「広いなぁ……」
作戦が実行されることとなり、パイセンが移動されたのは町とシェルターが存在する壁の中の世界を隔てる屏の屋上だった。ここまで梯子で上るはずだったのだがパイセンの右腕から発射されたワイヤーを屋上にひっかけ、巻き取るようにして登っていったので案外楽につく。腕に埋め込まれた魔石の影響あってパイセンの右腕は魔装のバットのような自由さを手に入れた。
実際にペリュトン討伐の際は気持ちの高ぶりによって改造自由な部位が増えていくのを彼は覚えている。同じところを担当する優吾と張が上がってくるのを見計らってパイセンは魔石の強さを弱めていった。
「一番ナイーブになってた割には使いこなしてるようだが?」
「馬鹿言え、悲しんでるだけなら宝の持ち腐れじゃないか。優吾だって、目が青いぞ?」
「あぁ、昼間のように明るく見える。それに……星がよく視える」
町は万が一魔獣が壁を突破した際に備えて電力などのインフラが一切遮断されている状態となっている。最も、地下のシェルターにあたっては限定的にインフラが整備されているが二次被害を抑えるために大抵の地上は暗闇の世界だ。
「スゲェな、こんなに夜は暗かったのかよ。まるでここは人間の居場所じゃないって言われてるみたいだぜ」
「半分あってるが半分間違ってるな。そのためのこの壁だろう?」
遅れて張が屋上に上がってきた。パイセンや優吾と違って張は魔石に浸食されていない。通常の魔装の身体強化のみを施した状態で魔装と照明や連絡用の機械を背負って登ってきているので大概ではあるが。横一列に並んだ状態で準備を進めるパイセンたち、地上の魔獣妨害班と比べてパイセンたちは空から魔獣の妨害、敵の見張りを行う役割だ。八剣班や遠野班が到着すれば遠距離が得意な明通や恋塚と合流する形で同意している。
「始まった」
通信を受け取ったのは張だった。優吾はすぐさま遠視を開始する。スコープを覗いているように拡大されていく優吾の視界。彼は福井のスライムで地下へと侵入する最短距離の入り口を溶かして侵入したのを見届けた。
「作戦通り、福井さんのスライムで侵入です。パイセン、霧島さんにスピーカーは渡してるよな?」
「あぁ、バッチリだ。お前のアドバイス通り、あの魔装の魔石もちょびっとだけ削って入れてある。無理しない限り壊れないだろう。」
「よし。下にいる慎也は霧島さんのチェーンソーには反応しない。隼人や蓮、サーシャは福井さんと大渕さんに任せて正解だったな」
「慎也は霧島咲がいればなんとかなるだろう。サーシャもいるから隼人たちも大丈夫。遠野班が来るまではこの体制でいける」
主な作戦案は直樹だが補足や準備は悠人とパイセンが行った。覚醒魔獣やペリュトン討伐で培った合同班の良さ悪さの集大成がこの防衛線と救出部隊である。増援が必ずやってくる分、期待は大きい。
「準備は良いか? 魔獣が起きだしたらしい」
張の声に頷いた二人は魔装を起動させる。パイセンの右腕からバットにかけてまで血管のように光が繋がっていき、魔装は確かに吠えた。優吾の両眼から血管のような光が利き腕へと、そして銃へと流れていき、確かに吠えた。研究所で教えてもらったように魔装は生きている。
「大砲熊」
一人だけ音声認識の従来の方法で起動させた張はどこか寂しい気持ちを抱えながらも心強い味方ができたことに安どした。張も大渕と同じく、極東支部の古株である。まだ戦闘員が社会的にも厳しいときから魔獣と戦ってきた。今ではこんなにも若い男が戦場に出ることに複雑な思いを隠せないでいた。だから何も物を言えなかったのだがそれも野暮だろう。年代も大きく違う自分をスカウトしてくれた稲田光輝にも申し訳ない。
『見てるか、稲田さん? ここにお前以上の若造がいるんだ。あぁ、お前が見込んだ通の立派な戦闘員が、それも9人だぞ!』
「あれ? 張さんが珍しく笑ってる。そんなに星が綺麗なんですか?」
「……俺には見えない」
へっと笑ったパイセンはバットと右腕を変形させて肩に大きく背負うような大砲を二丁完成させる。右腕が変形した大砲とバットが変形したミサイル砲、そして右肩から伸びるスコープ。今まではバットだけの変形で重いものを体全体で持ち上げる感覚があったのだが魔石と融合してからはそれがすっかりなくなった。その代わりに体の内側がくすぐるような、戦いに対して震えるようになった。体が前より正直になっている。戦いへの恐怖、守りたいものを護れる力があることへの高揚、肌で感じる熱い金属兵器、それがパイセンだ。
「あぁああ、これが俺の戦い方か」
「それの方が似合ってるよ、パイセン」
「お前も、その目の方がカッコいいぜ」
呪いたくもなった魔石の恩恵だがこうも戦う場面になると活きてくる。それを不幸ととらえるかは人によるが守りたいものがある二人にとっては幸福に近いものであった。人外上等、パイセンたちは引き金を引いて戦いの始まりを皆に知らせたのだった。
~--------------~
地下室に爆撃の地響きが起きたとき、亜人のケラムは大きく身構えた。この感覚は昔と似ている。ケラムが仕事として沼に潜り、魚を取っていた時と同じである。外で何か危険なことが起きている。それも亜人である自分たちがやったことではない。そんなこと姫君、エリーニュスやご主人様は命令したことがないのだから。皆、火にはある種のトラウマを抱えているのだから。
目を閉じて蜥蜴だけが持つ、鼻の奥の器官から熱を探知する。温度によって活動限界が大きく左右されるケラムは生まれつき、環境の中の温度を何となく判断できるような体を持っていた。鼻の奥を刺す痛みを感じ、何かほかの事を考えて気を紛らわせていると奥から走ってきたのは仲間のビャクヤだった。
「平気か、ケラム殿」
「旦那……。あっしは平気だ。あっしよりもお嬢、エリスがまずい。もう誰か助けに行ってやすか?」
ビャクヤは太刀を柄ごと壁につけてコメカミを軽く鍔に添えた。何かを聞くような姿勢でしばらく動かなくなった。次の瞬間、押し当てた柄から血管のような血の模様が一斉に壁を覆い、脈打つように鼓動を開始する。血の模様はじわりとしみこむように壁に消えていき、ビャクヤのコメカミへとしみこんでいった。そのままポツリポツリと情報を伝えていく。
「人間だ。この音は男が数人、女は二人……。爆撃を起こした人間ではない。外にいる。……向かっている先は戦神を閉じ込めた部屋、……エリスの部屋だ。目的はこのどちらかあるいは両方」
「なんてこったい……。他の旦那とお嬢、ご主人は?」
「心配ない。クレア嬢とルルグ殿は外に向かっている。ご主人様と姫君も一緒だ。問題はエリス、守護獣はいるが火は苦手、ここは我が守りに行こう。……、この新たな力をもっと試したくなった。ケラム殿も外に向かうといい、姫君たちにはそう伝える」
「そういえばそろそろさね。あっしたちの主が目覚める頃も」
「うむ。地下室は私が、ケラム殿は優先して爆撃を止めてほしい。そなたの力が必要だ」
ケラムは頷き、地面に手をついて泥に変え、その中に潜っていき、ひたすらに地上を目指した。暗い泥の中ではケラムは目を瞑り、温度を追いかけるように泳ぐ。いつもそう思ってきた。そうやってきた。人間たちが己の家族を商品と加工するために皆殺しにされた日を思い出した。いつも対価を受けるためにケラムは意気揚々と泥の中を泳いでいた。が、あの日は怖かった。ケラムの視界は高温の波でいっぱいだった。どこに泳げばいいのか分からなかった。いつもは暖かい日の光を浴びたかったのにあの日は怖かったのだ。
逃げるように地下へと潜ったが今回は違う。あの時の自分とは違う力がある。より高温の場所を逃れながらケラムは地上へと近づいていき、顔を出した。辺りは爆撃の影響か少し燃えてはいたがあの日と比べるとえらく控えめだった。
「これじゃあ夜行性の魔獣は目を覚まさねぇ……。かなり考えて行動する人間だ。とすると……」
ケラムは今まで戦ってきた相手の中でよく考えながら攻撃や防御をする人間をすぐに思い出すのだ。輝かんばかりの髪を持つ、金属の棍棒を持ったあの男を。まるで流れ星を追いかけるようにケラムは一点に集まった温度の波に向かって泳いでいった。
「好敵手……になるんかいな。決着をそろそろつけやしょうや」
全身を泥から抜け出したケラムは手ですくうように泥を取り、片目を閉じてゆっくりと塗り付ける。それを両側の顔と体に流れる川のようにぬりたくるのだ。故郷の川や湖を泥で見立ててケラムは衣装を作る。もうなくなった、どうなったのかも考えたくない故郷の姿が彼の体に現れる。守れなかったふるさとを体に模す。こうすることでケラムは絶対に死なないといつも自分自身に鼓舞してきた。この衣装が崩れるときは己の命が尽きるとき、死ぬときは今度こそ、故郷と共に地に還りたいのだ。
「……戦神様はあっしの話を聞いて何かを感じたようだが……あっしらに火を使った小僧には……分からないでしょうなぁ」
くたびれた沼地の戦士、ケラムは喉をフルルとならせながら追いかける。彼が望んだ飢えの心配がない美しい大地を創るために、ケラムは泥の中に姿を消した。
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