戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

四位

公開日時: 2021年3月15日(月) 19:18
文字数:3,573

 最近はよく見るようになった森林地帯の中をマルスは茂みに隠れるようにして駆けていた。なるべくたてる音は少なめに、でも素早く動けるように剣で切り分けながら進む。本日最後の任務で正直言って体はヘトヘトである。剣を片手に持ちながらの移動なので肩も正直いうとキツかった。


「なぁ……香織」


「なぁに?」


 マルスは隣に立って通信機にメモしてある任務を確認している香織に話しかける。香織はマルスの声を聞いて少し嬉しそうに反応した。


「あれ……痕跡だよな? なんの魔獣かはわからないけど……」


「あ、牙突猪ランサーボアのお風呂ね」


 現在は今日の任務である辺境調査を行なっている最中である。昼の1時に事務局を出て今は夕方の4時。かれこれ3時間は森にいた。目の前の牙突猪ランサーボアの痕跡を見て通信機で状況を悠人に送信する。彼は別行動だった。序列が9位から4位へと変わって一番最初の任務であるこの辺境調査。バーチャルウォーズが終わってすぐなので今日は調査で済んでいるが内容はキツイ。


「捜索の範囲が本当に広くなったよね。それに森の奥地までは入ったことはなかったでしょ? これが序列4位なのかしら?」


 今までは事務局周辺の森であったがこの任務は森の奥地全般を捜索と命じられている。奥地は魔獣のねぐらが多く、その種類も沢山あり、それなりに強力な魔獣が隠れているとされているので油断もできなかった。もし何かの選択肢を間違えると夜行性の魔獣が目を覚ましてその鬱憤をマルス達に向ける恐れもある。それだけは絶対に避けたい。


 森の奥地を捜索するにあたっては大人数で固まると少し都合が悪い。このような調査をするにあたっては九人全員で捜索すると目立つということもあるし、効率も悪いからである。調査の際におけるルールが戦闘員には存在しており、内容としては余計な戦闘をしないということ。余計な戦闘をすることで周辺の魔獣にも警戒をされてしまうと厄介という理由であったり、無理に討伐することはその魔獣間での食物連鎖に影響する。餌がなくなった魔獣が人里に降りつようになると大惨事になりかねない。あくまで討伐は事務局からの指示で行わないといけないのだ……。というルールもあってか、安藤班と戦った時のような三人、二人、二人、二人のグループで分けることになり、無駄な戦闘は避けて調査をしていた。


 マルスは香織と慎也とで行動している。マルスが見つけた痕跡は牙突猪ランサーボアが体を洗うために使う水溜りのような痕跡である。夜はここに魔獣が集まって沐浴をするのだろうと判断。マルスは記憶の中にメモをした。獣道ならぬ魔獣道。夜はここに近づきたくないものである。メモを終えた香織達に対して沈みゆく夕陽をジッと見た慎也。


「マルスさん、香織ちゃん。そろそろ戻りましょう、日も暮れてきた。集合場所である池まで」


「そうね。奥地だけで痕跡が三つも見つかったわ」


 やはり森の奥には魔獣が眠っているものなんだなということがマルスも判断できた。あの9位の頃は一つでも見つかればよかったねと言った具合だったのにとマルスは思い出す。忍足で木々の間を通り抜けながらマルス達は移動した。悠人から集合場所まで戻れという連絡が来ており、それぞれのグループが応答したので今日はみんな無事だということが確認できた。


 集合場所の池には悠人と優吾グループが先に付いている。そこに隼人と蓮、そしてマルス達が合流した。無事に帰ってきた二つのグループを見て悠人は一瞬ホッとした顔をする。


「通信では聞こえてたけど……無事だったか」


「当たり前よ! 決勝戦での恋塚さんに比べたら魔獣なんて怖くないぜ!」


 にっこりと笑ってアーマーで覆われた拳をガチン! と音を立てて鳴らす隼人。そんな隼人を見て真っ先にツッコミを入れたのは蓮だった。


「恋塚さんも大変だっただろうな、お前が相手で。俺だったら『あんたはタイプじゃないぜ』って初対面の女性には言えねぇよ……」


「いや、だってそうじゃん。お前が決勝出てたらおんなじことしそうだけどなぁ?」


「一緒にするな。俺は……」


 頭をポリポリと掻きながらため息をつく蓮。蓮の頭の中にスライムの中でドロドロに溶かされているあの光景を思い出して身震いした。その時にパイセンとサーシャが帰還。これで全員である。


「待たせたな」


「お待たせ〜」


 手を振りながら地面を滑ってきたサーシャとそれについていくように走ってきたパイセン。どうやら序列4位の初任務は順調に終わったそうである。


「パイセン、サーシャ、ご苦労だった。何か変わったことはあったか?」


「あぁ……送った足跡だけかなぁ」


幻狐イリュージョンフォックスのか?」


 パイセンはうなづいた。どうやらパイセンとサーシャのグループが調査して森には幻狐イリュージョンフォックスと見られる足跡が多数見られたそうである。幻狐は1メートルにも満たないとされる小型の魔獣で性格的にも大人しいとされる魔獣だ。ここら辺りで見つかるのも珍しいものでもっと山奥に住むイメージがあったパイセンは念の為にと悠人に連絡していたのである。


「足跡もなぁ……どこかに繋がっているのかと思えば中途半端なところで消えてるんだよ。そもそも幻狐イリュージョンフォックスはそこまで活動的な魔獣でもなかった気がする」


「そうか……。これも報告だな。みんな、事務局に帰ろう」


 全員がうなづいて魔装を起動させて疾走を開始した。もう彼らには見慣れた森である。どこを通れば早く事務局に着くかを知っているので事務局に帰ることができた。そこから自由解散となり、悠人は結果報告をするために事務局の建物の中に。残りは一旦居住区に戻ることになって解散したのだった。


 〜ーーーーーーー〜


 悠人は事務局の自動ドアを潜ってロビーに入った。そしてそこから受付場所に通信機に保存した痕跡の資料のデータを送る。この戦闘員の受付は任務報告のデータを受け渡す場所でもあるのだ。面会にきた一般客の受付も行っているのだが基本はデータ受け渡し場所だった。受付の人に通信機を手渡しているとどこからか視線を感じる。チラッと見てみると今まで「新人殺し」と罵ってきた下級の戦闘員班が自分を見ていた。


 ずっと馬鹿にされてきた新人殺しというあだ名だったが今では新人なんて言葉を忘れてしまうかのような実力を持った若手の班という意味で「新人殺し」というあだ名が通っている。それ故にこの班の出世に恐れを成す班と嫉妬する班の二つに分かれていた。チラチラ見られるのも鬱陶しいので悠人は少し注意しようと声をあげようとする。その時に後ろから声をかけられた。


「お、任務終了か? 東島班長」


「あぁ、レグノスさん。今、報告してるところです」


 悠人の後ろには跳ね気味なオレンジ色の髪を持つ背中にショットガンを背負う戦闘員、レグノスがいた。レグノスはニカっと笑って悠人の肩を持つ。ニーッと顔を近づけてくるレグノスに対してバレない程度に顔を遠さげる悠人。準決勝で対面した人物とはいえ彼のショットガンでハラワタを撃ち抜かれた思い出が頭をよぎり「アハハ……」と苦笑い。そんな悠人には気にも留めずに早速話しかけてくるのだ。


「四位の任務はどうだった?


「そ、そうですねぇ……。あ、いい意味で忙しかったです」


 悠人の素直な言葉を聞いてフッと笑うレグノス。相手は序列三位の班長であるが最近はよく東島班と絡むようになって通路などですれ違うと挨拶をしてくれるようになったのだ。挨拶をすれば名前を覚える。悠人達は相手の班員を知らないものだが相手の班員は悠人達を見ると「アンタが……」と感心した顔でやってくるのでどこか気まずいのだ。


「そういやぁ……東島。お前いくつだ?」


「俺は18ですよ」


「そうか……ハッハ! 大出世じゃあねぇか。俺がまだ18の頃はセコセコ下で働いてたもんだぁ」


「イヤイヤでもレグノスさん今は60人ものの班員を纏めてるじゃあないですか。そっちの方が忙しそうですよ?」


 悠人の問いにレグノスは「まぁなぁ」と言いながら通信機をベルトのポケットから取り出していた。もうデータの受け渡しは終了したようで悠人は通信機を返してもらう。


「ま、俺の場合は経験があるからまとめれてるって奴よ。ギーナの野郎も頑張ってるんでな。今日は調査任務か。討伐任務が来たら頑張れよ。またなんかあれば頼ってくれや」


「お世話になりますよ。ありがとうございます」


 最近はこうやってレグノスが自分に話しかけてくれることが悠人にとっては嬉しいものだった。今まではあってないような問題児の班として舐め腐った態度を取られるのが普通だったので尚更である。序列が三位の班と並べるなんて夢にも思ってなかった。悠人はレグノスに挨拶だけしてその場を去って行った。去り際にさっき視線を感じたところをチラリと見てみるとレグノスと話している悠人を見て「あいつ、マジか……」と言った目をしていたので少しスカッとした気持ちで悠人は居住区に向かって行ったのだった。

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