あの対抗会議や新人殺しの屋敷での話し合いもすぎ、夜はゆっくりと更けていった。暁は新たな知らせを告げる。それは研究所にいるマルス達も同じであった。アレから急いで書庫にこもって調べものをしようとしていたマルスであったが激しく動きすぎたために倒れてしまい、またベッドに縛られながら朝を迎える。自然と窓から差し込んだ光に目を突かれたようにして覚まし、そのままゆっくりと半身を起こした。
頭をかきながら辺りを見渡してマルスは昨日何が起きたかを思い出す。そう、大和田からとんでもない事実を突きつけられたマルスはある考えが浮かんで書庫に出向き、過去に起きた戦争や事変、魔獣の騒動を調べようと思っていたのだ。もし、もし過去に行われていた古代の魔獣や亜人、そして人間との立場を元に戻そうとするのなら、もし古代に生きていた魔獣たちを現代に蘇られて環境を一新しようとするのなら、同じ歴史を繰り返しているかのように思えたのだ。
マルスは戦ノ神だ。戦ノ神は天界の神殿にあるチェス駒を動かして世界のどこかに戦争を起こす。その結末や全ては戦ノ神のマルスが司るのだ。ここで今まで考えもしなかった疑問が浮かぶ。マルス自身は人形だったとしても本体の戦ノ神は剣と己の心臓近くにいるではないか。それなのに下界とも言えるこの世界では戦争なるものが起きている。亜人との戦いになっている。これは矛盾することであった。
その矛盾の中でマルスは新たに戦争を起こす場合はチェス駒を配置しなければならないが過去に置きた戦争だとそれも必要がないことを思い出す。もうチェス台に駒を配置しているから運命も全て決まったような状態で戦争が繰り返されるのだ。何故かと言われるとマルスの仕事、三種属の均衡を取るというものに関係する。世は安定期と混乱期を繰り返して発展を遂げていく。ある程度の年月になると一旦発展を壊す必要があった。そうすれば繰り返してはいるがまた違う着地点から発足する歴史が生まれるのだ。螺旋のように回り続ける歴史の中、「歴史から学んだことは誰も歴史から学んでいないから」とよく言ったものだ。
大和田たちが見せてくれた文献に載っていた始祖の魔獣。もし亜人たちがこのまま侵攻を続けて古代の魔獣も蘇り、環境が整うとそれらが一斉に復活する可能性だってある。そうなれば下界やそれらを作った神も一貫の終わり。皆が消え果て、残るはエデンによって作られた始祖の魔獣だけとなる。もう一つ、ここで問題を挙げるとすれば果たしてそれは亜人にとって得なのか? ということ。裏で操るものは神の存在を知っている、もしくは神である可能性が高い。が……マルスはそこまでして神を恨むような真似をするものを見たことがなかった。候補が浮かびようもないのだ。
「……頭が痛い」
ここまで色々と考えることになったが結局、謎が増えただけで何も発展することはなかった。憂鬱さは頭の中でパンクして頭痛の形で警告を発する。またベッドに寝転んだマルスを覗き込むように入ってきたのは大和田であった。
「やぁ、マルス君。お目覚めかい?」
「俺は……何故ここにいる」
「一緒に書庫に行ったのは良いが君は大量の本に突っ伏す形で倒れたんだ。まだ病み上がりなのに無理をするよ」
「すまん……。思い浮かんだことがあってだな」
マルスは先程自分が考えていた過去に今と似たような騒動や戦争がないかというのを大和田に伝える。神としての考察はうまい具合に省きながら大和田に説明すると彼は彼で興味深そうに唸っていた。
「ふぅむ……それはそれで面白い。古い文献で期待はできないが色々調べてみるよ。何か分かったら報告する」
「ありがとう」
「ただ……」
大和田は車椅子を取り出してベッドの側におき、少しだけ険しい顔をマルスに向けた。どうやら倒れたことに関して彼は少しご立腹なようだ。
「移動は必ずこれ。もう立ち上がって走ったりする真似はダメだ」
「すまん……」
大和田は朝食をとってくるとそのまま去っていった。少しだけバツが悪いマルスはそのまま朝食が来るまで待とうと窓の外をぼうっと眺めていた。その時だ。
「う、うわぁ!?」
廊下から叫び声が聞こえたのだ。ハッとしたマルスは律儀に車椅子に飛び乗って声が聞こえた先に向かった。その叫び声で跳ね起きたのはマルスだけではなかったらしく、隼人と香織も同じであった。声が聞こえた先は手前の病室、パイセンの部屋だった。隼人を先頭に勢いよくドアを開ける。
「パイセン!! 大丈夫かぁ!」
「うっわぁ! カッケェ……!」
「は?」
ドアを開けた先には自分が繋がれたチューブや機械に興奮するパイセンの姿があったのだ。目を輝かせてモニターやキーを押して「ほほ!」と声を上げる姿が見える。そのままなだれ込むように入った香織とマルスに隼人は前方に押し飛ばされ、結果として地面に倒れ込みながらの入室を決めた隼人にようやく気がついたパイセンは首を少しだけ捻って隼人とマルス達を見ていた。
「……なにこれ?」
「お前が言うな」
彼らの間に寒いものが走ってパイセンはベッドの側に置いていた病衣をすっぽりとかぶっていて、半身を起こしている。そこから急にハッとした表情になって倒れ込む隼人の胸ぐらを掴むようにして起こした。
「お、おいちょっと待て! 大渕さんは!? 張さんは!? 悠人は!?」
「お、落ち着けって! お前が覚醒魔獣を倒してみんなはとっくの前に帰ってるよ!」
「嘘だぁ……」
「お前のチ○コに管が刺さってるだろ」
「……ほんとだ」
布団をめくってみれば綺麗に盛り上がった自分のブツを見てパイセンは青ざめた。その管を見て同じく震え上がるマルス。田村に抜いてもらった瞬間を思い出してキュッと股がしまったような感覚を覚えた。パイセンもその意味を知っているらしく、これから何をされるかを理解して全身から冷や汗を垂らす。
「か、か、カテ……だと……?」
「あぁ、目覚めてよかったよ。パイセン君、それじゃみんなはちょっと外に出てもらうと……」
空気を読んで外に出たマルス達の背後、部屋の中ではパイセンの絶叫が響き渡りわけが分からなさそうな隼人と女だから理解できない香織と理解をしているからか何も言わない。部屋に戻ると一瞬だけ血がついたカテをケースにしまう大和田とそっぽを向いて掛け布団に身を包みながら震えているパイセンと、中々に情報量が多い場面に出くわしてマルスはさらに複雑そうな表情を取った。
「イッデェ……」
「ハッハ! ご苦労だったね。……うん、脈拍も安定してるよ。それと……何か右腕に感じたりはしないかい?」
「右腕……、魔石がねじ込んできたのは覚えてます。でも……自然と傷も消えてるし……変に体が軽い。腕を押しても正直どこに魔石が行ったかも判断できない……」
「飲み込みが早いんだな……」
大和田もパイセンの反応は予想外であったようで少し驚きながらマルスや隼人に説明したようなことを噛み砕いて説明していた。小谷松とは違ってどんなに難しいことも出来るだけ噛み砕いて説明してから相手の反応を伺い、できるなら踏み込んだ話もする大和田は真の意味で頭がいいのかもしれない。パイセンもいつもの癖である頭を指でグリグリ押しながら考えていた。
「他の班で俺たちのようなことが起きないのは少し気になるな……。でもそういうの関係なしで考えたら魔装を酷使してきたから魔石が反応していって飲み込んだって方向が確実かもな。思い返せばとんでもねぇような任務に出てただろ? 適合者であり、使用者である俺たちを守ろうと思って魔石が動いたってのが自然か」
飲み込みの早さとその分析はパイセンのお得意技だ。かと言ってもまだ彼も目覚めたばかりでそれ以上のことはいくら考えても思い浮かばないらしく、まずは皆で朝食を取ることにした。大和田が朝食を運んでくるようにと部下に手配している傍ら、一瞬だけ開いたドアの先にある病室をパイセンはジッと見ていた。
「サーシャ……」
そこはサーシャの病室であった。彼女がどんな思いで戦ってどんな方法で勝ったのかは分からない。どこか不安定な彼女を心配する気持ちがあるからこそ、パイセンはその病室から視線を外せないでいた。
「パイセン、ちゃんと気張っておかないと萎れた姿を見たサーシャはどう思うかな?」
「香織……、いやまぁ……それは避けたいんだけど……」
「大渕泰雅さん達はパイセンのこと、とっても心配していたわ。あなたに缶ジュースを大量に上げるとか色々考えてたそうよ? それに……支部にいる悠人が本当に辛そうで……」
頭の後ろに腕を組むようにして壁にもたれかかったパイセンは病室の天井を眺めながらナイーブになっている悠人を想像していた。昔とは大違いであり、それを知っているパイセンから見れば「あいつ変わったな」としか言えないことではあるのだがパイセンにとっては失ってはいけない仲間であるし、悠人から見ればその気持ちの度合いが大きいのも確かであった。
「まぁ……いい。心配かけた分、今後の任務で返していこう。アイツも今苦労しているだろう」
一人で納得して大きな欠伸をするパイセン。彼の強い点はそこであった。何があってもどこかで自己完結として終えることができる。引きずることはない、それがパイセンの強さである。やってきた朝食をみたマルスは着々と新人殺しが元に戻りつつあることを感じて少しだけ安心したような気分になるのだった。
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