戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSコロッサス-2

公開日時: 2021年8月16日(月) 19:11
文字数:4,480

「パイセン!! 早く拘束を解除するんだ!」


「えっ?」


 気がつくことができたのは悠人だけか。左肩を削ぎ落とされたコロッサスはそのまま地面へと倒れそうな勢いで後方に体をのけぞらせていたが一気に持ち上げるようにして体勢を整え、ギョロリとパイセンに対して視線を合わせた。ガラス玉のような目を向けながらコロッサスは自分の体を溶かすように姿を変形させてパイセンのバットを飲み込もうとしていく。急いで解除したパイセンは拘束具を切り離し、バットを元の形に戻して相手を観察した。


 小刻みに震えながら癇癪玉のような音を発してコロッサスの姿が変形していく。液体のようにグニャリと顔が歪んだと思えば立派な首、骨の太い顔が突き出るように出現する。顎や首周りが大きいのはサイのようだ。そのまま鋭利なツノが一本、頭に生えたと思えば体も呼応するように形状が太くなっていった。その姿はコロッサスの戦闘形態か。一回りほど大きくなった体に合わせてサイのような顔、ひきづる様な重苦しい尾と重厚感溢れる形態へと変身したのだ。


「やっと本気になったというわけか」


「どうします?」


「ああなっても様子見してるようだし、困ったねぇ」


 顎髭を摩りながら大渕は短いため息。コロッサスの警戒心は何も変わっていないらしく、傷一つない金属の体には困惑する大渕の顔がクッキリと写っていた。体の構造も何もかもが理解できない謎の存在。


「あの様子だと斬撃もそれほど効いてないな」


「……来る」


 今度は敵の先制攻撃にいち早く気がついた張の言葉で全員に緊張感が走った。コロッサスは右腕を振り払うような動きを見せながらこちらへと走ってくる。巨体に似合わない軽々しい足の動かし方だが初めて対面した時の形態と比べると少しスピードは遅かった。走りながら右腕をブレード状に変形させたコロッサスは腕を大きく振るって薙ぎ払う。


 全員が無事に回避をすませてもう一度コロッサスと向き直って見ればコロッサスの目の前にあったスクラップの山は綺麗に両断されており、滑り落ちるように崩れていったのを見て引き攣った笑みを返す大渕。


「これは……」


「アイツ……大渕さんの斬撃を吸収したのかよ!?」


 驚いてるパイセンを横目に片方の左腕からまたも癇癪玉のような音を発するコロッサス。今度は中くらいの空洞が左腕に出現し、その空洞を悠人に向けて網を発射したのだ。凄まじい速度で広がる網だったが悠人の抜刀の方が遥かに早く。なんなく斬り捨ててパイセンを横目で見ながら敵を観察した。


「どうやら、お前の網も吸収されてるそうだぞ?」


「らしいな」


 パイセンの適合、合金獣メタルビーストが金属などで作られた道具を吸収してその道具を模した器官を作れる魔獣。このコロッサスは道具と以外にも自分が受けた現象さえも吸収して自分のものにしてしまうと言うとんでもない魔獣だったのだ。それに合わせて全身の硬質な皮膚に似合わない機動性、完全に戦闘特化となった魔獣である。機械のように色のないガラス玉のような目は改造魔獣を思い出す。悠人もパイセンも記憶に新しいのでクッと目を細めた。


「死にたくはねぇよなぁ……」


 ボヤくパイセンはコメカミを抑えながら唸り始めた。初見ではギミックを全く見破れないパイセン唯一の弱点。黙ってミサイルを発射した張によって戦闘は続行された。皮膚の中にある目がギョロリとパイセン達に動いてスッと口角を上げるコロッサス。明らかに笑っていた。声を上げる器官がないのかは分からないが音は一切なく、不気味に笑う。


 間髪入れずに張のミサイルを横歩きで回避したコロッサスは地面を蹴って右腕をブレード状に変形させて襲いかかってきた。悠人はすぐに夜叉を抜刀して鍔迫り合いの形で受け止める。改造魔獣の時とは比べて重くはない。タイミングを伺って大渕かパイセンに合図を送ろうとした悠人であったがコロッサスの動きの方が早かった。頭を振り上げた強烈な頭突きが悠人に直撃する。額が割れる勢いで頭が揺れた悠人は後方に吹き飛ばされるが頭から吹き出した血を夜叉で凍らせて弾丸のように飛ばす。


 血の弾丸は悠人の反動によって勢いよく発射されて顔面に炸裂したが意味はなかった。目に直立する形で静止している凍った血を手に抱えると溶けるように消えていった。


「やろう……!!」


「悠人君、ふせろ!!」


 コロッサスが左手を広げて悠人に向けたところで大渕は嫌な予感が走り、覆い被さるようにして突撃をかましてギリギリコロッサスの攻撃を避けることができた。そこに残されていたのは氷柱状に飛ばされたコロッサスの皮膚である。


「これも吸収……」


「変わり種はやらない方が良さそうだ。どうやらおじさんと変わらない……いや、おじさん以上に頑固な戦い方をした方がいいのかもね」


 新しい技を言った後に左手を閉じたり開いたりして何かを確認しているコロッサス。目に直撃したはずであるが元から眼球も丈夫なのか、それとも眼球にカバーが覆われているのか、何も影響がない。体に擦り傷のような霞が見えていたが近くに積まれたバラックを体に擦りつけるように接触させると飲み込み、体を修復していった。


 悠人を差し置いてパイセンと大渕が2人がかりで向かっていった。変わり種が無理なら真っ向勝負で叩けばいい。走りながらバットを掲げるパイセンに少しの間、力を込めてコロッサスに剣を振り下ろす大渕。まともに受けようとしたコロッサスだったがまた綺麗に腕が斬れていく様子を見て目元を歪ませる。退避しようとした先にいたパイセンは大きくバットを振り上げて頭目掛けて振り下ろした。


「これでどうだ!!」


 たしかな手応えを感じて声を張り上げるパイセンだがコロッサスと目があった時にその自信も消え去ってしまう。目元が歪んでいたのは恐怖ではなかった。釣り上がるように歪んだその目は見下している目だったのだ。回し蹴りをするように大渕を吹き飛ばしたコロッサスはパイセンに狙いを定めたようだ。先程斬れていた腕はもう綺麗に治っており、バットに掴みかかってそれごと投げ飛ばしたのだ。


「うわぁあ!?」


 空中に一瞬漂ったパイセンに対し、飛び上がって握った拳を炸裂させようとしたがその直前に炸裂弾を発射させたパイセンは反動で体勢を整える。ハッとした頃には目の前にコロッサスはおらず、一旦安心しようとしたパイセンだったが青ざめたような悠人が声を張り上げた。


「パイセン、後ろだ!!」


「え?」


 振り返ると釣り上がる目に明らかに高くなった口角をギチギチと鳴らしながら一瞥するコロッサスの姿が。声を上げる暇もなく腕を振り払われて地面に叩き落とされるパイセン。


「あぁぐぁああ!?」


 血を吹かせながら小刻みに震え出す。その震えは恐怖か、反射か。地面に着地したコロッサスがトドメをパイセンに刺そうとしたが張の発射したミサイルに気が付いて持ち場を離れるように大きく後方へそれたのだ。


「パイセン!! 大丈夫か?」


「かなり……やばい……。アイツ、俺の想定外のことばっかりだぜ」


 急いで夜叉で冷却して止血を施されたパイセンはヨロヨロと足を動かしながら立ち上がった。息も荒く、血潮がついた顔からはコロッサスとは違う歪みが見える。パイセンは、もう戦意を失おうとしていた。


「パイセン……」


「ハハッ、ここまで想定外のことをする野郎は俺も初めてだ……。勝てる可能性も低いぜ」


 悠人は初めて弱音を吐くパイセンを見た気がした。いつも与えられた仕事をこれ以上なくこなしてくれるこの万能な男が、弱音なんて言葉も知らないような男が、目に潤いを持たせながら絶望している。自分の武器を封じられ、相手は想定外なことをしでかし、もう手に負えないと思えてしまったのだろうか。


「パイセン君……」


 大渕はパイセンにゆっくりと近づいて肩をギュッと掴んだ。振り解こうと思ったが大渕の手は大きく、離れる気配がない。目を合わせた時、大渕の目はまっすぐとパイセンを見ている。何故かは分からないが心にクルものがあった。


「ここで弱音を吐くべきか? 戦闘員なら、これくらいのアクシデント、怪我に耐えるべきだ」


「とか言っても……よく言うぜ……。俺は怖いんですよ。俺がいつも動けるのはみんなよりも遅い時なんだ……。この前の研究所もそう、亜人やこの覚醒魔獣にさえ……。俺の考えは当たった試しがない……いつも越えられるんだ……いつも!!」


 もっと文句を言ってやろうと思えたがコロッサスが近づいてきたので無理矢理振り解かれ、瓦礫に隠れてコロッサスの攻撃をやり過ごした。コロッサスから目を話して頭をかきむしりながら泣きそうになるのを堪えて先程、どうして心にくるものがあったのかとずっと考えていたが道路を挟んだ先の瓦礫に張と隠れている大渕はまだパイセンを見ていたのだ。


「パイセン君、おじさんだって怖いよ。おじさんだって痛いよ。でもね、これは仕方がないんだ。おじさん達がやらないと、コロッサスは支部へと向かう。街へと向かう。そうなるとどうなる? 君の安否の前に、君が大好きな技術で発展した街も壊滅だ。そうなると君の大切な人も悲しむことになる」


 大切な人なんていないと言いそうになったがそうではなかった。パイセンには家族がいる。死んだ母親や父親に含めて極東支部の仲間達が。サーシャが、サーシャだって今頑張ってる。隣の悠人も、大渕も張だって。それでも今までの自分の言葉が正しくなかったなんて認めたくないのかパイセンは大渕に目を合わせようとしなかった。


「勝てる勝てないなんかじゃない。おじさん達は今、ここで戦う必要がある。パイセン君、漢だろ? 君には守るべき人も、居場所だってあるじゃないか。いいかい? 戦う時にある可能性なんて単なる数字だ、あとは勇気で補えればそれでいいんだ!!」


 自然と目を合わせて背中をピンと張ったパイセン。大人に怒鳴られたことがなかったパイセンは圧倒する何かを考えてしまったのだ。場所も人も、守るべきものである。いつもパイセンが横目で考えていた可能性。そのせいで視野が狭くなっていたのであろうか、本心は何なんだったのか……。パイセンの視線は悠人に向いていた。


 悠人も大渕の鼓舞を聞いてどこか懐かしいものがあったのか、少しだけ微笑んでパイセンを見る。


「パイセン、命じゃない、お前が大切なんだ。それはみんな一緒だろ?」


 ゆっくりと近づいてくるコロッサスに視線を戻す。この血も涙も流さない冷徹な獣には分からないだろうこの人間の、漢の性。パイセンだって人間だ。彼にだって怖い時は怖い。でも今は戦わないといけないのだ。戦えない状況で苦しんだのは自分ではないか。自分のような孤児が増えないようにするにはパイセン自身が戦い必要があるのだ。バット握ってコロッサスに視線を戻したパイセンを見て大渕は頬を緩めてニヤリとしてから張を見る。張も仕方がないなと言わんばかりにニヤリと笑った。


「どうする、少年」


「さっきから張さんのミサイルを避けてばっかりだ、アイツ……。俺に考えがあります」


 依然として恐怖が抜けきれない目を見せるパイセンであったがさっきよりも自信のある口調で話す姿は勇ましかった。

 

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