空を飛びながら笑みを浮かべる亜人を見ていた。これが亜人……と初めて神の駒だった存在を目にして剣を抜く。正直言って戦いたくないのが本音。神の怠惰が生んだ悲劇のせいで感情に支配されている。この隣にいる人間のせいでもあるんだ。気持ちは痛いほどわかる。
「どうする、班長」
だからマルスは悠人の指示を待った。自分で考えることはできそうにもない。横目で戸惑う悠人を観察していた。そんな悠人は初めて班長と呼んでもらったことに驚きながら指示を出す。
「香織、隠れてエリスを守れ。蓮、隼人、パイセン、お前らは対空砲の護衛だ。この支部に残っているのは非戦闘員と俺たちだけだからな。優吾、慎也、高所から周囲を見てサポートしてくれ。サーシャとマルスはここに残って敵を討つ」
「わかった、死ぬなよ」
優吾はそれだけいうと慎也を連れて駆け出していった。蓮達も頷き合って戦闘員を囲む壁の方向へ走っていく。香織は建物の影に隠れながらエリスを背後に隠れさせた。
「おい、亜人。お前の目的はなんだ」
悠人が空を飛ぶ鳥人族に声を上げる。鳥人族はフッと笑って言葉を放った。
「亜人ではない、鳥人族ベイル……ベイル・ホルル様だ! 復讐以外に目的はない!」
「もう俺たちは関係ないんだけどなぁ……」
困ったような顔をして頭を掻く悠人に一瞬だけ殺意を向けるマルス。ギンと目を向けて歯軋りをした後に声を少し大きく上げた。
「関係ないわけはない。今の生活に馴れるな。だから『新人殺し』の汚名も返上できないんだよ、お前は」
「なんだと! 貴様ぁ!」
「お、落ち着いて!」
サーシャが間に入らないとマルスと悠人で喧嘩を始めるところだった。関係ないはずはないのだ。どうして人間は過去の戒めを悔いにして生きることができないんだ! マルスは怒りで一杯になるが舌打ちをしてベイルに視線を戻す。
「思い知れよ……、人間の罪を」
「お前、急にどうした?」
ベイルはベイルでほったらかしの自分のことに腹を立てた。そして周りの鳥に命令して一斉攻撃を開始する。鳥達は急降下することなく、嘴から高速で針を射出した。その針を悠人は夜叉の低温で辺りを覆い、空気を凍らせて防護壁を作る。パリン! いう音と共に凍った空気に針が刺さっていき、防御に成功。
「今のうちに散れ」
悠人の号令に合わせて三手に分かれる。急降下しながら針を打ってくる鳥をマルスは剣を槍のように伸ばして縦向きに貫いた。そして蛇腹にして引き裂いた後に剣を振るい、あたりの鳥の首を切り落としていく。
「キュルァアア!」
背後から鳴き声を上げて針を飛ばす鳥。マルスは完全に意表をつかれ、「アッ……」とだけ声を漏らした。武器を展開する時間もなかった。このまま針が背中に刺さる……と思っているとチャギン! と音が鳴ったきり針が空中で静止していた。
「……は?」
「後ろは気をつけないと、怪我の原因になっちゃうわよ?」
そうして建物の屋根から一人の人物が降りてきた。その人物はマルスの怪我を手当てしてくれた優しい看護師、田村だったのだ。突然の事に口元をピクリと動かして返事をする。
「た……田村?」
「田村さんでしょ? 最近の子はもう……」
田村は髪型こそは一緒だったが服装は白を基調としたジャケットとズボンを着用。白と青が美しい動きやすい服をきている田村は美しい雰囲気を醸し出していた。
「レイシェル様は対空砲付近で統率をしているわ。あそこはグスタフさんもいるから仲間達も安心ね」
「はぁ……」
背中のベルトに糸車のようなものがあり、その糸が両手にはめている手袋までへと伸びている。これが田村のもう一つの顔、今は非戦闘員だがかつては戦闘員として活躍していたのだ。30を超えたあたりから看護へと移っていき、非戦闘員となっていた。今日は特別である。糸を使って空中に飛び上がった田村を見てマルスは「相変わらず強い女だ……」と敬服した。
〜ーーーーーーーーー〜
田村は糸を使って空に飛び上がった。片手の糸を使って足場を作っていき、それをからめとるようにして上昇していく。糸の強度はないものの、能力の治癒を使えば修復することができるので実質切れることはない。軽やかに足をとって空中に上がると自分を発見した鳥が針を飛ばしてきた。
慣れた手つきで糸を出して針をからめとる。針をつけた糸を振るい、毒怪鳥に突き刺して墜落させた。田村の適合は聖幼虫。回復作用を持つ糸を射出する魔獣。魔装はその魔獣の糸を絡めとった糸車と糸を射出する専用の手袋である。糸を振り回して周りの鳥の頭を貫いて墜落させていった。
左手で糸を絡めながら足場を生成し、空中を自由自在に移動しながら攻撃していく。田村自体は昔のことができるかなと不安になっていたが頭よりも体が覚えてくれていたおかげですぐに調子を取り戻した。足元めがけて飛んできた鳥はあらかじめ周りに貼っている糸のトラップで切り裂いていく。
糸は瞬時に修復し、切れることはない。無理に切ろうとすると糸がそれを許さないのだ。回復を攻撃へと変える田村だからこそ行える神業だった。
「やるな、人間」
田村の目の前に現れるベイル。少しの間、田村とベイルは瞳を合わせるが田村の不敵な笑みがその場の空気感をさらに緊迫させていた。
「何がおかしい、人間」
「あら、貴方は逃げないのね?」
「逃げるか、俺は貴様らに復讐をしに……」
ベイルがそのことを口にすると田村はニカっと笑う。その笑みは看護師の時に見せていた優しい笑みではなく、ほおまで裂けるかと思うほどの狂気を感じる笑みだった。これが戦闘員の笑みである。
「まぁ……逃さないけどね」
ベイルがジャッと爪を出して戦闘が始まる。爪を振りかざすベイルに足して田村は右手を振るい、糸を操る。鳥人族の視力を持てば糸の位置を知ることは朝飯前である。しかし田村は自分に向けて糸を引っ張るとベイルにもう一度襲いかかった。それもベイルが避けたのを見て冷静な顔で左手を引っ張ると今まで緩く貼っていた糸が急激に引っ張られ、ベイルを鳥籠のように糸の檻に閉じ込める。
「ッ……! いつのまに!?」
ベイルは爪で糸を切り修復する前に脱出することで斬撃を回避する。思った以上のスピードは出せるようである。田村は口に加えた糸をプッと離した。トラップが作動し、空中に静止した針がベイルを襲い掛かる。
「小賢しい!」
ベイルが爪で振り払うと背後に気配を感じる。針はベイルの気をそらすために設置した罠だった。田村は左手に握った糸を腕で絡めてその反発を利用して回転し、回し蹴りを後頭部に決めた。
「グフ……!?」
「フラフラよ、空は貴方の土俵じゃないの?」
亜人と言っても大したことないわ。と田村が思ってトドメの蹴りを加えようとすると不意にベイルがニッと笑う。その笑みに気がついた時はヴォッという音を残して目の前からベイルが消えた。
(消えた!?)
田村がそう思うとベイルが背後に位置しており、爪で背中を斬られてしまう。田村は少し落ちたがネットのようの設置した糸を掴み、体勢を整えた後に糸を背中に巻きつけて治療する。服は破けたが体は問題無い。
「どうした? 少し消えたぐらいでそんなに動揺するのか?」
余裕を持って空を飛んでいるベイルに驚きを隠せなかった。今のはおそらく瞬間移動である。超常現象を起こせるのは魔獣だけのはず……、もしかして……田村は一つの考えに行き着いた。あいつはただの亜人じゃあない。
「貴方……別種ね」
それを聞いたベイルはニッカリと高笑いをする。極々稀に亜人には魔獣のような能力を宿したものがいたのだ。全ての亜人の中で指で数えれる程度の数だが能力持ちの亜人が存在する。昔、何かの本で読んだことのあるものだった。
「ククク……、そのとうり。これが俺がもらえた復讐の力、その名も『空間旅行』だ!」
夕日が落ちて空には月が浮かぶ。青白い月に照らされるベイルの目は爛々と輝いていた。
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