戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

狐の猛攻

公開日時: 2021年5月1日(土) 18:48
文字数:5,944

 蓮は投げナイフを構えながら初めて見るイリュージョンフォックスの大群に少し恐怖を抱いていた。名目上は大人しくて人間に危害を加えないはずのこの魔獣が……自分が相手したレグノス達を貪り食ったという現実に対面したのだから。あの死体の山を見た時に蓮は慎也と共に腹の底からの吐き気に襲われた。自分も吐き出した方が楽だったのかもしれないが前衛で戦うと思っていたので弱いところは見せたくなく、無理やり胃液を飲み込んで耐える。現在もその吐き気が依然として襲いかかってくるが蓮は深呼吸をして無理やり落ち着こうとしていた。不思議である。演習の際も変わっていないこと、本気で自分を殺しにかかっているという状況は変わらないのに……蓮はただひたすらに怖かった。


「蓮、いつも通りに行くぞ!」


「……あっ……あぁ」


「どうした?」


「いや、なんでもない」


 アーマーを腕に装着した隼人が振り返って少し怪訝そうな顔を蓮に向ける。何事もないフリをしながら蓮はナイフをいつも通り構えたが心の中では恐怖心が湧いていない隼人に対して「あいつ……バカなのかよ」と文句を垂れていた。一体どうしてこの絶望的な状況でいつも通りを行うことができるんだ……? 蓮にはそれがわからない。狐が飛びかかってくるので蓮はナイフを一本投げる。グサッと腹部に刺さったナイフの一撃でバタリと狐は死んでしまった。思った以上に呆気ないな……蓮は少しだけ予想と違って驚く。


「天野原君、そんなに気負っちゃいけないよー? 今は戦う。それだけ」


「あ……はい」


 蓮の向かいでスライムを放って狐を包み込んでジュワジュワ溶かしている柔美は蓮に忠告だけした。蓮はなんとか返事をしたが心のどこかで「バレてる……」と少し恥ずかしいような気持ちを得てしまう。あの女性には自分が何を考えてるのかバレバレであった。蓮は舌打ちをしてナイフを投げる、ただひたすら投げる。


 正直言ってレグノスの死をまだ信じたくない自分がいた。関わったのは準決勝で自分がタイマン勝負をしたときしかないがあの実力者が戦死するなんて事実は信じたくもなかったのだ。ひょっこりと「何死んだと思ってるんだよ」とショットガンを持って戦闘に参加してくれるのではないか? そう思っていた。レグノスは悠人とマルスが戦いに行った狐の亜人に殺されたらしい。レグノスが死亡、稲田が半壊ならマルスと悠人が戦いに言っても勝ち目なんてあるのか? それが一番怖かった。


 楓さんが死んでから悠人のために動こうと新人殺しの中で生き残った蓮と隼人。あのコカトリスに喰われた楓さんが死んだという事実を悠人は認めないでいた時期があった。何があっても「楓は生きてる……!」って自信なさげに答える悠人を見てこれ以上死ぬわけには行かないと思って努力をしたのだ。そうであっても現実は蓮を嘲笑うかのように遥かに越えてくる。ナイフを投げながら蓮はそのことが頭をよぎり奥歯をガリリと噛んだ。相手は自分の首筋を食い破ろうと本気で殺すつもりで飛びかかってくる。いくら戦闘員として活動して2年目の蓮でも今日だけは心の底からの恐怖を感じていた。


「蓮、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」


「あ……優吾」


「本当だ……。蓮さん、どこか怪我を? 隠したらダメですよ?」


「いいから、慎也……っておわぁ!?」


 心配したような優吾と慎也に振り返って相手していると自分を覆い隠すような影が生まれて振り返ると牙を向けて飛んでくる狐が……。思わず声を上げるとミサイルが狐を吹っ飛ばして後方で大爆発した。視線の先にはアイコンタクトで「大丈夫か?」と送る張の姿が。その後ろに隠れる直樹も「気をつけて、相手はどこからでもやってくるよ」と少し冷や汗をかきながら言った。


 蓮はすみません……と謝る。みんな気にするなと言ってくれるが蓮は素直に受け止めることができなくなった。前衛は福井、霧島、隼人の3人で中衛に自分と慎也と張、後衛は優吾と直樹である。この隊列を崩すと自分たちは終わる。そう思っていると隼人が「おいおい……」と声を上げ始めた。


「あいつら……一点に集まり出したぞ……」


 隼人の言葉に直樹は「もしかして……!?」とレーダーを確認すると残りの狐が一斉にある一点へと集まっている。その一点は特に日光が照っているスポットライトのようなところで一点に集まっていく狐はモコモコとした毛玉のような形へとなっていった。密集してるが故の見え方なのだが徐々に個体としてではなく、大きな1匹の狐としての合体を進行していく。


「おい……あれってマルスと香織が相手した……」


「こいつらもできるのか?」


 通常では信じられない魔獣同士の合体に隼人と優吾は冷や汗を垂らす。一応、報告としてマルスと香織から聞いていたことだったが実際に見るとなると恐ろしいほどの恐怖を感じた。スゥウッと細い目を開いて隼人達を凝視する巨大化狐。一番焦っていたのは直樹である。


「大きすぎだよ……? 僕が相手したときは3メートル程だったのに……今回は倍以上の9メートル……! これだけの大きさになれるほどの狐はまだ隠れてたってことか……」


 体長9メートルの狐、これだけでもう悪夢である。施設で一度戦闘した直樹も恐怖を感じているのに対策がわからない自分たちはどうすべきなのか? 蓮達は考える。これ以上犠牲を生むわけにはいかない。そうではあるがあいつにはこの人数で勝てるのか? と不安になった。


「グルル……」


 狐の腹の底からの唸り、その後に鋭い牙を向けて大狐は勢いよく地面を蹴って飛び上がり、蓮達の元に飛んでくる。隼人が瞬時に結界を発動させてなんとかカバーした。牙が食い込まなかったことから隼人の結界の強度は中々に向上したと見える。そうではあるがさっきの一撃は隼人のメンタル的にもかなりきたらしく、冷や汗を垂らしながら肩で大きく息をしていた。


「君たちは休んでねー」


 メンタルが限界な様子を見た霧島と福井は隼人を後ろに回して張と優吾に援護射撃を任せて二人で大狐に突撃する。狐は施設の時のような幻覚で二人を惑わせようとしたが瞬時に霧島がチェーンソーを起動させることでその発動を阻止した。このチェーンソーはどんな魔獣も一歩は退くほどの嫌悪感を抱かせることができる。足を一歩引いたのを確認した霧島は「柔美ちゃん!」と合図をとった。


 隙を受け取った柔美は右腕をスライム化させて勢いよく狐の体を貫かせる。ドグリュ! と何かを抉るような音を響かせながら狐の急所を貫いて大して張は活躍せずに戦いは終わった……と思ったが違う。


「ッ!! 咲さん、後ろ!!!」


 レーダーを確認した直樹が鳥肌を一斉に作りながら声を上げていく。そこには福井が貫いた幻覚の狐ではなく、霧島と辺りの木々の影から浮き出てくる大狐の姿があった。霧島がハッとして振り返ったのと狐が巨大な口を開けたのはほぼ同時。本来なら彼女はなす術もなく喰われて終わっていたはずだが今回は違った。目を瞑って死を覚悟したのだが何故か牙は襲いかかってこない。恐る恐る目を上げると「間に合ったぁ……」と冷や汗を垂らしながら呟く優吾がいた。お姫様抱っこのような形で霧島を担いでおり、優しく地面へと落とす優吾。限界まで知覚速度を上昇させて彼女がギリギリに担いで共に脱出したほぼ奇跡のような救出だった。


「はじめて見ましたよ。霧島さんも怖がるようなことするんですね」


 少し面白かったのか笑いながら銃を構えて大狐と対峙する優吾。霧島は一瞬、そのことが恥ずかしくなって立ち上がるとチェーンソーを持って勇吾に詰め寄った。


「そうじゃないから、そうじゃない。私は悪くない。私は悪くない悪くない悪くない……」


「……やっぱりあんた怖えぇよ……」


 物凄い勢いで詰め寄ってきた霧島の病みモードに優吾は心の中で「窓際ババア」と舌打ちしながら怪我は無かったことに安心する。肝心の狐も張が撃ったミサイルのおかげで注意を逸らすことができているようだ。優吾と霧島も戦闘に戻る。隊列といえばいいのか、散会した状況で大狐と相手する。この魔獣が発動する幻覚はとても厄介なもので感覚としても襲いかかってくる嫌な能力だ。そうではあるが誰かが「幻覚だぞ!」ということで無力化させることができる。所詮は思い込みという攻撃方法だった。


 故に直樹が確実に仕留めることができる弱点をレーダーで探っている中、時間稼ぎとして蓮達は狐と戦っていた。依然として蓮の恐怖がなくなった訳ではないがさっきの隼人の反応や本気で「終わったと言った顔をする霧島を見て蓮はみんな怖いんだ……ということに気がつく。そう、みんな怖い。自分を本気で殺しにかかってくる魔獣を見て怖くないと思える方がすごい。


 そう考えると蓮はますます福井に関する興味が湧いてくることを感じていた。あの人のメンタルの強さは異常だ。あの巨大な狐に平然として突撃できる福井が蓮の中ではある意味尊敬していた。


「……天野原君、どうしたの?」


 色々と考えていると表情に出ていたのか、戦闘中であるにも関わらず福井は蓮に声をかける。蓮は引き寄せたナイフを受け止めながら「この人余裕ありすぎるだろ……」と半ば呆れていた。


「なんでもないっす。福井さん、早く戦わないと……」


「君が……泣いてるから……」


 ここで蓮はハッとする。誰も指摘しなかったので自分でも忘れていた。自分は泣いてる。涙を流していることに気が付かないほど蓮の心には余裕がないのであった。そのことを知った蓮は涙を拭ってからナイフをグッと握る。


「怖いんですよ。ついこの前まで先輩としていた強い人が……こうやって死んでるから!」


「そうだね……私も信じたくない。けど……戦わないとここでは生きていけないの。ここは戦場だからね」


 そんなことわかっている。一応、戦闘員2年目の蓮はそのことを十分理解している気でいた。だが今回の残劇でその思いが中途半端であったことを思い知る。自分はただのヒーローごっこをしていたのではないか? と情けなく思えてきた。そして……戦闘員として戦うことへの恐ろしさもわかってしまう。


「戦場だけど君には生きる資格があるんだよ。君は兵器じゃあなくて人間だから。死んじゃった人も同じ」


 生きる資格がある、こんなこと蓮は言ってもらったためしがなかった。自分の親は「生きる資格がない」ということが口癖と勘違いするほどに蓮に罵倒してばかり。この戦闘員になった理由もクソみたいな日常から抜け出したいから。けど、今は違う。守るべき存在もいる。自分がここにいてもいい理由も戦闘員だからだ。このことを放棄してもいいことはなかった。


「とろう、仇。ここにいるみんなで」


 自分に手を差し伸べる福井の手をギュッと握って「早速いきます」とナイフを構えて突撃する蓮。福井はそんな蓮の様子を見てもっと手を繋いでみたかったけどなぁ……と思いながらも自分が食堂で教えた「乗り換えれる壁」をしっかり越えてくれたことに嬉しく思えた。そして自分も戦闘に戻る。


「隼人!! いつもの足場頼む!」


「お、お前……大丈夫なのか!?」


「いいから! お前よりも俺は身軽だろ?」


 詰め寄るように走ってきた蓮を見てさっきとは全く違うことに焦る隼人だったが言われた通りに結界を空中に作って幾つかの足場を作った。蓮はその足場を思いっきり蹴って空中に飛び上がる。そして子ナイフを取り出して一斉に狐の背中に投げていった。グサグサと刺さっていくナイフに苦痛を感じたのか振り下ろそうとする大狐を見ながら蓮は親ナイフを起動する。


軍隊鳥レギオンビジョップ!!」


 蓮の掛け声に反応した親ナイフは青い線を浮かべて起動し、彼を凄まじい勢いで子ナイフの元へ引きつける。蓮は急降下を決めながら狐が口から吐く幻覚の火球を回避していった。何発かくらって体が炎上するが自分で幻覚だと言い聞かせて無効化していく。狐の背中に着地というタイミングで靴底で親ナイフを踏みつけるようにして思いっきり大狐の背中に差し込んだ。


「グギャアアアア!?」


 背中に激痛が走った狐は声を上げることで痛みを中和しようとするが親ナイフに引きつけられて食い込んでいく子ナイフの痛みに耐えることが出来ず、大きく体勢を崩す。蓮は急いで親ナイフを抜き取って退避と同時に子ナイフを引き寄せた。狐の肉を貫いて引き寄せられた子ナイフを見て自分でも「痛そ……」と少し呟いてから大きな声で叫ぶ。


「慎也!!」


 蓮の声に反応した慎也は何をすべきなのかを瞬時に判断して針をシパパ!と投げて行った。正確に刺さっていく針は狐の足から肩までに麻痺のような苦痛から強制的に関節をねじ曲げる脱臼のツボを突かれてさらに激痛に襲われる。そして霧島がチェーンソーを起動させて完全に動きを封じると直樹が声を上げた。


「すごい……。張さん! 大原君! 思いっきり撃ち込んで!!」


 連携できないはずの新人殺しの連携、名前を叫んだだけで自分が何をすべきなのかを理解して的確な行動を起こす若さゆえの信頼を確認した。地味にチェーンソーを起動してくれた霧島にも感謝である。完全に動きを封じられてもがくことしかできない狐。優吾はしっかりと照準を定めようとしたがトドメ要因ということで少し迷ってしまう、これを外したらどうしよう……と思っていると隣で霧島がチェーンソーを起動させながら、


「大原君ならできる」


と声をかけたのをきっかけに優吾はハッとして引き金を引いた。優吾にだって守りたいものがあるのだ。蓮や慎也が作ってくれた隙を無駄にするわけにはいかないという思いで何発も引き金を引く優吾。体力なんてもう関係なかった。その隣でミサイル砲を発射する張は優吾をチラリと見て中々いい実力だとフッと笑う。


 張と優吾の射撃によって狐は魔石を内部から破壊されてミサイルと共に爆破する。そのさいの衝撃波は隼人の結界でカバーされて、そこには焦げた地面とチリヂリになった狐の肉片が散らばっていた。なんとか戦いは終わったことを直樹はレーダーを通して理解する。「反応は……ありません」という直樹のセリフに全員がほっとして武器を降ろした。


 その中でも蓮はグテェッと地面に倒れてしまった。さっきの急降下でかなり体力を使っていたことを知る。大丈夫か? と覗き込む隼人に心配するなと言いながらも仇は取れたのかな……と不安に思う蓮。実際、こうすることで喰われたレグノス班や稲田班の人たちは報われるのか……と思っていると「おつかれ」と言いながら蓮に手を差し出す戦闘員が一人、福井柔美だった。


「やればできるんだねー。さっすがぁ〜、天野原君」


 さっきのような真面目口調はどこにいったんだ……と呆れながらも蓮は福井の手を今度こそギュッと握った。柔らかくて温かい手。一瞬、福井のことを「母さん」と言いそうになって赤面する蓮なのであった。

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