「来るな」
「来るね」
地震のような振動が周期的にやってくるオフィス街。人はすでに避難しており、いるのは駿来と歩夢だけである。自分たちしか人間はおらず、がらんどうとした街に魔獣が近づいてきている。避難誘導が手早く済んだことが救いであろう。オフィスのビルはほとんど窓ガラスで覆われたような見た目をしており、魔獣の影を反射したのか色が黒く染まっていく。ヌッと顔を出した魔獣を見て歩夢は目を一瞬だけ歪ませた。
「マジでデカイよな、これ」
「しかも一直線に支部に向かってる」
ビル群の中から姿を表したのはターゲットの覚醒魔獣、メドゥーサだ。その黒光りする牙は剣のよう、獅子のような巨大な体に合わせて黒い毛並みが美しかった。ビル全体の影になるほどの巨体を誇る獅子の魔獣。本来は薄暗い洞窟の中に住み、獲物を引きづり込んで捕食する食鬼という魔獣だったと聞いている。青黒い毛並みが美しい青目の獅子。何よりも目を引いたのはタテガミだ。獅子の顔に生える冠のようなタテガミは毛ではなく、全てが独立して蠢く蛇である。唸り声とすすり声が混じったような奇怪な鳴き声を発していた。
「20メートルくらいか? あれ」
「流石に15メートルくらいだと思うよ」
「全長何メートルだよ?」
「知らないよ」
嫌と言うほど目立つメドゥーサの巨体を見ながら歩夢は背負ってある携帯状態の弓に手をかけながら駿来の話を聞いていた。
「まだ距離はあるな?」
「いや、そうは見えない」
「歩夢、溜めとけ。一気にいくぞ」
「その方が良さそうだ。射撃手は伊達じゃないよ」
余裕があるように微笑みながら背負った弓を一気に前に突き出すように出した歩夢。反動でギミックが作動し、歩夢の身長ほどに広がった弓矢。畳むための節が目立つ緑と茶色の色合いをした弓矢は全体が緑色に発光し始めたところで起動を開始する。瞳を閉じながら息を吐き続け、ゆっくりと弓に矢をかけるイメージをしながら眼を開いた。澄んだ色をした歩夢の目に獲物であるメドゥーサが映ったところでスッと朝日が差し込むように光の矢が生成され、自動的に装填された。
「歩夢、俺に当てるなよ?」
「当てるもんか」
生まれつき、左右の視力のバランスがおかしい歩夢は家庭を捨てた。名門、明通家の次男坊として生まれた歩夢は家庭を犠牲にこの眼を授かったのだ。その魔獣は群れで生活する、使うのは眼、広く、そして遠くを射抜く眼を持つ荒野のスカベンジャー。その魔獣の名は……、
「利加魔狼」
ようやく、歩夢たちの存在に気がついたメドゥーサは咆哮を上げながら大地を蹴って飛びかかるように突撃してくる。想定内だ、歩夢はニヤリと笑いながら精一杯引いた矢から手を離す。
1発、空を切った矢は凄まじい速度で敵に向かいながら魔装の能力が起動する。最初は1つの頼りない矢が秒数を刻むにつれて数が増えていくのだ。周囲一帯を歩夢の矢で覆い尽くしながら飛んでいくのを見て駿来もそれに続いた。碧色の光の中でコートの裾を手繰るようにして出したガントレットに力を込めて走り出す
「行くぞ、弁慶烏!」
コートから覗くガントレットが稲妻のような光を発生させる。両手を合わせてその光を閉じ込めてから一斉に放出するように地面に両手を叩きつける。その黒い稲妻は地面からメドゥーサ周囲のビルにまで浸透していき、巨大な漆黒の槍を出現させたのだ。ビル群から勢いよく生えてきた無数の槍はメドゥーサを串刺しにした。
「どうだ、必殺のファランクス」
身動きを取ろうとするメドゥーサだったが弧を描きながら襲いかかる歩夢の矢を避けることができずに全身を貫かれ、体の動きが止まる。
利加魔狼、荒野に生息する魔獣で巨大なコロニーを作ることで有名な魔獣。荒野に生息する魔獣最大の敵は飢え。ただでさえ獲物が少ない中で飢えを満たすためにゴブリンリカオンは進化していった。強靭な体か? 抜群の嗅覚か? それは否。彼らが選択したのは目であった。どんな時でも獲物を見逃さない眼である。その眼に勘付かれた獲物はどうあがいても群れで襲いかかるゴブリンリカオンから逃れることはできない。
「ざっとこんなもんだろ」
顔を上げながら歩夢を見てニコリと笑う駿来に近づきながら2人は拳を合わせあって戦いが終わったことに安堵する。メドゥーサは全身から赤い血を流しながら静止しており、動く気配はなかった。
「他の人達だったらキツかったと思うけど、僕らならデカイだけのは大したことないね」
「しかし、呆気ないな」
「まぁ、こんなものじゃないの? 僕らも警戒しすぎたさ」
串刺し状態のメドゥーサを見ながらフンスと鼻息を出して近づいていく。槍から垂れる血はかなり濃い色をしており、爛々とした青黒い目や蛇のタテガミは圧巻であった。今まで狩ってきた魔獣の中ではこれが一番派手じゃないか? と呑気に歩夢が口笛を吹いていると歩夢はメドゥーサの体が小刻みに揺れていることに気がついたのだ。
「え!? っちょ」
「一旦後退だ、歩夢!」
動き出したメドゥーサを片目に定位置へと戻った二人。やはり警戒しすぎるべきだったようだ。思い返せばフラグのような会話しかしていなかったことを合わせて歩夢はウンザリした顔になる。その歩夢の気持ちが分かったのか駿来も同じような表情だ。
「おいおいマジかよ」
「アイツ、化け物か」
メドゥーサは周囲に張り巡らされた槍を横目に体を無理やり捻るように動かし、槍から肉を引きちぎる勢いで脱出を成功させる。一部骨や臓器が見えている恐ろしい姿で咆哮を上げるメドゥーサ。痛みや恐怖はないのだろうか、本能で動かないのならそれは魔獣ではない。駿来達は覚醒魔獣の意味が分かった気がした。
「なんでアレで動けるんだ?」
目玉を動かしながら血と涎が混ざった液を吹き出してメドゥーサは突進を開始する。歩夢と駿来はバラバラに分かれる形で足を動かした。二人とも群れを形成する魔獣の適合だが親玉との適合なので身体強化は上位魔獣、いやそれらを一部越えるほどの強化を誇る。避けることはいとも容易い。
目玉の先は駿来に移っており、メドゥーサは巨腕を地面に叩きつけるような動きで襲いかかった。「お手」とも見えるその動きは一見可愛らしいがくらえば自分は木っ端微塵であろう。駿来は両腕を交差させてから大楯を大量に展開させて受け流す。
金属質な音が響き渡ったと思えばメドゥーサは体の限界が来たらしく、血を噴き出しながらゆっくりと倒れていった。矢を放つ準備をしていた歩夢はポカンと口を開けながらメドゥーサを見ていた。倒れていく過程で引き裂かれていた部位から剥がれるように体がバラバラになっている。
「なんだ、自滅?」
「決死の一撃だったと言うわけだろう」
今度こそ終わったと伸びをする駿来だったが歩夢は終わった気がしなかった。あれだけしぶとく動くことができた魔獣なら……ともう一度確認するとタテガミの蛇だけか蠢いているのだ。
「コイツまさか……」
次の瞬間、蠢いていた蛇は束のように密集を始め、それ以外が引きちぎれた余分な肉を喰らって完全に首と引き離したのだ。色のない獅子の目を向けながら周囲の蛇が足のように蠢き、突撃を仕掛ける。
「こっちが本体なのか!?」
束になった蛇達はさっき盾で塞がれた記憶から駿来に襲いかかった。駿来は咄嗟に半球状に大楯を展開させる。中から押しのけるように力を加えながら歩夢に向き直る。
「歩夢、距離をとれ。俺ごと蛇の方を一気に仕留める!!」
「分かった」
遠くで弓を引きながら様子を見る歩夢。盾の中では駿来が必死に盾が飲み込まれないように押し返している最中だった。蛇は盾を押しのけようと頭を押し付けながらタテガミ中の蛇を動かして駿来を押しているようだ。普段ならなんなく耐えて押し返す駿来も今回は別で徐々に押されている。
「思ったよりも厄介だな。くそ、連続で魔装を使いすぎた……。疲労がやばい!」
先ほどまで大量に展開して一気に仕留めていたことが災いし、体力切れを起こそうとしているのだ。こちらとしても舐めてかかりすぎたと歩夢は反省しながらどうにかして駿来の体力回復を行わなければならない。もし、今の状態で打ってしまうと駿来は矢の威力にも耐えれないかもしれないし、押し切ってもらえないと照準が定まらないから。
がしかし、ここで萎えるほどの駿来ではない。駿来はおまじないをかけたのだ。生きて帰ってくるように、指輪をはめた相手がいるのだ。紅音のことを思い出した駿来は最後の力を振り絞って魔装からまた稲妻の光を発生させる。
「紅音ェエエエエエエ!! 負けてられるかぁああああ!!!」
「いやアイツ単純すぎだろ……」
遠目で呆れる歩夢のことなんて梅雨知らず、駿来は大盾に巨大な棘を生成し、ニードルシールドとして再展開する。
「よし、行くぞ!!」
矢を放った歩夢。降り注ぐ矢の嵐は虫の息だった獅子の頭と蛇達を貫いて中に潜んでいた核を破壊することに成功した。脳髄に埋め込まれた結晶のようなものが粉々になったと思えばメドゥーサの全ての部位は灰のように色を失いながら消えていった。
「駿来!! 生きてるか?」
同じく消えゆく盾に駆け寄る歩夢。嵐が去った後の静けさの中で見たのはうーんと伸びをしながら少しだけ痛む体を和らげていた駿来だった。
「残念、俺は仕留めきれなかったようだな」
「馬鹿、お前を潰すときは真っ向からやってやるよ」
笑い合いながらもう一度、グータッチを決めた二人。今度こそ、勝利を収めた駿来達は本心の笑みを返すことができた。
蛇王獅子、討伐完了
明通歩夢:24歳
適合:利加魔狼
使用武器種:弓矢
性能:矢は自動生成。発射した矢を倍々に増やすことができる。増やす際には2、4、8、16と倍数を頭の中で思い浮かべる必要がある。
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