ビャクヤが振るった太刀を少しそらすようにして回避する稲田。稲田の全身から微量に発せられた電流がセンサーの役割を成して相手の行動を大まかに予測しているという状況だった。電圧を特定のツボにチャージさせることによって行う強化状態。稲田の身体能力は大幅に上昇しており、ビャクヤは薄々気がついていた。人間は自分たちが思っている以上に強いと。
横なぎに振るった太刀を回避してから腹部に蹴りを入れた稲田を見てビャクヤはそう思う。指先から連射で弾丸を発射するが稲田は余裕を持って回避しながら鎖鎌を振るい、ビャクヤの首を斬り落とそうとする。遠目で嬲られているルイスを見た稲田は黒川を失った怒りをもプラスして攻撃している。そのせいか、いつもよりかは動きが早いが大振りになりかけているという姿勢だった。稲田自体、そこまで怒らない性格なのだが大事な戦友と仲間を殺したこの亜人に対しては許すことはできなさそうだった。分銅を振るいながら一旦後退する稲田。鎖に流された電気がスパークしており、ブンブンと高速で振るわれているせいか、光の盾のようにも見える鎖鎌。稲田は噛み締めすぎて血を吹き出した奥歯の存在に今気がついて舌打ちをした。
「しぶといな、貴様。何人族かは見当もつかないが……経験だけは生きてるようだ……」
「失敬な、我は狐人族だ」
「狐は山に帰れ」
「生憎、ここが我の山なのだよ、人間。そもそも住み場所を奪ったのは貴様らだろう? 帰るところを消したのは紛れもなくお前達だ。反吐が出る」
顔を一瞬引きつらせて話すことから本当に人間が嫌いであることが示唆された。稲田は亜人の気持ちをわかっているつもりでいる。自分はやっていなくても自分達の先祖が亜人の迫害に加担していたのだと。その結果、自分の部下をなぶり殺しにされるという今に至っていることに腹立たしい感情を覚えた。
「この悲しみは……俺が終わらせる。覚悟しろ」
せめて死んでいった黒川の思いをぶつけていこうと思った稲田はさらに電圧を上げていった。体の底から力が込み上げてくる感覚に溺れそうになりながらも稲田は耐えきった。限界を迎えた奥歯がバキン! と音を立てて砕けていく。砕けた歯を吐き出した。稲田の足元の草は瞬時に焦げて消えていく。ビャクヤは少しだけ異常を感じたが「面白い」とニヤリとした。稲田はそんなビャクヤの周囲を高速で回り始める。稲光を身に纏った稲田の高速移動を視覚に入れると大抵の敵は眩しくて目を瞑る。それはビャクヤも例外ではなかった。彼の電光石火の一撃を目に入れようとすると体が勝手に拒否してしまうような感じである。自然と目を瞑って太刀を構えるビャクヤ。視覚をなしにして戦うことには慣れていたが今回はまた違う緊張感に駆られていた。
「サッサとこい」
そう言い放ったビャクヤを見て稲田は遠慮なくビャクヤに近づいて鎌を振るう。高速で動く光のムチのような鎖の先に取り付けられた鎌はビャクヤの腹を深く斬り裂こうとした。しかし、ビャクヤの太刀がそれを拒む。正確かつ滑らかに振られた太刀は見事、稲田の鎌を弾き飛ばした。
「グゥウウ……」
弾き飛ばしたのはいいが太刀を伝って膨大な電圧を浴びたせいで体の動きが止まってしまう。ビリリリ……! と痙攣するように止まった体が原因となり、ビャクヤは稲田の攻撃をモロに受けることになった。目線の先にフッと笑う稲田を見る。稲田の姿が目の前でフッと消えたかと思うとビャクヤのミゾに稲田の肘が食い込んでいた。吹き飛んだビャクヤはまた稲田の姿が見えなくなったと思うと今度は背後にいる。舌打ちしながら太刀を突き立てるとすでに稲田はそこにおらず、虚空をついた太刀を見てビャクヤはハッとした。その瞬間、かかと落としを顔面に決められた少しだけ口から血を吐き出す。
「ガッ……ツゥ………貴様……」
ガリガリと奥歯を鳴らして悔しそうにするビャクヤ。その瞬間、彼の体に浮き上がっていた亀裂のような赤黒い紋様が少し薄くなった。稲田はその様子を見てなるほどな……と能力のシステムを理解する。分銅を振りながら少し勝ち誇った顔で話し始めた。
「どうやら能力を奪ってから出血するとそれらを失うようだな。色が薄くなってるぞ?」
「気づかれた……か。フゥム……どうしよう」
ビャクヤは少しだけすり足の要領で距離をとろうとした。顔にも余裕がなくなったことから稲田はこれが貴様の能力か、と確信をすると同時にサッサと終わらせようと間髪入れずに距離を詰めた。顔面を思いっきり殴り飛ばしてから足を掴んで大木に投げ飛ばす。思いっきり体を大木にぶつけたビャクヤは電撃と相まって凄まじい苦痛を受けることになる。痛みには鈍感になっていたはずなのだが稲田の電撃はビャクヤの脳天を貫くかのような刺激を与える。未だに体が痺れて倒れた姿勢で動くことができないビャクヤを見て稲田は勝利を確信した。所詮は獣か……と稲田が安心しきっているとビャクヤは「フフフ……」と笑っている。そしてゆっくりと立ち上がった。
「貴様は今……勝利を確信した。たしかに今の一撃は相当痛かったぞ? 我も驚いた」
ビャクヤはそういいながら1匹の狐を自分のところに呼ぶ。主人の命令に忠実な狐はトコトコと急ぐようにビャクヤの足元に到着した。主人の命令を快く待っている狐。元気に立ち上がって手をスリスリしてくるのを見てビャクヤはニコッと笑うと太刀で脳天から斬り裂く。「キュィイイイ!」と悲鳴を上げながら狐は死んでいった。
その光景を見て流石の稲田も一歩足を引いてしまう。あれだけ忠実な魔獣を……とドン引きしているとビャクヤは狐の死体の首を掴んでその鋭い犬歯で噛み付いた。首筋から流れる狐の血を「ジュルルルルル!」と音を立てて吸い上げるビャクヤ。この間に攻撃をすれば良かったのだがビャクヤの異常な行動を見て完全に体の動きが止まっていた。
「お前……嘘だろ……?」
「利用できる物はなんでも利用する。それが人間の行っていた事ではないのか? 我はその真似事をしてるだけに過ぎない」
平然と言い放ったビャクヤはスゥ……っと体を透明にしていく。幻狐の能力である透明化だった。絶えず、電撃強化で発光する稲田がいれば透明になるなんてたやすい事である。それに気がついた稲田消える前に出血させようとしたのだがビャクヤはもう稲田の背後にまわっている。一瞬の隙をつかれた稲田が振り返ると狐の大群と相手している直樹に飛びかかろうとしている最中だったのだ。直樹は張の後ろでレーダーを使っていたのですぐにビャクヤの存在に気がついて振り返る。ビャクヤが狂気的な笑みを浮かべた時と同時のことだった。肝心の張は狐の相手でビャクヤの存在に気がついていない……。
「逃げろ!!! 直樹!!!」
稲田はすぐに走ってビャクヤを蹴り飛ばそうとしたが中盤まで走ったところで動きがピクリと止まる。ビャクヤの太刀が直樹に届いていない。目の鼻の先で止まっている。何故か? 稲田の角度からはよく見えなかったのだが直樹からはよく見える。小次郎が盾になっていた。双身剣を構えてニカっと直樹に笑いかけた小次郎が自らの体を犠牲にして盾になっている。直樹は小次郎の腹部を貫通した太刀を見て「え……?」と声を上げた。双身剣でガードしていないところから本当にそれどころじゃあなかったことを思い知る。小次郎の手から双身剣がこぼれ落ちていく。
「ヤッベ……僕……ダメかもしんね……」
吐血してその場に倒れ込む小次郎。そんな小次郎の頭を掴んで首筋に噛み付いたビャクヤを見て、直樹はブルブルと情報を整理しながら口をワナワナと震えさせる。
「ハ? ハ、ハ、ハ、ハ? ハァ? ……こ、小次郎……? う、嘘だよね? ね? 嘘だよね? ねぇ……ねぇ!!! 嘘って言ってよぉ!!!」
首筋を噛みちぎられて苦悶の叫びを上げる小次郎にレーダーを放棄して武器もなしに助けに行こうとする直樹。単身で直樹が行っても勝てる相手ではないことは確かなので咲が直樹の肩を後ろから取り押さえてビャクヤから離れていく。
「直樹くん! ダメ!」
「小次郎、小次郎!! 何故、止めるんです!? 小次郎が!」
「行っちゃダメ! 直樹くん! あなたが死んじゃうから!!」
「だからって言っても!! 小次郎……小次郎……こじ……うわぁああああああああああ!!!!」
精一杯もがいてビャクヤに首筋を噛まれて叫ぶ小次郎、小次郎の血をすするビャクヤ、その様子を見て発狂する直樹。レーダーと直樹を連れて交代する咲と張。彼らの前に反田と柔美が立ち塞がる形になる。ジュルルルルル……! と音を立てて血をすすり終わったビャクヤは満足そうな表情で舌舐めずりをした。そしてあの赤黒い亀裂が体全体にできる。
「予想と違った展開になったが……まぁいいだろう」
ビャクヤの号令で狐が一気に福井と反田に襲いかかった。反田の分度器で弾かれた狐達を柔美がスライムで包み込む事で消滅させていく。咲もチェーンソーで無力化しながら直樹を必死で守っていた。張も正確にミサイルを打ち込んでいく。皆が必死に動けない直樹を守ろうとしている様子を見て稲田は一番動くべき存在は自分なのに……とショックを受けた。また、なにもできないまま仲間を殺してしまった……。さっきの黒川と一緒である。自分がもっと早く気がつけば防げた悲劇だったのだ。そのせいで直樹自身をも壊してしまった。その事実を知らされた稲田は膝をついてしまう。
「勝手に折れてるのか? ふん、所詮は貴様も小人者だったな。貴様の強さは認める。ただ、その強さを持つにしてはまだまだだ。柔なき刃に強さはない」
ビャクヤが太刀を横なぎに振るうと彼を中心とした突風が吹き荒れた。異常を感じて後退するがその突風に耐えきれずに分度器を手放してしまった反田は飛びかかってくる狐に急所を噛み砕かれて声を上げることもなく、瞳から色を消した。そして回収されるように狐に死体をむさぼり喰われていく。
「一馬!!」
稲田は突風の中に潜り込んでビャクヤのもとにたどり着こうとしたがあまりにも強すぎる風圧に飛ばされて中に行くことができなかった。突風が晴れると満足そうに笑うビャクヤがいる。稲田はキッと睨んだ。
「この、クズが……!!」
「言うがいい。貴様達は愚者だがな。そのまま返すぞ?」
稲田がその言葉に押し黙っているとビャクヤの足元付近からむくりと地面が膨れ上がるように隆起してトカゲの亜人が姿を表した。肩をコリコリと鳴らしながら「へぇ……」と声を漏らす亜人はビャクヤに話しかける。
「終わりましたぜ? かなりシツコイ相手でした。あっしは無力化だけしようとしてたんですけどね、旦那のために。一人だけ腹が立ったんで……。それに手間がかかりやしたね」
「そうかご苦労だった、ケラム殿。誰を殺した?」
ケラムはフルルと喉を鳴らしながらあるものを稲田の元へと投げつけた。彼の目の前に叩きつけられたのは全身、泥のように柔らかくなってありえない角度で曲がり切った円であった。元の表情や部位の位置はわからない。ただ渦巻きのような形状になった歪な死体がそこにいる。ありえない、稲田の心の中にはその言葉だけが生々と泳いでいる。円が死んだ。ずっと共に戦ってきた円が死んだ。それは柔美達もそうだった。稲田は鎖を掴む力を一層強くして「お前ら……」と電力をさらに強くしながら立ち上がる。辺りの空気全体を巻き込んでスパークしていく稲田の体。それを見ていた咲は「嘘でしょ……?」と声を漏らした。その言葉は稲田の底知れない力を見たからか、それともこの状況をいまだに信じたくないか、あるいはその両方か……。
「お前ら……返せよ……」
「ん? なんだ?」
「俺の仲間を返せよ……」
「ハァ……またか。 いいか? にん……」
「返せ!!!」
稲田はなにも考えなかった。ようやく、円はもう死んだことを理解する。「班長、大丈夫?」と少し照れながら自分に話しかけてくれる円はもういない。ここにはいないが自分の元には来ないエリーも死んだのかもしれない。控えめだったが言うことはしっかり聞いてくれるし意見も発信してくれるエリー。この二人をも失ったことを知った稲田はガムシャラに鎖を振るう。しかしその攻撃は隙が多く、ケラムの蹴りが炸裂した瞬間に稲田の体は限界を迎えてその場に崩れ落ちた。
「電池切れですかい? さっきから叫んでばかりらしいですけど、あっし達はあんたらがやってたことと同じようなことしかしてないですぜ? それで勝手に怒られてもなぁ……」
困ったような表情で稲田を踏み潰して彼の髪を掴んで顔を自分に引き寄せるケラム。稲田は負けじとケラムの顔面の振るった分銅をぶつけて抵抗した。そのことに怒りを覚えたケラムは舌打ちをしながら稲田の顔面を殴る。生々しい音が響いて稲田の口から奥歯が吐き出された。そんな稲田を助けようと張がミサイルを連射するがビャクヤが起こした突風のせいでミサイルを無力化される。稲田の仲間を近づかせないようにして感情のままに稲田を嬲るケラムをビャクヤは止めた。
「そこまでにしろ、こいつにトドメを刺すのは我だ」
「旦那、すみませんぜ。ッチ、人間はどうも気持ち悪いですね。弱いのに強く見せようとしている」
「そうだな」
ビャクヤは力なく倒れる稲田に太刀を差し込んだ。グリュ……と音が立って稲田の口から「グゥアア……」と声が漏れ出る。ケラムが頭を踏んで黙らせた。そしてその太刀についた血を啜ったビャクヤは満足げな表情を浮かべる。力が湧いてくることを感じた。これが我が追い求めていた力だ! と興奮していく。湧き上がる力をもっと得るために稲田の首筋に噛みつこうとした。その時である。
「そこだ、優吾!」
そんな声がしたと思えばビャクヤの背後から青白い弾丸が飛んできた。そのことに瞬時に気がついたケラムが地面を泥にしてビャクヤを少し沈めることでスレスレで回避する。もう一度突風を起こすかと思っていると今度は針が自分の右腕に刺さった。その瞬間、右腕から肩にかけて鈍痛のような痛みを発しながら痺れたのでビャクヤは満身創痍の稲田を放って距離を取る。
「また新手か……。今度は誰だ?」
呆れたような顔でビャクヤとケラムは新しく現れた集団を見てため息をついた。サッサとこいつらのトドメを刺したかったのだが……と思っているとさっきのレーダーを見ていた男、直樹が「本当にきてくれるなんて……」と声を上げる。
「間に合ってくれてよかった……。何にも意味のない電波だったのに……」
直樹はホッとしたような表情でレーダーを見ている。こんな一見意味のないような電波である無言電話から危険を察知して助けに来てくれるのは彼らしかいなかった。その集団、若さゆえのとんでもない作戦を決行するような実力ありの問題児班、東島班が到着したことにビャクヤに限らず柔美達も驚いている。東島班のリーダーである悠人はキッとビャクヤとケラムを睨みつけて背後の稲田班の班員に話しかけた。
「……遅くなってすみません……、皆さん。助けに来ました!」
刀をジャリィイイン! と抜いて臨戦体勢を取る悠人は戦闘員そのものだと思えたのだった。
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