転送されてきた悠人の顔はどこか達観しているようでどこか何かを見ているような、少々ぼんやりしつつも悔いも弱さも感じない不思議な表情をしていた。その瞬間に悠人は地面に倒れ込んでしまったのでマルスは急いで悠人の背中を支えて半身だけを起こすような体勢にする。
幾分か姿勢が楽になった悠人はフッと笑ってマルスの手を退かせ、そのままゆっくり立ち上がったと思うと椅子に座って深い息を吐いた。深い、腹の底から噴き出された重い息だ。よほど緊迫した戦いだったのであろう。嵐の後の晴れ空の如く、今の悠人は達観している。ずっと瞳を閉じて息をしていたのだが三回ほど呼吸してから悠人はゆっくりと目を開けた。
「これで……マルスの出番はないかもな」
その一言にマルスはフッと笑う。悠人らしい、どこか刺さるがどこか優しい彼の言葉だった。マルスはここまで満足したような表情の悠人を見たことがなかったので少し動揺してから「そうか」とだけ返す。少しの沈黙の後に案内人がやってきて三回戦の準備を言い渡される。次に出るのは隼人だ。
「ん〜ッジャ、行ってくるぜ」
ドアを豪快に開けながら隼人は手をブンブン振って部屋から出て行った。こんな時も笑顔で手を振れる隼人は実に隼人らしい。マルス達の心が幾分か楽になった気がした。
控え室から出た隼人は薄暗い道を通りながら自分はどんな相手と戦うのかワクワクしている最中だ。廊下を進むにつれてそのワクワクは大きくなっていく。オカルト的なワクワクであるが緊張しているが故の変な興奮を隼人は感じており、アナウンスの声に誘導されながら闘技場へと上がっていった。
「さぁー! 盛り上がってまいりました! それでは入場です! 新人殺し東島班、宮村隼人ー!」
歓声に背中を押されながら隼人は入場していく。戦闘員になる前の自分ならこんなに歓声をもらうことなんてなかっただろうなと嬉しい気持ちを隠せない状況になっていた。この歓声の中に蓮がいるとは正直言って考えにくいがいて欲しいという思いを持っていると肝心の敵が入場する。
「続きまして、天下無双八剣班! 恋塚紅音!」
アナウンスの声に合わせてやってきたのは女性だった。ロングの茶髪を背中に流しており、黒のタイツを下に履いたタイトスカート。少し大きめな胸を強調する扇情的な赤色の薄着に黒色のコートを着用している。その目もどこか赤が混じったような色合いで非常に艶めかしい。妖艶な雰囲気は漫画で良くある魔女と言ったものであろうか?
見た目だけ見るとどうやって戦うのであろうか? と疑問に思えるような女性なのだが侮ることはできない。この恋塚という人物は三年前のデータにも載っている稲田班を圧倒した戦闘員。さっきの弘瀬や水喰のような未知数の人物とは違い分かりやすい強さの基準があるので緊張感がさらに増した。
そんな恋塚は観客の中にチラホラいる恋塚紅音ファンのコールにうんざりしてるらしく顔もご機嫌斜めな感じである。野太い声で「恋塚さーん!」と言ったコールが周囲から聞こえるのはたしかに気分が悪い。隼人がいる方面からは「踏んでください!」とも聞こえたので聴いてる隼人も「この女には踏まれたくないな……」と気まずい表情。
本当に攻撃するのは気まずい空気だったので隼人は持ち前のコミュ力で恋塚と話をすることにした。見た目を見てどう話すか考え、少しでも空気を柔らかくしてから戦闘をすべきなのだ。相手もいささか不機嫌。ここで空気を良くしてリードしてこそ男である。隼人は深呼吸をした後にいつもよりも大きく声を張って恋塚に話しかけた。
「いやー! 俺の相手がアンタらの副班長さんじゃなくて良かったぜ〜。あのロリババアだったら殴るのを躊躇いそうだからな〜。あんたみたいなタイプには興味はないぜ? ハッハッ!」
「……だから? 私だって興味ないわよ」
隼人の高らかな声を聞いて周りの観客達は凍りついてしまった。歓声が完全に消え去って沈黙が訪れたことに隼人は「アレ?」と冷や汗を垂らす。間髪いれずに放たれた恋塚の一撃に隼人は完全に負けてしまった。彼の身体中から冷や汗が吹き出し、目の前のさらに機嫌が悪くなった恋塚の顔をきて「アハハ……」とぎこちなく笑う。どこからか聞き慣れのある声で「あのバカ……」と言った声が聞こえたことで一層隼人の居場所は無くなってしまった。
「あー! えっと……! 戦うぞ!!」
無理やり戦闘の空気を作った隼人。腕輪が反応して準備は整う。相手の魔装を確認してみるとよく言えば独特、悪く言えば趣味の悪い大きな宝石のような色とりどりの魔石が埋め込まれた指輪を左手の薬指以外に全てつけていた。それを確認して目を細めた隼人に恋塚の言葉がまた刺さる。
「言っとくけどこの指輪は私の趣味じゃないからね? これの方が都合がいいだけよ」
「お、おう……」
完全に見透かされておりドキッという感情になった隼人は油断もならない女だな……と引きつった笑みを恋塚に返した。そしてアナウンスが「それでは始め!」と試合開始を宣言。開始した瞬間に両者は一斉に魔装を展開する。
「碧巨兵!」
「光熱亀」
腕にアーマーが装着されて隼人はすぐに殴り掛かろうと腰を低く構えて接近を開始する。それに対して相手は右手人差し指の指輪を発光させ、その指輪からほぼ指の太さのレーザーを隼人めがけて発射させた。そのレーザーを隼人は咄嗟に腕の装甲で受け止めたのだが表面がジリジリと焼けてしまったので結界でカバーする。安心するのも束の間、今度は別の指輪が光ってレーザーを発射。そのレーザーは結界を貫いて隼人の右肩を撃ち抜いた。先程と同じ、指の太さのレーザーである。最も簡単に隼人の要である結界は砕け散ってしまったことに驚きすぎて撃ち抜かれた痛みを忘れてしまったのだ。
「ウグァ……!? マ……ジカヨ……!」
「どうやら貫通は最低出力で充分のようね」
これで最低出力という絶望感を真正面から隼人は叩きつけられることになるがまだ彼は懲りない。まだ負けたわけではない。立ち上がって隼人は走り出す。それを見た恋塚は新たなレーザーを発射した。隼人は恋塚の周りを広く移動しながらレーザーの追跡を回避していく。回避の方法は二回戦のルイスとの戦いで学んだばかりだ。この相手も守りよりも避けの方がいいという判断である。
かなりヒヤヒヤしながらもレーザーを回避して行き、ようやく拳の射程範囲内になった隼人は恋塚に力強く殴りかかる。鎧で覆われた握り拳は恋塚の頭を吹き飛ばす予定であったが肝心の恋塚は短い鼻息の後に極真空手の要領で受け流し隙が生まれた隼人の顔面に蹴りを炸裂させる。立派な蹴りにふらついていると前に出たままの腕を掴まれて隼人は背負い投げをくらい、顔面から地面に叩きつけられた。受け身をする余裕もなく、鎧も展開できてないので背骨に突き刺さるような痛みが走って一瞬だけ視界が真っ白になってしまった。
魔女のような服装をしておいて物理攻撃も優秀という敵としては最悪のスペックを兼ね揃えた恋塚は倒れている隼人目掛けてレーザーで真っ二つにしようとしてくる。寸前のところで回避に成功した隼人は少し距離を取って結界を展開した。だがそんな結界なんて鼻で笑うかのように恋塚はレーザーを発射して隼人の右太腿を貫く。肩と合わせてさらに襲い掛かる痛みに隼人は膝をついてしまった。
「ウッワァアアア!?」
「あなたも中々できるようだけど……読みが甘かったわ。私が遠距離からレーザーを撃つだけだと思ったようだけど残念だったわね」
内心で舌打ちをする隼人。たしかに自分の読みが甘かったところもある。その言葉を素直に受け止めて隼人は野球ボールほどの大きさの展開した結界の玉を思いっきり恋塚めがけて投げつけた。これができるとは相手も思わなかったはずだ。隼人の結界は大きさも座標も形も自由。その使い方も自由だ。だがしかし、その結界も恋塚はレーザーを指の周りに発射せずに密集させ、ナイフのような形状にして結界を切り刻んでしまったのだ。これには流石の隼人も目を見開いて驚いてしまう。
先ほどから光っているのは一つの指輪だけなのだ。試合開始から今まで最低出力で戦っていることから相手は1割も本気を出していない。その事実に絶望する隼人だがその気持ちを隠すために声をさらに張り上げて隼人は奮闘する。
「嘘だろ!? 切断はできないはずだ!!」
「あら、私は一度も切断できない。なんて言ってないわよ? それに敵に余計な情報を与えないのは戦いの基本でしょ?」
「ヴッ……」
さっきから論破されてばかりで気が緩んだ隼人めがけて恋塚はレーザーを放つ。ハッとして横移動で回避するが隼人の脇腹をかすめていった。危うく腹を貫かれるところだったとヒヤヒヤすると同時にもう貫かれる痛みは味わいたくないという思いに駆られる。これが天下無双……。これが1位……。隼人は目の前の現実に押し潰されそうになりながらも歯を食いしばって恋塚をギンと睨むのであった。戦いはまだ終わっていない。
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