「優吾!! おい!! 優吾ぉ!!」
自分に向けられている声にやっと気がついて優吾は目を開けた。天井の夜空……ではなく、目を潤わせた状態で悠人が優吾の手を握っていたのだ。その側には優吾の体に鎖を巻いて治療していた乃絵がいる。半身を起こした優吾、悠人の後ろに香織がいることも知った。
「……世話を……かけちまったな」
「なんでもかんでも自分で解決しようとしすぎです。大原くん、冗談抜きであなたは死ぬところだったんですよ? 悲しむのが誰か、考えてください。……関原の坊ちゃんの方が聞き分けがいいですよ」
鎖を外して束ねながら叱る乃絵のその顔を見ていると優吾はバツが悪くて俯いた。が、そのまま立ち上がって頭を下げる。
「すまん……。ここからはみんなと行動した方がいい。木原さん達と慎也は逃している」
「あぁ、パイセンとサーシャが保護している。アイツらから連絡がきたよ」
「アイツらはどこにいる?」
「安藤さんが作った路地の避難場所だ。この町でいうところ……西区、4番街」
「4番街……! 悠人、そこは危険だ。木原さん達をなるべくそこから離した方がいい。あそこから空に飛び出す亡霊を見たんだ!」
優吾は通信機を起動させてパイセンに繋ぐ。魔石に侵食された時に西区路地近くから飛び出す亡霊を見たということ。亡霊は鳥型魔獣の翼に張り付くように共に空を飛んでいたこと。そして……その亡霊は飛びながらベイルとマルスが交戦している場所へと向かっていったこと。
『それって……研究所で読んだペリュトン伝説そっくりじゃないか!』
「あぁ……予習しておいてよかったな。俺が研究所で亡霊を見たのは偶然じゃなかった。鳥人族の神として崇められたペリュトン……この夜に備えて亜人が森の魔獣を導いていたんだ。悠人が回収した魔石がそれだ。それと同じようなものがこの街にある」
『じゃあ……その魔石を壊せば亡霊の導きはなくなる訳だから……あのおかしな魔獣達に痛い目に合わせれるな』
パイセンは通信を切り、優吾は皆に向き直る。説明を欲しがっている香織と乃絵だったが悠人は大方が理解できたようだ。
「俺たちが知っているベイルは瞬間移動を使う鳥人族だ。が……今夜は違う。ビルの壁に巨大な魚の影浮かべだり、影のような刃を出したりとやりたい放題だ。それはあの腕が関係しているかもしれないのは皆も承知だろうな」
「あの腕……マルスや悠人の一撃を受けていたけどケロッとしてた……」
「俺はあの腕に魔石を入れていると見た。それと散々言っている亡霊についてだな。悠人、鳥人族について……調べてくれたよな?」
「あ、あぁ。お前がさっき言ったペリュトンも知っている。鳥人族が神として崇めていた魔獣。もう古代に消えたとされる最初期の魔獣。伝説は『魂を運ぶ風』。ペリュトンは死んだ同胞達の魂を翼に纏って空を舞い上がる魔獣……。似ているな」
「今までの活性化魔獣や覚醒魔獣はペリュトンほどではないが古代に生息していた魔獣達そっくりだ。俺が見た亡霊は魂を運ぶための準備段階だってことだ。おそらく、ベイルの目的はこの現代にペリュトンを蘇らせること……そうすれば俺たちが対処できないような魔獣をポンポン生み出せる」
なんとかしてついていこうとして必死だった乃絵だがどうも分からない部分があるそうで優吾の肩を叩きながら問い詰める。乃絵は遠野班として覚醒魔獣達の動向を探った人間だ。あの果実のような奇妙な魔石をも見たので信憑性はあると思っている。
「どうしてそんなことがわかるんです?」
「それは……俺の眼に幻弾鷲の魔石が入っているからだ。俺の眼だけはもう魔獣のようなもの。その魔獣の導きを俺が見ることができたのはそれだと思っている。パイセンも理解ができたのはアイツにも魔石が入っているからだ。事前に話しておいてよかったよ」
話の内容を思い出しながら優吾は悠人と香織に向き直った。
「悠人、あちこちに動かさせてすまない。佐久間さんに伝言を入れてくれ。『明かりを灯した時に位置を教えてくれ』頼む」
「分かった。……お前、まさか……」
「ハハッ、パイセンだけじゃあ不安だ。あそこには……慎也がいる。俺の身勝手で怖い思いをしたんだ。詫びを入れたい。交戦中のマルスだって少し迷惑をかけるんだ。今すぐ向かうよ。相楽は香織と一緒に……」
「ウチも行きます」
目を見開いて乃絵と香織を交互に見る優吾。乃絵は優吾に一歩近づいてから右肩をツンと突いた。鋭い痛みが一瞬だけ走って優吾は顔を顰める。
「治癒はしましたがまだ不十分です。今度本気で銃を打てば肩が吹き飛ぶかもしれない。あれだけ言ったのにまた一人だけで動こうとしているし。それに今すぐ向かわないとダメでしょうに。足ならあります」
瓦礫のそばに止めてあるバイクを乃絵は指差した。優吾は複雑な表情で渋りたいが時間がない。無理に振り切っていくのはどうも大人気ないような気がした。一歩近づいた悠人は拳を優吾の頭に軽くぶつけてフッと微笑んでいる。
「俺も心配だ。伝言が終わればそこにいく。多分、魔石を壊されるとしれば亜人が一斉に集まるはずだ」
「まずは乃絵さんについてもらって。必ず追いつくわ」
口をしぼめた後、優吾は乃絵を正面から見る。準備はもうできている乃絵を見た優吾は真剣な表情で彼女を見た。
「相楽、頼む」
「アイアイサー」
綺麗な敬礼をとって笑顔になった乃絵を見てある種の安心感を感じた優吾はそのまま乃絵と共にバイクにまたがって戦場に向かっていった。見送った悠人と香織。せっかく一緒になってもまた離れ離れになることに不安を感じている香織だったがそれぞれがやるべきことを全うしようとしている姿を見てそうも思ってられないことを知った。
「悠人、私もいくわ。巨獣もそう言ってる」
「マルスに見せる顔がないもんな。作戦開始だ!」
〜ーーーーーーー〜
「サーシャ、優吾がここに向かっている。俺は先に亜人を引き寄せて時間稼ぎだ」
「本当に大丈夫なの? そりゃあさ……誰かがやらないといけないけど……」
「今の俺は文字通り鉄人さ」
魔石がめり込んだ腕を見せながら微笑むパイセン。悠々と走り去っていく彼を見送ったサーシャはまた自分は留守番かと些か不満気だった。槍をグッと握るサーシャを見た木原はゆっくりと近づきながらキセルを動かす。
「行きたいなら行きなさい。私たちの身は私たちで守れるわ」
「でも……! ここは貴方が知っている程度の魔獣が襲ってくるわけじゃないんですよ?」
「その時はその時よ。その覚悟で私はここにいるわ。……貴方もそうなんでしょう? ここまで貴方達の班に沢山助けられて分かったわ。貴方達は信用できる。八剣班が気にかけるのも納得ね」
髪をたくし上げた木原。やつれたような皺のある肌は妙齢にしては不似合いな皺だった。木原の後ろで考え事をしていた慎也にも木原は向き直って背中を押す。
「君もそう。君はどうするの?」
「僕は……」
優吾に言われたこと『もしもの時はお前だけでも逃げろ』の命令。優吾の言うことならずっと聞いてきた慎也だが逃げる考えはなかった。それは新人殺しや戦闘員を裏切る行為と同じだから。震える手を押さえて針を取り出した慎也はサーシャをグッと見る。サーシャはここまで決意に満ちた慎也の目を見たことがなかった。
「僕はいきます。散々裏切られてきた人生なんだ……。それでも……それでも新人殺しは……僕を裏切らなかったから……!」
「……! 慎也くん……」
眠りながらずっと考えていたこと。自分は自分の責務を果たしただろうか。覚醒魔獣を倒してから藍が見せたあの拍手は、魔石が侵食する前に見えた稲田や円達。そしてさっき走り去ったパイセンの姿。行くなと言われれば行きたくなる。それは真理としてパイセンの助けになりたい思いがあるからだろう。
「……必ず、生きて……ください。慎也くん、行くよ! 海龍!」
「みんなで事務局に帰るんだ。死針蠍!」
槍を掲げたサーシャと針を咥えた慎也はそのまま駆け出していった。走り去っていく二人を見た木原は物思いに沈む沙耶の頭を撫でながら参ったような雰囲気で微笑んだ。
「気持ち負けしちゃったわね、沙耶」
「……あの子達から、生きる力を貰った気がします」
〜ーーーーーーー〜
西区の入り組んだビル街に入ったパイセンはやけに静かのも相まってゾワゾワとした不快感に耐えているところだった。敵の本部のような場所なのにあまりにも静かなのだ。優吾の話が正しければ魔石はここらの路地の近くにあるはずなのだ。それをあからさまに探そうとすると相手にとっては格好の餌食。
「……気味悪りぃほど静かだなぁ……おい」
その時、バットのレーダーが反応したのでパイセンは急いで物陰に隠れた。ゴミの溜まり場に隠れることになったのは彼にとって屈辱なことだが我慢。そっと様子を伺うとマネキンと見間違えるほど感情のない表情を見せる男が二人ウロウロと歩いていたのだ。何かショックが大きいことが起きると感情を失ってしまう、そんな記事をなにかの本で読んだことがある人間だがパイセンのレーダーはあの男二人を探知していたのだ。
「魔石があるって言うのかよ……! あれが悠人が言ってた人形か……」
本当はここでこっそりと抜け出すことができたのだがオールドタイプなパイセンが災いし、魔石に反応したレーダーが機械音を発したのだ。いつもパイセンが行っている逆探知、あれはレーダーが多数の機械や魔石が反応しあってエラーを起こすことを逆目に取った探知方法で本来なら欠陥品と言っても仕方がないような機能なのだ。それをありがたく今まで使っていたわけだがエラーということで機械音を発したパイセンのバットに気がついた男二人が目を見開いて襲いかかってくるではないか。
「畜生! これが時代に取り残されるってことかよ!」
バットを開いてサイレンサーを取り付けた機関銃の口を出現させ、撃ち抜いていった。心臓、眉間、それぞれの関節を丁寧に打ち抜いた時には人形に動きはなかった。顔の皮が捲れて恐ろしい魔獣の中身が見えていたことから相手は本気で殺しにかかろうとしていたと言うことである。
「おぉうわ……あっぶね」
汗を拭うパイセンだったが今度は勘が働いて前のめりに飛び出しながら回避した。元々パイセンがいたゴミダメは黒色の影のような刃で切り刻まれている。見上げると何か焦ったような顔をしたベイルがもういるではないか。パイセンは考えが相手にバレたと少しだけ動揺した。
「ここには元々魔獣を置いていない。それなのに……何の用があるかな?」
「そういうお前もわざわざここまできてご苦労なこった。……もう夜明けも近い。夜が明けるとパーだもんな。ペリュトンは夜にしか行動できないんだ」
「……承知の上か。不覚……!」
ベイルの翼から発射された黒と緑の影が一斉に伸びてパイセンに襲いかかる。バットを押し当てて軌道をずらしながらレーダーを発動させ、機械音声の中をパイセンは走り出した。このままずっと先に走ったところにある路地の中に魔石はある。それまでに攻撃を食い止めなくとはならないのだ。逃げるように走るパイセンだったが目の前にベイルが瞬間移動で現れてパイセンの首を勢いよく掴んだ。
「ッツがァ……!」
「まだ青二才な人間である貴様にしてはよく考えたものだ。が……歴史を終わらせることはできぬ。不当にも散っていった我が同胞のため……そのために俺はここにいる」
「御大層なもんだぜ……!」
パイセンは魔石の右腕を光らせてそばに落ちてあったスクラップを引き寄せ、槍のような形状にしたのちにベイルの腹目がけて投げたのだがまたも瞬間移動で全てが無駄になる。優吾が来るまでは時間を稼がなくてはならないのだ。パイセンは走りながら合図を出せる優吾が来るまでを必死になってまった。
翼を広げて飛び上がるベイルはその眼で亡霊を出現させる魔石を見る。まだ魔石までは十分に距離があった。夜空から投影されたベイルの影に魔石から出現した亡霊が取り付くように入って実態として姿を表す。ベイルそっくりな鳥人族の姿をとった影はパイセンに襲い掛かった。
「マジかよ!?」
「この亡霊達を滅されてはいかんのだ!! 亡霊は!!」
影の鳥人族の爪をバットで受け止めたパイセン、そのまま競り勝つ勢いで押していったがパイセンの足を何者かが掴む。ハッとして足元を見ると泥のような地面から蜥蜴人のケラムが這い出てくるではないか。
「お前は……!」
「魔石を壊そうってのかい?」
掴んだパイセンの足を振り回して進路とは逆方向の壁に投げた。そのまま激突して口から血を噴き出しながらバットを掴んで駆けつける影を串刺しにする。槍で行動不能になるほどの強度しかないらしく。そのまま影はフッと消えていった。が、空からベイルが、地にはケラムが待ち構えており、完全に囲まれてしまったのだ。
「ここまでだな……!」
「どうするんでさ?」
パイセンは目をギョロギョロと動かしながらなんとか打開策を考えようとするが頭が回らない。ジワジワと近づいてきたケラムがパイセンの腹を勢いよく殴り、彼の口から溢れた唾液が滝のように流れていった。
「これは耳で聞こえなかった分の返事だ」
「少しは……聞き分けが良くなったんだなぁ……!」
「なに笑ってやがる」
「おとといきやがれだぜ……」
パイセンは空に目がけてバットを掲げた。
「紅い閃光さん!!」
バットの先端から発射されたのは花火だった。空に大きく咲いた花火、耳を一瞬防いだケラムを蹴飛ばし、意味も分からないような表情をするベイルだったがすぐにパイセンに目を向ける。
「貴様、血迷ったか……!!」
「どうかな!」
その瞬間、ベイルの翼のを正確に狙うように二発の紅い閃光が貫いたではないか。痛みと驚きで目を開けるベイルをスコープ越しにアンドレアは見ていた。パイセンが明かりを打ち上げない限り、アンドレアはスコープで狙うことはできなかった。あの時、優吾から悠人の伝言で佐久間直樹に送られたのはアンドレアに敵の位置を教えるための伝言だったのだ。無事に花火が上がったということはその伝言は無事、直樹に伝えられてアンドレアに届いたということになる。
「安藤!」
『分かっているよ。アンドレア、3に移動だ!』
通信で安藤に吠えるアンドレアの姿はフッと消えた。その直後、ベイルがやられたのを見て駆けてきた人狼のクレアがビルの一室を破壊した瞬間と被っている。弾丸の軌道を追いかけたはずなのに肝心の敵の姿がいないことにクレアは驚いた。先程二丁銃の男にビルから落とされてそのままクラクラする頭を抑えて体の再生に身を任せていたクレアだったがベイルから発生する魔石の感応が急に濃くなったことで異常を察知し、すぐに駆けつけたのだ。
「どこに消えた!? ッツ!」
クレアの足についていたレーザーポインター、その先にあらかじめ安藤が仕掛けて置いたお札でワープを完了させたアンドレアがライフルを構えている。嵌められたことを悟ったクレアはさっき自分が一室を破壊したせいで遮る壁がなく、いい的になっていることにも気がつく。
「群れで殺しにかかる……。やるな、人間」
アンドレアによって発射された弾丸はクレアの銀色のオーラによって防がれたと思ったがここはアンドレアの弾丸が上手だ。狙った獲物を仕留めるまではいかなる障害物を貫通する弾丸はクレアの右太腿を見事に貫いたのだ。
「してやられたか……!!」
離れたところで隠れてお札を壁に貼ったアンドレアはこの作戦を伝えてくれた優吾の言葉を思い出していた。
『もし敵が魔石の位置を知られたら何があっても守りにいくはずです。アンドレアさんは明かりを照らされた時に打ってください。位置は佐久間さんが知らせてくれます』
あそこまで頼り甲斐のある優吾を見たのはいつぶりだろうか。少なくとも決勝以降の挫けている優吾とはまるで違う。自分が一回戦で出会って必死に走り抜いた優吾の姿だった。安藤のお札で撤収するその直前、アンドレアは今優吾がいるであろう地点に小さなサムズアップを向けていた。
「どうやら間に合ったようだなぁ……! 危なかったぜ」
翼から血を流すベイル、魔石の色はどこか薄くなっており、うまく飛ぶことも出来ないので地に降りてしまっていた。そのまま影での攻撃ができなくなったベイルを見て安心するパイセンだったがまだ戦いが終わったわけではない。ケラムがやっと耳から解放されてパイセンに襲い掛かろうと腕を伸ばしたがその腕を弾丸がモロに当たって少しの衝撃を与えられて手を疼くめる。その目先には優吾がいた。
「優吾……!」
「すまないパイセン、遅くなった」
「ここまでの動きは中々だ。が、そんなに油断をしてもいいかな?」
優吾は加速を使って振り返った。一瞬の隙をついて姿を現したビャクヤを見てこの亜人もいたのかと不意をつかれた優吾。そのまま近距離で肩が吹き飛ぶ覚悟で銃を本気で撃とうとしたが信じられない速度で優吾とビャクヤの間に割って入った姿を見て驚く。
「悠人……!」
「あぁ、お待たせ……! コイツには指一本触れさせないぞ……! ビャクヤ!!」
「いつまで我の邪魔をすればいいのだ……! 死ににきたカァ!! 小僧ッ!!」
競り勝つ勢いで切りにかかるビャクヤだったが悠人がスッと抜いたルージュマンティスの一撃には敵わず後退する。悠人に遅れて香織が登場し、パイセンに襲い掛かろうとしたケラムの腕は発射された水の刃で綺麗に切り落とされた。
「サーシャ!!」
その叫びは再会できた嬉しさか、それともきたことに対する怒りかわからなかった。
「もうやっぱり、パイセンを一人にするのは心配で仕方ないわ」
「あの時の小娘か……!」
腕を再生させたケラムだったが不恰好なほど細い腕だった。
「その腕じゃあなにもできないでしょうね」
サーシャの後ろには慎也がいる。優吾はそのことに複雑な表情をしたのだが慎也がそれを許さなかった。
「僕の任務は仲間を助け、もしもの時は僕だけが逃げることです」
「お前……」
各所方面から囲まれたベイル達、クレアは脚を打たれて移動が困難になっている。が、そうだとしてもまだ魔石は守られているはずなのだ。ベイルはそれだけを願っていたのだがどこからかかかった声にその希望が全て蹴散らされた。
「鳥人、ベイル・ホルル。お前の策、見事だったよ」
息が荒い隼人を蓮と協力して運んできたマルス。その腕には黒と緑の光を発する魔石が抱えられている。
「何故それを……! やめろ、それにだけは手を出すな!! それは誇り高き鳥人族の神なのだ!! 貴様如き人間が手を出していいものではない!!」
「その神を貴様は道具として使ったわけだ。立派な神への侮辱だな。お前が語っている誇りも、所詮は神の箱庭の中でしか考えられない小さなもの。違うか?」
動けないベイルの代わりにビャクヤとケラムがマルスに向かおうとしたがギンと光ったマルスの赤黒い目に恐怖感を感じて慄いてしまった。この目はビャクヤたちが見てきた姫君と似ている。心が動いても体が動いてきれないほどの恐怖、いや畏怖に近い圧倒的な強者の念を感じた。
マルスの手から赤黒い炎のようなものが発生し、魔石を包み込み、一瞬のうちに灰にしてしまった。それを振り払いながらマルスは剣をベイルに向けて言い放つ。
「これでもうお前が戦う理由はないはずだ。神は死んだ。降伏するがいい」
俯いたベイルはそのままなにも言わないかと思ったがマルスは徐々にベイルの左腕が光っているのを発見する。ベイルはその光に呑まれるようにうめき、彼を中心とした強風を吹かせていったのだ。吹き飛ばされないように踏ん張るマルスたち、その中心にいるベイルは血の涙を流しながらマルスを見ている。
「ペリュトンは……死んだか……。だがもういい……。まだペリュトンの風を吹かせることは可能……!」
左腕を空に掲げたベイル。腕に埋め込んだ魔石は夜を照らすように光り輝き、ベイルを完全に包み込んだのだ。本来ならペリュトンを復活させるために月の光を浴びせ続け、全盛期の魔石を復活させるはずだったがそれは魔石が壊されたので失敗。が、まだ魔石はある。それはベイルが埋め込んだ腕にある魔石だった。
「器は空の勇者、ベイルだ!! おぉ、ペリュトン……我を救いたまえ!! 御身のために我の体を貸そう!!」
ベイルは声を発するがそれはある種の詩に聞こえた。
空かけるものの声を聴きたまえ
心なる叫びを運びたまえ
御身の器は我がなる
汝の翼は轟く嵐よりも疾く
我が一族の嘆きを乗せたまえ
朧月夜のこの大空に
「まさか……! ベイル殿……!」
「こりゃあ中々ですぜ……!」
離れたところでクレアの介抱をしていたルルグは魔石があるであろう地点から巨大な光の柱が上がっているのを見て目を見開いた。
「クレアちゃん……あれって……」
「ベイル……、まさか!? 魔石に呑まれようとでも言うのか!?」
ベイルの魔石は砕けるように空に散らばり、月光を浴びて破片が光り輝いた。そうして鏡のように映し出された緑の巨大な影はまさに満月だったのだ。
「幾千年の鳥人族、空の勇者の誇り……! 人間如きに堕とされぬわ!!」
今、創世記の魔獣、ペリュトンが蘇えろうとしている。
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