戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

捨てる神、助ける神

公開日時: 2020年10月6日(火) 21:57
更新日時: 2020年10月6日(火) 22:01
文字数:3,359

「愛されなかった?」


「そう、愛されなかった」


「しかし……蓮には家族がいるのだろう?」


 素の疑問を口にする。マルスは一人で過ごしてきたからそう言った家族の温かさなどは知らないが蓮は人間だ。誰かのお腹から生まれて今まで育ってきたんだ。それは言い過ぎだろ? というマルスの心情を読み取ったのか、蓮は気まずそうに笑った。


「家族……ね?  どうだろう?」


「どういうことだ?」


「できなかったんだよ……」


「何が?」


「3+4ができなかったんだよ……」


 そこから蓮は語り出した。


 蓮の家は企業を立ち上げており、メディアでも取り上げられることがあった有名な社長の息子。年が一年だけ離れた兄がいて初めは平等に育てられていたのだ。「初めは」である。大きな家で、美味しいご飯を食べて、記念日にはおもちゃを買ってくれて……、生まれてきて良かったって心のそこから言える家庭だった。


 それが変わった頃が小学校に上がった頃。兄は私立の小学校に合格して入学したのだが対する蓮は落ちてしまったのだ。そこから両親は蓮と兄の格差を知ったのだという。


「足算……3+4を覚えることも出来なかった。母さんが甲高い声を上げて参考書を投げるんだよ……。今思い返しても……怖い」


 今思えば蓮は学習障害を持っており人よりも計算を覚えることが苦手であることが分かったのだが当時の親がそれを知っていたのかはわからない。そんな蓮への迫害を開始した。食事は仕方がないと言って貰ってはいたが兄と比べるとその違いは歴然。自分はおにぎり、兄は普通の食事である。そこから母と父への違和感を感じ始めた。


 学校で絵具が欲しいとなると蓮は両親に対して土下座をして懇願しないとお金を出してくれなかった。「お願いですから僕のために買ってください」と土下座をすると舌打ちを貰ってから千円札を地面に落とされる。兄は親が学校にわざわざ連絡してまでこれからの予定を聞き出して道具を買い揃える。兄が駄々をこねると新しいのを買いに行く。


「お前……そんな……」


「ハハ……、すごいだろ? 兄貴が誕生日の日は家から追い出されるんだよ。『お前がいたらかわいそうだ』って。兄貴の誕生日は十一月だから夜に追い出されるのはキツかった。人に見つからないようにダクトの前に行って温まりながら夜を過ごしたよ」


「……」


 マルスは何も答えられなくなった。ここまで汚れた人間がいるとは思わなかったから。これが繁栄のために作り出した人間の失敗作か……。なんだか天界の神を思い出してしまい悲しくなった。


「戦闘員になったのは……」


「中学卒業の時、中学で俺は隼人に出会ったんだ」


 そんな風に小学校生活を送った蓮は公立中学校に進学。進学準備の春休みはものすごくキツかったがなんとか学用品を買ってもらい中学に入学。元々友達もいなかった蓮は学校の中では一日中ボォーッとするだけの問題児だったそうだ。蓮にとって学校はいい睡眠場所だったから。ここまでリラックスできる場所はない。蓮はそう思っていた。


 中学は弁当制だった。勿論蓮は弁当を作って貰ったことはない。小学校は給食制で両親は仕方なく払っていた。今考えると外部の声を気にしていたんだと思う。会社の株に響くから外観だけ良くしようとしていたのだと。弁当はないので蓮は良く学校のベランダに行って石を投げる毎日だった。いくつか石を拾って自分が決めた的に投げるということをずっと続けていた。


 その時に一人の少年に石をぶち当ててしまったのである。その少年こそが隼人だった。


「結構強めに当たったはずなんだけど……無事だったのは今でもわかんねぇ。変な縁だけどそこから隼人と話すようになって……、夜追い出された時は隼人と一緒に自販機の下にある小銭を集めてコンビニでパン買って食べてた」


 蓮は隼人の家にも行ったことがある。彼の家は貧乏な家庭だった。勤務時間は長いのに十分な賃金を貰えない家庭だったが家にやってきた蓮を心よく迎えてくれて家族とはこうでないといけないということを初めて知った。自分の息子じゃないのに隼人の母は「まっすぐな子」と褒めてくれる。


 中小企業の闇を知ると同時に自分をもう一人の息子のように扱ってくれた隼人の母の影響もあって蓮は次第に人の心を持つようになる。隼人とは友達ではなく血の繋がってない兄弟のような立ち位置だった。


 中学を卒業した後の進路はどうするのかと隼人に尋ねたところ、戦闘員の言葉が口から出されたらしい。魔獣の存在は蓮も知ってはいたが馴染みはなかった。隼人曰く、命はかけないといけないけどお金はすごくもらえるから親に送金したい、と。自分の将来はどうしようかと思っていた蓮は「そっか……」だけ口にして家に帰った。


 家に帰ると兄が自慢をしてきたらしい。「全国模試で一桁を取った、お前のようなゴミには取ることのできない数値だ! どうせ下級民になるお前にはわかんないだろうけど」って。こんなのが自分の兄だと知った時は恥ずかしくて仕方がなかった。数値をあてにして人間的な数値はゼロに等しい兄が憎かった。そんな兄を作った両親が憎かった。


 両親の行いに待ったをかける親戚は沢山いたが父が長男ということもあり何の痕跡も残せなかった。「息子が神の子だからって嫉妬はするな」と謎に開き直って胸を張る始末。


「マルス、その時にわかったんだけどさ……。両親が好きなのは俺じゃあなかった……、兄貴でもない。自分の会社を任せれる道具だったんだよ……」


「蓮……」


「まぁ……、そこから中学を卒業して隼人と一緒に戦闘員になったよ。こんなところにいたら頭おかしくなると思って」


「家を出たのか?」


「うん、絶縁ってやつ。家族みんな笑顔で手を振っていたよ。『もう二度と戻ってくることはないな』って言って」


 マルスはあまりにも酷い人間に怒りがこみ上げてくるのがわかった。自分が必死に仕事をしてバランスを整えていた人間にこんな物がいたとは……。本当に天界の都合の良い神様みたいで気分が悪くなった。蓮を見ると詳細にそのことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したかのような表情だったがマルスの視線に気がついてすぐに笑顔になる。


「気にするな、もう終わったことだし。会社が潰れてようが何らかの問題を起こそうが俺には関係ないから」


「まぁ……そうだが……悔しくないのか? そんなに酷い扱いを受けて……」

 

 その時、マルスの目と鼻の先にナイフがジャッと構えられる。マルスは真正面から蓮の顔を凝視することになった。彼の目は少しだけ潤いがあるように感じられる。ナイフの先も少し震えていた。


「同情だけはするな? 捨てる神もあれば助ける神もいるんだ。同情なんかされたらそこで終わってしまう。バカバカしい理論だとは思うよ。けどな、根拠のない何かにすがらないと……俺は先には進めないんだ」


 それだけ言って蓮は去っていった。捨てる神、助ける神……か。マルスは蓮の言葉を思い出して「そんな神いねぇよ……」と舌打ちをした。神が怠けているからこういった不純な人間が生まれるんだ。頑張っている人が苦しまないといけない運命になるんだ。


 ほぼ無心で部屋に帰る。部屋に入ると剣を壁に立てかけて服を脱ぎ、シャワーを浴びた。ある程度の使い方は知っている。温かい湯に打たれながら今後の自分について考えていた。このまま俺がバランスを保とうとしても神は俺のことを認めてくれるんだろうか……。


 あの身勝手で、目先のことしか考えないバカどもが自分の行いを褒めてくれる日は来るのであろうか? 今、こうやって戦闘員になって嫌いな人類側の神の手伝いをする必要はあるのであろうか? マイナスな考えしか思い浮かばないが、蓮のような人間がいることも真実。


「捨てる神ありゃ助ける神もいる……か」


 浴室にその声はよく響いた。運命に捨てられたとしても抗うことは罪なのか? 運命に従って朽ち果てることは正義なのか? 今のマルスには考えきれないことだった。


 シャワーを上がり終わり、クローゼットを開けてみると様々なサイズの服が直されていた。この部屋は服がもう用意されているようである。適当なシャツと半ズボンをきてマルスはベッドに飛び込んだ。ドスッと自分を受け止めるベッドと少しの浮遊感。考え事をしているマルスをまどろみの中に引き摺り込んだ。今日は寝よう……、マルスの中での安らぎが訪れる。

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