朝日が登り、極東支部の外壁から事務局までもを光で包みこんで訪れた遠征任務出発日、普段は任務開始になるまで閉じられている正門が大きく開かれている。門近くにガレージから姿を出した遠征用移動車が四台待機していた。
「荷物は積み終わったかい? これで最後かな」
「はい、全員分の荷物運びは終了です。今日は運転お世話になります」
「そんなに畏まらなくてもいいよ〜。おじさん、頑張っちゃうぞ」
遠征用の着替えや日用品を詰めた大きな鞄をそれぞれ積み終わった慎也と優吾は大渕に礼をした。遠征用の移動車は市販で入手できる大型車を戦闘員用に作り替えた代物で、かなり頑丈な作りになっている。実際、コロッサスとの戦いで車ごと吹っ飛ばされた際にまだ余裕で動けるほどの頑丈さを見せた車だ。並大抵のことでは壊れない。
新人殺しの全員は免許を持ってはいないので同伴する福井班と合同班を作り、それぞれ人数を分けて車に乗ることになっていた。合同班は福井班から二人、東島班から三人をそれぞれ引き抜いて結成されている。大渕が運転する合同大渕班には優吾、慎也、マルス、そしてルイスが引き抜かれたのだ。
「優吾さーん! 荷物残ってないですかー?」
「おぉ、残ってないぞ。……マルス、忘れ物ないか?」
「ない」
「よし、ほら行こう。今日から大掛かりな任務なんだ。それに、日光浴びてたら元気になるぞ」
マルスの背中をポンポン叩きながら優吾は慎也の元に向かった。元々、優吾は実力としても新人殺しの足を引っ張っている気がしていた。演習の時も何も出来ずに敗退した二回戦、その弱点を見抜かれて隙を突かれた準決勝、そして屈辱的な敗北となった決勝戦。マルスは優吾と違ってずっと最前線で戦ってきた。一番後ろから仲間を見ていた優吾だからこそのマルスの背中、マルスの剣裁きで皆が動かされていたと思っている。
今、マルスの心が壊れそうになっているのはそれがパンクしそうになっているからだと優吾は結論付けた。マルスに何もかもを任せていた自分が情けないと思うからこそ、マルスに対して優しくあろうと努力している。
「やぁ、おはようマルス君。……覚醒魔獣以来、だね」
「ラッセル……」
「移動中はずっとアイスブレイクで行こう。任務はまだ先なんだ。隣は……大原優吾君、そして関原慎也君だね。よろしく、福井班のルイス•ラッセルだ」
「どうもよろしくお願いします」
こうして顔を合わせて話すのは初めてな相手だが優吾も慎也も丁寧に礼をして挨拶。その時、サーシャから声がかかりマルス達はその方向へ向かう。サーシャは昨日寝込んでいた悠人に詳しい班分けや現地についてからの行動予定を教えてからいくつか、自分で制作した注意書きと予定表を渡していた。それを読み込みながら他班への挨拶とレイシェルと何か話をしてからここにきたようで申し訳なさそうな表情から一点、真剣な顔で頭を下げた。
「昨日は迷惑をかけてすまない。サーシャ、蓮には特にだ。班長の俺が倒れてしまったら元も子もないもんな。気をつける。現地に着き次第、全員一旦魔装を持って集合、初日は俺たちの調査任務だから気を引き締めてくれ」
全員それぞれが返事をして詳しい任務説明は現地についてから行うことに。徐々に登っていく太陽が辺りを明るく照らして見覚えのある景色になっていくのを見届け、出発の時間となった。
「東島、ちょっときてくれ」
車に乗り込もうとしていた悠人はレイシェルに呼び止められて動きを止める。小走りで寄ってきたレイシェルは息を少し吐いてからいつものような厳しい顔つきとなって一言。
「班長としての、務めを果たせ」
それだけ言って去っていった。悠人はお辞儀をその場で数秒決めてから車に乗り込む。先に乗り込んでいた蓮と隼人はいつもの顔になった悠人を見てホッと息をついた。
車にはエンジンがかかり、公道へと出るルートを指し示しさえすればもう準備は完了。若人と責任感ある戦闘員が乗せられた遠征車は朝日とは逆方向の道路へと駆けていった。見送るレイシェルの隣にいつのまにかやってきていた田村は少しだけ感慨深くなっているレイシェルを見てクスリと笑ってから声をかける。
「先輩がここと繋がる時は未珠さんにお酒を送る時だけだったのに、戦闘員を匿ってくれるとは意外でしたね」
「それはそうだな。新島ももう年だ。少しは丸くなったんじゃないか?」
「先輩らしいですわ。私も会いに行きたいけど、あの子達の土産話で我慢しますか」
レイシェルに礼だけをして元東島班班員、田村由依は去っていった。まだ極東支部に残る数少ない東島班の生き残りである。
〜ーーーーーーー〜
「公道に入ればこっちのもんだ。君たちはゆっくりしてて。任務、ついて早々なんだろう?」
「はい。大渕さんは今日の遠征場所、行ったことあるんですか?」
高速道路に乗り出して復興途中の街さえも見えなくなってきた頃、マルスが乗った車内では主に慎也と大渕が話をしていた。車は運転席と助手席、後部座席が二つとかなり大きな作りになっている。マルスは一番後ろの席に荷物を抱えながら座っていた。走る車に長く乗ることは初めてであり、自分は止まっているのに周りの景色だけが忙しそうにすぎていく様子は新鮮だった。
「おじさんは一回だけあるかなぁ。君達が世話になる新島さんと一緒にね。おじさん、光輝くんの班に入るまでは別の班で戦闘員やってたんだ」
走る車ということもあってか他の誰にも聞かれることはないという安心感もあり、会話が弾んでいた。長距離の旅になる、何か口を動かさないと運転する人も疲れてしまう。恐る恐ると慎也に続いて優吾は身を乗り出して喋りかけた。
「もしかして……悠人の親父の班ですか……?」
「悠介さんの班はまた違うよ。おじさんの班は東島班とは序列が下だったから。でも交流はあったんだよ。そりゃ、おじさんが若い頃から戦闘演習はあった。その時は敵同士だけどみんな基本は魔獣退治を目的にしてるからね。今よりも他班との交流は深かったよ。見鏡さんがお酒を持って色々やってたし」
「え、未珠さんが……!? あの人いつからここにいるんですか?」
「さぁ〜……、おじさんが戦闘員になったのは君らと同じくらいの時、その時からあの人は序列一位の班長をしていたよ。見た目もずぅっと変わらないもんなんだ。不思議だよね」
今になっても謎が尽きない見鏡未珠、優吾は腕を組んで云々と何かを考えていた様子。見鏡未珠という女は見れば見るほど不思議な存在で、一体いつから戦闘員なのか、あの剣技はどこで身につけたのか、何故いつも時代遅れな着物を着ているのか、とあれやこれやと質問を投げかけたくなって仕方がない。が、そのようなことを追求するのはタブーと極東支部のみならず、本部DBCも禁じているのは有名な話だった。
「懐かしいなぁ。おじさんが君らくらいの頃は戦闘員という組織がまだ小さかった。おじさんも……色々遊んでたらここしか行くところがなかったんだ。魔獣討伐という危険な仕事をしても、世間の評判は悪くてね。ほら、この前もそうだったけど何かを敵に仕立てて叩くのはみんな好きでしょ? あれがもっと大きくなった感じ」
「私がここに入隊してからは特にそういうことはなかったですね」
「ルイス君は……ちょうど風向きが良くなってきた頃に来てくれたよね。その時は……おじさんが所属してた班が解散になってしまったんだ」
「どうしてです!?」
驚きを隠せない様子で声を上げた慎也にクスッと笑いながら大渕は流れる街と道路標識をジーっと眺めていた。聞いてはいけない内容だったのかもしれないとドキッとした慎也とルイスだったが大渕は慌てたように笑って片手をヒラヒラと動かしていた。
「もうすぎたことだよ。この前の市街地ほどじゃないけど、ここより少し遠くの街に魔獣が雪崩れ込んできたんだ。おじさん達の班は人手は多くて沢山戦った。でも……かなりの仲間が犠牲になっちゃってね。生き残ったのはおじさんと張ぐらいだよ。君たちの知ってる人だと。瓦礫の中に埋もれていた人を助けたりできる限りのことをやったんだ。でも……被害の方が大きかったね」
ルイスはその任務について知っていることがあったのか口をつぐんで俯いていた。車の中の空気が些か重くなってしまったので大渕は焦ってしまい、大きな声でわざとらしく取り繕っていた。その時、一番後ろの席で口元を押さえながら俯くマルスを発見してギョッとする。
「マルス君、まさか……酔っちゃった?」
「ラッセル……、腹の奥から何かが登ってくる……」
「うわ!? マルス君、耐えるんだ! あと二つ超えたら止まることができるから! 絶対に吐かないでくれよ!?」
車酔いに弱いマルスのことをすっかり忘れていた慎也と優吾は頭を押さえながら大渕とルイスに謝る羽目になってしまう。マルスの空気が薄いことに気が付かなかった彼らの落ち度。何かまだ考え事をしていると踏んで話しかけなかったのはまずかったらしい。これからはマルスに酔い止めはセットと心得る慎也と優吾なのであった。
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