今回は稲田班よりミステリアスなエリーの単発
エリー、どこか大事なことを呟いてるようで……?
極東支部戦闘員の中でも2番目に大きな屋敷が居住区に居座っている。その屋敷は稲田班の住まいであり、拠点でもある重要な場所だ。稲田班、タクティクスの異名を持つ序列2位の班。そんなカリスマ揃いの稲田班の中でも比較的新人な戦闘員が1人いた。その人物は稲田班の女性専用シャワールームで髪を洗った後にドライヤーで丁寧に乾かしているのだ。透き通るような白い髪に碧色の瞳、大して動きのない綺麗な唇に高い鼻の少女、エリーだ。エリーが戦闘員の事務局にやってきたのはこの前行われた東島班との戦闘演習より一年前になる。
事務局側からしたら急に現れた少女であり、適合検査を受けるも上位とまではいかないがかなり使い勝手の良い魔獣と適合。その実力から稲田班へスカウトされて鍛錬を積み、今に至る。表情は滅多に変えずに基本は感情の起伏もないため拒むことなく任務を遂行する。そんなエリーのことを冷たいという人もいれば戦闘員としては都合がいいという人もいるのだ。
そんなエリーが服を着終わってシャワールームを出ようと思った時に何かに気がついた。シャンプーとリンスのボトルだ。どちらか片方には必ず突起のような凸凹がついており、これはなんのためにあるのか? そこに疑問を覚える。右手左手にシャンプーとリンスのボトルを持って棒立ちするエリー。エリーは分からない。ちょっとだけ分からない。何故凸凹があるのか? これはなんなのか?
「ちょ、何やってんの?」
バタンと開かれたドアには棒立ちするエリーに驚いたのか口角をピクピクと引き攣らせるエリーより小柄な女性がいた。月輪円、その人である。銀髪のショートヘアー、青色の目、フード着用の薄着にショートパンツの女性だ。稲田班の副班長を務める24歳。
「月輪さん、こんにちわ」
「いやいやそういうことじゃなくて……ビックリするでしょ?」
「何がです?」
「アンタが真顔で突っ立ってるとビックリするってこと!」
「そうですか。すみません」
全く謝罪の気持ちのこもっていないポーカーフェイスで謝った後、エリーは手に持つ2つのボトルのうち凸凹がある方を円に見せた。円はというと見慣れたシャンプーのボトルを突き出されて「え……へ?」とだけ呟く。
「この凸凹はなんですか?」
「で、デコボコ?」
「分からないんです。本来は必要ないはずの凸凹なのに何故こうもついているのか? 何故片方だけなのか? 製造ミスにしてはここらのボトルには片方だけ凸凹が付いてます。考えてもわからないんです」
始まったよ……と円は目を細める。エリーは些細なことにも気にかける。一見どうでもいいような内容に対して「どうして?」と思ってしまうような性格なのだ。この前だと円や咲、柔美とテレビを見ていた時にカキ氷の特集をやっていた。その時にもエリーは質問をしたのだ。
「氷には冷たい物という印象があるのに何故、このカキ氷の文字は熱い色の印象である赤色なのですか?」
彼女の質問は聞かれてみれば「確かに」と思えるものばかりなのだが回答には困るというものばかり。その時は「イチゴ味がメジャーなのよ」という咲の答えですんなり納得していた。そして今はシャンプーのボトル。円が答えに困っているとドアが半開きになっていたことを叱りにきた霧島咲が入ってくる。その顔はどこか呆れ気味であった。
「二人とも、ここは服を脱ぐ部屋なんだから半開きにしてちゃダメでしょ?」
「あ、サキサキ〜いいところに」
答えに困っていた円はドアを閉めつつ咲を中に入れる。目をパチクリさせる咲は円から訳を聞いた。シャンプーにある凸凹のことを聞いて「あぁ」と声を上げる。
「エリーちゃんがシャンプーしながらまたボトルを取ろうとする時は目を瞑るでしょ? 見えなくてもボトルの判別を付けれるようにある凸凹なのよ」
「そうだったのですね。この凸凹は判別のためにつけられた物でしたか……」
そういいながらボトルを元の場所に置いて二人に一礼してからエリーはシャワールームを去っていった。残された円と咲はいつも通りだなぁと思いながらエリーを見送る。
「どう育てばあんな性格になるのよ……マジで」
「ねぇ……あ、いけない……お昼の後片付けしないと……」
次にエリーは花壇の花に水をやる。ジョウロに入れた水は口からシャーシャーと落ちていった。花の色はそれぞれ違う。それに香りも。時折り漂う香りはいい物である。
「あー! エリー避けてぇええええ!!」
突如としてそんな声が聞こえたかと思うとエリーの頭にポコンとボールが当たる。頭を押さえながら足元に落ちたのは野球ボールだった。よくもまぁ無事でいれたものだがスルー。どこから飛んできたのかと思ったエリーだったが張本人が「ごめーん」と走ってくる。オレンジ色の髪、童顔の戦闘員である双葉小次郎だ。
「エリーほんっとにごめん……!! 怪我はない?」
「命に別状はありません。特に打ちどころが悪かったわけではないので」
一礼してからボールを返すエリー。小次郎は「いやマジでほんっとね」と言いながらヘコヘコしてボールを受け取った。そんな小次郎を見たエリーは目を一瞬だけ細めて小次郎に話しかける。
「どうしてそんなに謝るんです?」
「……へ?」
「体に異常はありません。それに私はあなたよりも歳は下、この国は縦の関係が厳しいと聞きましたが……」
エリーのその一言に一瞬だけ困ったような顔をした小次郎であったがポリポリと頭をかきながら「えーっとね」と話す。
「相手になんかしちゃったら謝らないとって感じ。それくらいのことを俺やっちゃった訳だし。エリーに怪我がなくてよかったけど……一歩間違えたら怪我しちゃってたもん」
どこか頼りのないというか偏差値を感じることができない小次郎の話であるがエリーに伝わる何かはあったのであろう。スンと落ち着いた彼女は一礼をしてからまたいつものトーンで話すのだ。
「そうですか。あなた達、想像以上にヘコヘコする集まりなのですね」
「お、おう……」
「失礼、言いすぎました。お怪我のことなら心配ないので楽しんでください。それに……避けたらお花が死んじゃうところだったものですので」
眼下の花に目を配ってから一礼してエリーは去っていった。そんなエリーを「次は気をつけるねー!」と手を振りながら見送る小次郎。エリーは目伏せだけして屋敷の中に戻っていった。
「あ、小次郎。ボールあった?」
「直樹ぃ、あったよ」
「そか、続きやろうよ!」
「もちろんさぁ!」
小次郎を追いかけてきた直樹。二人はキャッチボールを楽しみにいくのであった。
そして長いような1日が終わる時が来る。夜だ。稲田班の屋敷には大きなベランダがあり、そのベランダの塀にエリーはもたれかかって夜の風を受けている。月明かりの下で彼女の白髪が波のように揺れる。今日も色々なことがあったし知ることができた。それで十分である。
「考え事かい?」
エリーの後ろから声がかかる。振り返ったエリーは珍しく表情を変えて返事した。
「大渕さん」
髭面の42歳の戦闘員と会ったエリーはどこか嬉しそうである。エリーは主に大渕の護衛側につくことが多く、その過程で仲良くなっていったのもある。大渕はエリーの笑顔が見れて嬉しそうだ。大渕はどこから持ってきたのか、缶ジュースを一つエリーに手渡した。
大渕もクイッと自分の缶を持ってプシュッと開ける。隣で見ながらエリーもプルタブを上げて剥がすように缶を開けた。そのままクピクピと飲んでみる。美味しいとはいえない味だった。天然のオレンジの味ではなかったが人と飲むには美味しいぐらいの安い缶ジュースである。ある程度飲んだところで大渕はエリーに視線を移した。
「今日は何か分かったことがあったかい?」
「はい、シャンプーボトルの凸凹や必要以上に謝ることについてです」
「ほう、エリーらしいなぁ」
そういいながら大渕は笑ってエリーの隣、ベランダの手すりにもたれかかった。エリーの気持ちを共有する相手はこの大渕だった。年齢的にも30年離れているが叔父と姪っ子のような何とも言えない関係なのがこの二人だ。黒と白の髪が混ざって灰色にような色合いになっている大渕と青白い月明かりの下にいるエリー。エリーはこの時間が好きだった。好きというかなんというか、落ち着くのは確かだ。何故かはわからない。
「ここに住む人達は不思議です」
風が吹いた。エリーの髪が揺れて頸も一瞬見せながら話し続ける。
「戦闘員という命を刈り取る仕事を命をかけてしているというのに……温厚な人が多い。戦いとなれば豹変して刈り取りをする者までいるのに……」
「あぁ……なるほどね」
「まだそこが分からない……。いくら考えても……人間が何故こうも動けるかがわからないんです」
俯いて考えるような仕草を取るエリー。こうも何かが足りないと考える姿は一見異常なようにも見えるが本来はこれがいいような気もする。当たり前になった権利に使ってその権利を使用せずに権利が消えていくような人よりも当たり前を何故そうなのかを考える人の方がまだマシだ。大渕はそれを理解しているからこそエリーに何かしらを教えたいし、何かしらのことを言うのである。
「そういう詳しいことはエリーがしっかり生きてたらいつか分かるよ」
「教えないのですか? 知ってるのに」
「知ってるからそう言うんだよ」
大渕はタバコを取り出して一服しながら話す。
「まだ君は17歳、いわば親元にいるべき子供だ」
「子供だとしても……あなたは私の親じゃない」
「そうだよ? でもね、子供はすぐ一人で突っ走って転んでしまう。それを支えてあげる、大人の手も必要なんだ」
その言葉の意味もどこかわからないエリーがいたが今は質問すべきではないことだけを悟る。しばらく無口になる時間は過ぎたがエリーはこれだけは分かっていた。今は落ち着いて魔獣退治ができているがいつかは今よりも劇化するということ。何かがあることは知っている。戦争はもう始まっているんだから。
「ねぇ大渕さん」
「なんだい?」
「その大人という存在が世界にいるのに……どうして戦争が収まらないんだと思いますか?」
「……そりゃあ。悲しいことだけどみんながみんなそうってわけじゃあないからね」
少しの沈黙。大渕はエリーが知っている人間とはどこか違う気がした。だがしかし、エリーは知っている。妥協をすれば理想なんてものは実現できない。それが悪だとしても……エゴには勝つことができない。それが人間だということ。大渕が本物かどうかはこれからの任務で分かることだろうと片付けたのだった。
「エリー、これから任務も厳しくなると思う。けど……君にはずっと生きていてほしいかな。君にはもっと知りたいことを知って……いい方向に動けるようになってほしい」
「……フフッ。これが大人なのですね。今日はお喋りがすぎてしまいました。またお話は今度にしましょう。おやすみなさい」
それだけ言って一礼してエリーはベランダから去っていった。大人……大渕の心根に響く言葉である。エリーが何の意図のためにあんなことを言ったのかは見当もつかない。ただ、彼女にはもっと大事なものを知ってもらいたいという一種の父性が芽生えている。
今日も長い1日が終わる。知りたがりのエリーの1日がもう終わるのだ。本当に知りたいエリーの理想とは何なのか。大渕も深く考え込むのであった。
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