ベイルは夕日が空を染める中、飛翔を開始する。背中に折り畳まれた翼がバサリと大きく開いて深緑の模様を見せた。元々の自分たちの巣だった空は今や人間の作り出した機械の翼が支配している。ベイルはチッと舌打ち。人間のためにあくせく働いて生きてきた亜人を差し置いた運命に対してである。
「お前達には空を警備する役割を与える。いうことを聞けばお前達の未来は明るいぞ」
当時の人間の頂点の人物は自分達、鳥人族の長だった父親に言葉を放った。そのかわりに自分たちの生活が保証されるのだ。長だった父は人間の前に跪いて忠誠を誓った。そして若かりしベイルを筆頭に警備団を結成して人間の発展に貢献していたのだ。
空の魔獣を討伐することは勿論、嵐が吹き荒れる時は人間の代わりに荷物を運搬した。救難信号が来た時はベイル達が率先して助けに行き、救護機関に患者を搬送した。それでもベイルは幸せだった。仕事が終わった時に沢山の人間から「ありがとう」と言って笑いかけてくれる。中には自分たちに食事を与えてくれた人間の子供達がいたほどだった。
自分達は必要とされている。空を守るという役割がある、「空の覇者」と呼ばれたベイル達は毎日ひたすら働いた、必要とされる喜びを日々噛みしめて暮らしていた。しかし、それが壊れたのは一瞬の出来事。
ある日、全員が一ヶ所に集合しろという指示が下されてベイル含む全鳥人族が人間の元に集合する。密集した空間の中でコツコツと音を立てながら人間の長が近づいてきた。そして自分達に対していつものように口を開く。
「お前達は本当によくやってくれた。空を守ってくれていたおかげで我々人類は発展をすることができたのだ」
ベイルの父は誇らしげに人間に礼をする。息子であるベイルも誇らしかった。その時である。バズン!! という音が辺りに響いた。そしてベイルの父は自分の胸に空いた穴を見つめて訳がわからない顔をしながら倒れてそれっきり動かなくなった。ベイル達も何が起きたかわからなかい。
「だから君たちはもう必要ないんだよ。家畜も同然、これは合法な殺しだ」
人間の長が合図をすると武器を構えた人間達が雪崩れ込んできた。そこからの光景は悪夢だった。
血に染まった目をした人間が自分たち、鳥人族の女子供を構わず虐殺し始めたのだ。あるものはフック状の爪を抜かれて「コレクションだ!」と言って無理やり剥がされた。あるものは立派な翼や嘴を切り取られた。あまりにも残虐な空間がその場に広がっていた。「どういうことだ!」と叫ぶ仲間に人間は冷たい笑みを浮かべた。
「さっきも言ったのにもう忘れたのか? 人類は神になったのだ、もう我々に勝てる存在はいない。よって、神は君たちを必要としない。だから殺すんだよ、神の命令は絶対だ。もう面倒なんだよ。君たちに上げる資金はない」
ベイルは怒りでハラワタが煮えくりがえる。今まで誰のために働いたと思っているんだ! 俺たちは……己の身を犠牲にしてまでもお前達のために働いたんだ!! 雄叫びを上げて人間に殴りかかったベイルは無機質な顔をした人間に腹を撃ち抜かれた。血を吐いて吹き飛ぶと仲間の一人がベイルを担ぎ上げた。
「あなただけでも生き残ってください!」
「何をするんだ!? 離せ!」
「貴方しかいないんです! 鳥人族の怨みは……貴方が晴らしてください、ベイル様!」
ベイルは最後の力を振り絞った鳥人族に投げ飛ばされて集合場所だった広場から抜け出すことができた。しかし、着地をしてもそれからは体が動かずに出血のせいで意識も朦朧としてくる。寒い、ただひたすらに寒くて寂しい。「ここで俺は死ぬのか……」ベイルは絶望に浸っていると足音がしてきた。
「聞こえるか? 鳥人族」
「あ……貴方は……」
ベイルの目には手を差し出す長髪の男性が写っていた。
「私は亜人だ。お前に一つ聞きたいことがある。お前の望みは死か、復讐か?」
何を言っているのかはわからなかったがベイルの心には最後の力を振り絞って自分を助けてくれた一人の鳥人族が頭の中に残っていた。おそらく死んだであろう彼の想いをベイルは果たすべきだと思えてきたのだ。グググと血で溢れた右手を握りしめながらベイルは涙を流し、声を上げた。
「復讐してやる……一人残らず……人間をぶっ殺してやる……!」
「よくぞ言ったな、お前は今日から私の部下だ。私のことはご主人様と呼ぶがいい」
そんな昔のことを思い出してしまい、ベイルは苦笑いをした。あの後はご主人様に手当てをしてもらって今に至るわけだ。あの後、人間が消えた後に広場にご主人様と行ってみるとみるも無残な仲間の姿があった。首を剣に突き刺されて見世物にされていたり、顎を無理やりこじ開けられて口をベロベロさせて死んでいるものなど。
「後少し……、後少しなんだ…………。復讐……あいつらの仇は俺がとるんだ!!」
ベイルは座標を戦闘員事務所に設定し、指をパチンと鳴らすと自分を含める空にいる魔獣達はフッと消えた。
〜ーーーーーーーー〜
マルスにとって、もう見慣れたような夕日だ。だがしかし、夕日というには不思議でなんだか見ていると安心できるものである。自分の部屋から夕日を眺めて一人、コーヒーを啜っていた。この黒い飲み物の苦味が気に入ったマルスはゆっくりと味わってコーヒーを飲んでいる。
そして図書館から借りてきた一冊の本を広げてため息をついたのだった。題名は「人魔大戦の歴史」。今から数十年前の大戦争である。その当時の写真を見ると惨殺された亜人の写真や狂気に満ち溢れた人間の顔が見て取れる。
怠惰になった神達が引き起こした最大の災厄。亜人の消滅、マルスはため息をつく。これが自分のせいか……、自分が起こす戦争はこんなものではなかった。途中で条約が挟まれてそれを戒めにすることで人類は発展するのだ。これはまったく違う。殺しを楽しんでいる。全員が狂っていた。
時計を見るともう6時になろうとしていた。そろそろご飯を食べに行こう。エリスという少女の正体も気になるが今はゆっくりと休息しよう。そう思ってデバイスを持って部屋を出ようとすると突然、けたたましい音を立てるサイレンが起動した。戦闘員支部内に響き渡るサイレンの音にマルスは「緊急指令」だと理解した。急いで集合部屋にたどると悠人が冷や汗を垂らしながら戦闘服を着ていた。
「急いで着替えろ。緊急任務だ」
香織の隣にはエリスがいた。エリスを外で待たせてマルス達は急いで戦闘服に着替える。マルスはマントを羽織ると剣を腰にかけた。
「何があった、東島」
「緊急任務だ、毒怪鳥の群れが出現したぞ」
「毒怪鳥………それは強いのか?」
マルスの問いに悠人は「いや……強くはないが……」と首を振る。
「本来は群れ行動を決してしない。それが空全体を覆うほどの大群をなして街に襲撃しにかかった。この事務所にも向かってきている。他の戦闘員は街を守りに行った。俺たちはエリスを守る」
蓮が「なるほどね」と椅子に座ると突如として辺りが暗くなった。さっきまで赤色に染まった空がもう夜かのように暗くなった。「どうした?」と声を開けるとパキャァン! という音を立てて窓ガラスが割れる。中には鋭い爪で建物を潰しにかかる毒怪鳥がいた。
「嘘だろ!? 軍隊鳥!」
蓮が投げたナイフに怯んだのか怪鳥は離れていった。急いで外に出ると空全体を覆うほどの毒怪鳥がけたたましい鳴き声を上げながら襲いかかりにきていた。
「一体どういうことだよ……、気配なんてなかった……瞬間移動をしたのか……」
「パイセン何言ってるのよ。毒怪鳥にそんな能力はないわ」
「最初からここにいたかのように一瞬で現れたんだぞ?」
パイセンが冷や汗を垂らしながらいると急に声が聞こえた。その声の持ち主はけたたましい声ではあるが歴とした人の言葉を話すものだ。ゆっくりと視線を上に上げる。
「やっとだ……やっと復讐できるんだ……、死に損ないの人間があぁ!!」
マルス達はその声の持ち主を見てあまりの事態にまわらなくなった頭を必死にまわしていた。死んで御伽噺だとも言われた亜人がマルス達の目の前に姿を表す。背中の翼を広げて高笑いをする鳥人族が目の前に現れる。鳥人族は肩を大きく揺らしながら空中で自分を見下ろす。その目は濁りながら輝いた。
「う……そ……だろ?」
それしか言葉が出ない。
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