その車は荒らされた工場地帯の中をゆっくりと進んでいた。本来は蒸気を送るタービンやパイプ、外階段やタンクが綺麗に並んだ工場地帯なのだが車で通る今では何者かによってひどく荒らされた状態であり、どこもかしこも飛び散った破片や凹んだ鉄の何かでグシャグシャになっている。
「ひでぇもんだ。この車両はパンクとかは心配しなくてもいいが……。どうやらここの敵は結構ヤンチャものらしい」
運転手を務めるのは遠野翔太。現在、翔太の班員は覚醒魔獣発見、各所での警備班と共に住民の避難誘導を行っているはずだ。翔太は事務局に戻って事の報告を済ませてから警備班を収集。翔太自身も運転手として討伐チームを送り届ける役に回っている。彼らを無事に送り届けることができれば翔太は街へ行って警備に回るのだ。覚醒魔獣出現に伴って他の魔獣もテリトリーを荒らされないかと気性が荒くなっている。もし魔獣に一般人が遭遇すれば死は免れない。なるべく急いで送り出したいのだが音を大きく出しすぎるとどこかに潜んでいる敵に見つかってそれこそ悲惨なことになるので迂闊に動けない状態だった。
車の中には運転席の翔太に合わせて、パイセン、悠人、張、大渕が乗車している。
「遠野さん、今回俺たちが討伐する覚醒魔獣は改造魔獣みたいなやつなんですかね?」
「さぁ、どうだろうなぁ。俺ら担当の金剛獣はお前の適合である合金獣の進化系。改造魔獣みたいなメカメカしいような敵かは分からないがテイストは似ているのかもなぁ……」
「写真とかそういうのはないんですか?」
「ないな。俺らもここを調査して写真を収めようとしたんだ。でも成長段階のやつは妙に賢くて警戒心が強くてな。すぐにどこかに隠れてしまう。双眼鏡越しで少しだけ目があったときは流石にビビったぜ?」
パイセンは翔太の話を聞きながら進化の度合いについての予想を深めていった。改造魔獣は異なる魔獣同士を機械を中継ぎに結合させた一種の人形。今回相手する改造魔獣はベース魔獣を純粋に系統進化させたものだと過程すれば……合金獣はそこまで警戒心が強く、見失うほど動きは素早かったであろうか? と疑問に思う。口を窄めながら椅子にもたれかかって鼻息を漏らしたパイセンは周りの大人に話しかけた。
「これだけの被害を一匹で出すのなら……相手はかなりの巨体か、それとも何か特殊な能力があるかのどちらかですよ? 俺の知る限り合金獣はそんなに強い魔獣ではない。あれは何の物質を取り込んだかで強さが決まるピンキリなやつなんだ」
「だとしてもパイセン君、覚醒魔獣となれば……お皿の上に乗ってる情報だけで判断するのもちょっと危険だと思うよ? こうやって八剣班も動くほどの敵だからね。おじさん、久しぶりに運動するけど頑張っちゃうぞ」
「ん……まぁ、そうか。ったく予想が出来ねぇ。俺のバットでなら張さんの時の要塞も作れんことはないけどそんなに意味がなさそうだ。これだけの資材が集まる工場地帯なんだ。硬くなれる材料はある」
車の窓の外から覗くパイセン。ガラクタに見えるこの鉄屑は合金獣からすれば最高のパワーアップアイテムのようなもの。果たして、金剛獣とはどのような魔獣なのか……。緊張だけが先走りする車内。その中で悠人は珍しく縮こまりながら長いため息をついていた。やはり自分の予想通り。パイセンはいいやつなのには変わりないが悠人とパイセンだと話が合わなさすぎる。少々専門的な話には乗りづらいし、悠人自身おっさんと話をするのにはあまり慣れていない。目だけをキョロキョロと動かして口元をモゴモゴと動かすだけの時間が進んでいった。
「何不安そうな表情してるんだ、悠人。らしくないぜ」
「あ、あぁ……。すまん」
人間、不思議な時に正直者になるらしい。悠人は思い知ったのだった。窓に映る工場地帯はドンドン奥地に進んでいく。移動用車両は丈夫な作りで散らばっている瓦礫を押し除けながら進んでいった。奥地になるにつれて瓦礫の散らばり具合や錆の付着は多い。壊されたのは最近であろうか? 悠人は少し考える。
「遠野班長、一体どこまで進んでいくんですか?」
「そ〜ろそろ見つかって欲しいんだけどなぁ……って!? お前ら、伏せろ!!」
背伸びをするかのように辺りを見ていた翔太はバックミラーに映った姿を見てギョッとした表情を作り出した。その瞬間、車体が大きく揺れたかと思えば洗濯機の中にいるかのように大きく回転して車が吹っ飛ばされる。咄嗟に椅子にしがみついていたパイセンと悠人は振り解かれないように頭を下げつつ必死にその揺れと回転に耐えた。がしかし、シートベルトをつけていた翔太以外は車の外に投げ出されてしまう。鉄くさい地面に激突した悠人達はうまい具合に受け身の姿勢をとってゆっくり立ち上がった。
「パイセン君、東島君、遠野君、張、大丈夫かい!?」
「あぁ〜……っでぇ。運転手はエアバッグのおかげで無事だぜ」
「な……何とか」
車の作りは思った以上に頑丈であり、目立った傷はできていない。翔太以外が投げ出されたようだが特に怪我もないようだ。大渕はホッと息をついて翔太に近づく。
「おっさん、こっちは大丈夫だ。もう覚醒魔獣が襲撃してきたぜ。いけるか?」
「任せてくれ。君は君の仕事に早く移ったほうがいい」
翔太は頷いて別の道を切り拓きながら去っていった。車が去っていった中で誰もいないはずの工場地帯の中心。パイセン達は辺りを確認する。どこもかしこも錆びた鉄屑だらけだ。元々ここは廃棄物を処理するところだったのだろうか。どこかレグノス班との演習を思い出す2人。
「そろそろ戦うが……少年2人は大丈夫かい?」
「問題ないっす」
パイセンが余裕を見せながら返事をしたその時だ。大渕の隣にいた張が何者かに薙ぎ払われて大きく吹っ飛んでしまった。瓦礫の山に激突して悶える声を上げる中で張の背後を確認すると討伐目標はそこにいた。
瓦礫の山にしゃがみ込むかのように姿勢を保っている巨大な体。全身は銀色の鏡のような体をしつつ、金属質に光る皮膚は合金獣の受けおりである。大きく違うのは二足歩行であること。ゆっくりと立ち上がって見下ろすように自分たちを見るその姿は巨大な彫刻そのものだった。特に奇妙なのはその上半身部分、頭がない。正確には首から上という概念はなく、のっぺりとした金属質の体の胸部に縦に裂けたかのような形状の二つの目があり、口は見当たらなかった。体長は雄に3、4メートル。三本指の鋭い手を向けながら目だけをギョロリと動かしている。
「コイツが……」
「デケェ……。合金獣の面影もないぜ」
金剛獣に圧巻されている悠人とパイセンの後ろから数発の小型ミサイルが飛んでくる。金剛獣はそのミサイルを硬質の皮膚で受け止めるような真似はせず、残像を少し残すほどの素早い動きでミサイルを回避した。避けた先で大爆発。爆炎の中、ただ静かに敵は自分たちを観察している。何にでも興味を示すこの魔獣、どこかの誰かさんにそっくりだ。
「張、無事だったか」
「あぁ」
頭から血を垂らしながら首をコリコリ鳴らして張が横に並んだ。人員は揃った中で悠人達は臨戦態勢を整える。がしかし、従来の魔獣のように牙を向けるのではなく、敵は依然として自分たちを観察しているようだ。
「魔獣に試されているようだぜ」
パイセンの囁きを聞き逃す者はいない。大渕は背中の大剣を抜いてソッと構えた後にパイセンと張を交互に見た。
「悠人君にパイセン君、それと張もいけるか?」
「俺は大丈夫だ」
「よし、それじゃあ10秒ほど時間を稼いでくれ。やりたいことは分かるね?」
大渕の適合、剛腕獣は5秒ほど振りかぶって力を溜めた拳の一撃が脅威的なことで名を馳せた魔獣。適合した大渕の大剣は5秒ほどチャージをするとどんなものでも切り裂くほどの凄まじい威力の斬撃を発揮する。5秒以降溜め続けるとその射程が0.1センチづつ伸びるのだから驚きの性能だ。
言葉の意味は悠人にだって理解はできる。ただ、ミサイルの動きを正確に読んで素早く回避した敵相手に10秒は困難極まりない。それを理解しているからか隣のパイセンも下唇を噛んで考えている様子。
「この怪物相手に10秒か……」
「無理は承知だがコイツが無防備に10秒も貯めさせてくれるとは思わないからね。どうか頼むよ」
一瞬だけ顔を合わせた悠人とパイセン。ここでパイセンの頼もしいところは拒まないところ。戦闘員としての何かが出来上がっているこのインテリはバットを抱えて不敵に笑うのだ。
「面白い。だってよ、悠人。パーティーすっか?」
「現状それが一番だろう。どうも動かないコイツ相手に目にもの見せる」
グッと足を踏み込んで悠人とパイセンは金剛獣に急接近を行った。抜かれた悠人の夜叉が金剛獣に対して牙を向ける。パイセンのバットも同じように振り落とされた。巨体の足を狙って行われた攻撃だが肝心の相手は頑強な皮膚のおかげでなんともない。むしろ少しだけ足を逸らして致命傷を避けるように動いてるようで戦い方を完全に熟知している。
打撃に意味がないと感じたパイセンは松毬状にバットを開いて後方から射撃してくる張に合わせながら被甲弾を連射した。研究所受けおりのこの弾丸は対魔獣専用の弾丸であり、一般装備ながらに硬い鱗を持つ魔獣を打ち砕く実績を持った弾丸だ。ミサイルは片腕で覆うように掻き消した金剛獣だったが一発、皮膚にかすってほんの少しの傷が出来たことからパイセンを脅威をみなした。姿勢を低く保ちながらの高速移動を開始する。
「はえぇ!?」
その速さは異常だった。本来なら頑強な皮膚が邪魔をして動きを封じ込めるはずがこの魔獣に至ってはその硬い皮膚自体がグニャリと曲がるように形を変えて動きに何の支障もきたさない。パイセンの弾丸を紙一重で回避しながら徐々に近づいてくる金剛獣。3本指の手を大きく開いて掴みにかかった。パイセンはその腕を背中を地面に倒れ込むことでギリギリに避けることに成功、バットを如意棒のように勢いをつけて細長く伸ばし、ガラ空きの腹部に一撃を与える。
大きくバランスを崩して数歩後ずさった金剛獣。お腹をゆるゆるとさすって目だけをキュルリと動かすところから相手に何のダメージも与えれていないことを悟った。がしかし、そののけぞった数歩が金剛獣の命取り。伸ばした如意棒と一緒に発射されたワイヤーに絡まって拘束させる。粘着テープとネットとワイヤーを応用して発動されたこの束縛トラップの影響で少しの間だけ動きを封じられた金剛獣越しにパイセンが声を上げた。
「よっしゃ、今だぜ!!」
「ナイスアシストだ、パイセン君! 剛腕獣!!」
通常より大きく輝く刀身を振りかざした大渕。溜め込まれたエネルギーが作り出した刀身は問答無用に金剛獣に襲いかかる。窮地を察した金剛獣は少しだけ体を逸らすことができたが右肩から削ぎ落とされる形で切断されてしまう。
「よし!! 決まった!!」
だがしかし……。
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