戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

緊急会議へ

公開日時: 2021年8月4日(水) 21:09
文字数:3,223

「あぁ、おばちゃん? 聞こえるか? 翔太だ」


 翔太からの連絡を受け取ったのは任務に出発してから半日が経過したところだった。正直、レイシェルは翔太からの連絡を受け取るのが怖くて仕方がなかったのは事実である。通信機を繋いで翔太の声を聞いたときにはいつも通りの平生を装っていたのだが。


「私だ。そして? 奇形の魔獣は見つかったのか?」


「あぁ……今眠ってるぜ? おばちゃんの部屋のモニターにその写真を送ってる」


 机に置いてあるコンピュータの画面を確認すると翔太の通信機から送られた画像ファイルが。そこには卵のような巨大な結晶の中で眠る巨大な龍がいたのだ。今まで戦闘員の界隈で生きてきたレイシェルであるがこんな魔獣は見たことがない。肩から突き出ていた謎の突起はハッキリとした輪郭を生み、まるで三叉の龍のよう、いや三叉の龍だ。肩から突き出た顔も全てが同じ顔だ。体は四足歩行らしく、体重を支えれるように発達した太い前足とバネの役割になるような後ろ足。この巨体で俊敏な動きを可能にするのであろうか、恐ろしい限りである。


「今はどこにいる?」


「あぁ、今は最後の目撃場所に移動した。監視用のカメラを仕掛けてるから離れてても卵の位置や様子がわかるぜ? ドラックしたらまた写真が乗っているはずだ」


 レイシェルがファイルをドラックしていくと出るわ出るわ、奇形の魔獣達の写真が。水中に仕掛けられたカメラにはヒトデのような魔獣、工業地帯には金属質な皮膚を持つ魔獣など全くみたこともない見た目のデータがいっぱいだ。亜人の計画は成功した。レイシェル達も見えないどこかでこのような新種の魔獣を作り出すことに成功したのだ。体の作りを見るにかなりの強さがあると見てもいい。


「おばちゃん、データは以上だ。っていうか……俺らが任務で行った時点でなんか行動したんじゃあないのか?」


「八剣達に帰還命令を出した。お前とは別の方向から現在、帰還中だ」


「へ、だと思ったぜ。一応、俺は支部に帰る。紅羽達が他の奇形達の監視を行なっているさ。それと知り合いの警備班のおっちゃんに連絡して住民への避難誘導は行なっている途中。今はまだ朝に近いが昼頃には避難が完了してそうだ」


「すまないな、翔太。無理なく帰還してくれ」


「おうよ。会議の時は通信だけで俺も出席するから」


 翔太との連絡はこれで最後である。レイシェルは送信されたデータを地図へと写し、大まかにどこに何の奇形がいるかを確認することにした。山岳地帯に龍の奇形。廃工業地帯、臨海地帯、森林地帯……と確認するとある憶測が立っていくのだ。レイシェルはグッと奥歯を噛み締めてグスタフを呼んだ。優秀な部下はすぐに現れる。


「お呼びで?」


「グスタフ、八剣達は今どうだ?」


「もうすぐ支部へと着くそうです」


「帰ってきたらすぐに出迎えろ。そして東島、福井班に……緊急連絡だ」


 グスタフは一瞬だけ目を見開いてしまった。


「承知」


 動き出した部下を見てレイシェルは書類を一斉にデータへとまとめる。これが失敗すると悲劇は免れない。その時ほどこの戦闘員極東支部は本当におしまいなのだ。ここまでのことをどこかにコソコソ隠れて成し遂げた亜人達には更なる脅威的な何かを感じる。幸いにも八剣達は帰還中、住民の誘導や奇形の監視は遠野や警備班が行ってくれている。戦う頃には街には誰もいない。


「少しの被害も致し方がない……。徹底的に潰す」


 端末をまとめてレイシェルは部屋を出て行ったのだった。




「き、緊急連絡だ〜?」


 屋敷の中でとぼけたような声を発したのは隼人だった。今日も蓮と一緒にテレビゲームを繋いで対戦しようと思っているとリビングに悠人が飛び込んでくる。そして通信機を掲げるとそこには「緊急会議、任務の指令」と送信された通信があったのだ。班員の全てがリビングにいたので話は少し早かった。


「だそうだ。みんな、すぐに戦闘服に着替えて魔装を持ち、会議室へ直行するぞ」


 悠人の言葉に全員が頷いて名残惜しそうにゲームの電源を切る隼人以外は急足で自室へと戻ってクローゼットから戦闘服を取り出して着用した。それはマルスも一緒である。赤黒いシャツとジャケットを羽織った時に姿見で自分の姿を確認する。そして壁に立てかけてある剣を手に持ち、クッと喉を鳴らした。


「俺だって……戦えるさ」


 マントを羽織っていつもの姿になったマルスは部屋を出る。ほぼ全員が同じタイミングで部屋から抜け出して玄関に直行した。靴を履く前に悠人が一瞬だけ顔を落として覚悟を決めた表情で話しかける。


「みんな……今回の任務はかなり危険だそうだ。あの改造魔獣に匹敵……いや、越えるような奴が現れた。休暇が終わって初の任務がこれとはな……」


「悠人君、危険な任務は戦闘員につきものでしょ? それにやっと体を動かせるのだからボルテージはたまりっぱなしよ!」


「おいおい……。少し悪い予感が当っちまった感じだが……。まずは会議に行こうぜ」


 サーシャとパイセンの言葉に頷いた悠人は真っ先に靴を履いて玄関から飛び出していった。マルス、香織、蓮と次々に飛び出していく。居住区を抜けて支部内に入場した悠人達は早歩きで会議室へと向かっていた。ちょうど同じタイミングで福井班がドアを開けようとしており、悠人達を見て手を振る柔美がいる。


「お、今日は一緒なのね〜」


「福井班長、あなた達もですか?」


「そうらしいよ。詳しいことは会議を聞いて考えましょうか」


 柔美が開けた扉。その中には巨大なスクリーンを準備していたレイシェルとグスタフが待っていた。もう人数分の椅子も用意されており、あとは全員が着席すれば会議はスタートできる。いつもの順番で座っていく悠人達であるがここで違和感に気がついた。席が多く余っている。数えると7席も空いていたのだ。


「レイシェルさん……席が……」


「あぁ、それも説明する。翔太、聞こえるか?」


『あぁ、バッチリ聞こえるぜ。おぉ久しぶりだなぁ、東島』


「ど、どうも……」


 スクリーンには作戦概要と書かれたタイトル画に合わせてインサートのような四角い枠があり、そこにスピーカーのようなマークがある。おそらく、遠野翔太はこの場にはいないのだろうがこの会議に出席せざるを得ない状況なのだろう。


「遠野班長……今日は任務に行っていたのでは?」


『あぁあ、そこは話すと長くなるから俺はパスだ。今バイクで支部に帰る途中だからさ。おばちゃん、詳しい説明は頼むぜ』


「分かっている。まずは皆、集まってくれてありがたい。これから会議を始める」


「ちょちょ、レイシェルさん。この椅子なんなんだよ。空きっぱなしじゃあ気になって話に集中できないっすよ」


 隼人が会議を始めようとするレイシェルと空いた席を交互に指差して発言するのだが蓮がすぐに彼を黙らせて一旦の開幕を始めたのだった。咳払いを始めたレイシェルは淡々と話始める。


「お前達を呼んだのは今回の任務で最も最適だと思えた班だからだ。序列は上位、亜人との戦闘経験も積んでいる。それに東島達は改造魔獣との戦闘も経験している」


「局長、では今回の任務。亜人への任務なのでしょうか?」


「ラッセル、それは少し違うんだ。その話へと写るのはこの空いた席が埋まってからだ」


 手を挙げて発言したのは福井班所属、ルイス•ラッセル。最もな意見だがレイシェルは中々話を始めようとはしない。非常に焦ったい時間が続いたのでマルスは何か言ってやろうと声を上げた瞬間に会議室に聞き覚えのある声が響き渡ったのだ。


「遅れてすみません。ただいま帰還いたしました」


 ギィと会議室の重苦しいドアが開かれる。マルスはその開けた人物を見た時にどうして席が空いているのか、どうしてレイシェルは早く集めて話を進めたがるのに焦ったいような真似をするのか、どうして悠人が少し怯えるかのような態度をとってしまっていたのか。全てを理解してしまうのだ。


「お久しぶりですね。東島班、福井班の皆様」


 八剣玲華。極東支部序列1位、天下無双八剣班の帰還だったのだ。

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