「変わった分度器ねぇ……」
香織はミサイルの爆撃を大槌でガードしながら煙の中を走り切った後、元いたところに戻ろうとかすかに残っている煙を頼りに森の中を歩き進めていた。
その時に自分に話しかけてくる人物が急に現れてきて味方かと思ったが初対面の人物というなんとも嫌な展開に。香織はすぐに敵だと判断して距離を取った。現在はこの状態である。
相手は眼鏡をかけた灰色髪インテリ風男性で顔立ちはそれなりにいいが性格は面倒くさそうなに見えた。仲間である優吾とどこか似た雰囲気を持ってはいるが優吾の方が紳士である。この敵は紳士を被ったインテリのように見えた。外見だけで人を決めつけたくはないが現在は仕方がない。
敵は右腕に魔装を持っており、それは巨大な分度器だったのである。香織は小学校の頃に角度の勉強をした時の教師がこんなデカイ分度器を持っていたなぁ、と幼い頃の思い出を振り返っていると相手は彼女に声をかけてきた。
「あなたが一瀬香織さんですね?」
「知ってるの?」
「あなたがここにくることは僕達のシナリオなんですよ。無計画な新人殺しと一緒にしないでください」
「どうして私の名前を知っているのかはわからないけど……、あなた誰?」
香織が少し怪訝な顔で魔装を起動させてハンマーを構える。インテリ眼鏡は「口の聞き方がなってませんよ」と眼鏡を人差し指で押し上げてからため息を吐いた、薄ら瞼を閉じながら。
「僕の名前は反田一馬。ご存知の通り、稲田班所属の戦闘員。あなたを倒すために僕はここに来た」
機械的な早口で自己紹介したところを見るに本当にインテリじゃん……、しかもかなり面倒な方の……と香織は顔を引き攣らせて後ずさった。性格が苦手だと思った香織はササッと戦いを終わらせたいなと思う。そして魔装を確認するが反田の持っているバックラーのような分度器はまだ起動していなかった。
「どうです? ここであなたが降伏すれば無駄な戦いを終わらせれるわけだ。僕も手を汚す心配がなくなる」
「あなたにしかメリットないわね」
「その通り。この試合は僕達、タクティクスが勝ち残るための試合ですから。上級班の僕とこうやってお話しているだけでもあなたは幸運な人間なのですよ?」
(ウザいわね……)
香織の不快感が少しづつ募っていくのと同時に彼女の魔装は山吹色の亀裂が走り、起動する。
「行くよ、巨獣!」
香織はハンマーを掲げて地面を蹴り彼の頭上へ上がり叩き下ろした。反田はそれでも攻撃する気配がなかったので香織は「あなたの方が戦う気がないじゃない」と構わず振り下ろす。その時に反田の魔装は起動した。分度器を盾にしてハンマーの一撃を受け止めたのだ。その瞬間、パキャアアン! という音を辺りに響かせて香織を吹き飛ばす。大木の幹に体を打ち付けて香織は「グゥウウ……」と苦悶の叫びを上げた。
「ウゥぅう……! なんで……? 一撃は当たったはずなのに……」
ハンマーをもう一度持って今度は横ナギフルスイングで反田の頭を吹き飛ばそうとする。それでも反田が掲げた分度器でガードして香織は吹き飛ぶという結果に終わってしまった。
体の髄から悲鳴を上げる。ハンマーを持つ腕がジンジンと痛む。ハンマーの一撃はかなりの反動を生むがそれは魔装の身体強化でほぼ効かない程度の肉体には仕上がるはずなのに……、と香織は両手に視線を落とす。彼女の手は内出血でアザだらけだ。その時に「フフフ……」と反田は笑っているのでキッと彼を睨んだ。
「やっぱり、新人殺しは単細胞の集まりですね。こんなに簡単な仕掛けもわからないんですか?」
「仕掛け?」
「僕の適合生物は反射甲虫。能力は反射。あなたの一撃は無効となり、全てあなたへと返る。ちょうど、愚かな事を犯す人が馬鹿を見るように……ね?」
コメカミに人差し指をトントンと叩きながら反田は歪んだ笑みを浮かべた。香織は更に不快感を増して魔装の亀裂は更に濃く色づく。そしてほぼ感情に任せてハンマーを振るって分度器を打ち壊そうとした。
「しつこいなぁ。鬱陶しい」
「ガハッ!」
反射と同時に膝蹴りをくらって香織は吹っ飛んだ。ハンマーを握る手も限界を迎えてくる。もう内出血を越えて手の甲の一部は裂けて血が垂れていた。しかし香織は攻撃をし続ければいつかは限界がくすはずだと空中で体勢を立て直して一回転して遠心力をかけた一撃を振り下ろす。
完全に呆れた表情の反田は面倒くさそうに分度器を掲げて香織を吹き飛ばしていった。それでも向かってくる香織。いつかは弾ける時がくる。香織はその精神で何度も何度も反田を狙ってハンマーを振っていた。
しかし、もう十回を超える反射を食らった香織の両腕はもうボロボロだった。皮膚が割れてドボドボと血を垂らしている。体も反射の衝撃波の影響で内臓がやられたのか口から血を吹き出した。
「ガッ……ツ……ガファ……」
嗚咽を漏らしながら血を吹き出している香織に更に襲い掛かるのは激痛。はち切れた腕はもちろん、反射の影響でどこかの骨が折れたのか鈍い痛みが延々と続いていく。勝利を確信した反田は歪んだ笑みを見せながら香織の元へと近づいていき、折れているであろう左腕の関節を思いっきり踏みつぶす。
「……ゥウウァアアア!!」
あまりに鋭すぎる激痛に耐えかねて香織は涙を垂らしながら立ち上がろうとするが反田の蹴りをくらって仰向けにその場に倒れた。
「見苦しいですね」
こんな人物が本当に戦闘員なのか? と香織は激痛の嵐の中でキッと反田を見る。彼の顔は日光に反射されてよく見えなかったが口元だけは歪んでいた。勝利を確信した笑み。所詮はこんなものかと嘲笑う口。
「そういえば……殺人犯ですよね? 半年ぐらい前の」
香織の脳裏にボロ雑巾のようになった両親の死体が横切る。
「や……めて……、グゥウウ!」
これ以上いうと香織が一番恐れた結末へと至ってしまうことを悟って反田の暴言を止めようとした。しかし、彼は「黙れ」と更に強い力で腕を踏む。
「両親が弟をイジメテいたから殺した。データにはそうありますね。そして免罪を求めて戦闘員になった。フッ、汚らわしい」
そうであるが違う、彼は知らない。あの時に香織が何を思っていたのか、何を感じて毎日を過ごしていたのかを。
「いいですか? 人が人を殺すのは絶対悪。そんなことをするあなたは……」
香織を後方へ蹴り飛ばした反田がニヤリと笑って香織を見下ろした。
「人殺しの末裔だ」
それを聞いた香織の中で何かが爆発する。あいつは侮辱した。自分の生き様を、そして自分の信念を、弟を守ると決めた自分の信念をバカにした。香織の口から声が漏れ出る。しかしその声は香織のものではない。かなり声色は低く、別人といっても変わりはない。そもそも人間が発生させる声ではなかった。反田は少しだけの違和感を感じる。
「ハ?」
「ルルルルゥ……」
ゆっくりと立ち上がった香織、それに警戒して反田は後方へと距離を置いた。足もやられているはずなのに……何故立てるのだ!? 反田はもしかして間違えたことをしてしまったか? と今更ながら後悔する。すぐに調子に乗るのは彼の悪い癖だった。アザのある瞼を閉じながら香織は立ち上がり、カッと目を開く。
反田へと目を見開いているのは先ほどのおっとりとした香織ではなかった。本来白目であるところは黒色に染まり、琥珀色の瞳孔が激しく開いている。人間のような形ではなく、獣のような縦に鋭い瞳孔を開く魔獣そのものだった。口から血を垂らしながら犬歯を見せる。姿勢は前屈姿勢になっており、大槌にゆっくりと腕を伸ばす。
「キュルルルルルルル……!」
歯軋りとも唸り声ともなんとも言えない奇声を発しながら香織は大槌を片手に持って反田をギランと睨んだ。もう香織ではない、化け物としか形容し難い何かだ。これが香織の適合魔獣、巨獣の本来の能力である。香織の理性を引き換えに、募った怒り全てを力へと返る。現在の香織は反田への怒りが爆発して暴走状態となっており、本人でさえも制御は不可能。感情に完全に流されている状況だった。
大槌を持って急速で反田に接近する。先程とは全く違った圧倒的なスピード。しかし反田はなんとか魔装を起動させることに成功し、反射させるが間髪入れずに横ナギでハンマーを振り回されて盛大に吹き飛んだ。
「グハァ! なんだ!? 一体お前は……!」
香織の暴走は止まらない。ハンマーを掲げて一気に振り下ろす。それを連続して反田に行った。反田は反射を繰り返すが全く動じないで重い一撃を加え続ける香織、彼女に目は自分を逃すことはなくここから逃げ出すのは不可能であることは悟ることができた。
「待ってくれ! 僕が、僕が悪かったよ! この通りだ! もう君のことをバカにはしないから……」
反田は謝るのに必死で魔装を起動することができなかった。眼前に迫ったハンマーを見て彼は絶望する。
「何でできてるんだよ……お前……」
反田に顔面は完全に叩き潰されて彼は光の欠片となって消えていった。彼が死んだことにより、怒りの発生源が消えたことから香織も元に戻った。体についた乾きかけの返り血や自分の血反吐がマジってベタベタした服と辺りに噴水のように飛ぶ反田の返り血の中で香織は俯く。
「また……殺したのね」
もう消えていた反田を見て香織はため息をついた。親を殺した時と同じ感覚だった。全てを感情に任せて撲殺したあの時を。終わった後はなんとも言えないスカッとした気持ちを得てしまう気持ち悪い感覚。
「グ……!」
香織も全身に激痛を感じてその場に倒れ込んだ。もう体も限界、あの暴走は無理矢理引き出した限界突破の力。体が動かず、ビキビキと音を立てて関節が折れていく感覚がした。みんなの元へと戻るのは不可能だ。その場に倒れ込んだ香織は激痛の嵐に飲み込まれる前に一人の仲間を思い出す。黒髪の剣士、マルスである。
「彼に……見られなくて良かった……」
それだけ呟いてから香織はもう一人の自分に「お疲れ様」とだけ言ってパシャンと光となって消えていく。静かになった香織の戦場は何事もなかったかのように静寂を取り戻したのだった。
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