戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

海龍

公開日時: 2020年11月10日(火) 21:59
更新日時: 2020年11月11日(水) 07:28
文字数:3,877

「ハァ……、なんとか避けれたのね?」


 土埃が舞う中で必死にミサイルから逃げていたサーシャは逃げ切ることができてホッと息をつく。ミサイルで爆死なんてサーシャはゴメンだ。班に貢献してから死にたいものだと考えるサーシャは悠人の指示を聞いてすぐに逃げることに集中していた。


 サーシャの魔装は見た目と違って繊細な槍である。力でねじ伏せるよりも手数の多い突きで反撃の隙を与えない戦闘方法の方が彼女としては好きだった。


 辺りがひらけてきて土埃は消えていく。周囲を見渡すが仲間の姿は見えず、木々が生茂る森の中にポツンと一人で取り残されているようだ。どこか心細い。アメリカにいた時を思い出してサーシャはブンブンと首を横に振った。ここでは優しい友達に恵まれたんだから、思い出す必要はない。サーシャはそうやって言い聞かせて槍をグッと握る。


「とりあえず、みんなと合流しないと……えっと……通信機は……」


 一人が嫌いなサーシャは独り言にしては大きい声で服を弄って通信機を取り出した。そして班員にリンクをつなげるが何故か、「ガガガ……」というノイズが入って起動しなかった。


「え、故障?」


 そんなはずはない、と叩いてみるが通信機はサーシャの思い通りに直ることはなかった。そもそも、このバーチャル空間に「故障」という現象が起きるのかと思いながらサーシャは歩き始めた。根拠もなく、元来た道であろう方向へと向かおうとしたその時だ。


「ッ!?」


 自分めがけて鎖で繋がれた重りが飛んでくる。重りはかなり小さい作りだったが鎖の動きを見るにかなりの重量がありそうである。サーシャはあえて巻き取るような形で迎撃した。状況を整理しようと重りに触れようとすると高圧の電流が槍を伝い、もろに感電してしまう。


 初めて電撃というものを受けた。体の底から強制的に痙攣していく、痛覚を通り越して嫌な感覚も一緒に襲い掛かる不快感、なんで……? と思っていると重りは槍から離れて一人の人物の元へと戻っていく。


 稲田光輝、その人だった。稲田は感電して足を震えながら立ち上がるサーシャを見て勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。サーシャとしてはいくら顔がいいからってその歪んだ笑顔を見ると反吐が出そうになるが堪える。


「待ってたぞ? どうだ電撃は?」


「久しぶりに……まともに受けたわね」


 稲田は槍を使って立ち上がるサーシャを見て声を上げて笑った。自分の作戦が成功していいようにもない満足感を得る。班長はこうでないと、と言った一種の優越感も同時に感じていた。


「相性が悪い、諦めろ。俺の適合は雷猫スパークキャットだ。君たちは戦ったことがあるのだろう?」


 雷猫スパークキャット、サーシャは二度も聞きたくなかった魔獣だった。あの任務、マルスが初めて受けた任務で戦ったあの猫である。生態電位を増幅させて最大一億Vものの電圧を金属製の尻尾や爪に流して襲い掛かる魔獣。相性が悪すぎる……。サーシャは槍を構えながら舌打ちをした。水を操るサーシャにとって、絶縁体を作り出すなんていう能力ではないので全ての攻撃において必ず電撃を喰らわないといけない。これ以上戦いたくない相手はいなかった。


 ましてや使用者本人も序列2位の班長である。9位の副班長が戦っていい相手ではないと思えた。ここから逃げ出すこともできそうにないのでサーシャは倒しはしなくてもせめて致命傷は与えてやる勢いで槍を構える。その様子を見て稲田はフッと微笑んだ。


「やるか? 相性が悪いから諦めろって言ってるだろ?」


「知ったこと!」


 そう言い放ったサーシャに稲田は重りを操ってサーシャにぶつけようとする。サーシャは足に水を纏わせて滑らかな動きで回避し、低い姿勢を保ちながら滑り込み稲田の腹部を貫こうと槍を突き出した。


 稲田はそんなサーシャを見てフッと笑ってジャケットに隠していた鎖に繋がれた鎌で首を斬ろうとする。目の前に迫る刃、かつては刀を奪われた農民が作ったとされる武器、鎖鎌だ。


 サーシャはハッとして体を剃らせて鎌を回避してから地面に倒れ込み、背中に水を流して滑って稲田の背後へ回る。背後ならどうだ! と槍を突き出すが稲田は何食わぬ顔で鎖を引き寄せて重りをサーシャの顔面に直撃させる。とっさにサーシャが水で顔を覆って摩擦を減らすことでダメージを抑えたがその時に稲田は電撃を流し込みサーシャの体を内側から焼いていった。


「ガアァア……グッ……」


 内臓がやられて血を吹き出すサーシャ、稲田は鎌を振り下ろしながら重りを振り回してサーシャを徹底的に痛みつけようとする。這いあがられては面倒だと考える稲田は容赦がない。サーシャは水を覆わせて滑りながら回避していくが移動の際に飛び散る水の影響で体が痺れていった。


 槍を杖のようにしながらサーシャが立っていると重りはサーシャの槍に絡み付いた。


「諦めろ」


 稲田の声に合わせて信じられないほどの痛みがサーシャに襲い掛かる。武器を手放せば解放されるがそんなことをすれば稲田に対応できる術がなくなってしまう。このまま槍を手放すことはなければ自分は感電死してしまう、そんな状況で稲田はサーシャに声をかける。


「残念なんだよ、俺は」


「何……がいいたい……」


「戦闘員の前に人としての仲が悪すぎる。間に不純な物が流れすぎているな。さすが、新人殺しと言ったところだ」


 苦痛に耐えながらサーシャはバカにされていることへの腹を立てる。知ったように……、上辺だけの情報で人を挑発する稲田はサーシャが一番苦手なタイプだった。


 だがその時に一つの策を思いつく。この苦痛に耐えながら行う所業ではないがサーシャは覚悟を決めて水を一旦全てかき消した。稲田は徐々に電圧を上げているようで急がないと本当に感電死で終わってしまう。


 稲田はというと中々降参しない目の前の副班長が不思議でならなかった。先程から自分は一歩も動いておらず、全て鎖の電撃で戦闘を行なっているのだ。部が悪いと思えば撤退するのが戦闘員だろうに、と思いながら徐々に電圧を増幅させながら様子を見ていた。


 諦めが悪いタイプの女性だとわかり稲田は「苦手なやつだな……」と舌打ちする。サッサとこの戦闘を終わらせて班員に報告に行こう、「諦めが悪い副班長を倒した」と。稲田がそう思っていると一つの違和感が募っていく。


「おかしい……電圧は上げているはずなのに……」


 電気の流れが悪くなってきていた。鎖をみるがなんの異常もない、そして急にとてつもない風圧が生まれて稲田は目を閉じてしまう。身体中に霧のような水滴がついたことから水が気化したと判断した。急に水が水蒸気になるとは有り得ない。不思議に思っていると「成功した……」と言った声が聞こえる。


 稲田は微弱な電気を周囲に流して霧の中でサーシャの位置を特定。鎖を振るって重りに力を加えてからサーシャめがけて投げつけた。それを握られる。稲田はそう感じた。「ナッ!?」と驚く稲田の前に霧は少しづつ晴れていき、彼はさらに驚くこととなる。稲田はその姿を見て「なんだ……それは……」と声を漏らし、そんな彼にサーシャは魔装を起動させて姿を表す。


海龍ブルードラゴン………!!」


 そこに1匹の龍がいた。流れゆく水で構成されたみるものを圧倒させる水の鎧を装着したサーシャがそこにいた。全て水で構成された鋭い鱗のような細波の鎧、刃のように鋭い爪、背中に広がる巨大な水のヒレ、そして水で構成された立派な尾。水の竜を作り出し、己の体に装着するサーシャが編み出した強化技である。


「名付けて……海龍鎧ドラゴンボディね。ありがとう、ヒントをくれて」


 鎖についた重りを水で覆われたサーシャの水の手が握り締められていた。そしてグッと引っ張り稲田を引き寄せて膝蹴りを顔面に決める。鼻血を垂らしながら稲田は吹き飛んだ。体勢をすぐに整えてサーシャを観察した。


「なんだ……それは……何故電撃が効かない」


「超純水は知ってるかしら?」


 超純水、それは不純物を持たない水とされている名前の通り純粋な水。何故、水はよく電気を流すのか。それは水の中に染み込んだ有機物、微粒子、気体が存在するからである。それらを全てを取り除いた非常に純度の高い水、それが超純水。故に電気を通過させる仲介の物質は存在しない。サーシャが一通りのことを解説すると稲田は歯切れが悪そうに舌打ちをした。


「あなた言ったよね? 間に不純な物があるって。班員のことを悪くいうのはやめて。反吐が出る」


「ふざけるな……!」


 稲田は急速にサーシャに接近して鎌と鎖を両方振りながら攻撃してくる。リーチの読みにくい攻撃であるがサーシャからしたらこの手の攻撃は自分の得意分野なので軌道を見切って鎧の爪で鎌を弾き返す。鎧の水は絶えず細かい圧力をかけられており、それを利用すれば水ではあるがある程度の迎撃は可能である。弾かれて動揺する稲田にサーシャは腹部に蹴りを打ち込んで弾き飛ばした。


 大木に激突して木はバリバリと音を立てて崩れていく。しかし、まだ生きている稲田にサーシャは近づきながら声をかける。


「諦めたら、相性が悪いよ?」


 稲田は先ほどの自分のセリフを返されて悔しく思うが撤退を決意する。走り出した稲田にサーシャはさせるまいと指先から高圧の水を打ち出して足を撃ち抜こうとしたが稲田は目眩しと雷を落としたのでサーシャは目を閉じてしまう。その隙に稲田は消えてしまった。逃してしまったことに悔しく思うが自分で対策を考えて動くことができたのでなんとも言えない満足感を得ることができた。


「ハァー……顔がいい男は好きだけど顔だけはねぇ……」


 ため息をつきながらサーシャは鎧の水を操って地面を滑りながら移動を開始したのであった。

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