大和田が手に持っている資料からピックアップしたであろう図説が表示される。第一として古代の人間と亜人の関係としては亜人の方が上であった。理由は明確、魔獣と太刀打ちできるのが亜人だけだったから。人間の発展するべき課題は亜人との共存ではなく、魔獣とどう向き合うかであり、亜人はそんな人間に対してのある思いを描いていたのだ。
「君たちの中でも神や仏を慮る人がいるかもしれないがそれと同じ。亜人は魔獣を崇高していた。それもただの魔獣じゃない。他なる魔獣の祖となった魔獣だ。我々はこれを『始祖の魔獣』と呼んでいる」
「始祖の魔獣を神と崇高して魔獣と共存する考えと発展のために魔獣を駆逐すべきだとする考えが衝突。その結果、各所の文明では人間と亜人の戦争は絶えなかった……。そうだろう、大和田?」
「さすが……といえばいいのかな、マルス君。人間同士の宗教戦争も有名なものが沢山あるが実は亜人と人間との戦争は人魔大戦で始まったことではないんだ。人間と戦争をする中、亜人達の中でもまたある考えで分かれることになった。優れた人間の技術力を見込んでいた者と完全に敵対していた者。でもこの戦争の歴史がどうして皆に知られていないのか……」
「錬金術か?」
先ほどから腕を組みながら考えて発言しているマルスに全員が不信感を得たのか一斉に振り向いた。自らの言葉で大和田の話を崩すことはよくないと悟ったマルスは右手を上げて俯いて口を閉じる。戦ノ神が体に入ってからどうも考えが冴えるようになってきたのだ。マルスが言ったように大和田が錬金術の説明をしているのを聞きながら戦ノ神との対話を思い出していた。
覚醒魔獣は古代の魔獣と姿が似ている。古代を知る存在となれば原初に近い時代から続いている種族の亜人がいる可能性が高い。原初からの亜人、最強と謳われる龍人族か。その一族が生きていたとなれば計画を始め出すのは納得がいく。が、それはマルスが神ではなくただの人間だった場合にのみ納得する考察だった。死んだはずの亜人の神がどこかにいるのは確定なのだ。
「その頃の歴史が隠されている理由……それは錬金術によって人間にも多くの犠牲が出たからだとされている。裏ビジネスだったからね……人間にとって大きな歴史のタブーなんだろう。これだけで納得できるかは分からないが我々の考察だと以上だ。人間の技術力が上がるにつれて環境も大きく変わった。気候はもちろん、地形でさえ長い時間をかけて変えていった結果、従来の魔獣だった存在は適応できなくて死に絶える種も多く……今いる魔獣はその生き残りとなる」
「まぁその生き残り云々は良いにしてさ。結局始祖の魔獣ってなんなんっすか? 色々歴史言ってくれたけど肝心な話はできてないっすよ。俺たちの魔石とどう関係しているの、とかさ」
「……そうだな。活性化とはまた違うが君達に潜っている魔石は活発すぎるんだ。それに……鳥丸班が持ってきてくれた鳥型魔獣の魔石やここ最近の様子を一覧にまとめてみると明らかに魔獣の様子も現代とはかけ離れた動きをするようになっている。その動きがね。始祖の魔獣が生きていた頃の魔獣の様子と似ているんだ」
隼人に急かされて話すことになったこの情報、始祖の魔獣が生きていた頃は地上に魔獣をまとめる支配者がいたということになり、魔獣の様子はその支配者に操られているような物だったそうだ。亜人の書物にはそう記されている。目の前で見てきた亜人だからこそ、人間の歴史からは到底追いつけない古代の事情を詳しくまとめていたのだ。
「始祖の魔獣、正確には今ある魔獣の種の起源。そんな魔獣がいた頃の出来事……。記述としては『朧の導きに連れ去られた哀れな鳥達』と書かれてあった。そして現在、亜人によって覚醒魔獣が誕生して一部の魔獣が古代に戻ろうとしているこの状況で鳥型魔獣は導かれていたんだ。それがこの魔石」
大和田が次に挙げたのは鳥丸班によって回収された両手で抱えるほどの大きさを持った魔石だった。大きさの感覚、マルス達にも覚えがある。樹木の少女、エリスを発見したときの魔石にそっくりだった。大きさも、そして色合いや妖しさ、ツタは見えなかったが覚醒魔獣を破壊した際の核となっていた魔石も同じようなイメージである。徐々に事態の深刻さが見えてきたマルス達は嫌な汗を纏いながら佇んでいる。
「この魔石はおそらく、毒怪鳥の魔石だと思われていたが違う。構造がまるで違う。現在を生きる魔獣の種ではないんだ。これによって起きていたことをつなぎ合わせると夜間、動くはずのない鳥型魔獣は何かに怯えるように……そして……導かれるように魔石の周辺を行き来していたらしい」
「亡霊……?」
優吾が発した言葉に全員が寒気のような感覚に襲われた。優吾を侵食した魔石は目に宿っている。彼が今、見ている景色も全て魔獣から見た景色となんら変わっていないことと同じ。暗いところになると『亡霊』が見える優吾の疾患。同じ鳥型魔獣がそれを味わっているとすれば彼らは一体何に導かれているのだろうか。それだけが分からない。
「書物にはこう記されている。『亡霊を乗せる風を吹き、朧の天を舞う者がいる』と。その当時の魔獣も何かに怯えたりする様子があったそうだ。鳥型魔獣限定でね」
「亜人が覚醒魔獣を創造したのもその古代を繰り返すための準備段階なのか? 仮に始祖の魔獣が蘇るとすれば何が起きる? その……蘇らせる方法とか書いてないのか?」
「それは見つからなかった。無論、都合の良い情報は載っていなさそうだ。これは亜人目線の書物だからね。解読できているのはこの辺り。大原君が見ている亡霊と古代、そして現代の鳥型魔獣が見ているものが同じだとした場合、我々が予想している時期にとんでもない戦いが起きると思われている」
トドメと言わんばかりに大和田が見せてきたのは先程の回収された魔石が発する濃さの反応である。生きている魔石は光の色が濃いか薄いかで残りの生命反応の有無を表す。その反応が日に日に濃くなっていくというのだ。研究班がグラフとして色の濃さを数値化して再現してくれていたらしく、マルス達がそのデータを見ると右肩上がりで徐々に上がっていってるではないか。
「おいおい……めちゃくちゃ元気になっていってるぞ」
「たしかにそうだけど……魔石にも限界があるはずよ? いくら大きさが普通の魔石と違うからって永遠に上がり続けることはないわ。じゃあ亜人が手を出さなくても魔獣は私たちの手に負えないほど強くなってるじゃない」
サーシャの頭が冴えている、というよりかは魔石に侵食されて目覚めたばかりなのに冷静すぎるのだ。覚醒魔獣の任務に行く前のサーシャを見ていたパイセンからすればあり得ない。急に人が変わったようである種の気味の悪さを感じていた。コツコツとパイセンの貧乏ゆすりが激しくなる中でサーシャもサーシャで様子が変わったパイセンを見ていささか気分を悪くしている。
「サーシャ君のいう通り、限界点はある。濃くなりすぎると魔石も耐えられないからね。予測としては……ここ、今から二週間後に色の濃さが限界に達する」
「二週間? なんでそんな微妙なんだよ。もっと規則性があると思っていたぜ」
「二週間……か。……ちょっと待て大和田」
「なにかね、マルス君?」
マルスの頭の中で積み立てられてきた理論がツタを絡めていき、そして長い枝となり、木の如く固まった考えになっていく。目覚めた時に戦ノ神が話してくれた情報。いつかとんでもない物が目覚める可能性があるという言葉。そして導かれる鳥型魔獣達、徐々に力を貯めていく魔石。二週間後にその限界が来るということ。段々と浮き上がってくる記憶。何故頭の中に鳥が映っていたのか。それは遥か昔にマルスが見たことのある物だったからである。
「夜に鳥型魔獣が動かないのは光がないからだ。光がなくては鳥型魔獣の目は動かない。それは知っているな?」
「あぁ、勿論だ」
「俺は覚えている。あの鳥人族、ベイル・ホルルがエリスを取り返しにせめてきたときのこと……。支部にやってきたのは夕方だが戦いは夜までに続いた。その時も鳥型魔獣は動いていたんだ。このことをしっかりと覚えていたから今までずっと気にかかってたんだ」
「マルス君、どういうことかね?」
「鳥型魔獣……いや、鳥人族は空の種族だ。彼らも同じ、光がないと空を舞えない者達。……だがそんな彼らが闇夜の中でも空を舞える時期が存在する。眷属の鳥型魔獣も合わせてな。龍人族の書物も大事だが……鳥型魔獣が動いているなら鳥人族の伝説を知るべきだ。……彼らが空の勇者を名乗る中、彼らにも神を信じる心があった。その神が動く時、夜にも光がやってくる時なんだ」
誰しもがマルスに口を挟もうとしたが取り憑かれたように話すマルスの様子に圧倒されて何も言えなかった。彼に対して仲間と思っている隼人達も分からないことが多すぎるのだ。経験のなさに反して得ている知識が幾千もの。何かマルスに言おうとしても脳髄がその言葉を消去してしまう。自分には分かり得ない情報なのだから。
「その神となる存在は生きとし生けるはずだった魂を亡霊として翼に乗せる者だ。亡霊の呼び声を聞き、それらを導き、生けるものを誘い、また亡霊を増やす。歴史のある鳥人族が神として敬う存在だ。誰のことか分かるだろう?」
「まさか、その神というのが始祖の魔獣といえば良いとでも? マルス君、あまりにも答えが早すぎる。何故鳥人族にこだわるのかね?」
「そんなことない。しっかりと歴史書に書かれてある。書かれてあることと今の状況が不自然なくらいに似ているんだ。……決戦の日が読めたぞ」
「いつなのかね?」
「二週間後……なんの変哲もない日だと思うが違う。あのベイル・ホルルが来た日と同じ。翼を持つものが闇の中でも舞える日なんだ。夜に浮かぶ光があるじゃないか」
マルスの必死の弁論の隙を見て二週間後の日を詳しく調べていた大和田は彼が何を言おうとしているのか、ある程度理解してマルスと検索結果を凝視していた。
「満月だよ……」
全員が思い出した。ベイル・ホルルが翼を広げて舞っている中、満月だけが光っていたことを。大量の鳥型魔獣が導かれるように魔石の生みの親だったエリスの元に向かってきたことを。あの戦いから導きが始まっていたとすれば魔獣の歴史は起源に向けて遡っているように見えた。魔獣の行動、活性化、そして覚醒魔獣も。
「魔石の動きが……侵食するほど活性化したのも古代への道を通っているとでも? マルス、そんな迷信俺は信じないぞ」
立ち上がったパイセンはマルスを真正面から睨みつけて声を発する。理解はされなくてもよかった。どこかで信じてくれる時が来る。マルスはその一心で負けじとパイセンを見ていた。
「信じたくないのなら好きにすれば良い。俺のことを否定する確証もお前にはないのだからな。分からないことが起きているんだ。縋れるのなら迷信でも伝説でも実験考察でもなんでも縋る。そうしないといけないくらいにおかしなことが起きているんだ」
「お前はいつだってそう不安にさせる事ばかりを俺たちに言うじゃないか。お前が来てから早々、俺たちの生活はおかしくなったようなもんだ。お前も見ただろ? 俺たちはもう人間じゃないんだ。迷信に縋れるほど余裕なんてないんだよ!!」
椅子を蹴飛ばしながらパイセンは吠えた。彼は人より一歩二歩先のことを考える。それはマルスもよく知っていた。パイセンが蹴飛ばした椅子を元の位置に戻してからスッと目を彼に向けた。
「誰よりも物を大事にしていたお前が一番最初に物に当たりちらすか? ……人間らしいといえば聞こえがいいな。たしかに俺も突拍子もないことを言ってる。けどな、ここまで話を拗らせたのはお前でもないし、俺でもない。俺たちは同類だ。俺だって魔石が眠っている。時折自分の意識が乗っ取られたようになって記憶が抜けてる時だってある。言ってないから知らないって顔してるな? みんなそうだ。今支部で頑張っている悠人達だってそう。前例のないことが起きている中で悠人は協力することになる他班との意見交換を頑張っている」
「悠人のことは関係ないはずだ。……椅子を蹴ったことは謝るよ。でも俺は立証されてることじゃないと信じない性格でね。今起きてることも全部迷信に思えるんだ。それはみんなもそうだろう。急に何を話すんだか……」
「信じたくないならそれでいい。俺が守りたいものとお前が守りたいものは違う。性格も意見も変わるのは無理ない。……すまん。今は話すべきじゃなかったな」
自分よりも先に謝られたことでパイセンは完全にタイミングを失い、口をパクパクさせたまま椅子に座り込むハメになった。蹴られた椅子は少々座り心地が良くなかった。道具を乱暴に使ったから道具が怒っているに違いない。ただ子供のように叫んでしまったことへの後悔だけが募っていく。
「……今日はここまでの方がいいね。君たち、ご苦労だった。もうそれぞれの部屋に戻りなさい」
資料を全て仕舞い込み、大和田も反省した様子で研究室から若人を送り返していった。見送る大和田に対して資料の整理を行なっていた早川は彼の小さくなった背中を見つめる。
「所長……」
「……僕も研究者だね。僕が求めているのは研究の結果であってあの子達の未来ではないのかもしれない……。少しの間、考えさせてくれ」
早川だけ残された研究室はやけに静かであった。ただ資料を整理する音だけが響く。早川は心細いような億劫な気を感じ、そそくさと部屋を去っていくのであった。今宵の研究所は静かである。
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