「悠人、サーシャ達と合流だ」
遠視を使ってビルの位置を確かめた優吾は横目で話しかける。確かに屋上にスナイパーが一人。鳥籠で囲んであのスナイパーにとってはマルス達は格好の餌食というわけか。優吾は敵の作戦の意図を理解する。
「ビルまでの道は幸いにも炎はない。サーシャ班にも連絡しとけ」
悠人達はビルまでの道を急ぎながらサーシャ達と連絡をして進んで行った。今のところ判明した主力は一時間燃え続ける火炎瓶、長さと向きを操る鞭。それは鳥籠の中でマルス達と戦っている。
そうなればあのビルへ自分達が向かってくることは全て敵の作戦内だったということになる。おそらく敵はこうやって人数の少ない新人殺しを狩りやすいようなフィールドに誘い込んで叩く作戦だったのであろう。悠人は自分の甘さに歯痒くなって奥歯を噛み締めた。ガリリ、という音がなり、染みるような痛みが口内を駆け巡る。悠人は欠けた歯のカケラを吐き捨てた。
「悠人!」
ビルの入り口付近でパイセンとサーシャと合流することができ、ホッとする悠人達。しかし、このビルに残りの主力が隠れているのは間違いない。全員、それは承知でビルの中に入っていった。
まず最初に広がっていたのは広いエントランスだった。二階へ登る階段を見つけようと辺りを見渡すと悠人達は「は?」とあるものに視線を奪われる。
女の子、小さな女の子がいた。ベージュの髪をサイドテールに括っており、つぶらな赤い目、白いワンピースを着た女の子。見た目からしてまだ10歳かそうでないかと言った具合の幼女だった。
どうしてこんなところに女の子が? と思う悠人達にパイセンが「片野凛奈……」と声を上げる。サーシャがそれに反応した。
「知ってるの?」
「極東支部最年少戦闘員、孤児院からレイシェルがスカウトして当時はメディアに叩かれたんだよ。『極東支部は6歳の女の子を戦闘員にしないといけないぐらいに落ちぶれていたのか?』って」
パイセン曰く、当時6歳で戦闘員になった現最年少戦闘員、片野凛奈。孤児院で暮らしていたごく普通の女の子だったがある日、そこへと出向き、魔獣によって家族を失った子供のデータを取ろうとしたレイシェルに偶然発見されて高い潜在能力を買われてスカウトされた。
現在は10歳。当時は多くのメディアに叩かれており、そのことを取り上げた記事を読んでパイセンも「6歳の女の子をよくこんな組織にスカウトしたな」と呆れ返っていた。そんなことを少し曇った顔で説明するパイセンにサーシャが聞く。
「どうして不機嫌そうなの?」
「俺の頃はコンビニの週刊雑誌にも載らなかったのに……」
瓦礫の中で生き残った赤子を拾ったことと、6歳の女の子を孤児院からスカウトしたのは違う気がするが……とサーシャは思ったがパイセンの過去は詮索するものでもないので放っておくことにした。
そんな彼らに目の前の少女、凛奈が声をかける。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん達、来ないの?」
見た目の予想通り、まだあどけなさがある可愛らしい声だった。今はその声がどこか不気味な雰囲気を醸し出している。凛奈を見るに武器らしい武器は持っていない。両手を腰に抑えている可愛らしい幼女だ。それにエリスの件があってから悠人達は幼女に抵抗があった。
「攻撃しづらい……」
優吾の呟きに全員が頷く。そんな悠人達に凛奈は声を上げた。
「来ないならいくよ? シロ!」
凛奈は左手を振る。なんだ? と悠人達が身構えると突然、天井が凄まじい音を立てて崩れ3メートル程の白い巨大なゴーレムが姿を現した。その衝撃で悠人達は外に吹き飛ばされてしまった。
ノシ、ノシ、と音を立ててゴーレムも外に現れる。白い山のような体格に目だけが琥珀色に輝いており、巨大な手をグッと握りしめて凛奈を守るように構えた。その後ろの凛奈はシロの足元にひょこっと隠れ、興味深そうにしながら声を上げる。
「大丈夫? リタイアしないの?」
まだ10歳でこんな化け物が作れるのかよ……、悠人達は武器を取り出して臨戦態勢を取る。リタイアする気がないと判断した凛奈はシロに攻撃命令を下した。
シロは腕で地面をなぎ払うように一周回転する。悠人達は空へと飛び上がって回避した。しかし、それをわかっていたかのようにシロはパイセンの背後まで信じられないスピードで接近し、パイセンを横ナギで地面に叩きつけた。
「パイセーーーン!!」
崩れたエントランスの中に吹き飛んだパイセンを見てサーシャは声を上げ、悠人は「なっ……」と、優吾は「あの巨体でなんてスピードだよ……」と声を漏らす。
地面に着地した優吾が覚悟を決めて凛奈に発砲する。しかし、凛奈の右手から発生した巨大な黒い腕によって阻まれ、シロが優吾めがけて拳を振りかざす。
「優吾!」
そう言いながら悠人は横から夜叉を抜いてシロの腕を切り落とした。スレスレで斬り落とされる腕に視線が奪われたがすぐにハッとして銃を構える。
「すまん、悠人」
「お前は先にいけ、ここは俺とサーシャで食い止める!」
優吾はすぐにうなづいて移動を開始する。その瞬間、シロは両手を握りしめて振りかざす。ちょうど大きな金槌を勢いよく振り落とすように悠人を狙った。刀で受け止めるが腕の衝撃が全身を駆け巡り、関節という関節に鋭い痛みを与える。悠人は苦悶の声を上げながらシロの腕を見た。
「ッァア!! どうして……腕が……!?」
「だってそれ粘土だもん。いくら斬っても元に戻るよ」
「何だって!?」
「悠人!」
「お前は早く行け!! 班長命令だぞ!」
悠人の本気の怒号に優吾は「わかった」とエントランスに向かう。その前に凛奈が立ち塞がって「行かせないよ」と言って右手の巨大な腕で優吾を阻めようとするがサーシャが立ち塞がってそれを食い止める。
「行って!」
優吾は走り抜けてエントランスへと入った。その時にまだ、パイセンは瓦礫の中で倒れているのを発見する。揺さぶってみると彼はすぐに意識を取り戻した。
「イッテェ……、何があった?」
優吾は手短に「俺とお前で屋上へ攻める」とだけ言ってパイセンは全てを理解し、優吾と共に階段を登っていくのであった。
悠人は拳の一撃を受け止めていたがそろそろ限界になってきている模様だった。骨の髄まで痛みが凝縮して身体中に鋭い痛みが走る。悠人は夜叉の冷気でシロの腕を凍らせて無理やり打ち砕くことで腕を退ける。体勢を整えるが肩と腕の関節に鋭い痛みが走り、そろそろ体の限界も近い。夜叉を手に取るがもう手の感覚はなかった。そんな悠人を嘲笑うかのようにシロの両腕は完全再生して目だけがニヤリと笑う。
「粉砕してもダメかよ……」
一方サーシャはというと黒い腕を振りかざして襲い掛かる凛奈と対決していた。サーシャの槍で貫くことは難しい。逆に折れてしまったら自分の武器がなくなってしまう。サーシャはなるべく槍に水を纏わせてそれを鞭のように操って攻撃していた。
その様子を見た悠人は水を迎撃する凛奈の顔がにごっていることに気がつく。そして黒色の粘土はサーシャの水の鞭を弾いていた。
「だってそれ粘土だもん」
凛奈の言葉を思い出して悠人の中で一つの勝算が立った。やはり弱点を自分から漏らすとはまだ10歳ともいえるな。子供らしいやと悠人はサーシャに声を張り上げる。
「サーシャ、こっちに来てくれ!」
その声に気がついてサーシャが悠人の元へ向かおうとすると凛奈が人が変わったように焦ってサーシャを向かわせないようにした。しかし、その間に悠人が割り込んで凛奈の黒い腕を力を振り絞って受け止める。もう限界を迎えた腕にさらに重みが加わって悠人に頭の中に信じられない激痛が走るが悠人はサーシャに指示を出した。
「あのゴーレムに水をかけろ!! 思いっきりだ!!」
サーシャがうなづいて水でシロの腕を切り落とす。斬った断面が柔らかくなったことを見て、サーシャは瞬時に水が弱点だと気がついた。
「そいつは紙粘土だ! 水をかければ無力化できる!」
悠人の解説に凛奈は歯切れが悪そうに悠人を睨む。サーシャは空中に飛び上がり槍を回転させて水を滝のように大量に降らせた。滝に当たったシロはドロドロに溶けていき、跡形も無くなっていく。
「シローーーー!」
凛奈は消えていくシロを見て座って俯いてしまった。戦いは終わったことで悠人も刀を向けて凛奈に話しかける。
「お前の弱点はわかった。小さい子は斬りたくないからリタイアしろ」
悠人の言葉に凛奈は後ろから腕で攻撃してくるが悠人は回避して距離を取った。凛奈は立ち上がって「いいもん……」と呟く。リタイアしてくれるか……、と悠人が安堵すると凛奈は声を大きくして覚悟を決めた顔で悠人達を見た。
「本当は使ったらダメって……、これも使うと自分を守るものがなくなるからダメって言われたけど使っちゃうもん」
まだ……やるのか? 悠人とサーシャが嫌な予感を感じていると凛奈はキッと悠人達を睨んで右手に展開していた黒い腕を引っ込めた。そして声を張り上げる。
「行け……クロ!!」
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