稲田の鎖鎌からはバチバチと火花が散り始めて辺りの空気も緊張したかのようにピリピリと電流を纏っている。戦闘演習の時のような電圧ではないことを円達は知った。稲田は滅多に怒らない。腹が立つような人物が目の前にいても放っておいて自然とそのことは忘れるような理想の人間だった。そんな稲田がこめかみに血管を浮き上がらせて全身に電流を纏わせているのを見て本気でレグノスの死を悲しんでいるかのように見えた。
「お前らはトカゲか周りの魔獣の相手をしろ。俺はこのゴミを引き裂いてやる」
「ゴミ……か。愚者が、そのまま返してやる」
ビャクヤはゆっくりと血で染まった太刀を引き抜いた。本来なら鏡のようにビャクヤの顔を写すほど美しい太刀なのに今は数多の返り血を浴びて赤黒く染まっている。だがそれはそれで美しさを感じるような不気味な太刀だった。
「ケラム殿、周りの相手は任せる」
「へぇ……」
稲田は鎖鎌を、ビャクヤは太刀を構えて両者は激突した。中距離で振るわれた稲田の分銅はビャクヤの太刀を巻き取るように絡みつき、彼に膨大な電圧を注入する。ビャクヤは太刀から伝わる電圧に苦悶の声を上げながらなんとか振り切ることに成功し、少し距離をとった。
「貴様……雷猫か」
「知っていたんだな。まぁ、電気を流す魔獣で有名なのはアレか。太刀で斬り込むのがお前の戦法なら諦めろ、相性が悪い」
分銅を手首のスナップで振り回しながら余裕げな表情でビャクヤに宣言する稲田。さっきの電流で苦悶の表情を浮かべるくらいなら今回は楽に勝てそうだなと思っていると相手のビャクヤは「諦めろ……か」とボソリと呟いた。稲田はそれを聞き逃さない。
「わかってはいたが……そんな自信は一体どこから生まれてくるのだろうか。自ら廓の中で蠢く存在が……どこかの阿呆が思い上がったから、我達の未来は潰されたのだろう。笑わせてくれるわ」
太刀を肩に乗せながら言葉を紡ぐビャクヤ。相手の表情は心の底から呆れているかのようなもので狂気という感情は一切消え、現在は冷静に分析する剣士と言ったイメージの方が強い気がした。稲田はそれさえも少し不気味に感じて一歩下がる。ビャクヤは一歩距離を詰めた。
「見せてやろう、ご主人様は我に力をくれた。我が刀を振るうための力を……」
そう言い放った瞬間、ビャクヤの雪のように白い肌から赤黒い亀裂のような線が浮き出てくる。その線は返り血を浴びたビャクヤの肌に溶け込むように広がっていき、全身へと線が広がっていった。その姿はまるで体を突き破って新たな何かが飛び出してきそうな亀裂が生み出されている化け物で落ち着いた表情のビャクヤの顔と相まって不気味さを一層増している。ビャクヤは刀を持っていない方の左手でおもむろに銃のような形を作り出し、ある言葉を呟いた。
「散弾針鼠」
その時、不思議なことが起こった。銃のような形をとったビャクヤの指先から赤黒い光が放たれたかと思うとその光は超高速で稲田をかすめて飛んでいき、その後ろで狐達と戦闘を行なっていた黒川の脇腹に光が直撃する。そして着弾した光は起爆音を鳴らして勢いよく爆ぜた。
「ッ!?」
「今の、何!?」
「そんな……松詠さん!」
振り返ると黒川の上半身が吹き飛んで下半身だけがプラプラと立っているという恐ろしい光景が広がっていた。着弾された黒川は悲鳴をあげる暇もなく、爆破を受けて上半身が吹き飛ばされていく。近くで戦闘をしていた円、直樹が反応したがその先にあったのは倒れ込む黒川の下半身だった。
見えなかった……、稲田はビャクヤの指先から赤い光が現れたことしか見ることができなかった。少し指先が光ったと思えば背後にいた黒川は爆散している。悪夢としか言いようがない。しかも稲田にはわかる。あの弾丸、着弾すれば爆散する弾丸は完全にレグノスの魔装の能力であった。
「そんな……まさか……」
「フッ、どうだ? 美しいだろう? この力。血肉を啜ることで力を奪う、それが能力。名付けて血流死神」
ビャクヤの能力は自分が殺した相手の血肉を啜ることでその能力を奪うことができる能力。これで稲田の中である仮説が生まれる。どうして幻狐なんて弱小の魔獣が群れをなして事務局付近や街に現れるようなことをしたのか。一体何の情報を欲しがっていたのか。それは紛れもなく戦闘員の情報だった。自分が欲しい能力を持った戦闘員を探るために狐を放って情報を集めていたとなれば話はつく。あの施設で戦った狐だって一歩間違えればビャクヤの餌食になっていたかもしれないのだ。そのことを悟った稲田は冷や汗を垂らした。
「貴様……施設に狐がやってきたことも、この森に俺たちがやってくることも全て計算済みだったということか」
「偶然が重なった上での現実、と言った方がいいだろう。ちょうど餌が来たから我が来た。それだけだ」
稲田は相手の能力を知った時点でかなり強者であることを悟っていたがまさかここまでとは……と身震いする。さっきまでの自信は消え失せて分銅を振り回すスナップも止まっていた。
現在、ビャクヤは自分一人が相手をしている状況であのリザードマン、ケラムは円と大渕、ルイス、エリーが相手をしている。咲、柔美、一馬、張、直樹、小次郎は辺りの狐の相手。ケラムと呼ばれる亜人は四人でかかっても圧倒するほど近接格闘に優れた亜人で円のチャクラムを躱しながらルイスの腹に蹴りを入れている姿は異常だった。
ここは自分がビャクヤを討たなくては……そう考えた稲田は分銅を振るって胸や背中、膝などにぶつけ始めた。奇妙な行動を取り始めた稲田を見て首を傾げるビャクヤ。また左手で銃の形を作って今度はギーナのライフルを起動させる。連射される赤い弾丸は稲田に着弾する前に焦げるように消えていった。そのことにおかしいと思うビャクヤ。異常を感じですぐに斬りかかりにいくと稲田の整えられた髪が一斉に逆立って全身からバチバチと稲妻を発生させる。
ビャクヤが少し瞬きをすると視線の先に稲田はいなかった。ハッとすると背中を膝蹴りされて大きく吹き飛ぶ。その先にはオーラのような光を全身から放つ稲田が。二回戦で見せた電流を使った身体強化である。相手の行動が遅かったために充電することができたと稲田は安心した。
「優しくはしないぞ、キツネ」
「さっさと来い」
臨戦態勢を取る強化状態の稲田を見てフッと微笑んだビャクヤは太刀を振るって自身の血で染まったオーラを発生させる。電光石火の稲田の鎖鎌と血流に染まったビャクヤの太刀が交差して辺りに火花を散らせていったのだった。
さっきまで一緒に戦っていた黒川のことが頭から離れない円達。黒川は性格こそ根暗で扱いも面倒なものだったが本質的には単純に人見知りというだけの人間だった。泰雅がいじったときには嫌そうな顔をするが少し嬉しそうにコメントする様子は班員から見ても人が好きだということが見て取れる。あの戦闘演習ではパイセンという人物に頭をかち割られた思い出がトラウマになったらしくいっときは部屋から出てこない時期もあったが最近はいつも通りに顔を覗かせていた黒川、そんな彼が呆気なく死んで茫然としている円達だった。
「ッケ、辛気臭い顔しやがって……人間も同じことをあっし達にしてたってことを思い知りやがれ」
目の前の緑色の鱗を光らせるケラムというリザードマンは長いベロを出しながらニヤリと笑った。トカゲ特有の長い口吻をグニャリと歪ませて笑う姿は異常である。
「仲間の仇は取らせていただく」
レイピアを構えるルイスは早速、ケラムに突き刺しにかかった。どんなに硬い鎧でもこのレイピアにかかれば一瞬で粉々にする。ルイスは仲間の仇を取るべくいつも以上に怒りを込めてレイピアを振るうが肝心の的であるケラムは体をうまい具合に捻ったりそらしたりして当たることはない。
円がチャクラムを投げてルイスの手助けをしようとしたがケラムはそのチャクラムとルイスの一撃を同時に避けてルイスの腹に回し蹴りを加えるという神業を披露した。大きく吹き飛んで蹴られた腹を抑えるルイス。かなり深い一撃だったらしく、吐き出した唾には血が混じっていた。ゆっくりと立ち上がったルイスに急接近するケラム。もう一度腹を蹴ってからケラムは自分の肘を思いっきり地面に叩きつける。するとゴムのように柔らかくなった地面は反動を生み、叩きつけた肘を倍以上のスピードで跳ね上げてルイスの顎にアッパーを決めた。凄まじい一撃をくらってよろけるルイスに止めと言わんばかりに踵落としを決めるケラム。ルイスは背中に食らった一撃に顔を歪めてその場に倒れ込んだ。
「グゥウウウウウウ……!!」
「なぁんだぁ、もっと楽しませろよぉ。あぁ!」
ケラムは仰向けに倒れるルイスの腹に思いっきり足を振り下ろして一方的に嬲り続ける。ルイスは臓器を全て吐き出してしまうかのような一撃にとうとう口から血を吹き出して気絶をしてしまった。
「ルイス!」
声を上げながらチャージした大剣を思いっきり振り下ろす泰雅。直線状に襲い掛かる衝撃波のような斬撃はケラムに直撃するはずなのだったがケラムがニヤッと笑ったかと思うと地面の中にポチャンと消えていった。硬い土のはずなのに波紋を呼んでポチャンと水飛沫のようなものが出来上がったのを見て大渕は「え、やば……」と声に出す。
エリーの近くでケラムが地面から水飛沫を上げて飛び出してきたのを見てハッとした顔の大渕はエリーを突き飛ばした。驚いたような表情をするエリーの視線の先にはケラムによって腹を貫かれた泰雅がいる。口から血を吹き出していつものようにニッコリと笑顔を作る泰雅。エリーはさらに訳の分からない表情を作った。
「エリー、君は……まだ未来がある……だから逃げて」
ケラムが泰雅から腕を抜くと力無く崩れ落ちる泰雅がいた。エリーは一瞬だけ驚いたような表情をすると俯いてしまう。そんな様子のエリーを見た円はチャクラムを投げてケラムから距離を取らせた。
「エリー! 大丈夫?」
「……」
エリーは何も答えない。それもそうだ、答えれるはずがない。戦闘員に入って一番最初に話しかけてくれた人物こそが大渕だったのだ。戦い方とか魔獣の知識とかエリーにはチンプンカンプンな野球選手の話とか色々してくれた人物だった。
円はエリーがショックを受けていると判断してチャクラムをケラムに構える。現在、ルイスはノックダウン状態。泰雅は刺されたもののまだ息はある状態であるのだが放置していると危ない。すぐに決める勢いでチャクラムを投げる。しかし、相手はまた地面に潜って移動を開始したので円はケラムが潜った地点にチャクラム投げつけることにした。
見事チャポンと地面の中に潜り込んだチャクラムは地面を泳ぐケラムを追尾する。ガキン! と音がして地面から飛び出してきたケラムの鱗には少し縦線の傷があった。
「こんなにも変則的な動きができるとは……あっしも驚きですぜ」
「そういうあなたも地面を泥のようにしてる時点で変則的ね。それが噂の能力かしら?」
帰ってきたチャクラムを手に取って円はキッと睨みつけた。身長は150センチと低い方であるが威圧感はある彼女は怒りを込めた雰囲気を醸し出している。そんな円を見たケラムは「ヒュー……」と喉を鳴らした。
「正解ですぜ。あっしの力は掌握沼地、物を泥のようにする力。あっしにはこれがピッタリなんです」
さっき、ルイスに行っていたのは反動を利用した一撃、プロレスのリングと一緒の原理ね……。円はここまで分析したときにエリーの口がボソリと動いた。
「……のよ」
「エリー、どうしたの?」
「いいのよ……」
「え……?」
「い、い、の、よ」
エリーは滅多に抜かない腰の剣をゆっくりと抜いた。そして剣を構える。その剣の先がケラムに向いているのを知った円は一緒に戦ってくれることを知って嬉しく思えた。
「ありがと、エリー」
「いいのよ」
お礼を言ったのだが……円はエリーの言葉に不気味な物を感じ取っていた。
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