「クッソ、なんなんだよこの違和感……!」
研究所の屋外フェンスはすでに破壊されており、少し広くなった空間での戦いであった。隼人はアーマーで覆われた右腕を見つめながら回避に専念してチャンスを見定めている最中である。腕は鎧で覆われている。しかし、その間から垂れる血は止まることを知らなかった。心臓の音が耳で聞こえるほど興奮しているのも分かる。これ以上戦闘が拮抗すると隼人の体が持たないこともわかっていた。
「こいつ、レーザーの精度を上げてきているわね」
紅音の指からは二つの光が発生しており、アルマスが発射したレーザーを越える威力で相殺させて対応している。被せるようにレーザーを打って分散させるその技はさすが八剣班の主砲とも思えた。
アルマスがレーザーを発射する際、腹の奥から首にかけてを発光させることだけが分かっていること。蓮と柔美が連携をとってスライムとナイフで表皮を破壊し、その修復やらに時間を回して妨害している。しかし、アルマスの変形が徐々に複雑化して溶かそうにも溶かせなくなってきているのだ。どちらも時間の問題であった。
『そもそもコイツ、ダメージ受けてるのか? 俺を食い破ろうとした時は脚が砕けたのに痛がる素振りすら見せなかったぞ。それに若干透けてるのに核が見えねぇ』
その中で隼人自身は何ができるのか、と言われればチャンスを掴むためにこうやって避けながら考えることだけだ。何もしていないのに服だけが仲間よりも汚れたり破れたりしていくのはどこか耐えれなかった。それでも冷静と思考を失わないように気分を落ち着かせながら何とかしてチャンスだけを掴もうとする。
対局の方向でスライムでの破壊に失敗することが多いと気づくようになった蓮は腕を押さえている隼人に視線を移してしまい、自分が思っている以上に動いてなかったことに気がついた。アルマスはそんな蓮を発見して体全体でのしかかるように潰しにかかる。
「蓮!!」
隼人が叫んだのと紅音が最大出力でレーザーを発射したのは同時だった。いつものようにレーザーを吸収して打ち返そうとしたが体に取り入れるほどのレーザー量ではなかったことから内部で暴発し、アルマスの体は一気に砕けていったのだ。その隙にナイフの移動で柔美の元まで移動する蓮。
「天野原君、まだいけそう?」
「ハッ、全然いけます。柔美さんは?」
「私も」
暴発の光が晴れた先には積み木のように崩れたアルマスがそこにいた。チャージ待ちで光を失った指輪を撫でてホッと息をつく紅音。
「どうよ」
「危ない!!」
少しだけ隼人に向き直ったのと蓮が吠えたのは同時だった。積み木の形となったアルマスはそれぞれが独立した形で削るように自身の姿を変え、大顎の顔となって襲いかかってきたのだ。紅音はさっきと同じようにレーザーで吹き飛ばしたかったが肝心のチャージがまだ完了していない。本気で焦りそうになった彼女の前に立ちはだかったのは隼人だった。
「ドリャアアア!」
腕は使えないことから顔面をアーマーで包み、プラスで多重に展開させた結界を被せた頭突きで喉から敵を粉々に砕いたのだ。どこにそんな力が残っていたと問い詰めたくなるほどの威力で紅音は一瞬だけ面を喰らってしまう。
「どうだ!!」
敵をカッと見ながら位置を移動して頭のアーマーを解除する隼人。残り体力が少なく、ただでさえ腕のアーマーで色々吸い取られていく中、無茶をした隼人の頭からは血が流れていた。右目辺りを流れて滴る血の顔を見せながら紅音に向き直る。
「おい」
「……助かったわ」
「別にいい。蓮を助けてくれたし、俺は”壁”だからな」
蓮に目伏せしながらサラッと言い放った言葉に紅音はハッとしてしまった。
「今の、後何秒で撃てる?」
目伏せに頷く蓮と血が滴る隼人を見ながら紅音はレーザーのことを思い出した。
「10秒もあれば十分よ」
「そうか。……頼んだぜ」
「えぇ」
正直、紅音はなんのことかは分からなかった。いつもならこの男に説明や説教だけを行うようなものだったが今だけは違う気がする。隼人がこうも動いたことには何か意味があると思ったのだ。それに、こっちを見る隼人の目は似ている気がした。紅音が一番好きな人と、あの時の目と似ている。
「まぁ……彼には遠く及ばないけどね」
誰にも聞こえない程度に呟いたのと同時に頭の中で踊る紅音の記憶。まだ自分がうんと若い頃、そうこの生意気な戦闘員と同じくらいの年の思い出。背負っているものは皆同じか、紅音はそろそろ溜まる指輪の薬指をソッと優しく撫でた。
肝心な隼人は何も聴こえていない。いや、それどころかほとんど意識がなかった。さっきからの魔装の連続仕様に合わせて癒えない怪我の影響もあり、意識が朦朧としている。視界の7割が黒くぼんやりしたもので覆われているような中、隼人は歩いていた。
歩く、ただひたすら歩いてアルマスに近づく。確証なんてものは隼人の中にはない。可能性だって、説明だって、方法だって、そんなものはない。あるのは明確な目的だけ。任務を遂行して生きて帰る。ただそれだけ。悠人とみんなと約束した拳を決して隼人は忘れないのだ。その役目ができるのも自分しかない。打開するには自分がやらなきゃ誰がやる。
一歩一歩進む隼人の顔を見るのはアルマスだけだった。近づく隼人に体を再形成して佇むその姿は羽のないドラゴンそのもの。さっきよりも頑丈な脚に太い首、二本の角のようなものまで付いている。丸腰の隼人に上から喰らうようにしてアルマスは襲いかかった。
その時に朦朧としながらも瞳孔を目一杯開いて頭と腕から血を垂らして近づく隼人を確かにアルマスは見た。だがそれに負けない勢いで噛みつきにかかるがさせないための仲間がいる隼人。アルマスの首に浅いヒビが入るほどの衝撃が伝わったと思うと全体重をかけて両足蹴りを決めた蓮が首の位置をずらした瞬間だったのだ。そのことに驚いたような表情に変わったアルマスは隼人を逃してしまう。
今度は脚で隼人を踏み潰そうと前脚を高く振り上げた。このまま勢いよく落とせば向かってくる人間は一気に潰れて数を減らすことができる。だがしかし、今度は柔美が脚にスライムを発射させて着地地点を大いに狂わせたのだ。隼人のすぐ横を踏みつけるが隼人は全く気にしなかった。
また一歩進んで隼人はアルマスの腹の真下で立ち止まる。その瞬間、アルマスは脚の力を抜いて押し潰そうとしてきたのだ。
「だろうな」
全て分かっていたとでも言わんばかりの口調で隼人は歩きながら全力で形成していた圧縮結界を真上に向けて展開する。本来なら腕を上げて結界を支えながら食いしばるのだがそれもできそうにない。展開した結界を生と死の狭間で見守ることしか出来なかった。ただ押し寄せる鉱石の塊を見ているだけ。それでも結界の負担は全て魔装にやってくる。超重量の鉱石を頭だけで支えているのだから。もう首は折れそうだし、脚の筋肉は弾けて音を立てながら縦に裂けるようにして血が噴き出していった。全身に痛みも走り、意識の朦朧は更に混沌と化す。
あまりの苦痛に感覚さえも捨て切った隼人。しかし、負けるわけにもいかないし、死ぬわけにもいかない。それに結界を張れるのは自分だけだ。初めて恋塚紅音と戦った時から、そして亜人襲撃、研究所のクーデターから。隼人は自分に言い聞かせていたのだ。自分は「壁」だと。みんなを守る鉄壁になると。これは隼人にしかできない。他の誰かに任せれるものではない。その勢いでがむしゃらに支えていると突然、頭から何かが入り込んでくるような感覚があったのだ。よく見ると腕輪の部分から緑色のジェルのような何かが抜け出して隼人の脳髄に食い込むように入り込んでいる。ただ、そんなことは感覚を失った今の隼人には関係なかった。
「……!? 隼人!!」
「宮村君!」
「……」
外で見守ることしかできない蓮達はそのまま押しつぶされて結界も何もかもが消える様を目の前で見てしまう。心配そうにする蓮と柔美と裏腹に紅音は冷静そのものであった。
その時、アルマスの腹部分が光に包まれる。その光はアルマスのレーザーの光ではなかった。濃い深緑の線が四方八方に飛び交うような光。次の瞬間、アルマスの体は徐々に持ち上がっていくではないか! 地面とアルマスの間にはみんなが信じていたであろう隼人がいたのだ。重症だったはずの隼人の体に身につけられるのはナノテクアーマー。覆い被さるように全身フルアーマーで装着した隼人は雄叫びを上げながら完全に立ち上がり、アルマスを持ち上げた。
「俺が……俺がぁ……俺がやらなきゃ誰がやるんだァアアアアア!!」
決して歪まぬ不屈の闘志。叫びながら形成されたアーマーの身体強化と自分の根性で持ち上げている。だがそれだけで終わらない。血管のように浮き出ていたアーマーの模様が一斉に光り輝き、吠えるような音を立てながら変形していくではないか。胸のアーマー、顔、腰、足が一斉に開かれるように変形して生身の体とアーマーが混ぜ合うようにして一体化していく。今までの機械のような滑らかなアーマーはなくなり、外骨格のような節と血管と甲殻のようなゴツゴツした鎧に姿が変わった。
全身緑と黒基調なのは変わらないが蠢く緑の鋭い目と頑強な皮膚のマスク。アーマーが変形してできた踵についたブレードのような突起、肩あたりにはしなやかな隆起が出来上がり、腕には牙のようなものや節で分けられた手など魔獣が人間よりの姿をとったらこうなるであろうといった見た目の隼人が出来上がっている。
「オゥルァアアアアアア!!!」
そのまま足を曲げて力を込めて隼人は一気にアルマスを空中に放り投げた。上空に飛んだアルマスの長い尻尾の部分から大地が割れて蓮の後ろから小さな影が飛び出したのを紅音は見落とさなかったのだ。
「そういうことね!!」
芋づる状に分けられて隠されていた小さい影目掛けて紅音は最大出力のレーザーを発射。空中で跡形もなく消滅した小さい影に合わせて今まで出ていたドラゴンにようなアルマスは粉のように風化して消えていった。
「い、いまのは?」
「多分、あれが本体よ。どんなやつか見えなかったけど」
「なるほど」
地面の中に芋づる式で本体を隠す。今までしてやられたなと思いながら蓮は辺りを見渡してギョッとする。隼人が柔美の膝の上で意識を失っているではないか。
急いで近寄ってみるともうさっきの見たこともないアーマーの姿からいつもの人間の姿に戻っており、柔美の膝の上で意識を失っていた。肝心の柔美は不可抗力だったらしく、「あらあら」と声を上げながらクスリと笑っている。
「いいの? 彼女をアイツに取られちゃって」
「まぁ、アイツ頑張りましたし、気を失ってるし」
「あら? 否定しないのね」
「え、あっ」
おそらく人生で一番幸せな時間を寝過ごす隼人を横目に蓮は必死に早口で言い訳をペラペラと喋るのであった。腕輪の光はすでに失っているが服の中で隼人の胸は淡く緑に光っている。
主が与えたのは山のような大きな鎧。山と間違えるほどの鎧と兜、足に腕。深緑の体に疼く不屈の闘志。碧巨兵がいる場所は遠い昔に残した帰る場所を守るためと言われている。戦士が帰る場所はいつだって同種の元である。
「魔獣記」より抜粋 “翠の巨兵”
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