戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

エピローグ

公開日時: 2021年3月10日(水) 18:45
文字数:3,958

 目を覚ますとコネクトの中だった。マルスはゆっくりと扉を開いて外に出た。光がスッとマルスの目をついてヨロヨロと足をもたつかせながらマルスは壁に体重を預ける。直立で立てるほど彼の体力は残っていなかった。バーチャルの世界から帰ってきても呼吸は依然として荒く、肩を大きく動かしてなんとか整える。


 そして、自然と腕があるかどうかを確認していた。ここは現実の世界であるというのに……、そのことを思い出したマルスはフッと笑う。握り拳を作ってみたり、指をポキポキと鳴らしてみたりとマルスはしばらくの間手遊びのようなことをしていた。「さすがに……大丈夫か」とため息を漏らしたところで徐々に空白となっていた彼の頭に情報が蘇ってくる。あの決勝戦の結果を……。


「そうか……負けたんだよな……」


 八剣の頬に一太刀を入れたのはいいが大きな隙が生まれた自分はバッサリと上半身と下半身を切り裂かれて消えていった。あの時のアナウンスがエコーを帯びてマルスの脳裏を横切る。


 ドガッ! とマルスは拳を壁に叩きつけた。悔しくて仕方がない。「新人殺しの魂だ!!」なんて恥ずかしいこと言わなければよかったとマルスは後悔したほどだ。見栄を張った結果負けました、彼にとってはあまりにも屈辱である。2、3回壁に拳を叩きつけたが壁はなんともない。その代わりにマルスの手の甲に痛みが走る。バーチャルではない現実の痛みを感じてマルスは我に帰った。赤く腫れた手を見て殴ったところで仕方がないことを悟る。


 無心の状態だったマルスはガチャリと扉が開く音を聞いてまた我に帰った。周りには自分以外誰もいないことを見るに自分が最後に戻ってきたのだと初めて知る。そしてその悠人達がここに戻ってきた。これで悠人達から文句を言われるんだろうな……と如何なる馬事雑言を受け入れる覚悟で恐る恐る振り返る。その時、部屋の中にとても大きな声が響いた。


「マルス!!」


 いち早くマルスの元へよってきた香織がマルスの体をギュッと抱きしめる。マルスは精神がボロボロだったので受け止めることが出来ず、香織と共に地面に倒れた。ドガっと地面に倒れる二人。顎を引きながら倒れたので危ないところは打っていない。ただマルスはギュッと自分の胸を抱かれ、締め付けられるような感覚に全てを集中させていたのだ。少し苦しいほどだ。依然として抱擁をやめない香織に「おい」と声をかけようと思ったが香織の顔を見てグッと黙り込む。香織は泣いていた。


 目から大粒の涙を流しながら声を上げてマルスの胸に飛びついてる。どうしてお前が泣いている? と思ったマルスは声をかけようとしたがそれを遮るかのように香織が声を上げた。


「ひどいよマルス……。リタイアって言ったじゃん……! でも……すごくカッコ良かった。こんなにまで……こんなにまで戦ってくれてありがとう……! やっぱり……マルスは強い」


 マルスの胸から顔を離して涙を垂らしながら笑顔になる香織。いわゆる床ドンの状態で涙をポトポトとマルスの頬に垂らしながらニコッと笑う。頬に滴る香織の涙を見ながら黙り込んだマルス。瞬きの後に声を出そうとするがその涙にマルスは圧倒されて何も言えないでいた。


 香織がある程度の距離まで顔を離したことでマルスは周りに突っ立っている仲間達に気がつく。その仲間達も自分を責めるどころか泣きそうになってるほどウルウルした目でマルスを見ているのだ。マルスの頭の上にクエスチョンマークが発生。恐る恐ると声を絞ってマルスは聞くことにした。


「……なぁ、みんな……責めないのか?」


 訳がわからない顔をして小さな声を上げたマルスを見て全員キョトンとした顔になった後に「責めたりなんかしないさ!」と声を上げて笑う。いち早くコメントを残したのは隼人だった。


「だってよ、あの八剣玲華に一太刀を入れたんだぜ? スゲェじゃん!!」


「私だって負けたってのもあるし……でもマルス君は一矢報えた分すごいじゃない!」


 とびきりの笑顔を向けながら拳を突き出して声を張り上げる隼人。そこに侮辱の念は一切ない。純粋な気持ち、嘘偽りのない賞賛だ。隣のサーシャも同じ。中腰にウインクしてくれるサーシャの顔には曇りが一切なく、同じくマルスを褒め称えてくれていた。


「マルスさん、本当にすごかったですよ!! その……えっと……見ててかっこよかったです!」


 頭を掻いて必死に言葉を紡ぎながらマルスに気持ちを伝える慎也。優吾もその後ろでコクコクとうなづいて賛同していた。そしてパイセンは「よくやった」とサムズアップ、蓮は「なんか……お前にはやっぱ負けるよ」とニヤリと笑いながら頭を掻く。周りの賞賛にマルスは目をパチパチと動かしながら少々戸惑う様子を見せた。それもそうだ。マルスは責められると思っていたのだから。


「おいマルス」


 そして悠人は倒れるマルスにそっと手を差し伸べた。


「東島班がここまで登り詰めれたのもお前のおかげだ。今まで……馬鹿にして悪かったな。それから……遅いかもだけどさ。東島班にお前が入ってきてくれて……俺は嬉しい。本当にありがとう」


 嘘偽りもない笑顔を悠人はマルスに向けた。悠人にとってマルスは大切な班員、家族であり尊敬する戦闘員でもあるのだ。そんな笑顔を見たマルスは一瞬、神の世界では味わったことのない感情に包まれる。これが……喜びか……とマルスが思いながら悠人の手を掴んだ。それをみた香織は邪魔になる前に顔を赤くしながらマルスの元から離れて悠人がヨッと声を上げながら起き上がらせる。知らない間にヨロケはなくなり、マルスはスッと立てるようになっていた。


 全員が揃ったことに悠人は「よーし」と声を上げた後、腰に吊り下げた赤い刀を優しく撫でる。そしてマルス達の方へ向き直って茶目っ気に笑った。


「ほら、いくぞ。俺たちのことが大っ嫌いなレイシェルさんがお呼びだぜ」


 そうやって笑う悠人を見て蓮と隼人は心にグッとくるものがあったのか同じタイミングで天井を眺めて泣き出すのを堪えていた。昔の悠人だ。まだ幼いながらも班長としてみんなの不安を消し去っていた頃、蓮も隼人もみんなが大好きだった頃の悠人そのものである。泣き出しそうな様子の二人を見たサーシャが「おんやー?」と声を上げた。


「あらー、ちょっと泣きそうよ? お二人さん」


「うっせ……グズ……楓さん……ここまで……がんびゃりましたぁ……!!」


 もうすでに涙を流す隼人を見て蓮が「おしまいまでとっとけよ……!」と言いながら涙を流す。そんな二人をハイハイと肩をポンポンしながらサーシャは部屋から連れ出した。


 部屋を出るとそこにはレイシェルとグスタフが。ペコリとお辞儀する悠人を見てレイシェルはフッと優しい笑みを返す。


「立派に……なったな。東島班長」


「そんな……これはみんなで成し遂げたことですから。これが本当の新人殺しですよ」


 そう言って笑う悠人を見ながらレイシェルはグスタフから一枚の書類を受け取った。


「新しい序列だ。確認したまえ」


 悠人が丁寧に受け取って紙を見てみると……そこには「序列4位:東島班」と書かれていた。


「4位……ですか?」


「あぁ、お前達は今回の演習で大きな成果を残してくれた。普段の任務の成果はあまり入っていないが……全ての試合を見てこの序列に決定だ」


 レイシェル曰く、1位八剣班、2位稲田班、3位レグノス班に続いて東島班が並ぶことになることを説明する。この前列の班は普段の任務の成果が大きいので序列はこのままに決定したと伝えた。元々序列が9位だった東島班はこの演習で4位まで上がり詰めることができた。そのことがよほど嬉しかったのか悠人も体を震わせる。


「本当に……ありがとうございます……!」


 そう言いながらもう一度頭を下ろす悠人を見てレイシェルはやはりマルスを入れたことは正解だったかと嬉しく思った。この班に足りなかった協調性、仲間という意識をマルスをきっかけに持ってくれたならそれでよかった。珍しく表情を和らげて微笑むレイシェル。


「序列が上がったということは、今まで以上に強力な討伐任務が待っているということだぞ? よく頑張りたまえ」


 レイシェルの言葉にマルスを含め全員がうなづいた。マルスは今までの話を聞いて4位ということを分析する。もう少しで2位、3位に届くような序列に自分達がいるならこれから危険な任務や強力な魔獣との戦闘へなっていくのだろうと想像する。それでもマルスはこの仲間となら乗り越えれる気がした。共に協力すれば怖いとは思わない気がした。そしてなによりも……自分に居場所ができたことが本当に嬉しかったのだ。


 今までレイシェルの後ろに待機していたグスタフが懐からカメラを取り出した。そして一言。


「東島班の皆様、本当にご苦労様でした。記念撮影を行いますので……ロビーまで行きますか」


 勿論とうなづいてマルス達は研究所のロビーへと向かう。そこにはすでに写真を撮り終わって序列と共に撮られた班の姿があった。


 写真を撮るというわけで悠人の指示の元背の順で並んでいく。背が高い優吾とサーシャは後ろ側にまわって比較的背の低い慎也と香織は前にスタンバイ。残りは真ん中で中腰をとった。


 そしてマルスは悠人の隣である。カメラ……チェスをしている時に情報を残す道具とでしか意味がわからなかったがこんなにもワクワクするものなのかとマルスは思った。


「グスタフさーん、いいですよー」


「ハイ、それでは3、2、1……」


 パシャリ! とシャッターが切られて写真が撮られる。このバーチャルウォーズで新人殺しは大きく変わった。その証明として全員とびきりの笑顔である。戦闘員とは思えないほどの無邪気な笑顔を向ける悠人達に紛れてフラッシュに少しビビってはいるがなんとか笑顔を決めようとする。


 瞬くフラッシュの中でマルスはたしかに微笑んだのだった。

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