第一話開始! 不穏な空気から始まりますが主人公のお出ましですよ〜(^^)
目の前に現れた神はなんとも哀れな姿だった。着ている服は他の神と違って、ガサガサした麻袋に穴を開けたような貫頭衣である。右足には枷が繋がれており、使い物になるのか疑問に思ってしまうほどボロボロの左足で精一杯右足を引きずって法廷の大扉を潜ってきた。
表情は伸びきった髪に隠れて見えないが、時折映る唇は長い間噛み締めていたのか血が滴っている。背後に構えるガタイのいい護衛のような神の顔は少し曇っていた。おそらく今日の今日まで体罰に科せられていたのだろう。
しかし、エデンを含め全ての神は彼に同情をすることはなかった。むしろ清々しかった。この大戦争の原因となり、自分の友人や家族を殺した犯人が半殺しに遭っているのだから当然である。
「マルス、顔を上げろ」
戦ノ神、マルスはその顔を席に座るエデンに向けた。その時に髪が首にかかり顔があらわになる。思った以上に整った顔である。線の細い顔つきに透き通るような白い肌、血のような紅い眼が濁ったような光を放っていた。
「何日殴られた?」
「わかんねぇ、日数を数える暇もないほど……だな」
マルスは他の神々が自分に対して殺意を込めた眼差しを送っていることに気がついた。おそらく、この世界での頂点に馴れ馴れしい言葉使いをしたことであろう。知るか、お前らだって影では上位の神々の愚痴をこぼしているだろうに。マルスは内心で舌打ちをした。
「で、俺の刑罰はまだ続くのか? これ以上俺を殴った所で人類社会が明るくなるとは思わないけど? 俺が死ねば人口がぶっ飛んだことになるぞ? まぁ、もう手遅れだけど」
マルスは戦ノ神である。世界のどこかで争い事を起こして適当に人口などを削減することが仕事であった。マルスの自室にある世界地図のようなテーブルにチェスの駒のようなものを配置するだけで世界のどこかで戦争が起きる。
つまりは今回の人魔大戦の元凶はマルスであり、戦争を起こしすぎて世界のパワーバランスが崩れてしまったという疑いをかけられたのだ。
この世界の神達はなんらかの概念を司っており、その概念ごとに「人間」、「亜人」、「魔獣」の3チームに配属されて発展度を競い合う。しかし競うための駒が亡くなるとその概念を司る神は死ぬ。そういった掟があったのだ。
ライバルが消えて悲しいのか、嬉しいのかよくわからないな……、マルスは神々の身勝手さを歯痒く思った。確かに自分は世界に駒を置きすぎたが誰も忠告をしなかったし、それに自分の仕事を見ていて一緒に手伝ったものまでいたのだ。こうも急に寝返られると、自分もどうすればいいのかわからなかった。
「我はお前に期待をしておった。適度に三種族の総数を減らすことは緊迫状態をうみ、それぞれの発展に繋がると思ってお前を創ったのだ。お前だけが行える役割を与え、環境を与えた。こうも私の息子、娘を殺すとは……」
エデンは片方の手で顔を隠して泣いていた。すすり泣くようにして手を押さえるエデン。他の神々もその姿を目に押さえ、共に泣き出した。そんな空気感を切り裂くかのようにマルスは口を開く。
「ハァ? 何被害者ぶってるんだよ。亜人が消えてしまって、神が消えたのは全て俺のせいだって言って押し付けてるだけにすぎないだろ? お前だってのほほんとして椅子に座る暇があるんだったら世界の状況を見て指示をくれよ。馬鹿じゃねぇの?」
「貴様まだわからないのか!!」
マルスの背後に構える大柄な体格の護衛の者がマルスの頭を踏みつぶす。「グゥ……!」とマルスは苦痛に悶える声を漏らすが誰も聞こうとはしなかった。エデンがサッと手をあげたのを合図にマルスは解放される。
「なぁ神様さんよ。お前は自分の不注意を全て若手の俺に押し付けて被害者ぶることを貫き通すんだよな? 今もこうやって無駄な会議ばかり続けてるうちにも下界の人間の大多数が魔獣に喰われてるぞ? そっち側の神はほったらかしかよ?」
「黙れ! その態度が今回のような悲劇を生み出したのだ、何度言ったらわかる!」
「中身を語ることがないからな、でっかい声で怒鳴ることしかできない。典型的な害悪でしかないな、エデンの爺さんよ」
「グ……貴様……!」
周囲の神々からの野次も飛ぶがマルスは全く聞かなかった。全員、他の物のせいにして当たり散らすクズしかいない。神よりも前までいた亜人の方が賢いんじゃあないのか? そう言った疑問を抱えているとエデンは一喝して周囲を黙らせた。
「マルス、お前に刑を処す」
「幽閉か? 俺が死ねば争い事は起きないから不都合だもんな? 無限牢獄にでもほっぽりだすのか?」
「それもいいかと考えたのだが、我に考えがある」
「ほぉ〜?」
「お前を追放に処す」
追放……? 流石のマルスも動揺を隠せなかった。体がビクン!と震えて冷や汗がタラリと滴る。永久的に出ることはないが普通の生活が保障される牢獄の方がまだマシだ! 彼は心の中でそう叫んだ。追放をされるとある問題が彼には起きうるのである。
本来は神が下界へと降りることは絶対にしてはいけないとされる禁止事項であり、これを行うということは自分は本当に必要とされていないということだ。その事実を思い知らされたマルスはグッと唇を噛んだ。濁りきった血が滴って法廷の床に血潮ができる。もうこの世界にはようはない……、マルスはそう覚悟を決めて声を放った。
「結局は隠蔽を試みるんだな。俺という存在は邪魔なわけだ。いいよ、出て行ってやる。未練なんかないからな」
「勝手にしろ……。もう我にはお前をどうこうする気力がない。おい、マルスを神殿まで送り三日分の食料と着替えを用意せよ」
「ハッ!」
キビキビとした行動で護衛の者は会議場を後にした。そしてマルスも枷を外してもらいゆっくりと立ち上がる。もう唇の血は止まっていた。少し気持ちが落ち着いてきたのか少し痛む。エデンはマルスのもとに歩み寄り、そっと手をかざした。
全身傷だらけで哀れな姿だったマルスに光が纏われ始め、ジュワジュワと音を立て傷が癒されていく。伸びきってボサボサの髪も短く切りそろえられていった。これがエデンの最後の情けでもある。
「サッサと出て行け。この愚か者」
「ハイハイ……あ、そうだ」
マルスは自分を高い位置から見下ろしている神達に向き直る。髪に隠れて見えづらかった紅い眼が彼らを真正面から睨んでいた。睨まれた神は心の奥底までをのぞかれてるようでサッと目を逸らす。しかし、マルスの眼は見逃すことなく鋭い光を放つように見開いていた。
「死んでいった亜人の方が、優しさで溢れていたな。お前らは戦争を起こした人間と変わんねぇよ」
それだけ言い残してマルスは神殿を去った。
誰もいなくなった大通りを歩く。ここで死んだ亜人の神達がよくお茶をしていたな……。マルスは過去の出来事を思い描いたが頭を横に振って思い出を消し去ろうとする。死んでいった神達も今、生きていたとして自分の味方になることはまぁないだろう。エデンに対抗したのはマルスが最初で最後なのだ。
マルスは比較的小さめの神殿へと入っていく。ここがマルスの仕事場兼我が家だった。マルスの唯一の話し相手であった一輪の花は自分が体罰を受けたときに枯れたのか、跡形も残ってなかった。窓から見えるはずの花畑はもうすっかり丸坊主になっており雑草すら生えてない。
「これも俺のせいかよ……、馬鹿馬鹿しい……」
マルスは舌打ちをした。
準備を終えた護衛の者がマルスに中くらいの大きさの袋を渡す。その袋を見ると三日分の食事、着替え、黒曜石のような黒い石が入っていた。マルスは目の前にいた護衛に尋ねる。
「これ、石か?」
「あぁ、エデン様から入れろとのお言葉があった」
「ハッ、今の今で気をかけやがる。頭おかしいんじゃあねぇのか? あのジジイ」
「貴様……!」
「おっと、怖い怖い。俺は今から神じゃあなくなるんだ。護衛の者は神以外の者に手を出すと無限牢獄行きだぜ?」
「最後までむかつく奴だな、貴様は……。もういい、消えろ」
「言われなくても消えてやるよ」
マルスは神殿を抜けて丸坊主の道を歩き進める。そうすると巨大な門が見えてきた。死んだ魂が潜る下界と通じる門。死者がこの世界に一旦やってきて神達が地獄行きかそうではないかを判決する。マルスはその逆だった。
未練などない、怨みさえもない。ただひたすらに切なかった。誰からも必要とされず、無かったことにされた自分が不憫で仕方がなかった。マルスは門に足をかけて振り返る。
曇り空は晴れ、ポツポツと綺麗な花が生えてきていることに嫌気がさし、彼は下界への扉に駆け込んだ。
これにて第一話終了! ここから追放されたマルスの物語がスタートです。次回もお楽しみに〜(^-^)
読み終わったら、ポイントを付けましょう!