戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

生き残り

公開日時: 2022年3月14日(月) 19:07
更新日時: 2022年3月14日(月) 19:08
文字数:3,470

 会議室を出てからフラフラと歩いて救護室に飛び込んだ悠人は田村が迎えにくる前に目眩か何かで椅子にへたり込んでしまった。驚いた救護員が急いでベッドに移して田村が遅れてやってくる。クマができて前よりも顔色が悪い悠人を見て田村はギョッとした。夜寝つけていないのではないかと思ったが念のために肩を叩いて悠人の返事を待つ。


「東島君? 東島君聞こえる? もしもーし、聞こえる?」


「あぁ……すみません。ここに入った瞬間に……うぅん」


 返事も曖昧で頭もくらくらしている悠人。田村は眠剤を悠人に渡して飲んでゆっくり休んだほうがいいと判断。服用量などの説明をしてから効果が薄めになるように悠人に飲ませてベッド前のカーテンをゆっくりと引いた。


「彼は早く起きても真夜中になるわ。もし私がいない時に起きたらそのまま居住区に返してあげて」


「分かりました」


 部下に指示を送って班や事務に送るための報告書を作ろうと田村は作業机に座ってコンピュータを立ち上げた。慣れた手つきで症状、服用した薬、などを記入していく。その作業は救護班の中で誰よりも早かったが一つ、原因の欄を書く時に田村はハッとしてしまった。何があったのか聞くのをすっかり忘れていたのである。


「あちゃー……、今から起こすわけにはいかないし……」


 これだと報告書が書けない。かなり面倒なミスをしてしまったと天を仰ぐ田村だったがその時、救護班の扉にコンコンとノックの音が。部下の一人がそのドアを開けると急いだ様子で入ってきた青年がいるではないか。田村はその姿を見てちょうどよかったと口角を上げた。


「天野原君じゃない」


「た、田村さん! 知ってたらでいいんですけど悠人知りませんか!? 会議室飛び出してどっか行ってて……」


「ここでは静かに。東島君ならほら、あそこ。あのカーテンの先で眠っているわ。目の下にクマができているし、顔色も悪かったから寝させているの」


「あぁ……よかった……。いやほんとすみません。あいつ最近、会議すっぽかしたりするばかりなんで」


 田村はここぞとばかりに何故悠人がこうも体を壊しているのか、蓮に聞くことにした。時折困ったように頭をかく蓮であるが思いつく限りの情報を田村に伝えていく。やれ立て続けに来る亜人の会議に疲れただの、やれ前回の夜通し任務から体を壊しがちになっただの、その中でも田村の指がキーボードから外れそうになったのは悠人の父についての話だったのだ。


「ここ最近……ニュースで戦闘員が叩かれて、悠人ショック受けてたんですよ。ほら……あいつの親父が死んだ時も……同じだったらしいから」


「そう……。東島君の……お父さん……」


 順調に進んでいたはずの報告書作成だったが蓮の言葉で完全に動きが止まってしまう。田村だって覚えている悠人の父の死を、そして当時の世間の目を。急に動きが止まった田村を見てどこか心配そうに蓮は近くの椅子に座って声をかける。


「田村さん?」


「……アッ、ごめんなさい。ちょっと先輩のこと思い出しちゃってたの。えぇっと原因は亜人関連の任務によって心身共に疲労……、これでいいわ」


「ほんと、お世話になります。会議が終わってからのサーシャから連絡が来てこの辺りにまですっ飛んできてよかったです。近いうちに俺たちは遠征任務があるから悠人にも元気になってもらわないとっすね」


「あら、遠征? どこに行くの?」


「えっと……まだちょっとしか聞いてないんですけど……この支部をとっくの前に引退したおっさんがいて、その人を頼っていくそうです。名前なんだっけな……に……にぃ……」


「もしかして……新島さん?」


「そう! それです! ……あ、田村さんお知り合いなんですか?」


「八剣さんがお酒でベロベロになって色々処置する時は決まって新島さんの話を聞くのよ」


 蓮は素直に納得して悠人の報告書の写しを貰った。それを大事に持参のファイルに入れた蓮は田村に礼をしてそのまま去っていった。救護室のドアが閉められたのを確認すると田村はホッとため息をついて胸ポケットからある写真を取り出す。しわくちゃで、色も褪せていて少し見づらい写真だが田村には思い出の補正でそれがクッキリ見れた。


 田村がまだ戦闘員に入隊したばかりで訓練期間を終え、とある班に配属された日にとった集合写真である。班員の数は多く、二段に分かれた台にそれぞれ立って写真を撮っていた。新人ということもあって中央の人の左隣に田村は立たせて貰っている。中央の人物の右隣に写るものを見て田村は指をそっと撫でてから小さな声でその名を読んだ。


「新島先輩……」


 防弾チョッキのような戦闘服を着て、素敵な笑顔をあげる男性が一人。正式に入隊してオドオドと名簿を班長に持っていった際、優しい声で歓迎してくれたのを覚えている。初々しく、緊張した顔つきの田村由依自身を見て思い出していた。その間に腕を組んで立つ男が一人、言うまでもなく班長だった。


「これも何かの偶然かしらね」


 写真をしまって眠る悠人の様子を見に行く田村、ジャッとカーテンを開けると薬の作用のおかげか綺麗な寝つきで寝息を立てる悠人がいた。足を抱くように曲げてまるで胎児のような姿勢で寝ている姿を見て悠人は寂しがり屋なんだと知る。会議が終わる前に悠人はここにきたことからまだ任務の詳しいことは知らないはずだ。それを本人が知ってどう作用するかは分からない。あとは新人殺しに任せようと思う田村なのであった。


〜ーーーーーーー〜


「ゆっ、悠人の親父さんの班だって……!?」


 その夜、悠人不在の新人殺し会議室ではサーシャから受け取った資料に穴を開ける勢いで覗き込んでいる隼人を中心に話が展開されていった。会議の際、翔太から説明された事実に合わせてこうも繋がりのある出来事がポンポン起きるものなのかと全員が思っていた。


「大規模演習の映像は流石に残ってないんだけど……当時の任務録ならなんとか手に入れたわ。序列は基本二位、班員数は十二名。その中で生存が確認されているのは……新島さん合わせて約半数。残りは殉職よ」


「うぉ、スッゲェ。討伐の相手は今の基準でも上位魔獣だらけだ。……でもある時からぽっくりと実績がなくなったな」


「ちょうど……悠人が三つの時。親父さんが死んだ次の日からだ」


「親父さんが死んでから解散まで時間があるけど……その間班員は何を……」


「昔の悠人と似ている。班員の誰もが戦意を失ってそのまま解散。多分、悠人の親父がエース扱いだったんだろうな。エースが前線で戦いながら他の仲間が支援する。魔装のバランスもちょうどいい。ほんと……スゲェ班だな」


 隼人から奪い取った書類をパイセンは感嘆の声を上げながら閲覧していた。サーシャはまた違う書類を出して机に広げる。彼女がメモした痕跡でいっぱいの用紙だった。


「遠征は明後日よ。出発準備は明日にちゃんとやっておいて。長距離移動になるからよく睡眠も取っておくように。車で酔っちゃうとついてからの任務ができないわ。私たちは福井班の人が車運転してくれることになってるから移動は問題なし。パイセン、慎也君の魔装はどうなの?」


「あぁ、あとは点検とちょっとした使い方説明さえありゃあバッチリだ。事務に届ける魔装決定書類も作成済みだぜ? 遠征には十分間に合うだろうよ」


「ほんと、ありがとうございます。パイセンさん」


「いいってことよ。あとは悠人だな……。アイツは親父さんが関係する人と会うのを知らない。目を覚まして明日帰ってきた時、ちゃんと伝えるたほうがいいと思う。心の準備をしてもらわないと、正直迷惑だ」


「そうね……。隼人君、悠人君に説明できる? 何も詳しくしなくてもいいわ。事実だけを伝えて、それでいいから」


 ピッと親指を立てて了解した隼人。奥の席に座っていたマルスは腕を組みながら閉じた瞼をピクピクと動かしていた。今の悠人の心境でもし、亜人の拠点を見つけて攻めに入った場合、無事に帰ってこれるとは思えなかった。仲間の一人を失って手段を減らすことができたのはいいが、ここまでくると残りの亜人が合意で戦闘員を殺しにかかる。その口実を与えてしまったようなものなのだ。


「マルス」


 隣に座る優吾がマルスの肩を軽くゴツく。マルスはハッとして優吾の顔を見た。初めて会った時とは考えられないほど決意に満ちた戦闘員の顔、迷いを見せないその目にマルスはアッと息を飲む。


「最後になって身を守れるのは自分だ。けど、俺たちはチームだろ? みんなでみんなを守り合うんだ」


「あぁ……分かってる。お前達を死なせやしない」


 新人殺し初にして大掛かりな遠征任務が始まろうとしていた。



 

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