戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

稲田光輝

公開日時: 2020年11月8日(日) 21:00
文字数:2,528

 一回戦が終了してから数日が経った頃、二回戦の開催が新人殺しにも訪れる。


「みんな、待たせてすまないな。これが資料だ」


 集合部屋の机にバサッと書類を広げる悠人。今日は顔が曇っておらず、少しだけ気分が良さそうだった。それに気がついた蓮が悠人に話しかける。


「今日は大丈夫だったか」


「安藤さんが俺達の班のことを褒めてくれて。単体勢力だったら負けていると言った瞬間、東島班の陰口を叩いている奴らは押し黙ったんだ」


 安藤班は連携が取れる班で極東支部内に名を売っている。その班が連携の取れないことで有名なこの新人殺しに負けたということは新人殺しがそれなりの強さを持つか、安藤班が大したことないかのどちらかになるのだ。


「安藤さんの無言の微笑み、俺は初めて見たけど怖いもんだな。おかげで俺たちの実力を認めさせることができた」


 スカッとして嬉しいのか悠人は笑顔で報告をするが安藤と戦った優吾とパイセンは「でしょうね」と苦い顔をしている。糸目から覗くあの鋭い瞳孔は震え上がる事に間違いない。


「そしてだ、今日は二回戦。舞台は森林地帯」


 資料の一つに対戦フィールドの地図が掲載されており、見てみると魔獣の住処であるここらの森と構造が似ていた。新人殺し班はもう見慣れた森林地帯である。


「対戦班は……あの『タクティクス』なんだ」


「タクティクス!?」


 パイセン一人が驚いた声を漏らす。戦闘員の班はパイセンがよく知っているから当然だ。パイセン曰く、人数はここよりも少し多い12名、気になる序列は2位の上位班だった。少し緊迫した表情のサーシャが悠人をみる。


「桁違いに強いってことね」


「そう、班長である稲田光輝いなだこうき、副班長の月輪円つきのわまどかからなる12名の班だ。個人としての実力も高く、連携も取れる。まさに理想の班として名をあげているな」


 タクティクス……、それは計画という意味の単語。班のあだ名を見るに作戦勝ちを狙う班と見てもいい。要は魔装を完全に使いこなす集団なのであろう。マルスはそう予想した。


「でもこれはチャンスでもある」


 悠人は稲田班の強さに不安になる班員をジッと見て声を上げた。


「稲田班に勝つことができれば、新人殺しのレッテルも剥がされるかもしれない。上位班に当たることは既に覚悟していた」


 全員、ゴクッと生唾を飲み込んでいる。マルスは一体どんな人物が班長を務めているんだろうと興味が湧いた。その時、ノックの音が。悠人が「は?」と素っ頓狂な声を上げるとガチャリと一人の人物が集合部屋に入ってきた。見知らぬ人間が部屋に入ってきてパイセン以外の全員が固まる。


「稲田光輝……」


 パイセンがそう呟いたことによって全員が理解した。この人が稲田光輝、ジャケットとズボンを着こなしており、線の細い整ったパーツの顔、オールバックの金髪、高身長、筋肉質、必要なものを全て詰め込んだかのような男性だった。


「初めましてだな。稲田班、班長の稲田光輝だ」


 クドイな……、マルスは少し苦手なタイプの人間だったことに嫌気が差す。オーラが輝いているというか、爽やかに微笑んでいる姿を見るに上辺だけが良さそうな知り合いの神様にそっくりだったからだ。悠人は依然として身構えながら目を一瞬だけ吊り上げる。


「どうやって鍵を開けた?」


「俺の能力を使えばすぐに起動できる。オートロック式だろ? 回線を変えればスイッチを起動できるさ」


「勝手に入るのはやめろよ」


「どうしても挨拶をしたくてな。ちょっと強引な方法をとってしまった」


 オートロック、最近マルスが理解した自動で鍵を閉めてくれるドア。それを起動させるのには電力が必要だ、となると稲田の能力は電気なのか? ネタバレをした稲田をよそにマルスは思考を続けた。武器らしい武器は見えない、どこかに隠しているのであろうか?


「俺の班員もみんな楽しみにしてる。いい試合にしよう」


 稲田は手を振りながら部屋を出て行った。勝手に部屋に入ってきて勝手に消えた稲田光輝。一体、何を見ていたんだ? と他の班員が反応を始めたところで悠人も我に帰った。


「何が理想の班だよ。モラルがなってねぇだろうが」


 悠人が舌打ちをかましながら書類を集めていく。あの様子から見るに班長としてのキャリアは積んでいるけど、人としてどこか抜けているんだろうなとマルス達は不憫に思った。彼の中で苦手という二文字は消えない。先程の会話を思い出しながらマルスは声を上げる。


「能力は電気を操る……可能性が高そうだな」


 マルスの言葉にいち早く反応したのはパイセンだった。


「そうだな、オートロックは電力で動く装置、それを能力で弄って入ってきたんだ。それしかない。武器はわからなかったが」


「それが問題だな、相手の班員の魔装はわかるのか?」


「それは載ってないの。おそらく公平に試合をするためだと思うけど……」


 サーシャが書類をパラパラしながら答える。それもそうか……とマルスは視線をテーブルに移して思考を開始。マルスの頭の中に森林地帯のイメージ図が浮かび配置を考える。そんな彼を横目に意見を出す者が2人。


「個人の実力も高いんだったら全員、固まって動いた方がいいかも」


「そうですね、一回戦の時のように少数グループで行くのはオススメできないです」


 香織と慎也だ。彼女らも既に警戒態勢に入っている。そうであるがマルスはどこか序列の数字に固執していると感じないものでもない。たしかに稲田は強力な存在だろう。オートロックの電力を弄るなどよほどの精密操作がないとショートを起こしてしまう。それをいとも簡単に行ったとはかなりの実力者。この班もそれは同じである。連携をしっかりと取ればいい具合に張り合えるんじゃないか? というのが正直なマルスの見解だった。


「研究所に向かおう、そろそろ二回戦だ」


 悠人の号令で全員がうなづいて外に出た。魔装を構え、うなづき、起動させて疾走を開始。マルスもそろそろこの疾走にはもう慣れてきたところだ。始めは目がかゆいとか色々あったが現在は何も考えることなく疾走する。


 研究所に着くと一回戦の時と同じように研究員が出迎えてくれてコネクトまで案内された、今回は自分達の方が早かったそうである。先に魔装を別機に接続して自分達もコネクトに入った。そして、新人殺し班の意識は眠るように落ちていく。

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