戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

バツが悪い

公開日時: 2020年11月7日(土) 21:10
文字数:3,390

「ねぇ、よく見えないよ。隠さないでよー」


 マルスの肩を白く透き通った手がユサユサと揺さぶっている。マルスはチェスの邪魔だとその手の持ち主に言ったのだが手の持ち主は悪びれることなくマルスに笑いかけた。


「だって、今日は調整の日なんでしょ? 見学させてよ」


「そんなお祭りごとじゃないだぞ? やってる俺はかなり大変なんだ」


 女神特有の緩いローブを着ており、どこか扇情的て雰囲気。髪は透き通るような白色。自分と対をなしているかのような色だった。マルスは目の前のこの女神のことを嫌いではなかった。


 年は自分よりかはうんと若い、うるさい妹のように関わっていたのだが最近はこの騒がしさがマルスも心地よくなっていた。マルスは目の前の女神にうんざりした声で話しかける。


「ていうか、お前にも仕事があるんだろう? そっちは大丈夫なのか?」


「亜人は……ずっと均衡なんでしょ? それに……私の役割もあまり役に立たないし」


 マルスはその女神の役割の話を聞きながらチェスを打って戦争を膠着し続ける。いつ頃から彼女が自分の神殿に遊びにくるようになったかはわからない。知らないうちに来るようになって最近は一緒に寝るほどずっとくっついている。一回だけ、「どうして俺となんかと一緒にいる?」と聞いたのだが「内緒」とだけ言ってニッコリ笑った。


 女神はいつも自分の神殿にいたがある日、自分が他の神の元へと仕事をサボるなと注意に向かって外出して、その帰り泣きながら自分の神殿を出て行く彼女を発見した。


 なんとか捕まえることができて話しかけると彼女は涙を流しながら「もう……一緒にいれないの」とだけ言ってマルスの手を振り払った。そして一言、


「待ってるからね」


 マルスは訳が分からずにその場に取り残されてポカンとしていた。その間に彼女は自分と反対方向へと向かい、それっきりだった。ハッと我に帰って自分の神殿に戻るとチェス駒が勝手に配置されており結果、人魔対戦が起きてしまった。





「ハッ!? ン……あぁ……夢か」


 マルスは月が照らしてくれている事務局の自室のベッドにいた。全身からは冷や汗が垂れており、服も戦闘服から緩いパジャマのような服へと変わっている。どういうことだ? と思っていると「あ、気がついた?」と香織が近づいてくる。


「やっと起きたのね。もう3時間も寝てたんだから」


「香織……」


「マルスと悠人が喧嘩しそうになって慎也が針を打って気絶させたの」


 あぁ……思い出した。マルスは東島に殴りかかってそこから喧嘩へと入り込もうとしたが急に意識が落ちて……そして神の世界にいた思い出を再生していたんだ。


「……ちょっと待て、この服はお前が着せたのか?」


「ダメだった?」


「勝手に人の……」


「いいでしょ? マルス、履いてて恥ずかしいものじゃなかったし」


 マルスはウッと声を漏らしたがすぐに切り替えた。そんなマルスに香織は手に持ったタオルをマルスの首筋に当てて汗を拭き取る。


「何をする?」


「風邪、引かないでね。汗が凄かったから。嫌な夢でも見てたの?」


 マルスは少しだけ俯いて頷く。香織は「話してくれる?」と声に出す。マルスは神ということを隠してさっきの夢の内容を話した。とりあえずずっと一緒にいた白髪の少女が急に自分のそばからいなくなった。そんな内容だ。大事な部分を全て隠して話したので香織からしたらわけの分からない話ではあるがまだ病み上がりのような状態なので何も言わなかった。


「その人の名前は……?」


「……覚えてない。俺も……幼すぎて。寂しかったことは覚えている」


 正確には人形のこの体には彼女に関する記憶がほとんど無くなっていた、ということである。思い出そうとしても思い出せない。顔立ちも、体格も。白髪で手が綺麗ということしか覚えてなかった。


「そこから……ずっと俺は一人だった」


「一人?」


「何をするにしても一人だ。誰も俺に構ってくれなかった」


「なぁんだ、マルス。悠人とそっくりじゃん」


「なに?」


 香織は東島の話をする。これは蓮から聞いた話なので真実かは分からないが彼は嘘をつかないと香織は信じていた。双子の姉の存在。東島の判断ミスのせいで姉を失い、新人殺しのレッテルを貼られたこと。


「悠人、私が入ってきた頃はあの紅い刀を抱いてずっと泣いてたんだって。お姉さんの形見だからね」


 二本の刀を持っているのに二刀流ではない理由がここでわかる。適合も合わないのに無理やり使っている。マルスは一瞬、東島らしい、と感心した。と、なると自分はかなり見当違いなことを東島に言ってしまったということになる。相手にも問題はあるが自分もそう。罰が悪くなったマルスは「あぁ……」と声を漏らした。


「機会があれば……謝ったら?」


「あればな……」


 意外なところで境遇が一緒の東島のことに複雑に思うマルス。それにしても……どうしてあの女神のことを今になって思い出したのかはわからない。これが……虫の知らせということなんだろうか? マルスはこれからの演習で何かが起きる。それだけを感じていた。


 〜ーーーーーーー〜


 悠人はというとすっかり意識を取り戻して現状を隼人から聞いたばかりだった。悠人はため息を吐いて「すまない」とだけ声に出す。隼人は気にするなというが悠人はそれでは黙らなかった。


「痛かったのは……お前の方だったよな」


「だから気にすんなって。痛みなんか関係ない」


 悠人は自分の言葉にバツが悪くて俯いた。仮想だからって班員を死なせていいもんじゃない。新人の言葉は自分に深く刺さった。現実でも姉を殺したのに……仮想でも仲間を殺してしまったことに悠人は息苦しくなる。あの日以来、何にも変わってない。


「ま、たまにはマルスのいうことも聞いてやれ。あいつも大事な班員だ」


「それもそうだが……、嫌々迎え入れたくせにみんな新人に染まりきっているし……」


 未だにマルスに対しての毒を吐く悠人に隼人は少しだけ呆れながら話をする。


「あのな、悠人。俺達のことを大切に思ってくれてるのは本当に嬉しい」


「急にどうした?」


「それと同じくらいに悠人自身を大切に思ってくれ。なぁ、悠人。生きてるんだろ? 生きてるなら……いい方向へ顔を向けようぜ? ……ダメか?」


 その言葉に悠人はウッと声を漏らす。この頃、人のことしか考えていないのも事実だった。自分のことなんて考えたことがない。そんな中で新人が入ってきたものだから悠人の精神はもう限界を迎えていたのだ。


「楓さんが亡くなってから立て続けに死んだ班員も多いけど。あいつは生き残ってくれたんだ」


 姉を失ってから戦闘意欲がなくなった悠人の班は次々と魔獣にやられて死んでいった。古参で生き残っているのは隼人と蓮だけである。優吾は楓が死ぬ少し前に入ってきたので準古参と言った感じ。


 悠人自身、新人というものが苦手になっていた。教育が面倒とか弱いとかそう言った理由ではなかった。単純に怖かった。また死なれたらと思うと、実際死んでしまうとショックで立ち直れなくなってしまうから親しくなる前にこっちから願い下げだと新人を嫌うようになったのだ。


「目の前で死なれるのは……怖いんだよ……。責任は全て俺にくるから……死体の目は……笑ってないから……!」


「でも、今は生きてる」


 隼人は悠人が座るベッドに同じく腰をかける。ドサっと音がしてベッドは隼人を受け止めた。


「俺と蓮が生き残れた理由、それはお前の指導のおかげだ。お前の熱心な指導があったから俺は今、新人殺しで戦闘員をやれてる」


「まぁ……」


「マルスなんか、周りの教育なしであれだけ強くなったんだ。一回手合わせしたけど負けそうだった」


 アハハ……、頭を掻く隼人を見て悠人は幼稚な自分を歯痒く思った。新人がどんな鍛錬を積んで、どんな境遇で育ったのかは知らないが自分が一番辛いと思っていることに気がついてしまい、ただひたすらに歯痒かった。


「だからさ、マルスも大事な班員。もう家族だぜ? あいつも……俺達もそして悠人自身も大事にしてくれ。マルスは絶対に死なない、俺が保証する!」


 根拠もないのに胸に手をドンと当ててニッコリ笑った隼人を見ていると悠人も笑顔が出てきた。新人殺しのムードメーカーはすごいな、悠人は微笑んだ時にデバイスに通知が来る。


 開いてみると二回戦の対戦相手が決まったそうだ。悠人はその班名を見てマジかよ……と呟やく。正直勝てるか分からない。


「二回戦相手 稲田班 通称『タクティクス』序列:2位」

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