戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

アリの巣

公開日時: 2020年11月3日(火) 20:51
文字数:3,410

 優吾とパイセンは崩れかけた階段を必死に登ってスナイパーの元へと向かっていた。魔装の身体強化の恩恵を受けてサクサクと上っていく。様々な罠が仕掛けられて、行く手を阻むといったこともなくただ階段を上るだけの時間だった。


「罠がないのは……妙じゃないか?」


「だけどよ……逆に好都合と考えようぜ?」


 警戒する優吾を横目にパイセンはサクサクと上っていった。そして後一階登れば屋上へと行けると言った階段を登ろうとしたのだがとある部屋へと迷い込んでしまう。


「……ッと……」


「何……だ? ここ……」


 その部屋は数字が描かれたお札が天井や壁に貼られているという奇妙な部屋だった。この部屋を通らないと階段を上ることができない。それ以前に足が止まってしまった理由はその部屋の真ん中に人がいたということ。


 今じゃああまり見慣れない狩衣を着ており、腰にくくりつけた紐には何枚かのお札をつけていた。顔は目が細く、髪は男性にしては長く伸びているので後ろで括っていた。終始優しい笑みを浮かべている。不気味に思って警戒していると目の前の人物は両手を広げて声を上げた。


「初めてまして、新人殺しの二人。僕は数珠繋ぎ班長を勤める安藤清志あんどうきよしだ。せっかくきてくれて悪いけど……この先は通らせるわけにはいかないんだよ」


「無理やりでも通ると言ったら?」


 パイセンがバットを構えて優吾も銃を構える。それを見た安藤は細い目をスッと開けてニヤリと笑った。淡く光った瞳孔を見せながら笑う安藤の姿は不気味だ。本能が警告を始め、一歩だけパイセンと優吾は後ずさる。


「怖いこと言うなぁ。まぁ……通しはしないし、逃しもしないよ」


 優吾が安藤に向かって発砲すると安藤は懐から1と書かれたお札を取り出して魔装を起動させた。


消失蟻エイリアンアント、2へ」


 ヴォッという音を立てて消える安藤。パイセンと優吾が「ナッ!」と動揺していると優吾の頭上に貼られた2のお札から急に安藤が飛び出してくる。そして見事なかかと落としを仕掛けるが優吾は知覚速度を上昇させて回避することに成功した。


「こんな服着てるけど結構動きやすいんだよ? 僕、こういうの得意なんだ」


 そう言ってパチリと開けた目を優吾に見せている。パイセンが横からバットで殴りにかかると安藤は「3へ」と言ってヴォッと消えた。辺りを見渡してどこへ消えたかを確認していると安藤はパイセンの真後ろの壁から出現し、パイセンに重い蹴りの一撃を与える。優吾が再び安藤めがけて発砲。安藤は「2へ」と言って消えた。


 天井から出現し、優吾に蹴りにかかった。優吾は左腕を盾にすることで迎撃を図る。太い二本の骨が安藤の蹴りの一撃を緩和したが重く腕に響いた。反応射撃を行なうと「5へ」と安藤は消えていく。


 優吾はこの一連の動きを見て右側に分かれた香織班と自分たちと一緒だった隼人班が一緒だったことへの違和感がやっと拭えた。全てはこの安藤のお札で知らないうちに誘導されていたんだと。このフィールド全体にアリの巣のようにお札を張り巡らせ、働きアリのようにオトリの戦闘員を使ってバラバラにしていったんだと。あの先遣隊は完全にオトリだったと気づかされた。


 これが数珠繋ぎ、見えない糸で繋がれているかのように連携が取れる班、安藤班の恐ろしさであった。少し時間を置いてから優吾はパイセンの足元に5のお札があることを発見した。


「パイセン! 下だ!」


 パイセンが下を向くと安藤は既に姿を表していた。ハッとした表情を取るパイセンにスッと口角を上げて笑う安藤。


「おやすみ」


 それだけ言ってパイセンにアッパーを決める。顎下に凄まじい一撃を入れられたパイセンは「ガファ……」と血を吹き出しながら天井に頭を強く打ってその場に倒れる。


「パイセン!」


「お友達はダウン状態のようだね。4へ」


 安藤がまた消えて少し時間を置いてから優吾の頭上の4のお札から姿を現した。安藤はかかと落としを優吾に仕掛けるが優吾は左の銃でそれを流して至近距離からの発砲を狙うが安藤が着地と同時に足払いを仕掛けて優吾はそれにかかってバランスを崩してしまった。そんな優吾に膝蹴りを決めて優吾の顔面に回し蹴りを決めようとしたが知覚速度を上げた優吾には当たることがなく、距離をとられてしまう。


「まだ若いって聞いたはずなんだけど〜……。君すごいね、僕の蹴りを避ける若い子は君が初めてだ。お名前は?」


「大原だ」


「すごいよ、大原君」


 ニッコリと笑って言っているがパチリと開いた目が不気味すぎて優吾は嬉しくもなんともなかった。そしてまた消えた安藤を追って視野を広げて迎撃していく。


 パイセンはというと朦朧とする意識の中で必死になって思考を途切れさせないようにしていた。パイセンがアッパーをくらった時、彼の中に眠る違和感が事実というツタに絡みとられて疑惑へと変わっていく。


「何らかの法則があるはずなんだ……、探せ……探せ……」


 頭を強く打ってしまい、タラタラと血も流れているがパイセンは思考を止めない。何を感じたかを整理するとお札に書かれた番号のことである。はじめは1のお札を取り出して2へとワープしたことから番号順でワープするものだと思っていた。しかしその考えは安藤の2から5へのワープの際に打ち砕かれることになった。


 あの時、優吾が下だと言ったのだがまさかあそこから出てくるとは思わなかった。そんな自分を嘲笑うが如く、安藤は飛び出して自分を殴り飛ばした……。


 パイセンはここであることに気がつく。今現在も優吾が安藤と戦っており、瞬間移動からの一撃を優吾が必死に躱しているのだが何かが違う気がしたのだ。


 現在、安藤は3へと言ってワープ。そこから攻撃を仕掛けてその後に2へと言ってもう一度ワープする。最初、初めてワープを見た時を思い出す。1から2、その時と今のワープでは圧倒的に違うものが一つだけあった。


 パイセンが倒れているフリをしながら考えるとパイセンの脳内で一つの仮説が出来上がる。この説が立証できるかどうかは自分が行ってみるしかない、今の自分が乗り込んでもう一撃くらってしまうと今度こそ自分はお終いだ。覚悟を決めてバットを握りしめた。


「優吾、どけ!」


「ぱ、パイセン!? お前大丈夫なのか!?」


 パイセンが安藤に殴りかかると安藤は「3へ」と言って消えた。その時にパイセンは数を数える。1、2、3、そしてさっき出現したお札の番号は2。1、2と数えてから天井から出現した安藤の蹴りをノールックで回避することに成功する。


「おぉ……?」


「なるほどな、足し算方式か。上手いこと考えるもんだぜ」


 パイセンが感じた違和感は時差だった。最初に2から5へとワープした時と1から2へとワープした時とでは時間のズレが大きいことに気がついた。そして優吾との戦闘を見ながら数を数えてみるとワープする入り口と出口になるお札の番号を足した数がワープにかかる時間であると気がついたのである。


「初見殺しってとこか。ギミックがわかれば大したこともないな、安藤さんよ。アンタの最期はもう近いようだ」


「ほぉ〜、じゃあこれはわかるかな? 4へ!」


 4はパイセンの真後ろ、後頭部を狙って一撃で沈めることを目的としたなと考えた後に、パイセンもギミックを作動させる。そして秒数を数えた。


「1、2、3……」


 その時にバットのギミックが作動してバットからプッと何かが吐き出された。


「4、5、伏せろ!!」


 パイセンは優吾の体を掴んで共に地面に伏せた。ちょうど7秒が経った頃に安藤は姿を表す。しかし目の前にあったものは自分に向かって飛んでくるラジコンヘリだった。


「起爆だ! 吹き飛べ!!」


 パイセンの合図で内蔵されたグレネードが音を立てて起爆する。ドガン!! と爆発音を上げて起爆したグレネードは安藤を巻き込んで爆発していった。煙が晴れるとそこにはボロボロとなった安藤がそこにいた。


「ハハ……、やられたよ。まいった」


 それだけ言って安藤はパシャンと消えていった。消えゆく光を見つめながら優吾はパイセンの元に近づく。


「パイセン、何をしたんだ?」


「ラジコンヘリとグレネードの組み合わせ。4秒で起爆するから都合がいいと思って」


「それにしてもよくあんな法則を見出したな」


「道理には必ずギミックが存在する。それを解明するのが俺の特技だ」


 パイセンはそれだけ言って階段を登り出した。優吾も後に続いて屋上への扉に到着する。バタン! と扉を開けた瞬間、連射音と共に無数の紅い閃光がパイセンの体を貫いた。

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