新島壮の玄関に集まった悠人たちは先ほどレイシェルから送信された命令を反芻していた。「マルス救出を許可する。福井班と合同で亜人拠点を相手にしてほしい。追加の援軍は遠野班、八剣班を派遣する。彼らが来てから攻めるのも今から攻めるのも君たちに任せる」といったものだった。最初に命令を受け取ったのは悠人だった。もう日も暮れてマルスへの思いが皆高まっていたころ、福井班の佐久間直樹が発見したレーダーの痕跡を直ちに送信、受け取ったレイシェルが判断してその命令を行っていたのだろう。
「こんな都合よく命令がくることなんて信じられないんだが……」
「正直、俺も驚いている」
なんだかんだと文句を言いながら魔装の点検をすませたパイセンはいつものジャケットを羽織りながら独り言つ。一人ごちたパイセンにまた一人ごつように返事をしたのは悠人だ。悠人自身、レイシェルからやってきた命令は願ったりかなったりだ。が、マルスの存在は今や敵の亜人かもしれないことが浮き彫りになった今、どうやって周りを納得させて命令をしたのかが分からなかった。あまり不安そうな顔を出さずに新人殺しの皆に班長としての命令を下す。
「今回の任務はマルスの救出、そして痕跡から発見されるであろう亜人の拠点を破壊することだ。全員で攻め込むことも考えたがここは福井班と協力して班を分散させる作戦で実行したい」
「命令の補足をします。今回の救出対象のマルス君が行方不明になってからもうかなり日が経っています。正直、生きているのかもわからない。味方として戻ってきてくれる可能性は低く見て良いでしょう。東島班長が分散した方がいいと言いう意見には僕も賛成です。これを見て」
直樹はレーダーの画面を集まった福井班と東島班の班員に見えるように広げていった。マルスが行方不明になってから壁の中や周辺の山々に入って懸命な捜索をしたのだが見つかることはなかった。当初、直樹はもうマルスは亜人か魔獣に殺害されたからレーダーの反応にも映らないと判断していたのだが慎也が持ち帰った壁の中のデータを詳しく分析するとマルスの魔装の反応が広がるように見つかったのだ。
「魔装は持ち主が死ぬと力を失ってしまうはずなんだけど、僕のレーダーが反応を示したということは魔石がまだ生きているということになります。これはまだマルス君が生きているとみて良いでしょう。ただ、反応が消えたり発生したりの繰り返し……命は危うい状態です。そして魔石の反応がなぜ広がるように分布しているかというのは彼の魔装が削れるか何かで散らばった可能性があります。中で激しい戦いをしている」
直樹はレーダーのキーを入力して地層の断面図の画像を出力した。するとどうだろう。本来、独特の食物連鎖を築いている壁の中の世界に明らか人造の地下施設があることが判明したのである。
「その地下施設はもう廃棄されたシェルターだろう。まだ戦闘員ができたばかりの頃に作られたシェルターだ。作りも古いし、装甲も弱い」
「新島さんの言う通り、このシェルターは記録を探してもわずかな資料しかないほどの欠陥品ともいえるシェルターです。ここら一帯は国内の魔獣が集まる魔獣にとっての中心地ですが人間が避難するためのシェルターがあり、推測の域をでませんが他国からやってきた亜人たちはこの放棄されたシェルターを拠点に準備を進めてきたとしか思えません」
「まだ私が戦闘員をしていたころ、あの壁はあそこまで大きくはなかった。魔獣の活性化が戦闘員の勢いに勝ってきたことで巨大な壁を作り、魔獣を中に閉じ込めたんだ。中に住んでいた痕跡があるのは住んでいた人がいるからだよ。欠陥のシェルターもそのまま放棄してあった」
「なんで亜人がそんなことをピンポイントに知っていたのか……エリー、必死に事務局の資料を請求していたもんね……」
レーダーで検索をしながら直樹は稲田藩に配属されたばかりのエリーの印象を思い出していた。初めて見たときは鋭い目を持った女という印象だった。正直、直樹は苦手とする人間だ。あの手の人間と絡んでいい思い出を得た記憶がないのだが勉強熱心なエリーを見ているうちに自分も一緒に任務を控える魔獣の特徴をノートにまとめたり、彼女と談義をしたこともあった。直樹のせいでこうなったとは彼自身も思ってはいないことだが些か、キーを叩く指先が止まる。
「よし、現時点での僕の考えを提示します。地下シェルターを攻める組と地上で魔獣が民間人へ攻撃しないように無力化する組に編成。僕と新人殺しの東島君はシェルターへ降りることは確定です」
「俺の役割は承知していますが……佐久間さん」
「言いたいことはこっちも分かってるよ。連絡が途絶えたらおしまいだから僕も降りることにする。訓練の成果を見せないとね」
ベルトにひっかけたハンドガンとマガジンを見た悠人は彼の覚悟を尊重してそれ以上は何も言わなかった。直樹の作戦はすぐに理解した。案内をする直樹とマルス奪還の責任者でもある悠人がシェルターに侵入し、マルスを保護する。その際、マルスが帰るのを拒んだ場合は裏切り行為とみなし、その場で処分する。
そのために護衛が必要なので新人殺しとタクティクスの二班を編成し、地上と地下で亜人と魔獣と対峙する。もし、戦闘で暴走した魔獣が民間人のいるこの街に攻め込むことがあれば悲劇である。
「住民の避難や停電指導については私が受け持とう。君たちは作戦を達成することだけを考えなさい」
「新島さん……、あなたもしかしてこうなること分かってて僕ら呼んだでしょう?」
「さぁ? 君の想像をはるかに越える事態なんだ。なんだっていいじゃないか」
ため息をつきながらキーを叩く直樹は班の編成を進めて同時に極東支部からの援護班の連絡を受け取った。遠野班が先発、八剣班が次発で到着するらしい。すぐに両班に作戦の概要を送信してから直樹はふと考える。
「こうしましょう。遠野班と八剣班があと何時間か経てば到着します。彼らが到着した辺りの時間帯にここらの魔獣が活性化する。魔獣の対処についてはあくまでも無力化、害をなす亜人の魔獣以外は命を奪わないようにしてください。地上に残るのは無力化に適したパイセン君、関原君、大原君、張さん、福井さん、咲さんですね。残りは僕の誘導に従って地下で亜人と抗戦、マルス君を救出します」
異論はなかった。全員が頷き、各々の魔装の点検を終えて武器を構える。
「それでは福井班の班長として宣言します。作戦開始です。みんな、死なないように」
柔美の宣言を受けて新島壮を出発した班員達、悠人たち新人殺しも並んで出発しようとしたときに悠人が呼び止められる。振り返ると新島が新島壮を出て片手に魔装である刀を持って佇んでいた。
「新島さん、それ……」
「あぁ、これは私の魔装だ。……昼頃は悪かった。君の事を考えないで辛い話を……」
「ありがとうございました」
食い気味に返事をした悠人を新島は少し驚きながら見返した。なんていったって食い気味に予想外に返事をするのは彼の父、悠介の癖だったから。
「父の話、ありがとうございました。こうやって正直に話してくれたおかげで色々と納得できます」
「そ、そうか……。一つ聞こう、君は怖くないのかい? これから敵の拠点に乗り込もうとしている。それも、自分よりも強い敵の拠点だ」
「マルスにできたんだ、俺らにだってできますよ。それに……、アイツが教えてくれたんです。『班長はお前だ。ここはお前の班だ』って。あいつは俺の班員です。だから俺達で助けに行く」
「……、そうか。わかった。帰りを待っているよ」
悠人はニッと笑って先に出発した仲間に追いつくようなスピードで駆けて行った。その背中を見送りながら刀を撫でて新島はふと思い出す。最初にあったときはなんて頼りない男だと思ったことだろう。が、あの姿も今の姿もすべてが新島が心許し、尊敬した東島悠介そのものだったのだ。東島悠介と違うところは怖さを勇気へと変える強さがあることだろうか。
「悠さん、俺もまだまだだ。いい息子じゃないか、ねぇ?」
戦闘員はこうでないと、新島は避難の準備を終えた妻をつれて街の中心部へと逃げていくのだった。
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地下のシェルターの中にはようやっと傷を癒したマルスと彼を一瞥するエリーニュスとの冷たい時間が流れていた。クレアやルルグの拷問は一流だ。的確に痛みをついてくれるのにマルスは決して値を上げなかった。骨が見えるほど肉をそぎ落としても埋め込まれた魔石の「宿主を死なせない」作用によって再生が進み、元の肉体へ戻る。
「マルス、貴方は一体、どこまで堕ちれば気が済むのか」
「何世紀、いやそれ以上の間、無実の罪を背負って苦痛を受けた俺にそんなこと言うな。今の俺がこうやって貼り付けになってる限り、お前の計画は進まないだろうな。なんせ、お前の目的は俺の魔石……いわば本物の戦ノ神なのだから」
「人間社会に溶け込んであなたは頑固になりましたね。素直に生きてきた私を見習ってほしいですわ」
「敵のいない地上で傲慢な行いをするお前が素直だ? ふざけるのも大概にしろ。もう神龍が統治する時代は終わったんだ。短い間、戦闘員をやっていたお前ならわかるはずだ。神の力を借りなくても人間は発展を遂げている。それは亜人だってそうだろう」
神龍は原初の戦争で命を落とした。エデンが治める展開と神龍が治める地上と二つの世界が存在していたころ、エデンは神龍のいる大地を欲しく思い、戦争を仕掛けたのだ。神龍は自らが産んだ獣たちを守るために戦った。が、単身で戦う神龍の抵抗むなしく地上はエデン率いる天界に支配され、現在の天界の掟や神々が存在する。
死んだ神龍は黒と白の二つの石を残し、その死骸は巨大な島となり、島から魔獣の祖先たちが生まれた。二つの魔石からはそれぞれエデンが神を作るきっかけとなった二つの存在が生まれた。「地上の支配者」の面を持つマルス、「天界への復讐」を夢見るエリーニュスである。神龍の分身であり、子でもあるマルスとエリーニュスを見たエデンは大いに焦った。更に神龍の力をそれぞれ持った獣が地上では生まれている。
その獣をエデンは「魔獣」と名付け、原初の戦争の生き残りの住民を「亜人」、そしてエデンが創造した神に無害な生物を「人間」と名付け、その力を抑えるために、制限を課すために神々を作り出したのだ。神々の掟とはいわば制限が必要なくなった時に起きる概念の削除システムの事であり、これは地上で何か異変が起こったことを意味するのだ。
そうならないためにエデンはマルスと交渉し、繁栄と没落を安定させるために地上の住民を争わせ、神々の存在をはぐらかすことにしたのである。
このことは地下のシェルターに閉じ込められたときにマルスは魔石の本体から聞いたことだ。人魔大戦によって地上の民に制限を課していた神々が大量に消えたことはエデンにとっては神龍の再来ともいえる大災害なのである。
「エデンの爺さんが俺を無限牢獄に閉じ込めずに、無害な人間の体に作り替えてある程度の力である魔石を託して地上に落としたのは一理ある。なんせ、本来の力を失った俺をお前が地上で見つけたとして、神龍の力を取り戻すために魔石を使っても弱い体となった俺では復活が不可能なのだから」
「ええ、そうね。自分が旧支配者だという記憶まで抜いてこの地上にあなたを落とした。あなたのチェス盤をいじって人魔大戦を起こして私にとって邪魔な概念の神は全員殺したわ。亜人側の神は特に彼らの潜在能力を縛る概念が多くて今の軍勢を作れなかったほどなのよ」
人外じみた亜人の超能力や肉体能力、そして魔獣の活性化や覚醒魔獣の存在、始祖の魔獣であるペリュトンの復活は人魔大戦で特定の亜人を絶滅させることで達成することができた。エリーニュスは天界で様々な方法で神々の情報を探り、復讐の準備を進めていたのだ。ただ、彼女の誤算は人間にも制限解除の兆候が現れており、魔獣の力を取り入れて魔獣と戦う組織までもが出来上がっていたということだ。調査のために戦闘員に入隊した時にマルスが入隊してきたときは大いに驚いた。
「そしてもう一つのエデンの誤算は戦闘員として戦っていくうちにあなたの力がどんどん上がっていったこと。おかげであの時の神龍を越える力があなたに宿っている。……ふふ、別にあなたが拒んだとしても体が弱れば魔石はあなたを裏切って見限るわ。そして地上には神龍が復活し、あの頃の楽園が復活するのよ!」
「……この戦争にお前が勝ったところで、お前のせいで苦しんでいる亜人たちは帰る場所がないんだぞ? そして天界まで支配しようと戦い続ける未来が俺には見える。お前のせいで犠牲になる者は一生消えない。憎しみを現在にまで、それも何も知らない世代にまで押し付けて戦争を起こしている時点で支配者の器なんかじゃない!!」
吠えるマルスを冷たく見るエリーニュス。その時に、爆発音が。エリーニュスはふっと笑ってマルスを一瞥する。
「予想通り、ここに人間が攻めてきたようです。マルス、平和について考えているのはあなただけよ? 第一、貴方がいるせいで戦争が終わらないのよ? 正義の権化になったつもりか? 己の無力さを呪いなさい」
笑いながら部屋を去っていくエリーニュス、その笑いは悪意がこもったマルスの嫌いな笑みだった。
「これだけ言われてまだ、俺が戦う理由が分からないのか? 戦ノ神」
戦ノ神は返事を返さなかった。
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