薄暗い地下の部屋。最近、新しくなった蛍光電灯の光はまだ明るい方でパチパチとした嫌な点滅が消えたことでかなり居心地が良くなったようである。亜人からはご主人様と呼ばれる人物、ヴァーリはとある部屋に入った時にそう思った。その部屋は亜人の個室に当たる部屋だ。人が10人ほど入れる大きさでベッドと机、電灯と収納スペースが沢山ある部屋である。ヴァーリはその部屋に入った時に跪き、深々と礼をする。
「ご報告がございます」
ヴァーリの頭の先には比較的この地下シェルターの中では綺麗な方の椅子が用意されており、その椅子に腰掛ける人物がいた。その人物は対して表情を変えずに顎をしゃくるようにしてヴァーリに報告を促す。
「計画は成功したようです。ルルグの奴が研究所から魔獣のファイルを奪還。現在そのデータをまとめて必要なところをつまみ上げています。おそらく、覚醒種が生まれるのも近いかと……」
ハキハキとした声で報告を終えたヴァーリ。それから「顔をあげよ」との声が聞こえたのでヴァーリはゆっくりと顔を上げる。彼の目に美しい肌や髪、肉体が写り一瞬だけ動揺してしまったが声の主はそんなヴァーリを気にも止めずに話し出した。
「見事でした。妾もあまりの仕事の早さに驚きましたよ。そこでヴァーリ、少し心配なことがあるのだが……」
「なんでしょう?」
「亜人達は汝の存在を危惧してはないでしょうね」
「ハハッ、そこのところはお任せください。貴方様が支持した場所から救い出した亜人達は皆、私の力によって忠誠を誓っている状態です。私のことを『ご主人様』と呼ぶようになってますから、反乱はしませんよ」
「そう。少し……。私の過去がよぎっただけだ。せっかく集めた手駒が変に動かれると厄介だから……な。もう気になさることはない」
「ハハッ」
頭を垂れるヴァーリ。この人物こそがヴァーリにとっての恩人である。本来歴史から抹消されるはずだった亜人達の長である龍人族。その生き残りとして今もヴァーリが生きることができるのは目の前の主人のおかげなのだ。この人物がヴァーリを助けることがなければヴァーリは歴史と共に抹消され、現在の部下である亜人達を匿うことも出来なかったのである。
「私は常に貴方様の味方でございます。貴方様の目的である復讐のためならば私は矛にも、盾にもなりますゆえ……」
「それで良い。またことが進めば私を呼ぶが良い。部下の亜人達にも褒美をやらねばな……。それは後で考えよう。ヴァーリよ、帰ってよい。仕事に戻れ」
「ハハッ」
ヴァーリはもう一度深く跪いてからゆっくりと立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。その場に残されたのは椅子に座る人物のみである。その人物は自分の長い髪をシャランと背中に回して深く椅子に腰掛けて今後のことについて考えた。
人物の計画に狂いはない。全て綿密に計画を立て、うまい具合に力と言葉を使ってヴァーリを仲間に引き入れ、そして彼を利用して使えそうな亜人に能力を授けていった。復讐のための力を……自らの目的のための力を授けて行ったのである。その加護を受けた亜人達は並大抵の人間や魔装を使う戦闘員なんぞ敵ではないのだ。今回奪還した改造魔獣でさえ……。
全てがうまくいっていることに満足する人物だったが一つだけ、狂いではないが意外なことがあるとすればとある神のことであった。その神はてっきり自分の味方をしてくれるものとでも思っていたがそうではない。そのことが人物の予想を遥かに越えて行ったのだ。
「覚醒種ができれば……ことがさらに進む……。にしても、戦ノ神はそこまで堕ちたか……」
戦ノ神、世界に争い事を起こし、飽和し切った種族の均衡を取り戻す神。神の世界のことからこの下界のことまで全てをうまく切り抜けていき、この場を手に入れた人物からすれば戦ノ神の堕落は心底意外なことなのだ。頬杖をつく人物の拳に力が幾分か入る。その時にはもう身体中から緑と白のオーラのようなものが発生し、部屋中を妖しく発光しているのである。
「戦ノ神よ……。汝が邪の剣を向けるのならば……私は正の剣を汝へ向ける……。この戦争……果たしてどちらが勝つかな? フフフ……」
滅多に表情を変えないその人物は珍しく顔色を変えて不気味に笑った。今夜亜人の事情は大きく変わる。この世には第二次人魔大戦ならぬ戦争が起きようとしているのだ。腐り切った人間に対する、亜人達の復讐。勝つのは神より堕ちた戦ノ神か、復讐の念に燃える亜人達か……。その是非を問える者は……。
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