マルスが所属することになった新人殺しこと東島班。何故、新人殺しと言われるあだ名がつけられたのか? それはもう二年前、悠人が班長に就任した頃の思い出ゆえだった。
東島悠人は戦闘員である。中学を卒業したタイミングで母親の反対を押し切って戦闘員へと入隊した。他の友達のほとんどは高校に進学する受験勉強をする中で、悠人は実家の庭でひたすら木刀を振り続けていた。
悠人は剣道場に通う中学生で父は彼が3歳の頃に魔獣に喰われて死んだ。父は優秀な戦闘員だった。魔獣の脅威から市民を守る戦闘員。人類の希望とも呼ばれた戦闘員である。しかし、父親の判断ミスにより彼自身が頭から魔獣に噛み殺されたことにより、その英雄譚は崩れ落ちた。
そんな父親の汚名を返上するという理由でもないし、父親の復讐をするという理由でなりたいのではなかった。その理由を物語る存在は自分の班の集合部屋に向かう途中でやってくる。
「悠ちゃん、おはよう!」
「楓、おはよう」
東島楓、悠人の双子の姉で同じく戦闘員。ショートの髪を背中に流した少女でスポーツ系の女子……といえばいいのだろうか? 天真爛漫な顔立ちは他の人からだと可愛いとか言われていたそうだが悠人自身は毎日見た顔なのでなんとも思わなかった。
楓は悠人と同じく3歳の頃、父親の戦死通知を受けたのを知ったときに父の汚名を返上するために戦闘員になる決心をした。二人で通っていた剣道を必死に頑張っており、中学の頃は全国大会を望むほどの実力を持っていたほどだった。スポーツ推薦枠を貰えたのだが楓はそれを蹴って戦闘員になることを希望する。
それに対して悠人も同じく戦闘員になる希望を持っていた。理由は楓のように父親にために、と言ったものではなく自分の方が父親以上の存在になれると言った身勝手な自信があったからである。
判断ミスで魔獣に喰われた父親の話を聞いてミスしなければ戦闘員の世界で生きていけるという結論に至った悠人は戦闘員になって父親を超える決意をした。
父を超える、そんな目標を掲げていた悠人の母親は「お願いだから戦闘員にはならないで」と涙を流されたこともあった。しかし悠人は楓を放っておいてあんなところに行かせれないだろ? と反論し、反対を押し切って楓と共に戦闘員になったのだ。
そんな悠人、楓は幼い時から培った剣道の技術を活かすために魔装は刀を希望。悠人が銀刃鮫、楓が緋爪斬虫と適合。低温を操る悠人と高温を操る楓のコンビはメキメキと実力を上げていった。
幾多の魔獣も悠人と楓のコンビの前では歯が立たない。それ故か、周りの年上の人間からもよく可愛がられ信用もメキメキ勝ち取っていった。そんな彼らは年少班を結成することになったのだ。
入隊から2年が経った時、悠人と楓が17歳になったタイミングでレイシェル所長から呼び出され、新たに班を作るからその班長、副班長を任せたいという申し出があった。
二十歳以下の少年少女で結成された班。悠人が班長、楓が副班長として結成された班。これが東島班の第一歩であった。自分と同じく中卒の戦闘員がやってくる班であり、新人の教育は熱心に行なった。目の前で死なれるのは勘弁なのだ。入隊した頃に仲間の一人が再起不能になった時は吐き気が襲い夜は眠れない日があったのだから。
そんなことを思い出しているとポンポンと肩を叩かれる悠人。ンフーっと笑顔になっている楓を見て「んだよ」と返事する悠人。これはいつものことだった。
「悠ちゃん、今日は任務来てるの?」
「今日はこいつらの初任務。毒怪鳥の討伐だ」
「毒怪鳥? あの二人、大丈夫かしら?」
「あの二人か……魔装のクセも強いからアドバイスが思いつかないんだよな……」
「蓮君と隼人君はクセが強いよね。でも二人とも何かと扱えてるじゃん」
「まぁ……」
「悠ちゃんの方が魔装になれるのにかかってたくない?」
「うるさい……」
楓と話すことは楽しいし、大好きな姉である点は変わりない。しかし、自分のことを面白おかしくからかってくる楓に最近は少し嫌気がさしてきていた。
(いくつだと思ってるんだよ……)
内心で毒を吐きながら部屋に入る。そこには迎え入れられた新人達が緊張でソワソワしている光景が。任務前はなんらかの緊張をする物だが今日は違う。今ままでは辺境調査で魔獣の生態を教えるだけの期間だったのでそろそろ魔獣との戦闘になるだろう。と言った具合の班なのだ。そろそろ討伐がやってくることを班員も察しているらしい。
「あ、楓さんおはようございます」
「おはよう、隼人君。魔装の調子はどう?」
「はい、慣れてきました! 昨日は結界の使い方を自分なりに研究したところっす!」
「そう、期待してるよ」
目の前の腕輪をした新人、宮村隼人。彼はこの班の壁となる存在である。楓は彼への教育を熱心にしていた。壁となるので最前線で戦う必要がある。今のうちに恐怖心を拭っておかないといけない。
悠人の教育担当は青髪のボケーッと頬杖をつく人物、天野原蓮だった。蓮は大きなあくびをしたときに目の前の悠人の存在に気がつく。
「あ、班長。ウス……」
「あぁ、おはよう。ナイフの調子はどうだ?」
「順調っすね」
悠人は楓と違ってコミュニケーションをとるというよりかは必要なところだけをアドバイスするという放置気味な教育だったがお互いマイペースであるということが噛み合って上手く教育できているようだった。
「お前ら、今日は初の討伐任務だ。概要は……」
悠人は慣れた手つきで書類を広げて討伐の方法を説明する。毒怪鳥は口から毒針を飛ばすという厄介な魔獣であるが喉元を締め上げると針を出せなくなる。その間にトドメを刺せばどうってことのない魔獣だった。
「ていうわけで、隼人。今日はお前の能力が鍵になる」
「ま、任せてください……」
「緊張はしなくていいよ。自信持って!」
明るい楓のエールを受けて「あ、はい」と返事する隼人。そして他の班員とともに準備を進めて任務へと出かけていった。事務局を出て目撃場所の森の中を進むと早速出てきた。けたたましい鳴き声を上げる鳥がそこにいるのだ。悠人と楓は全く動じなかったが新人達はザザッと数歩あとずさる。
「キュワァアアア!」
やはり悠人と楓とその他何人かの班員は慣れていたが隼人と蓮は震え上がる。彼らの気持ちは痛いほどよくわかる。戦闘員の新人あるある、魔獣の鳴き声にちびりそうになるのだ。悠人は刀を抜いて身構えた。
「隼人君、結界!」
楓の声に反応して隼人は結界を起動させる。リング状に貼られた結界は正確に毒怪鳥の喉を締め上げた。「グギャ!」と鳴きながら地面に墜落してもがく毒怪鳥。
「よくやるな……、この短期間であんな精密な……」
「へへへ、楓さんのアイデアです。『自分の体の一部だと思えば扱いやすい』って」
「ね? 言ったとおりでしょ?」
楓は隼人と一緒に「イェーイ!」とハイタッチまでしてしまっている。副班長とは一体……、と思ったが歳も一年しか変わらないので彼女にとっての可愛い後輩ができたんだろうなと軽く思っていた。そして刀で毒怪鳥の腹部を切り裂いて鳥は断末魔を挙げて動かなくなった。
本当に戦闘員とは生温い仕事だなと悠人はつくづく思う。一体どうして父親が死んだかなんてわからなかった。冷気に凍った血が霜を作っているのを見ながら悠人は楓の方向を向く。
「楓、解体の方法を教えよう」
「そうだね、悠ちゃん」
悠人は楓の方向を見ながら刀をしまって大きく伸びをしながらベルトから通信機を出していた。魔獣の死体は魔装を作るいい材料である。どこの部位を頼まれていたかを確認しようとしていた。
そのときである。グググ……、と動かない体を無理に持ち上げるかのように毒怪鳥が動き始めた。蓮が異変に気がつくが「仮死状態か?」と思って何も言わなかった。それが仇となり悲劇が……。
「ギュァアアア!」
完全に体を持ち上げた毒怪鳥は悠人めがけて嘴を開ける。そのときに悠人は異変に気が付き振り返ったが時すでに遅し……だと思っていると声が聞こえた。
「悠ちゃん、危ない!」
自分は押し飛ばされて少し飛ばされた後に自分は尻餅をついていたということに気がついた。何が起きた? そう言った思いを隠せないでいると目の前の光景に彼は「……は?」と声を出す。
楓がいた、正確には上半身を喰いちぎられて下半身だけがフラフラと立っている楓がいた。何が起きた? どうして楓の上半身はなくなっている? どうして……? どうして楓は喰われたんだ?
考えていると仲間の一人である大原優吾が毒怪鳥の頭を銃で撃ち抜いて息の根を止めた。そして崩れ落ちたきり、今度は二度と動くことはなかったのだ。優吾は一歩だけ悠人に近づいて一言。
「悠人、任務は終了だ。帰ろう」
「……は?」
「楓さんは……連れて行けない……が」
悠人はここで考えることをやめた。楓は死んだ、楓は死んだ、楓は死んだ、楓は……。悠人は起き上がって地面に倒れた楓の下半身の元に近づく。
「おい……楓……」
返事をしても答えるわけがない。魔獣の口の中から上半身の楓が見つかった。虚な目で自分を見る楓に気がついた。色のない、微動だにしない楓を見つけた。
死んでる……、楓が死んでる……。誰のせいだ? 誰のせいで楓は死んだ……? 悠人はすぐに自分の判断ミスであったことに気がついてしまう。自分がしっかりとトドメを刺さない上にもう死んだと判断ミスを……。
彼は発狂した。
発狂する彼を何とか戦闘員事務局に連れて帰ると優吾が詳しいことを報告していた。東島楓の戦死に事務所内でドヨメキが走る。どうして死んだのだ? というレイシェルの言葉に悠人は涙を流しながら答えた。
「俺の……俺の……判断ミスです……」
その様子にレイシェルはどこかデジャヴを感じながらレイシェルは悠人の元に一本の刀を投げる。それを悠人が受け取ると血で少し滲んだ楓の刀だった。解散を命じられて他の班員が精神が不安定になりながらも帰るのだが、悠人だけはその場に残って泣き続けた。
自分が憎かった。父親を舐め切った結果がこれだった。大好きだった姉を殺してしまう結果へとなった。時間旅行ができるなら戦闘員をナメていた中学生の自分を殴り飛ばしてやりたかった。
トボトボと自室に帰り、彼は部屋の床に倒れ込んだ。今日からからかってもらえないと思うと寂しくて、怖くて仕方がなかった。
その日以来、悠人は班長であることをやめた。責任を押し付けられることが怖くなった悠人は新人への教育を一切しなくなった。そのため、人数調整で入ってきた新人には一切干渉せず、その新人達は初任務で討死した。
生き残ったのは副班長としてスカウトを受けてやってきたサーシャ。優吾が教育した慎也。異質な能力を持った香織。戦闘員事務所で育てられたパイセン、そして隼人と蓮だけだった。
既存のメンバーや新人はなんらかの形で死んでいった。それでも自分は関わっていないからと悠人は知らん顔で戦闘員を続けていた。その悠人の行いに思うところがある優吾達だったが何も言えそうになかった。
いつしか、この班は「新人殺し」と呼ばれるようになり、新人が入ってくることは一切なくなった。班長である悠人もあまり指示を出さないので既存のメンバー同士で強くなっていった。自由でだらける問題児の班の誕生である。
一年の月日が経った。悠人が自分の部屋で一人、テレビを眺めている。何も考えることなくテレビを見ていると一件の電話の着信が。悠人が出るとそれは母親だった。
「悠人、元気?」
電話の先の母親の声は少しやつれていた。それもそうだ、愛する夫と娘を失って家では叔母の手伝いがないと生きて行けないほど衰弱してしまったのだから。悠人は「元気」とだけ答える。
「来月は……楓の命日ね。今年は戻ってきてくれるわよね?」
「任務がなければ……な」
それだけ言って彼は電話を切った。楓の命日に墓に手を合わせることなんてできそうにもなかった。きっとどこかで自分のことを怨んでいるに違いない。楓の写真を見ることも怖くなっているのに……墓なんて見れるものではなかった。
自分の刀の横に立てかけてある楓の紅い刀を見ながら彼はかすれた笑みを浮かべた。
「楓、俺たちもう……18だな……」
刀を手に取って彼はギュッと抱きしめた。できれば楓と一緒に迎えたかった年だった。
「年が上がると一緒にお祝いするのが双子のいいところだろ?」
テレビの電源を消して彼はひたすら刀を抱きしめていた。申し訳ない、これからどうしようが入り混じった抱擁だった。そのときにドアにノックの音が。刀をかけて涙を拭いて出てみるとグスタフだった。
「グスタフさん……」
「突然すみません。レイシェル様からご連絡が……」
「連絡?」
「新人を迎えるから来てくれとのことです」
「はぁ? この班にか? 『新人殺し』のあだ名をつけたのはあのレイシェルじゃないか」
「まぁまぁ、今回の新人はただの新人ではないそうですよ」
「ハァ……、行きますよ」
本当は迎え入れたくなかったが彼は部屋に戻って刀を二本、ベルトにかける。
「行ってきます」
部屋の中には誰もいないのだがどこからか「いってらっしゃい」が聞こえてきたような気がした。悠人は足早に新人の元に向かって行ったのだった。
これにて一章は終了! 明日からは二章の連載開始です。どこかぎこちない東島班に訪れた大きな試練とは? 第二章「大規模戦闘演習編」お楽しみに!
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