食堂、そこは戦闘員事務局の中でも緊迫という二文字がない場所。やってくる戦闘員はお腹の空き具合を気にして今日は何を食べようかとワクワクしながら席に座るのだ。戦闘員の中では通販で食材を買いだめして自室で調理する者もいる。しかし、大半の戦闘員はこの居住区の中にズシンと構える食堂で食事を取るのだ。自動ドアをくぐったばかりの蓮と隼人も同じである。
「今日もこの時間が来たかー! 母ちゃんと父ちゃんにも食わせてあげたいおばちゃんの味! 今日は何を食うかなぁ!」
「ワクワクするのはいいけど……使いすぎは気をつけろよ。お前先月は飯に使いすぎて介護費ギリギリだったんだろ?」
「ヴ……、嫌なこと思い出させるのはやめてくれ」
ポリポリと頭をかきながらエヘヘと笑う隼人。スポーツ系の薄手の半袖シャツと半ズボンを着ている隼人は通信機がなければただの学生を演じることができそうなほど年頃といった行動を起こす。それに対して蓮は同じく半袖半パンであるが隼人のように「にひひ」といった笑いが出来なくて困っていた。
今日も日替わり食堂だけでいいかと蓮は通信機をポケットから取り出すと遠くから「ねぇーーーー!!」と言った戦闘員らしくない高い声が聞こえる。なんだ? と思ってその方向を見ると隼人が「ウホ……」と奇声を発した。視線の先にいたのは白いフリルのついた可愛らしいワンピースを着た少女、片野凛奈である。茶髪の髪をサイドテールに結んでいる。飾りのついた可愛らしい髪留めを見るに10歳を満喫してるようである。凛奈はある男性の服の裾をグイグイ引っ張っておりよく見てみるとあの一回戦で東島班を罵った赤髪だということを知った。
「あいつ誰だっけな……」と蓮が必死に思い出してみるが何も思い浮かばずに隼人に手伝ってもらおうと振り返ったが彼は虚空に消えている。え? とキョロキョロ辺りを見渡して確認すると彼は片野凛奈の肩をツンツンと叩いていた。
「ねぇ、ねぇ君さぁ、かた、かた、片野、り、り、凛奈だよね? あ、お、お、俺? 俺、み、み、宮村はや……」
そこまで言い切ったところで凛奈は冷めた表情で右人差し指をシロで覆って隼人を突き返した。グニュゥ、と大きな指で押された隼人は駆けつけた蓮によって受け止められた後彼のゲンコツをくらう。
「いでぇ……、何すんだ!」
「アホか、お前普通にアウトだろ。誘拐犯にでもなろうとしたのか? 一歩間違えればクビだぜ? あ、すみません……って、お前ワンパン野郎か」
すっかり冷めた表情で隼人を一瞥する凛奈と少し戸惑った表情の赤髪。蓮は近づいて彼を見たときに一回戦で高笑いをしていたときにマルスによって刺殺された「Mr.フランメ」であることを知る。あの時はガスマスクをしていたので顔がわからなかったのだが素顔は赤髪の少しとぼけたような表情をする青年であった。どことなく「バカ」らしさが感じる顔だ。
「ワ、ワンパンじゃねぇよ! 俺には日村……いや、Mr.フランメというすんばらしい名前があるんだよ! ていうか、お前あれか! 新人殺しの……」
「一回戦はお世話になりましたね、天野原蓮です。日村さん。そしてこのバカは宮村隼人」
隼人は「誰がバカダァ!」と蓮につかみかかろうとしたが蓮の懐から出された親ナイフに慄いて「ごめんなさい」と呟く。フランメは「日村じゃねぇ!」とわけのわからないことを叫んだので蓮はため息をついて膝を曲げ、視線を凛奈に合わせた。
「怖がらせてすまなかったな。こいつも悪気があってこんなことしたんじゃないんだ。凛奈……であってるか?」
「う……うん」
「お詫びになんか買ってやろう。何がいい?」
凛奈はこの人信用してもいいのかな……と少し疑うような目を蓮に向けたが彼の真っ直ぐした目を見て表情を緩めて笑顔を作った。凛奈流の甘えのサインである。
「じゃあ……一緒に買いに行こ!」
笑顔で蓮の服の袖を引っ張る凛奈。蓮自身、幼女の笑顔というのを初めて見たということもありほっこりした気持ちになった。買ってやるかと立ち上がろうとした蓮をフランメと隼人が「お前……」と呼ぶ。
「畜生、裏切りやがったな! ロリコンの俺を差し置いて凛奈ちゃんと仲良くなりやがって!」
「凛奈! 俺と一緒に食う約束してただろ!? 裏切るのか!?」
10歳の少女にこんな……、と蓮は背中に寒いものが走る。そして何故か意気投合した隼人とフランメは肩を組み合いながら食堂の奥へと進んでいった。蓮はため息をついて立ち上がる。
「ッタク……、童貞同士仲良く語っとけ」
「どう……てい……?」
「あぁ! なんでもない! 忘れてくれ! まだ知るべきもんじゃあないしな。ところで……お菓子はどこに売ってるんだ?」
「えっとね……こっちだよ!」
凛奈は蓮の腕をギュッと両手で掴んで引っ張りながら案内する。戦闘員の溜まり場でこんなこと! と蓮は思ったが純粋無垢な凛奈の笑顔で少し心が緩んだということもあり、素直に案内されていた。このまま邪魔が入らなければいっかと思った蓮に「ンフフ」と笑う人物が、振り返ると……。
「久しぶり〜」
「……あ? ってぇ!! 来やがったな、豊胸野郎!!」
振り返った先にいたのは二回戦で蓮が戦った粘体生物の適合者、福井柔美だった。あの試合後ジェルというものがトラウマになった蓮にとって彼女は会いたくない人物トップ5に属する人間である。ナンバーワンは自分の家族なこのランキングに入っている人間は蓮からすれば敵も同然だった。そんなことはつゆ知らず、柔美はニッコリ笑いながら手を振る。
「序列4位昇格おめでと〜、なんか私が相手した人の班が急上昇したから〜、挨拶でね」
「気持ちわりぃ話し方するなよ豊胸野郎」
「あ、お胸は自前だよ〜?」
「自前!?」
蓮はここまで叫んだところで現実を理解し、冷静になる。公共の場でなんて下品なことを呟いてるんだ、俺は!! と顔が真っ赤に染まっていく蓮は羞恥心によって体がプルプルと震え出した。手を握っている凛奈にも伝わったのであろう。凛奈が「蓮〜?」と見上げて聞いてくる。
柔美はそんな凛奈に笑いかけて「福井柔美です。お名前は?」と優しく聞く。凛奈は初めてみる人物にかなり警戒したが彼女を信頼できる人間と判断したのか表情を緩めてハキハキと自己紹介。
「片野凛奈、10歳です! えぇっと……じゅず……じゅずつぅ……? じゅず……えっとぉ……」
中々「数珠繋ぎ」と言えない凛奈を見て柔美はクスリと笑った。そして「数珠繋ぎ……安藤班ね?」と凛奈に話しかける。凛奈は言いたかったことをズバリと言い当てられて「それ!」と言いながら柔美とハイタッチ。その様子を見ていた蓮は「あの……」と柔美に話しかける。正直、こうも友好的に絡まれるとランキング関係なしに蓮はどこか子供っぽかったと反省したのだ。
「えっと……福井さん……でいいすか?」
「なんでもいいよ〜、天野原君」
「えっと……俺と凛奈ちゃんとで飯食う感じなんですけど……お菓子欲しいらしいんですよ……。ちょっと俺正直言って買うの恥ずかしいから……金は俺が出すんで会計は福井さんが……」
少しそっぽを向きながら話しかけてきた蓮。自分で欲しいものは何かを聞いたのに買うのが恥ずかしいというところが報告に聞いていた天野原君らしいと笑った柔美は「いいよ〜」と了承する。そして凛奈はお目当てのお菓子を手に入れることができたのだ。ニコニコ顔のおばちゃんにぺこりと礼をしながら蓮は笑っていた。昨日の敵は今日の友とはこのことである。どちらもかなりの強敵だった気がするが日常では魅力たっぷりであった。
「やったーーー!! 蓮〜、ありがとう!」
「お礼なんて……。あ、でもご飯食べてないなら食ってからだぞ? 俺も今から食うから」
「あ、天野原君今から食べる感じ? 一緒してもいい?」
蓮はなんだこの状況!? と凛奈と柔美をみる。凛奈はサイドテールとパッチリお目目が可愛い幼女だし、柔美は豊満な胸が際立つウェーブのかかった桃色の髪を持つ美女だ。服はオーバーサイズのロンTであり、胸がかなり誇張されている。
断るわけないだろ! と蓮はうなづいて食事をとりに行った。彼も彼でまだ年頃の童貞ということであろう。美女には弱いがブスには強い。蓮は日替わり定食、凛奈はお子様量にまで減量した日替わり定食。そして福井はカツ丼大盛りと狐ソバ、そしてデザートのロールケーキを買う。四人分の机を取ったのに殆どが柔美の料理でうまる始末だった。蓮と凛奈が隣で彼の向かいに柔美が座る。蓮は割り箸を割りながら多すぎる柔美の料理にピクピクと指を動かした。
「沢山……食うんですね……」
「ん? 意外〜? 天野原君時代の私はもっと食べてたよ〜? 『暴食女』なんて物騒なあだ名をつけられたけど」
それを呑気に言いながら「いただきまーす」と大きな口を開けてカツ丼を頬張る柔美を見て「でしょうね」と心の中でツッコミを入れる蓮。今日のメニューであるサバの味噌煮を口に含みながら蓮は考えた。隣を見ると凛奈は箸を必死に動かして魚を分けようとしているが少し難しそう。蓮は凛奈に箸を借りて彼女が食べやすいように魚を分けていった。パパッと魚を分ける蓮を見て凛奈が「わー」と声を上げる。
「蓮、上手だね!」
「上手って言われても……。そういえば、凛奈ちゃん。フランメとはいつもいるのか?」
「うん! フランメは凛奈の先生なの! シロとクロの練習にも付き合ってくれるしー、算数ドリルを手伝ってくれる!」
凛奈は孤児院出身である。潜在能力を買われて戦闘員になったのだが彼女には保護者を名乗れる存在がいなかったので学校教育を受けることができないのだ。そもそも、6歳の時点ではかなり暗い性格で引き取り手も見当たらない女の子だったので戦闘員以外の生き方となれば孤児院しかなかったのである。安藤班に所属する様になってからはフランメが彼女の教育係を担うようになり、戦闘スキルは勿論社会常識や家事、勉強を色々教えてもらっている最中なのだ。
「フランメはね、『今は無駄だと思ってもこの先きっと役に立つ』って言って勉強をさせるんだー」
蓮はその話を聞いて「羨ましいなぁ……」と呟く。蓮はもうその頃には家族からいないものとして扱われていたのでなんの教育も受けなかったし、兄からの虐めもあったのでロクな生活を送ることができなかった。向かいで食べる柔美に「最近覚えたのはー」と学習の成果を発表する凛奈を見て羨ましく思う蓮。そんな蓮の様子に気がついた柔美は彼に話しかける。
「……暗い顔してるね。何か嫌なことでも?」
「あ……! いえ、昔を思い出してしまって……ちょっと……」
「嫌な過去があるなら気にしない方がいいよー。だって天野原君、今は頼りがいのある班長に恵まれて、あのレグノス班長も倒したんでしょ? 初めて君と対面した時とは目の色も変わってるし、いい方向へ向かっているのは間違い無いから」
「福井さん……」
蓮はメインディッシュであった丼と蕎麦を食べきった彼女を見た。思えば彼女、何にも考えてなさそうで色んなことを考えていそうなのである。並大抵のメンタルであの戦闘はできたであろうか? と二回戦を思い出した。難しい表情をする蓮に柔美はニコッと笑う。
「若いっていいねー。考えれることは考えて、必要だと思ったことを取り入れるようにね? 君なら越えれないよりも越えられる困難の方が多い気がする。そうじゃないと私のスライムに飛び込むことはできないよ。君が最初で最後だと思う。久しぶりに……すごい子見ちゃった」
乗り越えれる困難……、あの二回戦を思い出すと自分は仲間のためを思って死ぬつもりで柔美のスライムに飛び込み、ナイフを刺した。ナイフの感触よりも体を蝕む痛みの方が残ってはいるがなんとか乗り越えた困難であることには変わりない。
「ねーねー、凛奈ご馳走様したよ! キャンディ食べていい?」
「……あ、あぁ。いいぞ、残さず食べれてるな」
蓮は隣でキャンディを掲げて「やった!」とうれしがっている凛奈を見て笑った。自分の頑張りがあるからこそのこの縁なんだろうな……と考えると気が楽になる。蓮は机の上に置かれた自分の分の水を一口飲んだ。
味なんかしないはずなのに、その水は美味しいと思えたのだった。
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