あの買い物から一週間が過ぎた。マルスの部屋は便利な日曜雑貨で溢れる綺麗な部屋へと大変身。香織に感謝である。洗濯機の使い方や洗い物の仕方、効率の良い洗濯物の畳み方、干し方など家事の全てを教えてもらい、マルスの家事も日に日に上達していった。
神の世界の服を洗濯して干したり、部屋の掃除をしたりと家庭的なことを踏みながらも武器の鍛錬は忘れない。
その時は隼人や蓮と手合わせしてもらう時が多かったのだがマルスはこの一週間で彼らに刃を突きつけることはできなかった。二人とも本当に魔装を体の一部かのように巧みに操る。個人としての実力はかなり上位なのではないか? マルスは負けを認めた時にそう思った。
朝は部屋で家事をして、昼は武器の鍛錬、夕方はみんなで食事をとり、夜は戦闘員事務局の中の図書館でこの世界の現在の状況を調べる。そのサイクルだった。魔獣退治の歴史は勿論、貨幣通貨の経済状況や発展具合など。やはり亜人への生活保護費がかなり重かったのか、人魔大戦以降の各国の経済は安定していた。
……となると自分の机にチェスのコマを置いたのは人間側の経済の神になるぞ……、とマルスは考えたが今更である。亜人の目録も見てみたが彼らは魔獣と人間の中間生命体と呼ばれ、獣の姿特有の力で魔獣を狩っていたと。なるほどそれで魔獣を狩れるわけだとマルスは考える。魔装は人間を疑似的な亜人にする装置なのだなと朧気ながら理解した。
それを準備期間の間に済ませておいて今日が活動再開日というわけだ。戦闘服を着て自室を出てから集合する。集合部屋には東島以外の全員が座っており、今日は任務が来るのかどうかと話していたのでマルスは気になることを発した。
「すまない、魔獣の活性化というのは数が増えたということか?」
「それもそうですけど……、ただ数が増えたというわけでもないんですよね……」
マルスの質問にいち早く答えてくれる慎也。慎也はいいマルスの解説役でもあった。そのままいつも通り話始める。
「なんだか賢くなったような気がするんですよ。古い文献での魔獣の対処法をみると罠で仕留めたりして魔獣を狩っていたなんてありましたから。最近は日に日に魔獣が強くなってきている。この前の雷猫がいい例です。あんなピンポイントで地下ケーブルを見つけて吸電をするかなぁ……と」
「それでも俺たちの仕事は変わらんよ、慎也。魔獣を討つ、そうしないと金も貰えねぇし周りの戦闘員から馬鹿にされるだけだ」
「優吾さん、まぁそうですけど……」
椅子にもたれかかった優吾が盛大なため息と共に話を締めくくった。賢くなる……。魔獣と言っても超能力を得た動物にすぎない。そんな動物が学習して牙を剥くなんてあり得るのだろうか? 神の世界でも学習機能を持つのは上から人間、亜人、魔獣という序列だったはずなのだ。
本来は生存本能に関与する程度の知恵しか持たない種族なのに……。しかし神がサボったから情勢がよくわからないことになったんだろうなと今は片付けた。あまりにも情報が少なすぎる。そんなことを思っていると書類を持って東島が戻ってきた。
「依頼だ、今日は1日目ということもあって辺境調査。この森林地帯の魔獣の痕跡を撮影して持って帰るだけ」
書類を机に広げるが「依頼内容:辺境調査、五種類の魔獣の痕跡を求む」としか書いていない。
「この辺りの森林地帯全部を見るのか?」
「まぁ全部だが五種類を見つけたらすぐ帰れとのことだ」
マルスの問いに東島は腕を組みながら答える。本当に準備期間の後からしたらありがたい任務であろう。マルスは「そうか」とだけ答えた。
「そろそろ出るから準備しろよ?」
悠人の声にうなづいて他の班員もそれぞれの魔装をセットした。マルス達は未だにサーシャの戦闘服になれることができず、男の中で気まずい空気が流れたがなんとか振り切った。ジャケットを今は着ているので露出も少ないではないか! マルスはそう言い聞かせるのだった。
事務所を出て森に入る。バラバラにはならないで森の中をゆっくりと散策していった。もう昼時だったが魔獣の気配はなく、風が木々になびく音しかしない。緊張を取り外してはいけないと思ったところで一つ目の痕跡を発見する。
「あ、悠人さん。これ、鳥型魔獣の痕跡ですよ!」
大木を何者かが引っかいたかのような跡だった。慎也曰く、鳥型魔獣が爪研ぎのためによく大木の幹を引っ掻いているのだそうだ。悠人はデバイスで写真を取り、「鳥型魔獣 痕跡」と記録していく。結構速い段階で痕跡が見つかるんだな……、それにしても魔獣は普段どこに隠れているんだろうか? マルスは素朴な疑問にたどり着いた。
そのまま道すがらに歩いて行くと池に出る。池の異常を確認したがここは問題がなさそうだった。日光を反射して輝く池を見ているとマルスは不自然な道を発見する。
「おい、あれは道か?」
「道?」
マルスが指差した先には木々が都合のいいようになぎ倒されて出来上がった道があった。それを見たサーシャは「あれ?」と声を上げる。
「あんなところに道あったっけ?」
「サーシャ、そもそもここに道ができることはないよ。この森林地帯は魔獣の巣でもあるんだ。戦闘員事務局を建てた時はまだしも、今の時期にこんなところで道を作るなんて不自然じゃないか?」
「た、たしかに」
サーシャとパイセンの会話を聞いてマルスはそれもそうだと思う。道の幅は2メートルはある。こんな魔獣の巣に一週間足らずで綺麗に木がなぎ倒されるということはあり得るだろうか?
「しかもこんなになぎ倒されてるのに……準備期間で木のことで出動した班はなかったよ?」
香織の一言もあっている。ボキボキと言った音が鳴って事務局が反応しないわけがない。自分たち以外の班を使って調査に行くだろう。そんな光景はマルス達は見ていなかった。となると……、
「出来上がったのは最近か……。悠人、これは行ってみる価値があるんじゃないか?」
「そうだな、蓮。みんな、離れるな。周囲に警戒しろ」
サーシャの魔装が有れば池を割ってその間を通って近道できたのだがそんなわけにはいかない。池に水棲魔獣がいればそれは悲劇も同然である。対岸の道だったので回り道で行くことになり、少しだけ時間がかかった。魔獣を刺激しないようにであるから魔装もあまり使えない。起動をするとそのエネルギーを読み取って現れる魔獣が出てくるのだ。魔装は縮小化させた魔獣なのだから。
ようやく道に着くとさらに発見をする。地面に這いずったかのような無数の縦線が入っていたのだ。その正体を探るべく、マルス達は木々などの瓦礫の中をくぐり抜けてひたすら道を進んでいた。木の湿り具合から見て本当に最近出来上がった道である。魔装もなしで潜り抜けることはキツかったがなんとか抜けた後は木々がなくなって出来上がったかのような広場に出る。
「こんなにぼっかりと空いた空間なんて、木々を押し倒したかのようにしか見えないな」
優吾の一言に全員が頷く。そして円形状に背中を合わせ、それぞれの方向を注意深く観察した。マルスはあの裁判の時のような緊迫感を感じていた。未知の脅威というものは本当に恐ろしい。そう思っていると慎也が「ワッ!」と声を上げて尻餅をついた。
「どうした?」
「あ……あ……あれ……」
全員が慎也の方向に向き直るとすぐに慎也が指差した「あれ」を見つけた。そしてこの道が出来上がった経緯もなんとなくだが知ることができた。「あれ」がやったんだ……。背中をゾワゾワとさするような気持ちの悪い恐怖が吹き出してくる見た目をしていた。「あれ」は突起物のような牙の生えた口を見せて「計画通り……!」と言わんばかりに奇声を上げるのだった。
「ピロロロロロロロロ」
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