戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSプルカザリ-3

公開日時: 2021年8月24日(火) 18:59
更新日時: 2021年8月29日(日) 17:14
文字数:4,971

 周囲の海流を一気にこちらへ引き寄せたように轟く昇の剣と高速で繰り出される藍の刃は滞ることなく、スパンを開けることもなくプルカザリや周囲の魔獣に致命傷を与え続けていた。その速さやスパンの短さは機械のようであり、2人とも目に鮮血を浮かべたような眼でプルカザリと対峙していた。絶対的な自信の元で戦う横目で、魚型魔獣の群れからも離れたところでジッとみるだけのサーシャは足を細かく震えさせているだけであった。


 プルカザリへ向かう途中、鯱型の魔獣が群れで襲いかかってきたが昇と藍の方が迎撃の速度が早く、サーシャが入れるタイミングがなかった。それっきり、サーシャは蚊帳の外で二人が前衛でプルカザリと戦っている状況である。


「は、早すぎる……。水中での戦闘経験は少ないけど、ここまで違うなんて……」


 どうやってあの二人の元へと入ろうかと思いながらサーシャは頼りない足取りで二人の元へと向かっていた。その時、後ろを振り返った昇が急に地面を蹴るようにしてサーシャの元へと近づき、彼女の腕を掴んで戦場へ乱暴に放り投げたのだ。突然の投擲が自分だったことに驚いたが水中で体勢を整えて視線の先にいる鯱型魔獣を一気に貫いた。額から縦に貫いたその魔獣は急所だったらしく、そのまま息絶える。水中だと振るうのは難しいが突くのは問題なかった。


 ふとした時に周囲を見渡すがそこに昇の姿はなかった。昇はというと束になって襲いかかる小魚魔獣に向けて水流を纏った砲撃を行いながら強引に突破している最中だったのだ。唖然とするサーシャを置いて昇は元の位置、最前衛のプルカザリに視線を移した。


 さっき小魚魔獣を追い払った要領で水流砲を連発で発射する昇。地面は抉られ、その先にいるプルカザリの体に穴を開ける。直撃だった砲撃によって大穴を開けることができたがプルカザリの再生の方が早い。すぐに埋め合わされる。


 砲撃にが終わった後に昇に喰らい付く鯱型魔獣の群れであったが横から一気に滑り抜けるように刃を向けた藍によって開いた口から裂けるように斬れていく。泡の中で飛び上がるように泳ぐ藍はターンを決めながら昇の隣に着地した。


 その勢いのまま、昇に目伏せしながら藍は地面を一気に滑る。初速度は遅くても最高速度は最速の藍。昇が後ろから連発する激流の中を容易く移動する。激流によって守られながら接近した藍の斬撃に合わせて砲撃による抉られ。水中だというのに破裂音や振動音が響き回ることによってショックを起こした数匹の魔獣は白目を向きながら空中に浮き上がっていった。


「天変地異……?」


 水中だというのに砲撃や肉を斬る音が聞こえてくるその様子に本能が慄いたのか、小魚魔獣は攻撃をやめた。チャンスだと思ったサーシャが自分も加わってプルカザリに痛い目見せようと泳いでくると昇に止められる。


 踵から蹴られて砂利がサーシャの戦闘服にへばりついた。昇の目はまるで足手まといだと言わんばかりのものだった。心は向かわないとと呼んでいるのにサーシャはその声に従うことはできない。ヨタヨタと後退するサーシャの耳に響くのは爽やかな男性の声だった。


『俺に一撃与えることはできないようだね』


 ハッとしてサーシャは頭を押さえながらプルカザリに向き直る。だがしかし、そこに移るのは海の中ではなく、円形闘技場だったのだ。幸先よく勝負を決めるという目的で先鋒戦に出されたサーシャと目の前の戦闘員、弘瀬駿来。


「わ……わた……わたし……」


 終わってから転送された先にいた仲間の表情、無理をしているような悠人の様子。そして悠人の勝利。水の中だというのにサーシャは汗ばんだような喉や服が気持ち悪くて仕方がなかった。


 斬撃から帰ってきた藍は昇と目伏せで作戦会議。水中だから喋れないのはサーシャと同じ土俵。そうであっても抜群のコンビネーションでプルカザリや群れをなす魔獣を圧倒している。最初からサーシャなんていないかのように。


 頼りない足取りでサーシャは向かうが藍に手を突き出されて静止される。胸に押される手に腹が立ったサーシャは無理やり振り解いて地面を蹴り、プルカザリの元へと向かった。目の前で居座るプルカザリへ槍を突き刺そうとするが阻む小魚魔獣に体当たりをくらい、吹き飛ばされるサーシャ。藍の足元に墜落したサーシャはゆっくりとその顔を見上げながら立ち上がる。


 少しサーシャに寄った藍は何の感情も見せずにサーシャの頬を勢いよく叩いた。斬撃にも負けないスピードで叩かれたサーシャは体勢を崩してその場に倒れ込む。水中だからバレないと思っていたがサーシャの目は真っ赤であった。体の痛みなんてどうだっていい、今は心が痛い。


 顎をしゃくるようにして昇に「下がれ」と言われたサーシャは顔も見せずに下がっていった。見向きもせずに二人はプルカザリに突撃する。二人はプルカザリの接着面を剥がそうとすると足を振る。二人は避けることができたが振るった時に発生した水流に昇が巻き込まれる。巻き込まれた時に小魚魔獣が迫るが流石の昇も防ぐことはできなかった。


 蚊帳の外にいたとしてもサーシャはなんとかして助けないといけない気がした。だがしかし、体がついてきてくれない。何が自分にはできる、何がしたくて戦闘員になった、家族を捨てた、夢を捨てた、何を今までやってきた? 自問自答に嫌になるがサーシャは逃げなかった。いや、逃げれないのはサーシャの性格ゆえか、震えながら考えるサーシャ。


 周りが自分を仲間だと思っていなくてもサーシャはなんとかして助けたかった。いい方向へ向けさせたかった。そうするべきだと思っていた。でもそうじゃないのかもしれない、現実は悲壮そのものだ。またも絶望へむこうとしていたサーシャは不意にある言葉が浮き上がってくる。


『そのまま……戦い続けろ』


 ハッとした。電気に打たれたようなショックが体に回った気がした。あの時はどうだったであろう。みんなが楓さんの死亡に悲しんでいたあの時は。サーシャは新人殺しの副班長として初めての意地を見せたようなものだった。序列2位の班長、稲田光輝との戦い。最後、光となって消える瞬間の稲田は笑っていた。


 あの強敵が笑ってくれた。あの時、あの時は何をサーシャは思っていた? その意味を教えるよりも先に死んだ稲田。


 そんな思いで槍を振るう。これは癖だった。横凪に槍を振るった時、サーシャの体に痛みが走った。また崩れ落ちそうになるほどの痛みが両足の腿からやってきたが意地で耐える。その耐えている間、サーシャの目には、耳には今や懐かしい人が出迎えてくれたのだ。


『ダメ、力みすぎてちゃ』


「円先輩……?」


 それだけ言い残して円は消える。その次にやってきたのは葡萄ジュースの香りだった。こんな時にどうして葡萄ジュースの香りが来たのかは分からなかったがそれはサーシャの記憶に残っていた守るべき人間との思い出だった。


「パイセン……!」


 グッと槍をサーシャが握った瞬間、体の内側から爆発するかのように何かが駆け回り、サーシャの体が変化していく。腕に、脚に蒼い鱗のようなものが生え、耳の形も変わっていった。首と頬、耳にまで鱗は生え揃う。


 しかし、サーシャは気にせず、昇の元へ向かった。海底を歩くたびに泡が足元から吹き上がる。足を回すように動かすとサーシャの周りにスクリューのような水流がまとわりつき、その水流が小魚魔獣を蹴散らして昇をさっきされたように乱暴に引き摺り出した。


 昇が不機嫌そうにサーシャを見たが無視。プルカザリへと進む途中で藍がついてこようとするがサーシャは藍に手で静止しながら振り返った。その顔は笑顔であった。それを見て信じるつもりか、藍は立ち止まって頷く。


 サーシャはありがたく向き直ってプルカザリの全容をとらえた。巨大なヒトデの姿を見たところでプルカザリを中心に回転を始めた。全身に水流を纏わせてプルカザリの周りを高速で動きまわり、水流を混ぜ合わせながら特大の水流を作り出したのだ。海流なんかにも負けないほどの特大の水流でプルカザリを引き剥がす。


「プルカザリは先輩二人が粘着面を剥がそうとした時だけ抵抗した。そういうことは……!」


 サーシャは指揮棒を取るようにグッと槍を握ってその槍を水面に突き刺すように降りあげる。槍の先端から光が発生し、龍の咆哮のような声が轟き、辺りの地面が小刻みに揺れだした。そのまま、泡が吹き荒れ、視界が遮られるほどの絶大な水流を発生させる。巻き込まれたプルカザリは体を削られるがサーシャの狙いはそれではなかった。深海に近い距離から水面まで一気に打ち上げられる。


「とんだ力隠してやがったぜ!? こいつ……」


「世界の終わり?」


 驚くことしかできない昇と藍は螺旋を描きながら水面を突破する巨大な水柱を眺めることしかできなかった。




 帰還中のチームメドゥーサ。何か不気味な音を聞いて車の中から周囲を見渡すと海方面から目に見えるほどの巨大な水柱が噴き上がっているのを目撃した。内陸部であるオフィス街からハッキリ見えるほどの水柱。最初にそれを見た駿来は頬をピクピクと動かしながらジッと眺めていた。


「おいおい、他の連中……世界でも終わらせる気かよ」


「僕らももっと派手にすりゃ良かったね」


「本気か?」


「言ってみただけ。ほんとは心臓爆発しそう」


「ハッハ……だろうな」

 



 海底を一気に踏み込むようにサーシャは飛び上がり、水流の中を踊るように泳ぎ、プルカザリに接近する。動きづらかったはずの海は全力で協力してくれているかのようであり、そんなサーシャも期待に応えるように悠々と泳いでいた。螺旋の中でもがくプルカザリは今までとは考えられないほどのスピードで足を振るってもがき続ける。サーシャは軽々とかわし、プルカザリを一気に突き刺した。噴き上げられた水流の中、地面へと叩きつけるイメージをすると上方向の水流の柱が陸へ向き、そのまま叩きつけた。


「捕まえた……!!」


 晴れた先、陸でもがくプルカザリを見ながらサーシャは槍を空中で構えた。太陽に照らされて輝くサーシャの鱗、威風堂々と構えるその様は龍そのもの。鯉は滝登りて龍となる、激流を上り詰めたサーシャは無敵に思えた。


「稲田さん、円さん、そしてパイセン……」


 槍から発せられる龍の咆哮はピークに達し、槍の先端が発生した光に纏われて肥大化していく。受け継いだ心を一つにする、想いを一つに、食いしばった歯から血が吹き出すほど、サーシャの気合は凄まじかった。


「私は……もう誰も、もう誰も傷つけさせない!!!」


 弱いサーシャはもう死んだ、そう、もう死んだのだ。ここに残るは誰も死なせない、不幸にさせないと誓うサーシャだけ。弱々しい顔はどこかへ吹き飛び、絶対的な自信の元、槍を向けるサーシャの目に微笑む稲田と円が映ってようやく、微笑みの意味がわかった気がしたのだ。背中に感じるポカポカとした想い。微笑みながらあの稲田や円が見守ってくれている気がして、そして遠いところで頑張っているパイセンの気合いが伝わったような気がして、細波のような光がサーシャを覆い、日光と共に輝いた。


 陸へ打ち上がったプルカザリは何もすることができず、水で冷やされていた体が日の光によって干からびていき、海底を包み込むほどの大きさだった体は頼りないほど小さくなっていた。ただ、不釣り合いなほど大きい魔石だけが姿を現している。


 照準定め、サーシャは壁のように打ち上がった無数の水流の間で一手を撃った。柱を蹴って一気にプルカザリへ急降下するサーシャ。槍の雄叫びに負けないほどの声量でサーシャは最後の一撃を決める!


「ウゥウウワァアアアアアアア!!!」


 突き抜かれた魔石は粉々に砕け、辺りに残ったのは激流を登りつめた龍だけだった。


 海から上がった昇と藍はすっかり変わったサーシャを見ていた。広い海と美味しくなった潮風を浴びるサーシャに対して拍手を送ったのは藍だった。


「綺麗だったよ。お手柄だね、ほら昇」


 笑顔で拍手する藍に一瞬だけムスッとした昇は頭をかきながら真正面にサーシャを見た。


「分かってますって……。その、なんだ、ありがとな。おかげで助かったぜ。やるじゃねぇか、お前」


 フンスと笑って拍手を送る昇。


「い、いえそんなことは……」


 口でそう言ったが嬉しかったことを伝えたかったサーシャであったがそう思ったところで意識を失った。

主は汝に嵐をも動かす力を与えた。海と共に魚と共に泳ぐ龍であるがその雄叫びが沸る頃には海は荒れ、怒り狂い、天は太陽を隠し、闇を生む。その牙は剣の如き鋭さ、その身体は城のような巨大さ。龍の逆鱗に触れるが最後、後には何も残らないのだ。


「魔獣記」より抜粋 “海の龍”

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート