「……なるほど」
「今のところはそんなもんだ」
「わかりました、気をつけますね」
マルスからの通信を解除して慎也はため息をついた。何かに斬られたジクジクと痛む傷を負った左腕をギュッと抑える。焼けるような鋭い痛みが走ったと思えば腕に切り傷ができており、その時にマルスからの通信を受けたのだ。透明化するマントを持つものがいるから気をつけろ。もっと早いタイミングで通信が欲しかった……と慎也は嘆くがもう遅い。とりあえず、ギュッと止血点を押さえある程度の止血をする。
包帯があればいいのだがここはバーチャル空間である。そんなものなどない。慎也が目を覚ましたところはマルスがいるコンテナ地帯から少し離れた所にある路地だった。建物はあるが大して重要なものではない、ただの路上で慎也は目を覚ました。なんだ、つまんないの、とため息をついていると左腕に激痛が走ったのだ。「え……?」と声を漏らして見てみると紺色の自分のローブが血で滲んでいるところがあり確認すると斬られていたと。
自分は現在、道の真ん中に膝をついている状況で耳を済ませるとコツコツといった硬い靴特有の足音が聞こえる。姿は見えないが足音だけが響いていることからマルスが連絡してくれた透明マント達が近くにいることを知った。
「死針蠍……」
ゆったりとしたローブの隙間に隠した針を構えて周囲を観察した。正直言ってこの戦いは慎也の乗り気じゃない。的がないと針を当てることはできないし、そもそもツボがわからなかった。
肉弾戦となったとしても護身術は学んだが攻撃的な格闘は慎也の性格上あまり得意ではない。人を殴ろうと思った時に過去のトラウマが頭をよぎって肝心なところで止まってしまうのだ。故に彼は殴るという行為ができない。針を打って無力化することは出来るのだがその先まで中々行けない。
二回戦の時は針を打ったことであと数秒したら自分も死ぬという状況だったので殴ることができたが……今はそうじゃない。とりあえず、無力化だけでも……と慎也は戦闘体勢を取る。その時、不規則だった足音が一斉に自分へと向けられる。慎也は音をたよりに針を投げて攻撃を開始するが針は虚空を過ぎていったのを見て全身の毛が逆立った。
すぐさま姿勢を低くすると自分のローブについているフードがジャッと切れてしまう。慎也は即座に足払いをかけて正面の敵の姿勢を崩す。そしてもう一度針を散布して回避しようとしたがその一瞬の隙を利用され、彼の右脚を斬られてしまう。
「グァアア!」
バランスを崩して慎也は大きく転んでしまった。脹脛を斬られて血を吹き出すのを見て慎也はここは逃げないとという思いに駆られ、自分の近くに散らばった針を出来るだけかき集めて逃亡を開始した。見えないが故の恐怖、右も左も上も下もどこに敵がいるのか分からない中での戦闘は慎也にとってはあまりにも怖すぎた。見えない敵は慎也を追いかける。何もないはずの道路にコツコツコツコツ! という足音だけが響いて彼のメンタルをさらに削っていく。
「どうしてあの時と一緒なんだよぉ!」
文句を吠えながら慎也は逃げていったが脚の傷がさらに痛んでその場にズッコケた。一瞬だけ宙を舞って顔面から地面に叩きつけられる。何故か痛みは感じなかった。痛みよりも慎也の神経は恐怖を感じるのに必死らしい。コツコツコツコツ! と近づく足音に慎也は絶望した。
「やっぱり……後方支援だったら……むりじゃん」
絶望して目を閉じる慎也、近づく足音、その場に響く銃声……、銃声? と慎也は恐る恐る目を開けた。自分の正面に立っていた透明マントの心臓部から血がドバドバと出ている。透明なくせに赤色の血が垂れているのを見た。不自然に空中に空いた穴から血が吹き出し、徐々に透明化が消えていき、深緑のマントをしながら胸を押さえて苦しむ敵がいる。敵は複数人いたはずだが不意に足音も止まった。慎也は力尽きたマントの背後にいる影を見て顔を明るくする。
「優吾さん!」
「どいとけ、慎也。血を止めろ」
不自然な足音を聞いた優吾が間一髪で慎也を助けにきたのだ。彼の胸ポケットから布切れを渡されて慎也はありがたく脚に縛り付けて止血する。そして物陰に隠れて腕の傷も同じように止血した。優吾が来てくれたことで慎也は安心したのか、さっきまで何も感じなかった腕や足にズキズキとした痛みが襲う。
優吾は優吾でコツコツと足音を聞きながら目伏せで慎也に頷いて目の前の敵に集中する。
「挨拶は返さないといけないな」
優吾は二丁銃を握ってフーッと深呼吸を開始する。このような精神統一が彼にとってのリロードだった。彼の白い銃に青白い色の線が入っていく。大空を住まいに発射される精神弾で狩りをする先駆者、幻弾鷲が目を覚ます。
魔装を起動させた優吾が引き金を引く。敵のマントの一部が破けて一部だけが透明効果を失う。優吾は知覚速度を上げて同じように周囲に弾を撃ちまくり、敵のマントを破けさせていった。ある程度見やすくなったところで彼はもう一度深呼吸。敵の数は3人。一人でも大丈夫だと悟ることができた優吾は銃を構えて目を細める。メガネの先にある鋭い瞳孔は無言の圧力がかかっていた。
そんな優吾を見て戦局が傾いたことに動揺したのか幾分か透明マント達の息遣いが荒くなる。動揺している。それを悟った優吾は首を傾げて銃を構えた。
「どうした? 殺すつもりで反撃しろよ」
優吾の言葉に敵は一斉に襲いかかった気配を感じて優吾は知覚速度を引き上げた。ゆっくりとなった世界の中でコツーン、コツーン……という音が響く。その音をたよりに優吾はフットワークで敵のナイフを躱していく。足音の感覚からどのような姿勢かをある程度予測してナイフを回避していった。そして発砲する。
パンッ! と音を響かせる銃と後方に血を吹き飛ばしながら吹き飛んで光となった戦闘員。いくら姿を消そうと優吾の知覚速度上昇じかんのろうごくからは逃れることはできなかった。一人目を撃破して優吾は背後から近づく音を感じながら振り返り様に腹部に回し蹴りを決めて銃を発砲。敵は吹っ飛ばされながら血を吹き出しレンガ製の壁に血飛沫がまう。二人目を撃破したあとは戸惑って動けなくなった敵の位置を測定して銃を二発打ち込んだ。
「これは弟子の分だ」
二発を顔面に撃ち込まれた敵は光となって消えていった。その場に効力がなくなったボロボロのマントだけが残り、戦いは終わる。その光景を端から見ていた慎也にとっては一瞬の出来事だ。銃をリロードして気がつけば戦闘は終わっている。近くのレンガの壁が血塗れになっていたことから派手にぶっ放したことを知る。
戦いは実にあっさりと終わり、優吾は慎也の元に近づいて怪我の様子を見る。どの傷も慎也が回避してるうちにつけられたものだったので傷は浅く、止血で充分だった。優吾も束の間の安心が訪れたのか表情を和らげて慎也に話しかける。
「護身術も上手くなってきたな。今度は見えない敵が来ても回避できるようにしろよ」
「ハイ……でも……」
弱音を吐こうとした慎也に拳骨を落とす。ゴチ! と音を響かせ、慎也は涙目で頭を抑えた。慎也の視線の先には少しだけ呆れた表情をする優吾がいた。そうやって弱音を吐くほど慎也は優しすぎる。
「慎也……お前は初めてあった時と比べると成長してる。そうだろう?」
「まぁ……多かれ少なかれ……」
「お前のプラスの部分は何があっても大事にしろ。実際、これだけの浅い傷で済んだのはスゴい。そう思うだろ?」
「まぁ……」
さっきの痛みを思い出して腕を押さえて苦い顔をする慎也を見て優吾はポスンと拳骨を入れた頭に手を乗せてワシャワシャと撫でた。乱暴で気持ち良くもない撫で方だが優しさは伝わってくる。慎也は何故かこの撫でが好きだった。
「自分のマイナスをゼロへと持っていく、これが成長だ。覚えとけ」
それだけ言って優吾は視線を慎也から通信機へと向けてマルスへと連絡する。ダメージを負った慎也と合流。現在地を伝えてしばらくここで休むとだけ残して優吾は通信を切るのだった。
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