戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
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漆黒の弁慶-2

公開日時: 2021年2月10日(水) 19:48
文字数:4,449

 観覧室ではサーシャと弘瀬の戦闘を見ながら相手の魔装についての分析を始めていた。観覧室には大きなモニターが多数あり、様々な角度からの映像が中継される。なるべくサーシャよりも弘瀬の姿をモニターに捕らえるようにし、パイセン達は魔装の分析を行なっていた。今戦ってるサーシャに情報を伝えることはできない。声援なら許可されているが指示は禁止されている。敵の情報を伝える行為はNGなのだ。


「適合は弁慶烏アームドクロウ……ですか。あれ……でもちょっと待ってください。あの魔獣硬質の羽を武装のように身につけている魔獣ですよね? 確か個体によって象る武器が違うかった気がするんですけど……弘瀬さんはバックラーや手榴弾と他の種類の武器を出現させている……」


 弁慶烏は硬質の羽を武器のように扱う知能の高い魔獣であり、個体によってどんな武器として羽を使うかが異なってくる。槍のように鋭く伸ばす個体もいれば、密集させて盾のように使う個体もいる。しかし、あの弘瀬にはなんとこの武器以外は出せないといった制約がないということがあの爆撃で証明された。


「それが魔装の性能だろう。あのガントレットが魔装だとしたら能力は武器の生成……。サーシャの槍を何食わぬ顔で弾き返したから生成された武装は能力がなくとも魔装に匹敵する。場合によってはそれ以上の強度を誇るんだな。なんてっこったい……」


 パイセンが腕を組みながらサーシャと戦闘を続ける弘瀬を見ていた。弁慶烏は上位の魔獣とされてはいるがその個体がどんな武器を象っているかによって強さが大きく変わってくる。そんな中であの弘瀬という人物は様々な武装を作れるとしたらあるパターンが見えてくるのだ。


「種族そのものへの適合……」


 蓮が呟いて観覧室の視線が一気に彼に集まる。


「俺と一緒だ。本来、軍隊鳥レギオンビジョップの適合となればただの補正が付いた投擲ナイフ。けど、俺は種族そのものへの適合を果たしているから親玉の能力も使うことができる。そう考えると……」


「ほぼ全ての武器を作り出すことができるってことか。そりゃあ序列一位になれるはずだぜ」


 これと限定する個体への適合ではなく、種族そのものへの適合。群れをなす適合生物においてまれに現れる特異な適合者だった。上位適合の力を問答無用に行使する弘瀬を見て「分が悪いんじゃないですか?」と慎也が心配した表情で話しかける。そんな慎也にパイセンが「心配するな」と声をかけた。


「確かに相手は実力者だし魔装も強力だ。でもサーシャはそんなことで諦めるような女じゃねぇよ」


 上位適合となったにも関わらず班員と分け隔てなく接しておごり高ぶることなく他人を心のそこから支えることができる強い心を持ったサーシャは相手の力量に臆することなく立ち向かう。人の心を支える強さと尊さを持った女性なのだ。だから二回戦で本来苦手なはずの稲田光輝を倒すことが出来たのだとパイセンは確信している。どんなに強い敵が来てもサーシャは諦めることはない。


「俺の選んだ女だ。そんなヤワなことで萎えたりはしねぇよ。なぁ、サーシャ。あんなやつぶっ倒して後で飯食いに行こうぜ!!」


 パイセンはその場で大きな声で叫んでいた。






 闘技場で剥がれたドラゴンボディに舌打ちをしながらも左手で槍を構えたサーシャはぼんやりとだがパイセンの声を聞いた気がした。手榴弾の爆音のせいで耳なりが少しするのでよくは聞こえなかったが力強い声を聞いた気がして少しだけ落ち着いた。パイセンはどんな時でもサーシャを支えてくれる。それもサーシャが選んだ男だから間違いないのだ。少々ぶっきらぼうだけど憎めない優しさが見える男、パイセン。なにを言ったのかはよくわからないがきっと私を信じてくれている。その一心でサーシャは魔装を起動させる。


「行くよ、海龍ブルードラゴン!」


 さっきの弘瀬の話、自分の戦闘が見られているのなら同じように攻撃しても勝てる見込みは少ない。サーシャは緊迫した空間の中で必死に考える。自分の戦闘はもう見切られるのなら自分が覚えている強者の戦闘を再現すればいい。いつものように滑り出したサーシャはホバーの要領で弘瀬の周りをグルグル回り始めた。


「あれは……!」


 悠人がその回転を見て声に出した。一応どのように試合が進んでいたかは自分の部屋で確認していた悠人だからこそわかる。あれは稲田光輝が二回戦でサーシャに使った回転技だった。


「そうか、それが君の答えだね。タフな女の子に出会ったのは久しぶりだ」


 回転するサーシャを見て弘瀬も戦わないといけないかとロングコートからガントレットを覗かせる。漆黒に色付くガントレットを見せつけながら弘瀬は構えをとった。そんな彼を見ながら逃げ場がなくなるほどの高速に回転するサーシャ。上位適合の恩恵である身体強化を最大限に利用しつつ、二回戦の稲田光輝のスピード戦を思い出して移動していた。相手の目が自分の速度に慣れ切った時が勝負だ。サーシャは鍛え上げられた体幹で支え、踵から踏み込むようにして滑り出している。


「それは二回戦で稲田光輝が君に放った技だね。考えは素晴らしいけど……」


 余裕そうに口を開く弘瀬にサーシャは攻撃態勢をとって一気に弘瀬に距離を積める。残像すら残すような超スピードで弘瀬に接近して左手であるが力強く螺旋を描く槍を突き出した。弘瀬は自分の存在に気がついていない様子、勝てる!! サーシャが槍を突き出したわけだが弘瀬は少しだけ右に逸れる形で一撃を回避してサーシャのミゾに膝蹴りを叩き込む。そしてガントレットから大剣を出現させて峰でサーシャを思いっきり打って後方の壁まで吹っ飛ばした。サーシャの回転よりも素早い、まさに神業である。弘瀬は大剣を消してガントレットで少し頭をかいた後に息をゆっくりと吐いていた。


「俺に一撃を与えることはできないようだね」


 弘瀬の余裕ある声に圧倒されたのか一気に現実に帰還されたサーシャ。腹の奥から血生臭いにおいがしたと思うと口内に血が溢れる。さっきの衝撃でどこか切ったらしい。サーシャは溜まった血を一気に吐き出した。


「グフゥア……、ガッ……」


「まだやるかい?」


 少し意外そうな顔をする弘瀬にサーシャは槍を回転させて周囲に激流を出現させた。完全なる不意打ちだ。弘瀬を囲い込むように出現した水流はすぐに逃げ道を防いで激流の牢獄を作り出す。そしてその水流を一斉に球体状に丸めて弘瀬を内部に閉じ込めた。自分に関心が向いていることを察知したサーシャのファインプレーだ。このままだと相手を溺死させてサーシャは勝利。


「やった! でかしたぞ、サーシャ!」


 パイセンの声が外部から聞こえて「まぁね」とサーシャは呟いた。その時である球体状の水がシャボン玉のようにはじけてかき消されたかと思えば無数の短剣を出現させた弘瀬が中から出てくる。濡れた髪を振りながらなんともないような表情でサーシャを一瞥した。


「ど……どうして……!?」


 声にもならない叫びをあげるサーシャ。この虚無感は過去に味わったものそのものだった。どうしたってダメなんだと思いそうなこの虚無感、絶望の二文字がサーシャの頭の中に生まれる。


「俺の武装は一種類しか出すことができない。さっきの手榴弾を見ただろう? 数は考えなくてもいいんだよ。にしてもさっきの水流は初めて見たね。ビックリだ」


 さっきの手榴弾を今更になって思い出すサーシャ。大事な情報を忘れていたことともう自分にできることが見えなくなったこと、過去のトラウマや焦燥感が一気に押し寄せてきたことに絶望で血と汗と一緒に涙を流す。怖い、怖くて仕方がない。相手はまるで次元が違いすぎる。所詮は新人殺し、9位の班。相手は序列一位のエースなのだ。だとしてもあんなに余裕そうな顔をする弘瀬に一発だけでも攻撃を加えたいサーシャがそこにいた。このまま相手が無傷なまま負けるわけにはいかない。どうせ負けるなら一発殴ってから消えたかった。


 心の雑念を振り払ってサーシャ動かない右腕にだけドラゴンボディを出現させる。激流に覆われた右腕で槍を持って水流を動かして無理やり構えをとった。動かすたびに錆びた蝶番のようなぎこちなさを感じることもあるがこれの方が左手よりも動かしやすかった。そして姿勢を低くして槍を水平に構える。


「まだやるのかい? もう君の体も、心も傷だらけだ」


「知らない……!」


 サーシャは槍を相手に向けながら片腕だけのドラゴンボディをジッと見つめてから相手を睨む。その睨みはサーシャが本気を出した時の表情であり、どこか男勝りな線の細い目になっている。負けるわけにはいかないのだ。新人殺しの仲間達はサーシャに期待してくれている。一気に勝負を仕掛けるという悠人の計画の一環としてサーシャが先鋒戦に選ばれたのだ。それに夜通し徹夜でパイセンはサーシャの槍やみんなの魔装を点検してくれた。その期待にも応えるべきだ。


「みんなは……私に期待してくれている……。アナタからしたら私はちっぽけでしょうね? でも……!! ここで私が負けたらみんな悲しんじゃうから……負けるわけにはいかないの!!」


 その構えを見た弘瀬は「それは……」と言ってあることを思い出した。稲田光輝との最後の激突の構えと一緒であったことに気がつく。それが答えだと受け取った弘瀬はフッと微笑んだ。相手の覚悟が大きいなら自分も大きな覚悟を見せないといけない。それが礼儀というものだ。


「それが君の覚悟か、ならば俺も全力でお相手しよう」


「いいわ……やってみる!!」


 そう言って両手のガントレットをガチン! と合わせたかと思えば手を広げて巨大なハルバードを出現させる。漆黒に染め上がったハルバードは光に照らされて妖しく光り輝いた。ブンブンと振り回して同じように構える弘瀬。


「これは俺のお気に入りでね。……それじゃあ始めようか」


 弘瀬の言葉を皮切りにサーシャは同じようにホバーをかけて前進した。さっきとは比にならないスピードである。プライドをぶつける瞬間が今しかない、ならば精いっぱいのものをぶつける! 動かないはずの右腕や利き足が最後の力を振り絞ってリミッターを吹っ飛ばし、激烈な海龍の唸りをあげる!


「ウゥウウワァアアアアアアアアアアア!!!」


 今まで聞いたこともないようなサーシャの雄叫び。その叫びはバーチャルを貫いて観客としてモニターを見ているパイセンにも突き刺さるような覚悟の雄叫びだった。そこに恐怖は見えない。勇敢で逞しい、戦士の叫びだ。二人の武器が激突されてスパークを引き起こした後にジャキン! という音を残してお互い反対の位置に立っていた。


 ゆらりゆらりと二、三歩進んで振り返ろうとするサーシャだったが……その瞬間、彼女の口から血が吹き出て持っている槍がボキィ……と音を立ててバラバラになっていく。その場にバタリとサーシャは倒れてそれきり動かなくなった後、光となって消えていった。


「先鋒戦勝者、弘瀬駿来!!」


 モニターにハルバードをしまう弘瀬が映し出されて戦いは終わった。そのアナウンスは消えゆくサーシャに虚しく響いていくのだった。

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