枚かの紙とペンを渡された。


「五十分後に来ますね。それでは始めてください」


 受付嬢がピッと何かを押してからそれを置いて部屋を出て行った。その何かは「50:00」という数字から1づつ引かれていく。おそらく時間を測る道具なのだろう。便利なものだ、自動の扉と比べれば。


 問題を確認すると長々とした説明文がたくさん書かれており、その説明文の武器名を答えたり使用方法を記述する問題だった。自分の得意分野…どころか自分が生み出したものの話なので、マルスはスラスラと記述シートに答えを書いていく。途中でこのまま書き続けると他のスペースがなくなるなと思い、その修正時間にほとんどを使ってしまった。


 意識の全てを紙に移していたので、アラームが鳴った時には彼は飛び上がりそうになる程驚いた。そしてさっきの受付嬢がマルスの元にやってくる。紙を受け取って答案をみると、その受付嬢はびっしりと書かれたマルスの回答に「ギャッ!」と声を上げてから部屋を出て行った。


「喜怒哀楽が激しい女だ……」


 マルスはその場で書く言語を間違えてしまったか? と不安になった。ここが極東支部、という情報を元に、マルスは日本語を書いた。戦ノ神はいつも世界情勢を気にしていたので人間が使う言語の勉強をしないといけなかったから、世界中の言語を習得していた。記憶に制限がないのでこういうところだけ都合の良い神の体にマルスはため息をついた。


 待つこと三十分、やはり言語を間違えたか? と不安がっているとバタンと扉が開く。先ほどの受付嬢ではなく寡黙な女性がその場にいた。ギラリと反射する眼鏡をかけた白……いや少し濁った灰色のロングの髪を持つ女性。


「マルス、であってるか? 私がここの所長をしている。レイシェルだ」


 レイシェルは達者な日本語で自己紹介ををする。マルスは頷いた。


「さっきまで君の回答を確認していたのだが、全て合っていた。信じられない、荒唐無稽なデタラメではなく洗練された回答で驚いたよ。書類を見て思ったのだがどこでそんな情報を得たんだ?」


「俺の元々の仕事の内容だ、孤児だからというのは関係ない」


 相手の威圧感は凄まじかったが、マルスは屈せず裁判の時のように答える。するとレイシェルはフッと笑って手にした書類を机に置いた。


「期待の新人が入ってきたようだな、今日からでいいのだな?」


「は? もう試験は終わりか?」


「受付から聞かなかったか? これは戦闘員か非戦闘員を決める試験だ。お前がこの書類に名前を書いた時点で戦闘員になったも同然なのだよ。いつ死んでもおかしくない仕事だから実技なんかしてると日が暮れてしまう」


「あんたは実技もさせずにポンポン魔獣の元に人間を送っていたのか?」


 マルスがそう口にするとレイシェルは「ん?」という疑問が生まれた表情となった。そしてマルスの目を覗き込む。メガネの奥の灰色の目を見てしまいマルスは一瞬心の中全てを見透かされた気がした。レイシェルはマルスの目を覗くのをやめた後ため息をつく。


「欺こうと思っていると思ったら違った、疑ってすまない。そこに椅子はあるか? 私も座らせてくれ」


 マルスは壁にかかった椅子をレイシェルのところまで持っていく。神であるから、というプライドは正直言ってマルスはなかった。椅子にかけたレイシェルは両肘をついてマルスに語りかける。


「この戦闘員の世界では、対魔獣装備、通称『魔装』を使って魔獣を討つ」

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