ビャクヤはケラムと共に地下に広がる巨大な倉庫のような部屋に来ていた。本来、ここは民間人が避難するために作られた巨大シェルターなので大型倉庫というのも設置されてある。そんなに物資は必要としていない亜人達はその倉庫を魔獣のイケスとして使っていた。ここに保管されてある魔獣はエリスの種がうまこまれた魔獣、俗に言う活性化させた魔獣である。
大小様々な魔獣がオリのようなスペースに入れられて過ごしている。この倉庫は蜘蛛の巣上に広がっているので魔獣を収納しておけばオリのような使い方ができるのだ。ビャクヤはその中で広めのオリへと入っていった。そこには紫色のモフモフとした毛を持つ小さな魔獣、幻狐が多数いた。この前の施設奇襲でかなり数は減ったが今回も仕事はしてくれるほど大量の狐が待機していた。
狐は自分達の主人であるビャクヤがやってきたことに歓迎してトコトコと寄ってくる。何匹かの狐の頭を撫でている姿を見てケラムは声をかける。ビャクヤは狐の頭を撫でながら反応した。
「なんだ?」
「旦那は比較的落ち着いた性格のようでげすね。あっし達と比べてはまだ控えめというか……」
「無駄に怒りを剥き出しにしても疲れるだけだ。剥き出しにするのは人間と戦う時だけでいい」
ビャクヤは腰に吊り下げた一本の太刀を撫でながらケラムに返答する。ケラムは「へぇ……」と返事をしてからまた口を開いた。
「それはともかく、どうしてあっしをここに呼んだのです?」
「戦闘員の情報は出揃った。これから攻め込もうと思う。そのためにはケラム殿の力が必要だ」
「あっしのですか?」
ビャクヤはうなづいて大まかにどうやって攻め込むかを説明した。この攻め込みが成功すれば自分は戦闘員を根絶やしにできる。人間への復讐への第一歩になるので慎重に作戦を考えていた。前回、奇襲は失敗したがこれはチャンスでもある。狐が合体するということが判明した以上、並大抵の戦闘員では対処が困難であることが知られた。
今回もこの狐を使うのであるがそうなれば現場へやってくるのは強者の戦闘員の可能性が高い。強者であればあるほど真価を発揮するビャクヤの能力を使うにはちょうどよかった。ケラムはそのことを聞いて相槌を打つ。
「なるほど、あっしは裏方ですね?」
「まぁ、そうなるが我が言ったことをやり遂げたのなら好きに暴れてもいい。我は我の方法で人間と戦う」
グッと太刀を握って歯を食いしばるビャクヤ。この太刀で必ず仇をとる。ビャクヤはその気持ちでいっぱいだった。人魔大戦が始まるまではビャクヤは行商として各地を転々と旅をする生活を過ごしていた。いろんな地域に行ってその地域にはないものを売って生活する。そんな放浪生活である。
ビャクヤには先生という存在がいてその人物はビャクヤと共に旅をしていた狐人族である。先生は親がいなかったビャクヤの代わりに育てて立派な剣士へと成長させた。先生から剣を教わりながら世界中を旅する生活、ビャクヤはもう幸せで仕方がなかった。異国の地へ行けばその地域の子供達、人間亜人問わずにやってきてビャクヤは自分の冒険談を語っていくのだ。話題は腐るほどあった。
しかし、順調だったビャクヤの人生も一瞬で崩れ落ちる。人魔大戦が勃発したのだ。さらに運の悪いことにビャクヤと先生は情報を知る手段がなかった。人の会話や街で新聞などを買って世界情勢をぼんやりと知っているぐらいだったので人魔大戦が始まったことをよく知らないでいた。そんな状況で国境を越えようと人間に話しかけるようなことをしたものだからビャクヤと先生は銃を構える人間達に襲われることになったのだ。長き時を生きたビャクヤと先生は人間の攻撃なんてびくともしなかったが人を斬りたくなかったビャクヤの心が悲劇を生む。
迎撃だけして「おい、どうしたんだ!」と声を上げるだけの時間が過ぎていった。人間は「大臣からの命令だ! クタバレェ!」と聞く耳を持たない。そうではあったが人間が好きだったビャクヤはどうしても斬ることができなかった。その時、油断したビャクヤを庇うように先生が覆いかぶさり、先生はモロに銃撃を受けてしまった。
すぐに解放しようとしたが先生は「はよう、逃げろ!」とビャクヤを突き飛ばす。今まで親のように慕っていた先生が本気で牙を剥いて自分を追い返そうとしていることにビャクヤはショックを受けた。そうやって呆然とするビャクヤを嘲笑うように人間は先生を一方的に嬲っていったのだ。
何度も踏み潰したり髪を掴んで殴ったりして笑っている人間を見てビャクヤは絶望する。自分が大好きだった存在が……ずっと仲良くしていたかった存在が……、ショックを受けてポロポロと涙を流しているとどこからか足音が聞こえてきたのだ。
黒っぽくて長い髪、重厚感がある服を着たご主人様だった。ご主人様は先生へリンチしていた人間達を一瞬で皆殺しにしてしまう。銃弾の雨を受けてもケロッとしていたご主人様は呆然とするビャクヤに声をかけた。
「すまない、君の大事な人は守れなかった」
目線の先にはボロ雑巾のようになった先生の死体があった。ビャクヤはゆっくりと近づいて先生の死体を抱きしめながら声を上げて泣いていた。
ここまで思い出していると後ろから「ビャクヤの旦那?」とケラムから声をかけられる。ビャクヤはハッとして振り返った。かなり長い間回想していたらしく、狐もソワソワしてる。
「すまない、昔の思い出が……」
「やっぱり、旦那もあるんですね。そういうの」
ビャクヤはゆっくりと立ち上がって「そうだな」と口を開きながら狐を収集した。ビャクヤとケラムを中心に集まる狐の大群。隅っこに隠れていた狐も一斉に集合したので腐るほどの狐の大集団が出来上がっていた。
「人間は……先生を殺した」
静かになった空気を切り裂くようにビャクヤが口を開く。
「先生は言っていた。なんでもバサバサ斬って傷つけてしまう剣は剣と言わない、と。理由を持って剣を振れ、と。その理由の時が来たのだ」
ビャクヤはご主人様に助けてもらってここまで生かしてくれたことに感謝する。先生の仇討ちの機会を与えてくれたご主人様に。瞳を閉じて少しの間黙祷していたビャクヤはカッと目を見開いた。
「時はきた。愚かな人間共に復讐する時がきたのだ。お前達は我とケラム殿のために動け。そして決して忘れるな! 人間は敵だ。 彼らがいるから世界はおかしくなった。甘さを捨てろ、牙を剥け、愚者共の肉を引き裂いていけ!」
ビャクヤの一喝に吠えることで賛同する狐達。隣のケラムもすっかりやる気になって「へへ、任せてください。旦那」と笑いかける。ビャクヤはそんな彼らに「よし」と呟いて地上へ出る出口を用意した。
「お前達はいつもどおりの森で集団でいろ。情報の報告は忘れずにな」
狐は倉庫に出口から一斉に外へと飛び出していく。凄い勢いで大移動する狐を見送ってビャクヤは隣で待機するケラムを見る。
「我達は少し離れたところで待機だ」
「へぇ……、わかりやした」
復讐へのカウントダウンまであと……。
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