「みんな、遅れてごめんね」
申し訳なさそうにペコリとお辞儀をして香織は集合部屋に入った。その後ろにはマルスも続いてる。マルスは腕を組んで待っていた悠人にチラッと視線を送って自分の席に座った。香織もコトっと音を立てて座る。
「で? 東島、連絡事はなんだ?」
「お前に言われるまでもない。今から言う」
悠人はマルスをキッと睨んでから何枚かの書類を机に広げた。そこにはビッシリと何かが書かれており、全員が身を乗り出して確認する。始めに反応したのは隼人だ。目を細めて書類を読み上げる。
「序列決め……?」
「そうだ、もうそろそろ序列決めの検討が近いとの連絡があった」
マルスは何のことかさっぱりなので周りに聞こうとしたが隣の席に座る慎也もこの班最年長の優吾も、班長である悠人もよくわからない表情をしていたのだ。こんなに頼りないことってあるか? と思いながら話だけを聞くことにした。
「俺もよくわからないのが現状。この戦闘員事務局はコロコロ序列が変わるからな。その時期がもうそろそろだということだ」
「そもそもここに序列があるなんてしらなかったんだが……」
マルスは悠人にそんな大事なことをなぜ言わない、と少し顔を曇らせながら返事を待った。それに対して悠人はフッとマルスを鼻で笑って視線も合わせないで適当に返事をする。
「聞かれなかったからな、熱意ある新人なら班長である俺に色々聞きたいことも多いと思うのだが……。運良く生き残った新人さんはハングリー精神が皆無ということか」
「俺がゆとりな訳あるか」
「うっせ、新人。ここの事務局には16の班があることは承知済みだよな?」
「それは知ってる」
「その16の班を実績や強さで順位をつけているんだよ。順位が高いほど、事務局からの待遇もいいし給与もたんまり貰える。強さの基準ともなるわけだからな、高収入の任務が来るのも無理はない」
「ここはどれくらいの位置なんだ?」
「ザッと9位と言ったところだ」
「おい優吾。最年長としてどう思う?」
マルスは思った以上に低かったこの班の順位をおかしく思い、古株であろう優吾に尋ねた。優吾は「生憎だけど……」と喋り始める。
「通信機のアドレスで確認しただろ? 俺は19でたしかにここの班では最年長だが、戦闘員になったのは……去年ぐらいからだ」
「僕と香織ちゃんは同じ時期で半年くらい前からですし……」
経験上で見ればまだまだ新人ということ。優吾の正面に座る慎也も香織も新人。マルスはサッと悠人の近くに座るサーシャとパイセンに向き直る。
「サーシャはどうなんだ? パイセンも」
「私も実は去年辺りなんだ。この班は班員の再編が頻繁だから……元いた副班長さんの代わりに私が入ったの」
「俺はずっとここに住んでたけど……正式に戦闘員になったのは2年前だな……。隼人と蓮もそうじゃないか?」
「俺と蓮も大体2年前だぜ。マルスと一緒の志願兵だから詳しい時期は覚えてないけど」
「東島もか?」
「俺は中卒ですぐだから三年前。とにかく、この班は今から言う行事に参加はしていないと言うことだ」
全員、若すぎないか? マルスは今更であるがこの班の年齢層が若すぎることに驚いた。新人殺しの意味合いが少し変わったと思う。新人しかいないから新しい新人の教育なんてできるはずがない、そういうことか。と、勝手に解釈していた。
「行事の話に行くぞ? 三年に一度、序列を握る戦闘員最大の行事があるとのことだ」
「ほう」
「書類には……『大規模戦闘演習』とだけ書いてあるがそのようなことが行われるらしい」
マルスは全く持って意味がわかってなかった。そんなマルスを放っておいて、東島の説明は続く。
「事務局内の16班をA,Bリーグと二つに分けて行われるトーナメント方式、序列決めの選考に最大の影響をもたらすとされる演習だ」
「全く持って意味がわからないんだが……」
マルスは結局分からずじまいになって東島に質問をすることにしたがなんと肝心の東島も意味がわかっていない様子。「知るか」と目をそらした班長に対し、班員は「マジか……」と声を漏らしてとりあえず書類を読み上げていく。
「一回戦、二回戦はスタート地点を時前に指定されて行う方式。準決勝は対戦班込みでバラバラのバトルロワイヤル方式、決勝は代表5人の団体戦……、これゲームじゃねぇか?」
サラサラと読み上げていった蓮は書類を指差して声を上げた。マルスも頷く。明らかにこれは戦闘ではなくゲームだ。何と戦うのかもよく分からないし、怪我や死亡のリスクだってある。事務局は志願兵を簡単に受け入れるほど懐に余裕がないはずなのにこんな殺し合いを行えというのか? マルスはピクッと眉を動かして反応した。
「新人の俺らには何の説明もなしかよ……、どれだけ待遇が悪いんだこの班……」
パイセンが頭を抱えてため息を吐く。その時に悠人の通信機に連絡が入り確認をすると係の人が戦闘演習について教えてくれるとのこと。説明があるのはありがたいが本当に待遇がまぁまぁいいより下のレベルであることを思い知らされて歯痒い表情をしながら悠人は立ち上がった。
「みんな、今から研究所に行く」
「え、どうして研究所?」
「どうやら戦闘演習は研究所で行われるらしい。係の人が説明するって……」
「連絡もガバガバじゃん」
サーシャの言葉に苦虫を噛み潰した顔をする東島。そろそろ彼の堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題だった。研究所で戦闘演習……? マルスは何とかして戦闘演習を想像するのだが何のイメージも湧かない。それにまたあの小谷松と対面することになるのか……とあまり乗り気でないのも事実。複雑な表情をするが集合がそろそろということもあり、マルス達は部屋を後にした。
「やぁやぁ、待ってたよ」
そして笑顔で自分達を迎えてくれたのは佐藤だった。いつもの白衣と違ってポロシャツにジーパンとかなりオープンな私服となった佐藤がいた。そんな彼を見てキョトンとした表情をする東島。
「さ、佐藤さん?」
「あれ? 聞いてなかったのかい、東島君。戦闘演習について教えてもらうって」
「あ、係の者って佐藤さんなんですね」
「君たちとは良く関わってるからねぇ。全く、君たちってば非戦闘員とは仲良くできるんだから」
ハハハ! と笑う佐藤に蓮が小声で「非戦闘員しか話しかけてくれないんだよ……」と毒を吐く。佐藤の笑顔は一瞬で真顔になって「ごめん」と呟いてからぎこちなく歩き始めた。マルスはスルー。
「研究所で説明をしたいからそこまで送るよ。護送車だけど車があるから」
「おぉ! 車なんて何年ぶりに乗るかなぁ?」
車と聞いて隼人はウキウキして佐藤の後ろについていった。車というと……、近代の移動用の道具だったな……とマルスは街で見た車輪の付いた箱を思い出していた。佐藤についていって様々な車が配置された広いガレージに向かい、マルスは予想と何倍もの違う人間の道具を見ることになる。
「えぇえええ!?」
「おい、どうした?」
自分たちが乗る車を見てマルスは大声をあげたが悠人達からしたらただの護送車、トラックのような車なので何ともない。しかし、マルスからしたら街で見た軽自動車よりも大きなものだったので驚きざるを得なかった。予想以上の物が来ると誰でも驚くのが道理。たがしかし、マルスにとってはその補正があまりにも強すぎた。
そんなマルスを見てなんとかして空気を読もうとしたサーシャは恐る恐る話しかける。
「あ、もしかしてマルス君酔いやすいの?」
「あ、え?」
「はい、酔い止め。あーんして」
「え……あぐぁ……!?」
サーシャに水で包み込んだ錠剤を口の中に急に入れ込まれてマルスは窒息するかのような苦しみを味わうことになる。サーシャは「え?」と声を上げてパイセンは「相変わらず荒いんだよなぁ……」とマルスを哀れむような視線でもがく彼をジッと見る。
「酒を飲むわけでもないのに酔うわけないだろ?」
マルスが顔にかかった水を振り払いながらサーシャにいうと全員が「お前、どうした?」と言った顔に。マルスは「ここにいる人たちは全員ウワバミか?」と少しだけ恐ろしくなって「なんでもない……」と視線を逸らした。
そして何らかの空気感の悪さを感じながら車に乗り込む。その様子は留置所に搬送される被疑者そのものだった。
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