「援軍をだせぇええええ!!」
事務局の自動ドアを蹴り破るようにして入ってきたミレスは開口一番こう叫んだ。ロビーにいた戦闘員や研究員、そして受付の者はその言葉に驚きつつもバタリとその場に倒れ込んだミレスを見て「どうしたんですか!?」と話しかける。ミレスのマントはビリビリになっており、すでに透明効果を失っていた。しかも戦闘服には穴のような傷が出来上がっており流血までしている。
レグノスから事務局へ戻りように言われたミレスはすぐに向かおうとしたのだが狐の阻害が入り、少しの間戦闘をしていたのだ。普段の自分なら絶対に行わないであろうガムシャラな拳銃とナイフの一撃で倒しながら走ってきた。ミレスの傷を治療するためにやってきた救護班主任の田村はその話を聞きながら「それで……他のみんなは?」と声をかける。
田村の包帯で巻かれた体を見ながらミレスは「……んだよ」と呟いた。田村はそれだけで全てを悟る。治療が終わって完治したミレスから包帯を巻き取っているとレイシェルとグスタフがやってきた。所長がやってくるのを見るとミレスは掴みかかるように詰め寄って「稲田班を遣してください!」と声を上げる。
「……ミレス落ち着け」
「落ち着けるわけないでしょうが! 班長が、班長が危ない!」
「落ち着けと言っている。グスタフ、稲田班を呼べ。臨時の任務だ」
「ハッ」
レイシェルは詳しくミレスから事情を聞き出すことにした。順調に狐を屠っていたレグノス班だったが異常が起きたのはミレスの部下の一人が突如現れたスワンプリザードに地面に引き摺り込まれたというところだった。悲鳴を上げながらひきづり込まれて体の柔らかい部位は喰われた死体はプカプカと浮かんでいるのは異常だった。
「沼にしか生息しないあの魔獣がこんな硬い地面の中に潜ってるというのか?」
「ま、間違いないです。それから……地面からトカゲが沢山出てきて……。見たこともない存在、亜人が現れました」
亜人、ついに姿を現したか……とレイシェルは考えていると稲田が「どういうことだ?」と声を上げながらレイシェルの元に向かう。
「あのレグノス班がこいつ以外全滅だと? 相手は直樹と小次郎、そしてエリーが相手した狐じゃあなかったのか?」
「亜人の出現だ。この狐も亜人の配下だったと考えた方がいい。稲田、このミレスが案内役になってくれる。レグノスと協力して亜人を倒してくれ」
「了解。敵の亜人は一人ですか?」
「それが……二人なんです。俺が相手したのはトカゲのような亜人。現れた途端、ウェッカを空中に蹴り上げて撲殺しやがった……。副班長とエークス達はまた違う亜人に……」
「なるほどな」
稲田が相槌を打っていると準備ができた自分の班員が魔装を掲げてやってきた。全員、臨時で任務がやってきたので少し困惑していたり機嫌が悪かったりしているがただ一人の班員を除いて。
「エリー、どうした?」
「……なんでもありません」
元々顔に表情が滅多に浮かばない女性なのだったが今日に至っては少しやるせないような表情をしているので稲田は心配に思った。流石のエリーでもレグノス班の壊滅は驚きものだろうなと思いながら副班長である円に視線を移す。
「円、もしものために退路は作っておくようにな」
「わかってるよ、班長」
「直樹、索敵は頼む」
「了解です」
「みんな、出るぞ」
稲田はベルトに吊り下げた鎖鎌を慣れた手つきで手にとって肩を包むように分銅を回して体に固定する。そしてこれが稲田の臨戦態勢であった。そして各々が魔装を起動してそれぞれの色の亀裂が魔装に入る。彼らはミレスを連れてレグノスが戦っている地点へと駆けて行った。
その様子をレイシェルと田村は見送っている。彼らの背中が見えなくなった頃に田村はゆっくりと口を開いた。
「大丈夫でしょうか……?」
「さぁな、敵の亜人がどんな力を持っているかによる」
レイシェルは稲田班が消えたのを見て踵を返して建物の中に入っていくのであった。
稲田はミレスから一体何があったかを聞き出しながら情報を整理していた。レグノス率いる爆撃部隊にいたのでギーナ率いる射撃部隊の様子は通信でしか伝わってこなかったがそれは恐ろしいものだったのだ。誰かが肉を食いちぎるような生々しい音に仲間達の叫び声がこだまする。思い出しただけでもミレスからすればトラウマなのだ。
「悪夢ですよ……苦痛に泣き叫ぶ仲間の悲鳴で溢れてて……班長達の指示が全く聞こえないなんて」
「そうか……」
稲田はもしかしたら自分たちが駆けつけた時点でレグノスは手遅れかもしれないと危惧する。最初の亜人襲撃は鳥人族のベイル。新人殺しが戦い、班長である東島は彼に負けていた。仮にベイルの基準で亜人の強さを設定するとしても彼らの未知数な能力が影響して危険な存在であることしかわからない。
いつもはタバコを吸いながら朝に自分に絡んでくれるレグノスは嫌いではなかった。初めて稲田が戦闘員になってからの仲ではあったが性格の影響上、レグノスとは少し馬が合わないところがあり彼とは距離を置こうとしていたがなにかとレグノスがお酒を持ってきたときは楽しく話せてたりとデコボコ仲間としての地位はあったのだ。絡んできてくれることに鬱陶しいと思いつつもどこか楽しんでる自分がいたのでそんなレグノスが手遅れかもしれないと考えると怖かった。稲田はどうしてこんな時に八剣班がいないんだ、と内心でぼやく。
「見鏡先生……、あなたがいてくれれば……」
稲田は小声で今は遠征中の見鏡の名前を言ってはいる。その後ろを走る円も同じ思いだった。でもここは自分たちが突破口を開かないといけない。そう稲田が覚悟を決めていると直樹が「この辺りです」と声を上げた。稲田達はキュッと走るのをやめる。辺りには血がこびりついたような錆臭い臭いで溢れており、辺りには部位がちぎれた死体や試算した狐などが転がっているというかなりひどい現場である。
「こんな……」
「中々の相手のようですね」
「僕は出番なくていいわ〜」
辺りの死体を見て声を上げる咲に眼鏡を押し上げて平常心を保つ反田、後方支援であったことを幸運に思う黒川がいち早く反応した。直樹は張と小次郎の後ろに隠れ、柔美は「今日のは本当に強いのねぇ」と残状を見て判断する。それぞれが残状を見て物思いに沈んでるとレーダーを見ていた直樹が「ッ!! きます!」と声を上げた。
地面からむくりと這い上がるように姿を現したリザードマンと死体を踏み潰しながらニタニタと笑ってやってくる狐色の髪の男性。彼を見た瞬間、稲田班は「あいつはヤバイ……」と鳥肌が立つような思いになる。紫色の着物らしい服は着ているのだが殆どが返り血で赤黒くなっており、口元は返り血や肉のカケラがこびりついてほぼ真っ赤になっていた。女性よりの顔から溢れ出すかのような狂気、男性は口元を拭って話し始める。
「我はビャクヤ、見知る必要はない」
「へへへ、ビャクヤの旦那。今度は人数が少ないですよ」
ビャクヤが口笛を吹くと辺りに姿を消していた狐が一斉に姿をあらわす。レグノス班との戦闘を行なっていたとしてもまだまだ狐の数には在庫があった。この12人のグループなら相手できるほどの狐の大群である。
「貴様! 班長は……班長はどこだ!!」
稲田班が臨戦態勢を取ると彼らの中にいたミレスが声を上げる。レグノスの姿は見えなかった。本来なら戦闘中のレグノスと対面するはずなのだが……と稲田達も思っているとビャクヤは「あ〜……」と声を上げて満更でもない表情でとんでもないことを口にする。
「うまかったぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、稲田班全員にもゾワっと背中に嫌な物が撫でるような気分になる。そしてビャクヤはレグノス班の死体の山からあるものを引っ張り出してミレスの前に投げつけた。
「ッ!!! 貴様ぁ……!!」
投げつけられた物、それは全身に噛みちぎられたと思われる穴が沢山ついたレグノスの死体だった。その死体は全身が青白く、何故か普通の死体よりも萎んでいるという気持ちの悪い現象が起きている。目の前で証明された信じたくもない事実にミレス達は「そんな……」と声を上げた。
「よくも……よくも……よくも班長をぉおおおおおお!!」
ミレスはナイフを取り出して怒りのままに突進する。稲田が「おい、待て!!」と声を上げて止めようとしたがミレスは既にビャクヤに飛びかかっておりもうすぐナイフの先が突き刺さるとまで思われた時にビャクヤは無造作に太刀を抜いてミレスを斬り倒した。バサリと胸から腰までを深く切られたミレスは狐の大群に投げ飛ばされて包み込まれていった。悲鳴を上げて死んでいくミレスを見た稲田達は全身から冷や汗を垂らして現場を知る。
「そんな……そんな簡単に人って死んでいいの?」
円が皆の気持ちを代弁するかのように声を上げるとリザードマンが声を上げる。
「簡単に死ぬ存在ですぜ? あんたらは。いつから食物連鎖の頂点に立ったと思い上がった? アンタらがのし上がれたのは非力さを隠せる道具を得たからでさぁ」
真正面から事実を言われて何も言い返せない稲田班。実際、このような残虐な現状も一昔前の人間は亜人に行なっていたことと一緒なので文句は言えないのだ。稲田はグッと黙ってから鎖鎌を取って全身からバチバチと電気を漲らせる。辺りの空気がピリピリと緊張して稲田の周りに火花のような光を多数生んだ。
「レグノスは……理解が足りなかった。お前達のことへの理解もそう……仲間である俺たちだって……」
どうして一緒に逃げずに一人で死ぬしかない戦いをしたんだと稲田は心の中で悔しくなる。できれば、できればであったが稲田はもう一度レグノスと一緒に戦いたい思いがあった。そんな感情がさらにこもったのか稲田の体からは青白いオーラが纏われ始める。帯電開始の合図だった。
「だが……奴の仇は取らせていただく」
稲田の掛け声を引き金に稲田班の戦闘が幕を開ける。
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