戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

奇妙な出会い

公開日時: 2021年10月16日(土) 21:00
文字数:5,788

 歩行路から外れて疾走を続けていた悠人と香織。現在は戦闘服ではなく、ただの私服だ。素材は脆いただの衣装。どんな敵が現れたかは分からないが戦うことになるのは避けたかった。魔獣が生息する地域の森に入り、岩山を軽く飛び越えるようにして移動する。ここで分かったが体の軽さが異常に変わっていた。悠人も香織も上位適合であるが本人の感覚としてもおかしいと思えるほどの身体強化である。


「移動がかなり楽になったな……」


「昔とは変わってる……。悠人、ちょっと控えめに移動しよ。他の魔獣も寄せてしまうと鳥丸さん達がマズイわ」


 頷いてからは目の前の茂みを斬りながら移動していく。なるべく最短距離で、安全に。翔太から鳥丸達の居場所と特殊な通信については聞いていた。夜野神奈子の魔装は声に出さなくとも通信として一方的な会話をすることが可能。合図や緊急連絡の際によく利用しているらしい。今回は緊急だったというわけだ。


「噂をすればやってくるものね。鳥丸班とこんな形で接触できるなんて」


「……それもそうだな。もう……俺は迷惑をかけてはいられない。無事につれてかえる。それと有益な情報も持ち帰るぞ」


「いちいち言わなくても結構よ」


 香織の目からは琥珀色の輝きが増していった。身体強化の合図である。敵は近いと見えた。悠人も刀の柄に親指をかけていつでも抜けるように準備をしていた。岩陰に隠れた悠人と香織は通信機のカメラを起動させながらそっと様子を伺う。あった、魔石だ。鳥丸班が任務で回収しようとしていた魔石である。緑色に光る鳥型魔獣の魔石。


「光の色が……濃い?」


「……シッ。鳥丸さんはどっちよ?」


「は? どっち……?」


 悠人が見る方向からは魔石が見えており、逆方向から見ている香織からは見えているものが違うらしい。悠人は香織に位置を変わってもらい、ゆっくりと岩陰から覗いてみた。魔石を守るようにして周囲を警戒しているであろう二人組が見えた。二人組、悠人はここで背筋がゾッとするような違和感を感じることになった。


 まず一つ目はどちらも鳥丸ではなかったということ。二人組の容姿は鳥丸とはかけ離れており、戦闘服なんてものではなく森の中で移動するには不似合いなスーツ姿であった。髪は短く切り揃えられており、あまり目立たない雰囲気を出しているのであろうか。この森の中では不釣り合いが故の違和感がある。二つ目としてはこの二人組、生きている感じがしなかった。目の奥はがらんどうな暗闇であり、呼吸の仕方もテンポがどこかおかしい。口も特に動かさず、身振り手振りもせずに二人組で淡々と役割分担をしている様子は魔獣のようであった。


「ねぇ……どっちよ?」


「どっちでもない……」


 悠人は震える手でカメラのシャッターを切る。あらかじめ、音は鳴らない設定をしていたのでそのまま撮影したものを支部へと送信してから翔太にも送る。肝心の鳥丸はどこにいるのかが分からない。あの二人組に襲われたのであろうか。悠人はどう動こうか迷っていると突如として電子音のようなものが頭に響いた。


「……!?」


『落ち着いて。敵じゃないから』


 突如として頭に響いた声には聞き覚えがあった。あの対抗会議で鳥型魔獣について話していた戦闘員、夜野神奈子だ。振り返っても夜野の姿は見えない。香織にも同じ声が聞こえているのか不思議そうな顔をしていた。悠人に聞き出したくても声は出せないのであろう。岩陰から謎の二人組からは距離が近すぎる。


『私は鳥丸班副班長の夜野神奈子。君たちが見ている二人組の奥にある木の上で隠れてるわ』


 悠人はもう一度だけ岩陰から顔を出して確認しようとしたが足音がかなり近く、無闇に顔を出せる状況でもないことを察した。岩陰の向こうには何があるのか、全く分からない状況で夜野の声だけが響いている。


『返事は無理にしようとしないで。奴らの姿は見たという前提で話をするわ。私たちはこの近辺で鳥型魔獣の魔石が落ちているのを発見したの。それが奴らの背後にある魔石よ。普通の魔石よりも光が濃い。まだ生きているのよ。まぁそれで、持ち帰ろうとした時にサイレンのような音が聞こえてね。私達は近くの木の上にバラバラになって隠れた。異常を察知した鳥丸と私が遠野に連絡して、君たちが来てくれたというわけ』


 なかなかに重すぎる。サイレンのような音を発しながら登場した謎の二人組。何故とっとと回収して立ち去らないのが謎であるがもしかすると、自分たちがどこかに隠れていることを知っているのかもしれない。そう考えた場合、向こうから何もしてこないのは揶揄われているようであった。どうすればいいだろうか……。隣の香織も通信の内容を理解して悠人と考えていることは同じらしい。今はいない頼れるマルスを思い浮かべたが香織は頭を振りながらその考えを消した。マルスがいなくても戦える戦闘員になりたかったのだ。


 その時だ。耳を裂くような勢いでサイレンの音が流れたのは。そのサイレンの音は人の不安を煽るような不思議な力を持っており、まるで霧島咲の魔装と同じように見えた。いや、これは同じなのであろうか。悠人は演習の時に聞いたチェーンソーの音を思い出す。似てはいる気がするがサイレンと考えるとまた違うのかもしれない。


「ここにいることはバレているのか……?」


『気をつけて! 岩陰から離れなさい!!』


 そのサイレンに負けないような声で夜野の通信が頭に響いたところで悠人と香織の寒気は頂点に達し、体が勝手に動いていた。転がるように二人は岩陰から飛び退いてその二人組と対峙する。二人組は短く切り揃えた髪の男、目に正気はなく、よくできた人形が歩いているようであった。


「何者だ……お前たち」


 自己紹介はなかった。男のスーツを巻き込んで右腕が裂けるように開き、中から触腕のような巨大な刃が出現したのである。


「どうやら話し合いで済む用事じゃなさそうだな」


 刃を交えようとする悠人であったがここで戦っても無駄なことに気がつく。鳥丸班はどこだろうかと周囲を見渡していると足音もあまり立てないで刃の男が近づいてくるではないか。悠人は一歩踏み込んで男の刃を受け止めた。そのまま夜叉を通じて冷気を発し、一旦男を吹き飛ばす。片手間で相手を吹き飛ばした悠人。覚醒魔獣のコロッサスを思い出せばこの程度の刃など無意味に近かった。


『いい? 相手はやる気よ。遠野たちが来るまで時間を稼ぐことはできそう? 私達はその間に魔石を回収するわ』


 悠人と香織は頷きながらそれぞれの男と対峙した。香織に面している男はまだ悠人の時のような変形はしておらず、能面のまま香織を見ている。香織は大槌を構えながら深呼吸。琥珀色の輝きは徐々に濃くなっていき、臨戦態勢に突入。対する男は腕を巻き込みながら変形させて巨大な口のような形にしていくではないか。そこから発せられるサイレンの音。まるで手が独立して生物へと変わり、その鳴き声を発しているかのようだった。


「ピロロロロロ」


「……これ!?」


「あの娘そっくりじゃないか……!」


 香織の脳裏に蘇る少女の記憶。黄緑色の髪にどこか哀愁を挟んだ樹人族の少女、エリスの姿であった。この男達はそのエリスと関係するのであろうか。そして香織は見た。その男の後ろの木に鳥丸班らしき人が隠れているのを。悠人と香織が背を合わせて森の中にいて、魔石はその真ん中あたり、男は魔石を守るようにして立っている。戦うとなればなるべく魔石から遠ざけないといけなかった。


「香織、一対一で時間を稼ごう。なるべく魔石から遠ざけるんだ」


「それが良さそう……。エリスちゃん……あなたは何をされたっていうの?」


「香織、今はそれどころじゃない!」


 香織目掛けて走ってきた男は大きな口を広げた腕を突き出してくる。悠人は俯いた香織にギョッとしてすぐにカバーに回ろうとしたがその必要はなかった。グルンと回るようにして香織の目が変わった。人間特有の瞳孔が瞬時に広がって獣のような細く、そして絞られた瞳孔へと早替わり。襲いかかる口を大槌で受け止めながら飛び上がって男の顔面に蹴りを入れた。


 吹き飛ばされる男に琥珀色に淡く光る目を見せながら肩で大きく息をする香織。暴走状態の一歩手前を行き来しているようだ。昔はそんなこともせずにすぐ暴走する魔装だったのに今では完全に己の力をコントロールできている。悠人は安心して刃の男に向き直って先手必勝、斬りかかった。


巨獣アトラス!」


銀刃鮫シルバーメガロ!」


 悠人は鍔迫り合いの状態で徐々に相手を押していき、魔石から遠下げていく。相手もその意図を知ったのか少しだけ目を見開きながら悠人を押していった。だがしかし、上位適合と今までの経験からどこをどう押せばいいかを知っていた悠人には勝てない。重点を一気に押して相手の体勢を大きくのけ反らせた悠人。そのまま斬り裂こうとしたが男は腕の刃を伸ばして刀を受け止めた。そのまま裂け目から出てきたのは虫の触腕のような節のある第三の腕であり、初めて男は笑ったのだ。声にも上げず、ただニヤリと口角を上げている。


「やっぱりコイツ、人じゃない!」


 それは力技で対峙していた香織も同じだった。巨大な口から伸びる舌のような器官の先に棘があり、それを回避しながらの戦闘だ。わざと大槌に巻き取らせてこちらに引き寄せて拳を腹に命中させても相手は全く怯まず、口が上から香織を丸呑みにしようと襲ってきたのだ。一瞬だけ大槌を話し、柄から一気に上に押し上げて投げ飛ばした。普通の人間なら脾臓あたりが損傷して動けないはずなのに相手はケロリとまるで無傷。そもそも血を吐いていなかった。


「触れたら分かるけど冷たい……。操り人形みたいだわ……」


「遠野班長が来るまで時間を稼ごう。それしかない!」


 問答無用で刃を振り下ろす男。受け止めようと思ったが触腕が登場したことによって間合いが一切掴むことができなかった。節の向きは全く関係ないのかありえない曲がり方をして悠人に襲いかかる。腹をかすめて服が切れ、悠人の肋からは血が垂れていた。夜叉の冷凍で止血していたその時、隙を狙って襲いかかった刃に反応しきれず、斬られる運命になる……と思いきや、男の後ろから手のようなものが伸びていて触腕を掴んでいた。


「危なかった……!」


 その腕はオモチャ売り場で見たことがあるマジックハンドそっくりであり、物を掴むのに適した多彩なアームが触腕を掴んで寸前で刃を止めていた。そのマジックハンドも奇妙な曲がり方で掻い潜るように伸びている。その根本には持ち手を掴んで肩で大きく息をしている鳥丸班班長、鳥丸大輔がいた。


 作業着にも見えなくない薄汚れたジャケットに鉢巻のような赤い布を巻いた姿が印象的な男だ。山賊顔ではないが若くもない印象で剃られた顎髭が特徴的なあの姿だ。会議で見た鳥丸大輔である。悠人は男の動きが止まっている間に触腕を斬り落とし、男の腕を拘束して背中から踏みつけるようにして捕獲に成功した。


 一方香織は柄で相手を吹き飛ばした後、そのまま飛び上がって上から思いっきり大槌で叩き落とし、地面に追突して怯む男の頸を手刀で叩いて意識を飛ばすことに成功していた。なんとかこちらも平穏に済んだものである。


「終わったわ」


 サラッと振り返った香織と助けられてやっと捕獲できた悠人。少し悔しいのか俯きながら手刀で刃の男を気絶させ、鳥丸の助けを借りながら拘束していった。作業が終わった辺りで鳥丸はどこか申し訳なさそうな顔をしながら悠人と香織に向き直る。


「こんなところで自己紹介とは……本当にすまない。出るのが遅くなってしまった」


「とんでもないですよ。知っての通り、東島班の東島悠人と仲間の一瀬香織です」


「一瀬です」


「どうも。俺が『骸拾い』班長の鳥丸大輔だ。そしてさっきの通信が……」


「夜野よ、夜野神奈子」


 魔石を抱えながら登場したのは女性だった。灰色の髪にどこか達観したような雰囲気を出しており、目は濁ったようなどこか陰気を感じざるを得ない女性だ。悠人と香織は鳥丸にしたように挨拶をした。


「どっちかといえば貴方達について、私は堀田側についていたけどこれで借りができちゃったことだし……鳥丸、分かってるわよね?」


「あぁ、そうだな。俺たちは索敵が目的の班だからこういう事態になったら手も足も出ないんだ。でも君たちが来てくれてちゃんと対応してくれたからちょっと安心したよ。噂には聞いていたけどすごい適合性だ」


 おそらく鳥丸は不足の事態になった際のリスクに恐れていたのであろう。たしかにあの触腕男や口男相手には手も足も出ない。もしこれが本番の亜人となれば彼らは殺されているはずだ。それを悠人と香織が助けたことによって戦闘班と補助班の役割がハッキリしたようにも見える。


「鳥丸先輩! 魔石も回収したから支部に連絡取ったらすぐ近くまで遠野さんが来てるそうっす! あ、君たちが噂の新人殺しなんですね! いやぁ、マジで助かりました! 俺ほんっっとに死ぬかと思いましたからね! 鳥肌立ちすぎて鳥になりそうっすよ。あ、僕は鳥丸班の班員の金井龍一かないりゅういちっす!」


 今の雰囲気には全く似合わない笑顔が素敵な男が飛び出してきた。終始笑顔、ただそれだけの印象だ。背中のリュックサックのようなものから蜘蛛足のようなものが多数伸びている。一体どこで何をしていたのか、できれば助けに来て欲しかったような見た目をしている人間だった。悠人と香織はぎこちないお辞儀をした。


「ま、こんなもんよ。東島君のようなメンバーが構成された班なら安心かな。迎えが来るまでここで待つとしよう。龍一、バックパックに拘束具があるはずだ。頼んだ」


「はい、喜んで! クァー、熱い! 熱いっす! 俺たち鳥丸班も市民のために活躍できる時がきたんっすね、みんなで手を繋いで!」


 こんなに大声を出して疲れないのであろうか。悠人はまた絡みが大変そうな人が来た……と項垂れている様子。自分が頑張って会話術を学ぶのが吉か、関わらないのが吉か、よく分からない。拘束具をルンルンでつける金井の後ろから夜野は脈拍に指をかけて何やら測定している様子。目を一瞬だけ歪ませて龍一の作業をやめさせた。


「その必要はないわ」


「え、なんすか?」


「神奈子……どうした?」


 夜野はゆっくりと立ち上がって迎えの車のエンジン音を聞きながら眠っていた恐怖に勝とうとしている。


「臓器も何も肉すらない。コイツ……空っぽよ」

 


 

鳥丸大輔

適合:瞬舌蛙スクロールフロッグ

使用武器種:マジックハンド

性能:粘着力が高く、鳥丸が解除しない限り掴んだものを離さない代物。どこまでも獲物目掛けて伸びていき、解除せずに引き剥がそうとすると獲物の組織ごと剥がれていく

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